« 読了: Chen & Pennock (2007) 頭の悪い君にはわからんだろうがこれが効用ベース・マーケット・メーカだ | メイン | 読了: Franco, Malhotra, & Simonovits (2014) 社会科学における「引き出し問題」はどのくらい深刻か »
2015年2月13日 (金)
Hansonの論文は難しくて手に負えなかったが、載ったのは予測市場の専門誌であった。Chen&Pennockのもちんぷんかんぷんだったが、人工知能系のカンファレンスであった。もう少し読者層が広そうな雑誌のほうがいいんじゃない? それに実験やっているほうが楽しくない?
Othman, A. & Sandholm, T. (2013) The Gates Hillman prediction market. Review of Economic Design, 17, 95-128.
... というわけで手に取った論文。アタリでした。ありがとう著者の人! 関係ないけど、ありがとうビル・ゲイツ!!
えーと、CMUにはGates-Hillmanセンターというのがある由。Gatesはもちろんビルさんのこと(スタンフォード大のコンピュータセンターもGatesビルディングじゃなかったっけ?)。調べたところによればHillmanというのはHenry Hillman財団の名に由来するそうで、ヘンリーさんとはどうやら大成功した投資家らしい。まあとにかく、予測市場Gates Hillman Prediction Market (GHPM) のご報告。ダブルオークション方式じゃなくて、マーケット・メーカ方式による実験である。
市場の概要は以下の通り。
- 通貨の代わりにチケットを使う。2500ドル分の賞品を用意。市場終了後、参加者に手持ちチケット数に応じた確率でランダムに賞品選択権を与え、賞品が尽きるまで繰り返すよ、という約束。
- 参加者はCMUの人。サインインしただけでチケットが20枚もらえる。ある週に1度でも取引したらチケットが2枚もらえる。
- 取引する証券は「コンピュータサイエンス学部のGates Hillmanセンターの移転が許可されるのはいつでしょう?」(もっと厳密な定義があるけど)。「2009/4/1以前」「2009/4/2」(...一日刻み...)「2010/3/10」「2010/3/31以降」の365銘柄。
- 市場開設期間は2008/9/4 - 2009/8/7。この最終日、移転が許可された由。
- 2009/4/1以降は紙くず株が生じたわけだが、取引停止にはしなかった。しかし価格はちゃんと下がった由(売りが殺到したということかなあ)。
- 参加登録者210名。参加者169名。注文総数39,482だが、実はその2/3はボットによるもの。
当たり株一株あたりの配当チケットは何枚ってことにしたの?と不思議に思っていたら、後述されるように実は話はもっとややこしくて、参加者としては任意の区間証券を売買している気分なのである。
LMSRマーケット・メーカを使用。さあ、著者の説明を伺いましょう。
えーとですね。マーケット・メーカはコスト関数$C$に従って動作する。コスト関数は、ベクトル$q$を「全参加者によるシステムへの総支払額」を表すスカラーへと変換する関数である。ベクトル$q$の要素は、それぞれのイベントが実現したときにシステムが参加者に配当しなければならない金額の合計である。
LMSRマーケット・メーカのコスト関数は:
$C(q) = b \log (\sum_i \exp(q_i / b))$
ただしbは市場開設時点で決めておく正の定数。大きくすると市場の流動性が高まる。つまり、この仕組みだと売れた証券の価格は高くなるのだが、その程度が小さくなる。GHPMでは$b=32$としたが、後で思うに、もっと大きくしておけばよかった、とのこと。
株価はコスト関数の勾配である。すなわち、銘柄$i$について
$p_i(q) = \exp(q_i / b) / \sum_j \exp(q_j / b)$
である。これを「値付けルール」と呼ぶ。この価格は出来事の生起確率の予測値と捉えることができる。
たとえば、「レッドソックスが勝つ」「ヤンキースが勝つ」の2証券の市場を考えよう。現状、もしレッドソックスが勝ったらシステムは5ドル払うことになり、ヤンキースが勝ったら3ドル払うことになっている。$q=(5,3)$である。
$b=32$とする。ただいまのレッドソックス株の株価は
$\exp(5/32) / \{\exp(5/32) + \exp(3/32)\} = 0.5156$
と表示される。
さて、いま、「レッドソックスが勝ったら1ドルもらえる」証券を新たに買いたがっている奴が現れたとしよう。この注文に応えると、コスト関数の値は $C((6,3)) - C((5,3))$だけ変化する。$b=32$として0.5195。つまり0.5195セントで売ることになる。
[↑あっ、そうか! ひと株の取引でさえ、取引価格は「値付けルール」で求めた株価とは違うのか! ということは、「値付けルール」の意義はあくまで販売数量を生起確率に変換するという点にあり、実際の価格決定は常にコスト関数の差をみなければならないわけか...]
さて、ここからはGHPMがご提供する特殊機能。365銘柄はさすがに多すぎるので、範囲で取引させる。
市場の状態を$\vec{q}^0 = \{q_1^0, q_2^0, \ldots, q_n^0 \}$とする。画面にはこれを値付けルールで価格に換えた面チャートが表示されている。参加者は区間$[s, t]$を選び、スライダーでリスク$r$を決める。すると、画面に次の選択肢が表示される。
- 買い注文。もしその期間が当たったら下式の$\pi_f$が配当される。
- 売り注文。その期間以外のすべてを買ったことになる。もしその期間が外れたら(=その期間以外のどこかが当たった)、$\pi_a$が配当される。
面倒なので$pi_f$の決め方だけメモ($pi_f$は中央の区間に、$\pi_a$は左側区間と右側区間に足す形になる)。見やすいように縦棒を入れた。
$C(q_1^0, \ldots, q_{s-1}^0, | q_s^0+\pi_f, \ldots, q_t^0+\pi_f, | q_{t+1}^0, \ldots, q_n^0) = C(q_0) + r$
なるほどね、リスクというのは区間証券の購入額のことか。なお、これは閉形式では解けないそうで、ニュートン法で解いたそうだ。
結果を紹介する前に、この市場のあんまり芳しくない特徴について。
- まず、価格(=予測確率)の面チャートを見ると、なぜかものすごいスパイクが現れている。つまり、理由はないのに、ある短い期間だけ発行枚数がどんと増えているのである。これは数理的にそうなっちゃうそうだ。
- どれだけ発行枚数が増えても流動性が変わらない。市場終盤に至っても、ちょっと売買しただけで価格が変わってしまう。これはちょっと変な感じだ。
よくわからんが、これは両方とも、LMSRの流動性係数$b$を一定にしていることの帰結なんだそうだ。
さて、実験の結果。
儲かった49名について調べたところ、3つの方略がみつかった。それにしても、ずいぶんノリの良い奴らだ。
- spike dampening方略。スパイクを狙って売る。
- relative smoothing方略。スパイクの合間の低いところを買う。
- information gathering方略。コンピュータサイエンス学部の博士課程に在籍しているElieくんは、工事現場に通いつめ、建築監理者の携帯の番号まで手に入れる苦労の末、発表当日朝に情報をつかんで今日の株を買いまくり、果たして取引成績100位付近から15位にまで急上昇した由。自分の研究しろよ...
では、市場自体のパフォーマンスはどうだったか。いろんな話が書かれているが、疲れてきたので、ここからは簡単に。
- 市場は移転日予定の公式発表や天気に反応した。
- サインアップの際、参加者に「あなたは平均的参加者と比べて自分がどのくらいsavvyだと思いますか」と5件法で聴取している。うーん、なんて訳せばいいんだろう。「取引がうまい」かな。回答は意外に謙虚で、かつ実際の成績とは関係なかった由。
- 一人当たり取引数の分布はべき法則に従った。
- なんと、ボットで取引する奴が現れた。APIも公開してなかったのに。作ったのはコンピュータ・サイエンス学部の院生ジムくんで、2日間かけてボットをつくり、現在の価格を混合正規分布にあてはめ、そこから外れている日を売り買いしやがった。ボットの成績は素晴らしく、一時は2位にまで上昇したが、2月14日の第二回予定日公式発表を機に彼は手動取引に戻し、以後ほとんどのチケットを失ったそうだ。残念でしたね。
- IEMの研究では、予測市場の好成績は少数のmarginal trader (鞘取りを狙う投資家)に支えられているのだそうだ。この仮説はGHPMでも支持された由 (6頁にわたって延々分析されているが、超面倒なので読み飛ばした。IEMとちがって各銘柄の確率分布が常に整合しているので、marginal traderを同定することさえ難しいのである)
まとめ。マーケット・メーカ方式のふたつの問題点があきらかになった。(1)価格のスパイクの出現。とはいえユーザ・インタフェイス次第かもね、とのこと。(2)流動性が変わらないこと。
長かった... 疲れた...。でも、期待した通り、LMSRの説明が素人にもわかりやすくて、助かった。
論文:予測市場 - 読了:Othman & Sandholm (2013) マーケット・メーカ方式で予測市場をやってみました@CMU