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2013年8月 5日 (月)

Bookcover 出口なお――女性教祖と救済思想 (岩波現代文庫) [a]
安丸 良夫 / 岩波書店 / 2013-07-18
大本教の開祖・出口なおが神憑りとなって記した膨大な預言書「お筆先」を、教団の聖典としてではなく、幕末から明治を極貧のなかに生きたひとりの女性の精神の記録として読み解く本。「お筆先」には前からちょっと関心を惹かれていて、こういう本を探していたのである。現存する宗教団体の教祖様の話でもあるので、クールな議論を探すのはなかなか難しい。
 無闇に面白くて、他の本を全部放り出して一気に読み終えた。途中でエリクソンのアイデンティティ論がちょっと都合良く持ち出されるところがあって、なにかこなれない感じがするのだけれど、そのあたりは、この本が書かれた時代を考慮すべきなのかもしれない(原著は1977年刊)。

 「お筆先」が提示する終末思想は、世界の根源的な「立て替え」のあとの理想世界をたとえば次のように語る。「今度天地の岩戸が開けたら、草木も人民も山も海も光り輝いて誠にそこら中がキラキラ致して、楽もしい世の穏やかな世になるぞよ」「月も日もモツト光が強くなりて、水晶のやうに物が透き通りて見え出すから、悪の身魂の潜れる場所が無きようになるぞよ」

こうしたイメージャリィは、思想史的には、日本の民衆が歴史のなかで育ててきた理想世界像のもっともあざやかな結晶化だといってよい。民衆は、ごく一般的には、自分の願望や夢を言葉にならないうちに抑圧して、支配階級からあたえられる世界像をあいまいに受容して生きるのだが、困苦の生活と変革的状況がふかまるとき、民衆の自意識は支配的思想からみずからを剥離し、独自の理想世界についてのイメージャリィを育てるものである。日本の民衆意識の伝統において、こうしたイメージャリィは、基本的には、家族を単位とした勤勉で篤実な労働(とりわけ農耕)とその成果のゆたかな享受ということであり、天地自然はそした民衆の努力と享受を保証している本源的な神性だということであったと思われる。[...]こうした世界像は、おそらく小生産者大衆の千年王国的ユートピアと呼びうるものである。[...] もちろん、こうしたユートピアは、封建制から資本制へと展開していく歴史の大法則の大きなうねりのなかに生まれた、中小の渦としての幻想であり夢であって、民衆は [...] 歴史の大法則のなかに巻き込まれ、その内在的論理にしたがって生きるように強制される。しかし、それにもかかわらず、こうしたユートピアの成立は、日本の民衆が、幕藩制国家とも天皇制国家とも異なった、より根源的な解放をめざして自らの諸価値・諸理念を自立化させてきたことをものがたるものにほかならないといえよう。
くりかえしのべたように、[出口]なおのような生の様式は、もしそれをとりかこむ条件がある程度まで順調ならば、そうした生の様式を営む人々にささやかに安定した「家」を作らせて既成の社会体制を下から支えるような役割をあたえ、その人間の内面性を既成の体制と価値のなかへ統合するはずのものであった。だが、こうした統合が失敗に終わったとき、なおがひたむきにつらぬいてきた生の様式には、なにか根本的な意味転換とあたらしい輝きが生まれ、そこに拠点を据えてすえて、近代化していく日本社会の全体性が「ざまいて」[=だまして] 開いた偽りの体系として糾弾されることになったのだった。[...] なおの告発は、激越な宗教的終末観の形態をとらざるをえなかったから、手段的な領域では非合理的であいまいだったといえる。しかし、こうした終末観的形態は、なおが既成的な文明のかたちから自らを分離し、その分離を根源的で徹底したものにするためには不可欠なものであり、なおの思想の透徹性の証左となるものであろう。
生活事実としての苦難が存在することと、そこから個性的な意味をくみあげることとは、まったくべつのことがらである。後者の道には、苦難を生きぬきそれを逆手にとる、強靱にきたえぬかれた自己がなければならない。なおは [...] みずからのはげしい苦難からかぎりないほどゆたかな意味をくみとり、私たちの世界のもっとも根源的な不正と残虐性とにたちむかったのであった。こうしてなおは、みずからの生の貧しさを、かえって、根源的なゆたかさに作り替えたのである。
 その意味で、なおは、もっともよく戦った人生の戦士だった。

日本近現代史 - 読了:「出口なお 女性教祖と救済思想」

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