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2009年8月24日 (月)

Bookcover 選ばれる男たち―女たちの夢のゆくえ (講談社現代新書) [a]
信田 さよ子 / 講談社 / 2009-07-17
家族問題で有名な臨床家によるエッセイ。なんというか。。。面倒くさい本であった。
 たとえばこういうくだり。「結婚は表向き男女の愛情によって成立するものであるが,裏面では男性に対して多くの権力を付与する制度である。このことに,男性自身がどれほど自覚的であるかが分かれ目になるだろう」「結婚した男性たちには自分が付与された特権を自覚してもらいたい」「結婚してもなお,自らの既得権を自覚しそれを乱用しないようにコントロールする努力を惜しまない男性,これは最低限の条件である」
 では,これを真面目に受け取って,男たちが「既得権を自覚しそれを乱用しないようにコントロールする努力を惜しまな」かったとしよう。それで万事丸く収まるのか? まさか。依然彼らは,既得権の受益者として批判の対象となりつづける。男性は制度的な特権を与えられているのだ,せめて「一段低い立ち位置に身を置」くように,といつまでも説教され続けるわけである。これはちょっとフェアではないんじゃないですか,そもそも,「男はその権力性を自覚しろ」というタイプの批判は,既存の性役割を前提とし,それをかえって固定化してしまうんじゃないですか,それは男性にとっても女性にとっても不幸なことではないのですか,と思うわけだが,そういうことをうかつにいうと,ではあなたは既存の制度を変革するためにどれほどの力を尽くしているのか,と批判されるのが目に見えている。すみません,なにもしていません,と謝るしかない。最初から黙って頭を下げていた方が手間が省けるわけである。こういうところが,あああ,この人のいうことは正しいのかもしれないけど,でも面倒くさいなあ,と思うのである。最先端のフェミニズム理論がいかに難解であっても,活動家による批判がいかに痛烈であっても,こういう面倒くささだけは感じずに済むように思う。
 この面倒くささは,世の中いかにあるべきか,という原理原則の話と,世の中は変えられないからせめてあなたはどうしろこうしろ,という戦術論の話とを切り分けていないところから生じるのではないか,と思う。もっとも,簡単に切り分けちゃうほうが絵空事なのかもしれないし。思えば,あるべき社会についての理論的分析と,目の前の現象に対する戦術論とを切り分けたくても切り分けられないのが,臨床家という職業なのかもしれない。

ノンフィクション(-2010) - 読了:08/23まで (NF)

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