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2016年6月27日 (月)

Leibovici, L. (2001) Effect of remote, retroactive intercessory prayer on outcomes in patients with bloodstream infection: Randomised controlled trial. BMJ, 323, 1450-1451.
 過去の事柄について祈ることの、過去に対する効果を示した論文。どこかで話題にされているのをみかけて、飯のついでに読んだ。論文といってもたった2頁です。

 時間は線形に流れると我々は感じ、この感覚に我々は縛られている。しかし神がそれに縛られているかどうかは定かでない。我々はこのような仮定に依存しないランダム化統制試験を行いました。
 ある大学病院の1990-1996年の血流感染の患者3393名を対象とする。実験は2000年に行った[←ここ、笑うところ]。患者を無作為に統制群と介入群に分け、ある祈祷者に介入群のファーストネームのリストを渡し、グループ全体の健康と回復を祈ってもらった。模擬介入は設定しなかった[←ポカンとしたんだけど、プラセボ群を作らなかったということの定番の言い回しなのかな。あとでじわじわと可笑しさが。この実験におけるプラセボってなんだ]
 結果。死亡率は介入群で低かったが有意差なし。入院期間と発熱期間が、介入群で有意に短かった。Wilcoxonの順位和検定で、それぞれp=0.01, p=0.04。なお、いろんなリスク要因について比較したけど、群間で差なし。
 考察。本研究はそもそもデザイン上、絶対に二重盲検であることが保障されている[←ここもちょっと笑った]。残念ながら患者のインフォームド・コンセントは得られなかったけれど。遡った祈りはコスト的にみて効率の良い介入であり、おそらくは副作用もないだろうから、臨床的適用を検討すべきだろう。今後の研究によるメカニズムの解明が望まれる。云々。

 ...いま検索したら、この論文の内容を紹介し著者はバカじゃないかとお怒りの方がいらしたが、掲載されたのはBMJのクリスマス号。年末恒例のお楽しみとして、こういう半分ジョークの論文が多数掲載される号である。私が記憶しているのは、老人の歩行速度と死亡率の関係を分析し、死神に追いつかれないために必要な速度を割り出す、という奴。
 この論文は結構な反響を呼んだらしく、2003年のクリスマス号に素粒子物理学の観点からの考察(!)が、2004年のクリスマス号に牧師と物理学者による「おまいらたいがいにせえよ」的批判が載ったらしい。どちらも読んでませんけど。
 というわけで、読む人によってさまざまな感興を持つであろう論文である。どうやら、他人が遡って祈ること(retroactive intercessory prayer)について超心理学的な観点から大真面目に取り組んでいる人たちもいるらしく、そういう文脈で真剣に引用されちゃうこともあるらしい。私はp値を実質科学的推論に繋げることの難しさの一事例として捉えたんですけど、どうなんでしょうね。

 そういや、イギリスの分析哲学者の有名な論文で、部族の若者たちが狩りに出かけている間、酋長が無事の帰りを祈って踊り続ける、スケジュール上若者たちがもし死んでいるならばとっくに死んでいる段階になっても、帰ってくるまでは踊り続ける、それはなぜか... という話があったと思う。すでに確定している過去の出来事について祈ってしまうという気持ちは、ごく素直なものだろう。人の心の不思議のひとつだ。

論文:データ解析 - 読了: Leibovici (2001) 過去についての祈りが過去に及ぼす効果