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2005年7月13日 (水)

 たしか池波正太郎「剣客商売」の文庫版解説だったと思うけど,翻訳家の常盤新平が,かつて身辺に辛いことばかり続いた日々,池波先生が身を削って書いたこの物語に私はどれほど慰められたかわからない,というようなことを書いていた。あなたの思い出話はどうでもいいよ,とも思う半面,それは俺でいうならばマクベインの87分署シリーズだなあ,とも考えた。88年か89年頃だったと思うけど,毎日本屋をめぐってはハヤカワ文庫の棚を探し,数日に一冊のペースで,食い散らかすようにして読み進んでいったものだった。その時はそうすることが必要だったのだと思う。
 第一作の「警官嫌い」,クリングの彼女が死ぬ話,キャレラが瀕死の重傷を負う話,ホースが転任してくる話,犯人が自首しようと87分署に出かけたら刑事たちが雪合戦していて...という話など,いくつか印象に残っているエピソードはあるのだけれど,ほとんどの物語は読んだ端から忘れてしまった。五十数冊のなかには駄作も少なくないし,過剰にセンチメンタルな文章が鼻について読み飛ばした部分も多い。それでも新作の訳が出るたびに馬鹿みたいにいそいそと買っていたのは,舞台と登場人物が常に変わらずそこにあることに,なんともいえず心和んだからだと思う。いつ頃からか,キャレラやテディはあまり年を取らなくなった。現実の世界と同じく,アイソラの街にも理不尽な悲劇は尽きないが,基本的に正義は死なず,善意は失われない。
 先週,エド・マクベインがついに亡くなった。78歳。87分署シリーズは今度の新作が最後になる。
 NY Timesの訃報記事を読んでいて知ったのだが,デビュー当時のマクベインは,全盛であったE.S.ガードナーの対抗馬と目されたのそうだ。ペリイ・メイスン・シリーズを読む人はもうあまりいないだろうし,いずれはマクベインもまた同じように忘れ去られていくことになるかもしれない。そのことを悲しんではいけないのだろうと思う。結局のところ大抵の人は,自分の生きる時代の制約の下で生きることしかできないのだ。

雑記 - エド・マクベイン死去

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