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2008年4月28日 (月)

 俺が高校生の頃は,レンタルビデオ屋の数が少なくて,レンタル料はまだまだ高価だった。棚にはタイトルごとにVHSとベータの両方が並んでおり,最初期は一本一泊で1000円近かったと記憶している。というわけで,俺は財布をはたいて電車で東京に出かけ(その数百円の電車代がまた痛かった),銀座並木座や池袋文芸座を目指したものだが(腹が減って死にそうだった),それにも限度がある。仕方がないので,学校の帰り道の本屋で「キネマ旬報」と「シナリオ」に掲載される映画脚本を毎月立ち読みし,勝手に映画を想像しては喜んでいた。いやあ,あほだなあ。
 当時の俺にとって,映画と同じくらいに偉大な創造物,ひょっとすると映画よりもさらに偉大な創造物こそが,ラジオドラマであった。ビデオデッキがなくても録音できるし,映画と違って入場料が要らない。というわけで,NHK-FMの土曜夜のラジオドラマをほとんど毎週録音し,聞き返しては,ああでもないこうでもない,と一人で悦にいっていた。暇だったんだなあ。
 ラジオがマスメディアの主役から滑り落ちて数十年,わざわざ制作費のかかるラジオドラマを作ろうという酔狂な放送局はNHKくらいのものであり,その放送枠も非常に限られていて,たしか,土曜夜のFMで45分単発,平日夜の15分か20分の帯,だけだったと思う。そっちはそっちで面白かったけれど,本命は日曜深夜のAMで放送されていた,大昔の名作ドラマの再放送であった。ラジオの全盛期は50年代までだが,ラジオドラマのアーティスティックな傑作はむしろ60年代に多く生まれた,とどこかで聞いたことがある。内村直也「マラソン」,岩間芳樹「シルバーグレイの空間」,それから佐々木昭一郎「おはようインディア」。どれか一つでも聞いてみれば,ラジオドラマがいかに可能性に満ちたフォーマットであったか,誰もが納得すると思う。
 残念ながら,この名作再放送枠は数年後に潰れてしまった。その後時代はかわり,「ラジオ深夜便」がまさかの大ヒットとなり,ラジオの聴取者層はすっかり高齢化した。昔のラジオドラマなんて,いいコンテンツだと思うのに,なぜNHKは過去資産を活用しないのかね? と,ずーっと不思議に思っていた。AMの深夜にでも,ひっそり流せばいいのに,と。

 あああああ,うかつであった。ほんとにひっそりと流していやがった。
 「NHKラジオドラマ・アーカイブス」,毎月第4日曜日23:15から放送。いまから約3時間前に放送されてしまった第一回は,若き日の谷川俊太郎による「十円玉」,そして佐々木昭一郎のラジオ時代の衝撃作「都会の二つの顔」であった由。どちらも掛け値なしの傑作である。うわああああ。なぜそんなのを放送するのか,俺に断りもなしに。
 来月以降の放送予定は,寺山修司「山姥」,そして矢代晴一脚色の「死者の奢り」とのこと(若き日の岸田今日子のキンキン声が聞けるはず)。どうしよう,PC用のラジオチューナーカードを買わねばならんか。。。

雑記 - ああ許せんNHK