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2014年9月13日 (土)
Soukhoroukova, A., Spann, M., Skiera, B. (2011) Sourcing, filtering, and evaluating new product ideas: An empirical exploration of the performance of idea markets. Journal of Product Innovation Management., 29(1), 100-112.
製品アイデア開発のための予測市場の先行研究。ほんとはもっと早く読んでおくべきだったのだけれど...
著者らいわく。
製品開発の初期段階(いわゆるファジー・フロント・エンド)においては、企業の従業員の知識をフル活用しなければならないのに、多くの企業はそれをやりそこねている。従業員から新製品アイデアを集め、絞り込み、評価するうまい方法はないものか?
最近ではネットを使った支援システムが提案されている(ここでDahan&Hauser(2002,JPIM)というのが引用されている。やばい、読まなきゃ)。たとえば:
- オープン・イノベーション・イニシアチブ(Chesbrough,2003,書籍)
- イノベーション・コンテスト(Terwiesch & Xu, 2008, Mgmt Sci)
- アイデア・コンペティション(Piiler & Walcher, 2006, R&D Mgmt)
- イノベーション・コミュニティ(Franke et al., 2008, JPIM; von Hippel, 2005, 書籍)
本論文ではそうした支援システムのひとつとして、アイデア・マーケットを提案する。これは予測市場みたいなもので、アイデアの仮想証券を仮想市場で取引する仕組みである。
先行研究概観。(Crawford & Di Benedetto, 2006, "New Product Management" というのが挙げられている。どうやら大学の教科書らしい)
1) アイデア収集(Sourcing)。まず社員のなかのリード・ユーザを探すという手があるが、カテゴリによっては難しい。多様な人からどっさり集めてくる、意見を交換させる(ブレインストーミングとかで)、匿名性を活かす、投稿を容易にする、透明性をつくる、楽しく競争させる、といった工夫がある由。
本筋から離れるけど、ここのくだりにすごく関心があるので、引用文献をリストにしておく。
- Goldenberg et al. (2001, Mgmt Sci) 新製品アイデアの質が成功の鍵だ
- Carson (2007, J.Mktg) 創造性には確率的な(stochastic)性質があるので創造的貢献者をあらかじめ同定できない
- Hargadon & Sutton (1997, Administration Sci.Q.) 同上
- Joshi & Sharma (2004, J.Mktg) 多様な貢献者から意見を集めるのが大事
- Franke, von Hippel, & Schreier (2006, JPIM) リード・ユーザ理論による貢献者同定; それはカテゴリによっては難しい
- Schreier & Prugl (2008, JPIM) それはカテゴリによっては難しい
- von Hippel (2005, 書籍"Democratizing innovation" 邦訳あり) それはカテゴリによっては難しい
- Diehl & Stroebe (1987, JPSP) どっさり集めれば質も上がる; ブレインストーミングでアイデア収集 (※←あれれ? これブレストで生産性が下がるっていう論文じゃなかったっけ?!)
- Simonton (1999, 書籍”Origins of genius" 邦訳なし) どっさり集めれば質も上がる
- Garfield, et al. (2001, Innovation Systems Res) 貢献者間のインタラクションでアイデアの質を高める
- Goldenberg et al (1999, JMR) 同上
- Madhaven & Grover (1998, J.Mktg) 同上
- van Dijk & van den Ende (2002, R&D Mgmt) 匿名性を活かす、投稿を容易にする、透明性をつくる、楽しく競争させる
2) 集団によるアイデア絞り込み(Filtering)。以下の3つが必要になる。
- 刺激のデザイン。アイデアを文章で示すのか、絵をつけるのか、などなど。
- 対象者の選択。エキスパートを選びたいところだが、なかなか難しいし、あんまり少ないと問題が生じるといわれている。多様な評価者を(社内だったらたくさんの部署からの評価者を)、多数選ぶのが良い。
- 反応のマネジメント。評価者にアイデアを多数の基準で評価してもらって、AHPで重みづけてして集約する。ないし、全体的評価だけを尋ねる(投票とかランキングとかで)。評価者を通じた集約の方法としては、単純平均、デルファイ法、そして市場メカニズムが挙げられる。デルファイ法みたいに相互作用させるのもよい(Ozer, 2005, Euro.J.OR)。ただし集団思考に陥る危険もある(Kumar,et al.,1993,Aca.Mgmt J.)。
3)評価(Evaluating)。これはアイデア収集と統合するのがよい。アイデア提案者に即座にフィードバックできるし、ひどいアイデアをすぐに落とせるので認知的負荷が下がる。さらに、即時的フィードバックは提案者のアイデアの質を挙げるし、良い提案者を同定できればそれは良い提案者でもあるかもしれない。
提案手法の特徴。
まず予測市場についての説明があって... IEMの紹介があって... (SpannとSkieraってひょっとしてIEAの関係者なのかしらん)
アイデア・マーケットでは、参加者が考えたアイデアが証券になる。予測市場の違いは2点。
- 証券の種類数が参加者の提案の数によって決まる。従って開始時点では未知である。
- 証券の価値が、近未来の実際の結果によっては決まらない。
つまり、Dahanらのプリファレンス・マーケット(Dahan,Soukhoroukova,&Spann, 2010, JPIM) やSTOC(2011,JMR) と比べても、上記1.においては異なるわけである。
お待ちかね、手法と実証実験。
とある企業との協同実験である。ハイテクB2B製品の国際企業、売上は300億ドル以上、世界100ヶ国以上でビジネスをしている由。(社名は伏せられているけど、Santos&Spann(2011,R&D Mgmt.)という論文があって、それはクアルコムにおける従業員からのアイデア収集の事例研究だから...)
仮想証券は3種類。
- 会社の新技術。専門家委員会が、むこう10年にその技術が収入に占める割合を推定し、それで最終配当が決まる。
- ある製品カテゴリにおける新製品アイデア。専門家委員会が、むこう10年の売上数量を推定し、それで最終配当が決まる。
- 創造的なビジネス・製品アイデア。専門家委員会がベスト10を選び、それに入ってたら配当あり、ほかは配当なし。
なあんだ、結局は専門家委員会が「正解」を決めてくれちゃうんだ。がっくり。この点ではDahanのSTOCなんかよりもオーソドックスだ。
ええと、著者ら曰く、配当の決め方としては次の路線がある。
- Foresight Exchange方式。予測対象の出来事が確定するまで待ってもらう。さすがに今回は無理だ。
- 外的に決めるのではなくて、STOCやLaCombらみたいに、終値や平均取引価格で決める。群衆的行動(herding behavior )と自己成就予言に陥る危険性がある。
- なんらかの代理指標を使う。検索エンジンでのヒット数とか文献引用数とか。取引中に参加者が調べちゃう危険性がある。
- 専門家委員会方式。参加者が委員会なるものを信用してくれないんじゃないか、というのが問題点。
というわけで、この実験では本当に社外からえらい人を連れてきて時間を掛けて議論させたらしい。なにもそこまでせんでも、適当でいいじゃん、と思っちゃいましたけど、国際企業の社内実験ともなれば従業員をかつぐことは許されないのだろう。
市場開設期間は36日間。全正社員に対してオープン。社内報とかチラシとかで告知した。取引は仮想通貨で行われる。
参加者は最初に仮想の金を渡される。ええと、仮想通貨の単位をポンドと呼ぶとして、最初に10000ポンド渡すんだそうです。
さて、この研究のウリともいえるアイデア収集だが... 市場開設から23日間、誰でもアイデアを投稿できる。ただし、会社にとっても市場にとっても新しいアイデアでないといけない、という決まりがある(別にチェックはしないらしい)。説明文のほかに、画像とか、外部リンクとか、引用文献なんかを載せられる。
投稿者には仮想通貨ではない賞品が与えられ(先着25名様には割増がある)、さらに仮想ポートフォリオにも仮想通貨がどかんと追加される。(これ、本文では投稿者にもれなく渡すように書いてあるが、図では後述するIPOフェイズを通過できたアイデアの投稿者に限って渡すように書いている。どっちなのかはっきりしない)
投稿から7日間はIPOのフェイズ。アイデアは価格が5ポンドに固定された証券となる。一人の参加者が買える上限は4000ポンドまで。で、売上が決まった閾値(参加者数で決める。たとえば20000ポンド)を超えないと、この証券は紙くずになる。
これを通過した証券は、初値5ポンドから取引開始(ダブルオークション)。あれれ、初値が公募価格と同じだということは、IPOに応募する特別なインセンティブはないわけか。
なお、このルールだと初期に取引する証券がまだないことになるので、主催者がIPOフェイズに3証券、取引フェイズに7証券を初日に投入した由。
さて、市場が閉まると専門家委員会の評価で配当が決まる。これで利益が確定する。
成績優秀者10名に100ドルから1500ドルの賞金を渡す。つまり、最終的なポートフォリオと報酬が連動するわけではない。それでも大丈夫という研究がある由(Servan-Schreiber, Pennock, et al., 2004, Electronic Markets)。
結果。市場がうまく機能したかどうかを4つの観点から評価する。
- アイデア・マーケットは従業員に受容されたか。参加してくれたのは397名、アクティブに取引してくれたのは157名。投稿数は252個。IPOを通過したのは100個。参加者調査の結果、大勢の参加者が「楽しかった、またやりたい」って言ってます、大勢の投稿者が「いやーこれやらなかったら新アイデアなんて出さなかったよ」って言ってます、とかなんとか。はいはい。スキップ。
- 収集・フィルタリングされたアイデアの質。IPOフェイズで半分以上が落ちたわけで、つまりフィルタリングは機能している(おいおい... 妥当なフィルタリングかどうかが問題なのに)。市場終了1週間前にやった経営層への調査では、上位20アイデアへの評価はとてもよかった。とかなんとか。うーん、ここの議論もちょっと弱い感じだ。
- アイデア評価の質。参加者調査では「すべての参加者がアイデアを評価できたのは良かった」という回答が得られたとか、経営層調査でも「この結果を参考にしたい」という回答が得られたとか。はいはいはい、省略。非投稿者より投稿者のほうが取引が活発で、かつ成績が良い。終値と専門家評価の相関は.10~.47で、一致しているとはいえない。著者らいわく、この不一致は新製品アイデアの成功の予測における不確実性の高さを表しているのでしょう、高価な市場調査を経た新製品導入さえ半分以上が失敗するといわれているのも道理ですよね、とのこと。おいおい。
- 全体的パフォーマンス。参加者調査ではみんな有用だっていってくれました、とか、他の会社でもやるといいと思うよっていってくれました、とか... この研究者たちはリップサービスという言葉を知らないのだろうか。
考察。
マネジリアルな含意:企業はアイデア開発の管理が不得手だ(Berczak, Griffin, Kahn, 2009, JPIM. あーこれ読んでおけばよかった...)。この研究が示したように、アイデア・マーケットのようなうまいプラットフォームがあれば、従業員からアイデアを集め同時にフィルタリングできるし、イノベーティブな組織文化をつくれるだろう。
今後の課題:手続きやインセンティブ・スキーマの改善。専門家委員会を使わないですむ方法。社外の人の参加。ブレストのようなアイデア創造手法との組み合わせ(←なるほど)。エキスパートの有効活用。
わかりやすい論文だし、勉強にはなったけど...
この手法の売りがアイデア評価ならば、専門家による評価と市場による評価のどちらが優れているのか、という問いに答えなければならないはずである。また、手法の売りがアイデアの収集とフィルタリングにあるならば、他の手法と比べて収集したアイデアの数が多いとか、IPOフェイズ通過有無がアイデアの質を正しく反映しているとか、そういうことを示さないといけないはずである。
この研究では、どちらについてもしっかりしたエビデンスがない。せいぜい、「アンケートでみんなそうだって言ってました」というレベルである。うーん。きっとこの研究分野では、検証が甘くてもアイデアが良ければ受け入れられるんだなあ。いわゆる社会科学的研究とはちょっと違うのかもしれない。まあ、別にそれでもかまわないような気もする。
ポジティブに捉えると、提案手法そのものは確かに面白いと思う。自分の投稿したアイデアが取引されるなんて、とても楽しそうだ。参加してみたい。
自分でアイデアを投稿している人のほうが取引成績が良いという知見もちょっと面白いと思った。単にコミットメントによる疑似相関かもしれないけど、とにかく投稿者を飽きさせない仕組みではあるわけだ。もしかすると、大きな組織のなかには埋もれたアイデアマンがいて、それをこの手法で探し出せるんじゃないかしらん。
論文:予測市場 - 読了:Soukhoroukova, Spann, & Skiera (2001) 新アイデアの仮想市場を社内で開設