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2008年2月19日 (火)

Bookcover ヤクザ、わが兄弟 [a]
ヤコブ・ラズ / 作品社 / 2007-12-01
「ヤクザの文化人類学」という本がある。イスラエル人の文化人類学者がテキヤの組織に深く入り込んで行ったフィールドワークをまとめた,大変に面白い本だが,ひょっとするとヤクザの世界に関心がある人にとってはつまらないかもしれない。この本の面白さは,扱っている題材というより,それを通して日本を透視する視点の置き方や,参与観察者の立場の難しさを巡る内省にあると思う。いま手元にある岩波現代文庫版をぱらぱらめくってみると,何年か前に読んだとき,こんな一節に感銘を受けたのを思い出す。
 「ひるがえってヤクザに関する私の研究について考えてみると,『他者の他者』と対話することが私自身の主要な目的であったと認めざるをえない。言い換えれば,私はヤクザと対話をしたかったのであり,ある意味では『研究』は目的というよりはそのための手段でもあったのだ。その意味では科学は道具であり,『調査研究者』はただの役にすぎず,科学的用語はこの対話の背景用の語彙にすぎない。通常は日本の裏側,影の面とされるものを研究するように私を駆り立てたのは,日本の文化を,またそれを通して私自身の文化を理解する可能性を広げ,それによってディスクールの世界全体を拡大したいという願いだった。」
 。。。うーん,格好良いですね。
 その文化人類学者の先生がこんどは小説を書いたと知り,前著もちょっとパセティックな文章だったから,さもありなん,と思った。早速読んでみたところ,内容は「ヤクザの文化人類学」とかなり重なっていて,主人公の学者ヤコブ・ラズが私淑する大川親分のモデルは著者のインフォーマントであった関東神農同志会のA親分,詩を愛するヤクザ・ユキの原型は巣鴨の屋台の主人ベンであろうと推測できる。
 意外なほどに読ませる小説なので驚いた。学者の手すさびとはとても思えない。なんといっても,異邦人の目からみたヤクザ世界のディテールが面白いし,心情描写を排した乾いた文体も良い。ひょっとすると,翻訳がすごく良いのかも知れない。これ,ハヤカワミステリ文庫にでも入れれば,きっと売れると思うんだけどなあ。。。

フィクション - 読了:02/19まで (F)

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