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2012年1月16日 (月)

Bookcover 曾根崎心中 冥途の飛脚 心中天の網島―現代語訳付き (角川ソフィア文庫) [a]
近松 門左衛門 / 角川学芸出版 / 2007-03
市村弘正「『名づけ』の精神史」に収録されていた,鶴屋南北「東海道四谷怪談」に映し出された社会変動についての分析(「都市の崩壊-江戸における経験」) がとても面白くて,でも四谷怪談についてよく知らないことに気づき,これはちょっと読まなきゃな,と本屋を二件探したのだが,あいにく置いていなかった。腹いせに深い考えもなく,古典の棚から別の本を取った。現代語訳付きを買ったのは,まあそうでもなきゃ読めないだろうと思ったからである。
 で,さきほどパラパラめくりはじめたら... 結局,仕事そっちのけで,原文と現代語訳の両方を読み尽くす羽目になった。まずい...

 浄瑠璃について全く知識がないので,おそらく数分の一も理解できていないと思う。残念なことだ。それでも面白かった点をメモしておくと:
  「曽根崎心中」の徳兵衛とお初も,「冥土の飛脚」の忠兵衛と梅川も,世間のなかに生き,世間から逸脱しないために死んでいく。だからこそ,お初は道行の段で「今年の心中よしあしの。事の葉草やしげるらん。聞くに心もくれはどり『あやなや昨日今日までも。よそにいひしが明日よりは我も噂の数に入り』」と気にするし,いざ心中の場面で徳兵衛は「いさぎよう死ぬまいか世に類なき死に様の。手本にならん」などという。彼らは自己と社会の軋轢に耐えかね自己を実現する最後の手段として命を絶つ,のではない。むしろ,世間のありかたを完成させるために死んでいくのだ。これは意外だった。
 ところが「心中天の網島」にはこれを突き破るような要素が出現する。遊女小春を縛るのは世間ではなく,心中相手の妻おさんと交わした約束なのである。道行が終わったところで,「おさん様より頼みにて殺してくれるな殺すまい。挨拶切ると取り交わせしその文を反古にし。大事の男をそそのかしての心中は。さすが一座流れの勤めの者。義理知らず偽り者と世の人千人万人より。おさん様ひとりのさげしみ。恨み妬みもさぞと思ひやり」 小春には,特定の個人と結んだ,自分自身を賭けて守らなくてはならない約束がある。これはちょっとすごいことではないのだろうか?

 それにしても,まずい... 近松に熱狂するだなんて。退職してヒマな団塊世代じゃあるまいし。

フィクション - 読了:「曾根崎心中・冥土の飛脚・心中天の網島」