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2009年10月 1日 (木)
誠にどうでもよい話だが,先週土曜日の講義終了後,学生さんたちがわらわらと教室から出て行くのを見送りつつ,ノートPCを終了させ,荷物を鞄にしまって,部屋のエアコンと照明をオフにし,ドアを開けて廊下に出たところで,そこに立っていた人と危うくぶつかりそうになった。みるとそれは制服を着た女子高生で,驚いたことに,その後ろにも女子高生たちが,ずらーっと,長い行列をつくって並んでいるのである。その奇妙さが俺にこの下手な文章でうまく伝わるかどうかわからないが,先頭の女の子と目があったときは,なんというか,シュールレアリズムの映画のなかの住人になったかと思った。
正面から顔をつきあわせることになった娘さんが,緊張した声で「こんにちは」というので,我に返って「え?!なに?!なにこれ?!」と口走ると(ちっとも我に返っていないぞ),その娘さんも俺につられて慌てたようで,「あ,あの。。。エイオーニューシの。。。」と口ごもる。振り返って見ると,いま開けたドアの廊下側に,「AO入試受験者控え室」というような張り紙が貼ってある。教務の方が講義中に貼っていったらしい。知らないうちに,教室は高校生たちの控え室になっていたようで,彼女たちはドアが開くのを行儀良く待っていたのだった。
とっさに,「あ,そんならこの教室使うのね?,はいはいはい」と明るく声を掛け,後ろ手にドアを開けて数歩後ずさり,片手で照明とエアコンをつけながら「はいどうぞー」とドアを大きく開けた。で,あたかも急用があるかのような早足で教員控え室に向かいつつ,そうかそれで高校生がいたのか,と納得した。ああ,びっくりした。
それから,これが我ながら不思議なのだが,俺はひとしきり反省した。いま俺の行動は不審ではなかったか? いや,なかったなかった,大丈夫だ。いかにも教員らしい落ち着いた振る舞いであったことよ。うんうん。というふうに。
先日の休日に近所を散歩していて,音大の前を通りかかったら,ちょうど秋の学園祭をやっていた。オーケストラの生演奏に釣られて入ってみると,コンサート会場はもう立ち見で満杯で,屋外ステージは人混みに隠れて見えない。仕方がないので,屋台で紙コップの生ビールを買い,所在なくあたりを見回していると,まわりは二十歳前後の女の子たちでいっぱいで,それがなんだかおしなべて美人なのである。さらに,彼女たちの腰の位置の高いことといったら。とにかくもう,スタイルがものすごーく良い。日本人はいったいどうなっちゃったんだ,食い物のせいか,などと呟きながら,若く美しい娘たちをジロジロジロジロと鑑賞した。
これはお嬢様の通う名門音大だからか? それともイマドキの女の子はみんなこんなにスタイルが良いのか? 別の大学ならどうだろうか,とそこまで考えて,はたと気がついた。自分が教えている学生さんたちを,俺はろくろく見ていない。顔は覚えているけど,美人だとかそうでないとか,そういう視点で学生さんたちをみたことはないし,体型に至っては全く記憶にない。教室で顔を合わせるだけ,せいぜいたまに飲みに行ったりする程度だから,当然のことだろうか。。。いや,やはりそれだけではないな。いざ自分がなにかを教える立場となると,学生たちのスタイルだとかルックスだとか,そういう事柄にはもう全く気が回らなくなってしまうのである。
要するに,これは役割の問題であろう。仕事先のキャンパスにおいては,俺はせっかちな非常勤講師であり,音大のキャンパスにおいては,俺は近所の忌憚無きスケベオヤジである。どちらが本物,という問題ではない。俺は見事に社会的役割を取得している。
でも,なにかの拍子に不意を打たれると。。。たとえば,開けたドアのすぐ目の前に可愛らしい女の子が立っていて思わずつんのめりそうになったりしたときに,ぶ厚い被覆が一瞬剥がれ落ちる。その内側の俺は,若い女性を見るとすぐにあがってしまってまともに口もきけなくなってしまう,小心な青年のままだ。俺はさまざまな社会的役割をとっかえひっかえして,かろうじて生き延びている。
年を取ろうが,結婚しようが,俺は全く成長していない。これからも成長できないだろう。そう気づくことはとても哀しい。実に情けないことだが,オカシイ,コンナハズデハナカッタ,という気がするのである。
2009年8月12日 (水)
毎年恒例「勤務先の夏休み中に集中講義」週間がやってきた。講義といってもたかだか一日二コマ,帰宅はふだんよりも早い。この休みのあいだに,読めずに積んである本も読みたい,あれもしたいこれもしたい。。。と夢見ていたのだが,もちろんできるわけがない。毎日喋るというのは,案外疲れるものなのである。というわけで,酒も飲まず,ややこしい本も読まず,適当なCDを回しっぱなしにし,ひたすら体力を温存して過ごしている。
三日目の本日は,勤務先の用件とぶつかってしまい,夏休みをちょっと中断することとなった。朝早くに客先を訪問して延々喋り倒し,終わるやいなや姿をくらまして東京を横断,多摩山中の大学にたどり着くとちょうど講義開始,べらべら喋って喋って喋って,チャイムとともに蒸発,今度は駅前のコーヒーショップに駆け込み携帯に向かって喋りまくるという強行軍。なんだか有名人になったような気分であった。もちろん錯覚ですが。冷静になって考えると,俺のつまらん話を我慢して聞いてくださる人々に,クッキーでも配ってお詫びすべきところである。
一週間のあいだには,なにかしら不慮の事態が生じるものだ。今年はなんだろうと思っていたら,思わぬ伏兵が。講義中に突然気分が悪くなり,休み時間に便所に籠もる羽目になった。たまたま他に利用者がいなかったのをよいことに,遠慮なくゲエゲエ唸ってみたり,シモ関係の怪音を立てたりした末,ようやく立ち直ってふらふら教室に戻りつつ,ふと胸元をみたら,なんと,ワイヤレスマイクがくっついたまま。たまたまスイッチを切っていたので助かったが,もし便所の個室の様子をライブ中継していたら。。。今度こそ,本物の有名人になっていたところであった。
2009年7月20日 (月)
このブログをはじめたきっかけは,ブログの記事作成時には本のISBNだけ書けば,ブログ上ではどっかのデータベースから引っ張ってきた書誌情報が表示される,という芸当が出来るのだと知ったからである。こりゃ面白い,試してみなきゃ損だな,と思った。ちょうど前の会社に勤めたばかりで,精神的にも物理的にもヒマだった,という背景がある。
あれこれ探した末,mt-bk1.plというmovable type プラグインを使うことに決めた。オンライン書店bk1の書誌データを引っ張ってくるプラグイン。中のperlコードがシンプルなのが魅力的だったし,作者は当時bk1のCOOの方だったから,サービスの安定性には不安がない,と思ったのだ。
甘かったですね。その後この方はbk1を辞めてしまい,bk1の書誌データ検索APIはあっというまに停止してしまった。面白いサービスを無料提供してくれたbk1の方には感謝するけれど,こんなことなら最初からamazon用のプラグインを使っておけばよかったよなあ,と愚痴りたくもなる。互換性を保つため,amazonの英語のマニュアルと首っ引きで,プラグインの中身を書き換えはじめたら,休日を二日潰す羽目になり,出来上がりはオリジナルと似ても似つかないものになった。その後も,movable typeの大きなバージョンアップやamazon APIの仕様変更があるたび,休日のひとときをコードの修正に当てることになった。
で,このたびのamazonの大仕様変更である。2009年8月15日から,amazon APIへのすべてのリクエストに署名認証が必要になる。。。署名認証? いったいそれはなんだ。難しい話をいきなりふっかけるのはやめてほしい。そんなの自分で勉強しろ,といわれたら返す言葉もないが,その勉強こそがもっとも面倒なのである。
昨日ようやく重い腰を上げて,web上の情報を参考に自家製プラグインを書き換えてみたが(さいわいみなさんお困りのようで,参考情報には事欠かない),これが現プロバイダのサーバではうまく動かない。みなさん,さくらインターネットのレンタルサーバには,perlのDigest-SHAモジュールがインストールされていないのです。激安プランに入っているおかげでSSHログインができないから,自分のディレクトリにモジュールをインストールすることもできない。プロバイダさんにインストールを依頼してみたが,はたして期限までに対応してもらえるだろうか?
教訓:(1)コンピュータが普及したら,たくさんの人が自分でコードを書くようになり,プログラミングは一般市民の常識となり。。。ほんの20年ほど前には,こういう夢が大まじめで語られていた。実際には,世の中はどんどん複雑化していくし,わかりやすい説明にはコストがかかる(Digest-SHAとDigest-SHA1がどうちがうのか,俺に親切に説明してくれる人はいそうにない)。このご時世,素人が自分でコードを書くなんて,大変に効率の悪いことなのだ。プロ/セミプロの善意にすがっているほうがはるかに賢い。(2)ここに至って,レンタルサーバにmovable typeに自家製プラグインだなんて,いったいどんなコンピュータ好きだろうか? どっかのブログサービスを借りた方がはるかに簡単だ。なのにサンク・コストに縛られて,なかなか身動きがとれない。やれやれ,人はかくのごとくして年を取っていくのだ。
2009年6月20日 (土)
今週ずっと悩んでいたことがあった。冷静に考えると,どうでもいいような話なのだが,まあいいや,解決した記念に記録しておこう。
なにか事情があって,コマンドラインで動くプログラムをVBAで呼ばないといけない,としよう。別にIT関係の仕事をしているわけでもないのに,なんでそんなことをしなければならないかは,ちょっと横に置いておく。人生にはいろいろ不条理な事が多いのだ。
いちばん手っ取り早いのはshell関数だ。
Sub Sample()
Shell "hogehoge.exe"
End Subという感じだ。
ところが,shell関数は外部プログラムを非同期に実行する。hogehoge.exeがなにをはじめようが,その終了を待たずにつぎの処理に移ってしまうわけだ。VB.NETではどうだかしらんが,少なくともVBAではそのはずである。同期実行したい場合はどうするか? かつてはAPI関数で終了を監視したものだが,最近ではWindows Scripting Hostを使うという手があるのだそうだ。
Sub Sample()
dim oWsh as object
set oWsh=createobject("WScript.Shell")
oWsh.run "hogehoge.exe", , True
set oWsh=nothing
End Subテストしてないけど,こんな感じで動くらしい。
そうすると欲が出てきて,こんどはhogehoge.exeになにか標準入力を与えたい,という気分になる。hogehoge.exeを実行すると,「爆発します。よろしいですか? (Y/N)」というプロンプトが出て,Nのキーを押さないとえらいことになる,としよう。RunメソッドのかわりにExecメソッドをつかえば,
Sub Sample()
dim oWsh as object
dim oExec as object
set oWsh=createobject("WScript.Shell")
set oExec=oWsh.Exec("hogehoge.exe")
oExec.StdIn.Writeline("Y")
set oExec=nothing
set oWsh=nothing
End Subこのように,Stdin.WriteLineメソッドでhogehoge.exeにとっての標準入力を制御できる。ああ,これだと爆発してしまうけど。
さて,本題はここからだ。hogehoge.exeが,標準入力に一行与えると標準出力に数行吐く,また一行与えるとまた一行吐く...というようなプログラムであった場合を考える。なんでもいいけど,たとえばMeCabのようなプログラムである。形態素解析ソフトMeCabは,コマンドラインでこんなふうに対話的に動く。
C:\>mecab ←入力
さよならだけが ←標準入力
さよなら 感動詞,*,*,*,*,*,さよなら,サヨナラ,サヨナ
だけ 助詞,副助詞,*,*,*,*,だけ,ダケ,ダケ
が 助詞,格助詞,一般,*,*,*,が,ガ,ガ
EOS
人生だ ←標準入力
人生 名詞,一般,*,*,*,*,人生,ジンセイ,ジンセイ
だ 助動詞,*,*,*,特殊・ダ,基本形,だ,ダ,ダ
EOSコマンドラインでmecab.exeを実行するとすぐに入力待ちになる。一行入れるとどどどと結果を返し(上の例では4行),また入力待ちになる。また一行入れるとどどどと結果を返し(上の例では3行)...CTRL-Zをいれるまで続く。このやりとりをVBAにやらせるにはどうすればよいか?
標準出力ストリームはExecオブジェクトのStdOutプロパティで参照できる。ストリームを一発で読み込むためにreadallというメソッドが用意されている。だから素直に考えれば,
Sub Sample()
dim oWsh as object
dim oExec as object
set oWsh=createobject("WScript.Shell")
set oExec=oWsh.Exec("mecab.exe")
oExec.StdIn.Writeline("さよならだけが")
debug.print oExec.StdOut.readall
oExec.StdIn.Writeline("人生だ")
debug.print oExec.StdOut.readall
set oExec=nothing
set oWsh=nothing
End Subところが,これがうまくいかない。上の例だと,最初のdebug.printでプログラムが止まってしまい,なにも表示されていない黒いウィンドウと向き合う羽目になる。CTRL-Cをいれればウィンドウは消えるが,当然つぎのwritelineでエラーとなる。
あれこれ試してみたところ,どうやらプログラム実行中に標準出力をreadallすると,そこで止まってしまうらしい。しかし,実行中に標準出力が読めないというのはちょっと信じがたい。答えを求めてwebを徘徊し,悩みに悩み,ついにはうんざりして投げ出したが,どうにも気分が悪い。一晩経って気を取り直し,もう一度だけ試してあきらめることにした。
ふと思いついて,標準出力を1行ずつ読んでみると,
oExec.StdIn.Writeline("さよならだけが")
Dim i As Integer
For i = 1 To 4
Debug.Print i; oExec.stdout.readline
Next iなんと,これは動く。ところが,oExec.StdOut.ReadLineをもう一行増やすと,その行で止まる。つまり,4行の標準出力が出ているとき,きっかり4行読む分には問題がないが,5行読もうとすると(ないしreadallで一気に読もうとすると),そこで止まるのである。おそらく,標準出力に5行目が吐かれるのを,じっと待っているのだろう。
不思議で仕方ないのは,AtEndOfStream プロパティを参照するだけでも止まる,という点である。MSDNによれば,AtEndOfStream プロパティには「ストリームの最後に達したかどうかを示すブール値が格納されます」ということだから,4行読むまではfalse, 読んだあとならtrueを返すはずである。だったらこれを門番にして
oExec.StdIn.Writeline("さよならだけが")
while not oExec.stdout.AtEndOfStream
Debug.Print oExec.stdout.readline
wendと書けそうなものだ。実際,こういう例文があっちこっちに載っている。しかし,realineで4行読み尽くした後にAtEndOfStreamを参照すると,trueを返すのではなく,とにかく止まってしまうのである。4行目がほんとにストリームの最後だったのかどうか,様子を見守っているのだろう。どうやら,AtEndOfStreamが使い物になるのは,呼んだプログラムがもう終わってしまっている場合に限るようである。
MeCabの例でいえば,各回の最終行の中身がかならず文字列"EOS"になるので(そのように設定できるので),
oExec.StdIn.Writeline("さよならだけが")
dim sLine as string
sLine = vbNullstring
While sLine <> "EOS"
sLine = oExec.stdout.readline
Debug.Print sLine
Wendというように,"EOS"が出てくるまでreadlineすればよい。今回やりたかったことに限っていえば,このやり方でなんとか解決できた。ほっとしたけど,ちょっと後味が悪い面もある。もし出力の中身から判別できなかったらどうすんのかね。。。
解決した記念に書いてはみたが,読み返してみると,実にどうでもいい話である。なんというか,出世するタイプの人が悩む問題ではないね。
2009年5月 5日 (火)
朝夕の通勤電車はたいてい混雑しているが,日中に移動する地下鉄で座席が空いているとき,腰を下ろすと,いつのまにか夢を見ていることがある。夜ベッドで見る夢とは違って,ほんの一瞬の,異常なまでに鮮明な白日夢だ。頭のどこかは醒めていて,夢を見ながらもいま電車に揺られていることは理解していて,下車駅の直前になると目が覚める。
そういう夢のほうが,むしろ実生活に大きな影響を及ぼすような気がする。改札を出てから,いったいあの夢は何を表していたのか,あるいはなにも表していないのか,などと考える羽目になる。
地下鉄の列車が止まり,ドアが開くと,黒い制服を着た二人の白人青年が,事務的な早口の英語を交わしながら乗り込んでくる。列車が動き出す。二人はそれぞれに,パスケースのようなものを開いて座席の乗客にかざしながら,流れるような動作でホルスターから拳銃を抜き,乗客の額を撃ち抜く。プシュン。射殺された男がぐったりと倒れ込む。隣の女が中腰になって,いまにもすさまじい悲鳴を上げるかとみえるその瞬間,女は青年が突き出したパスケースを目にして,なあんだ,という表情になり,落ち着いて座り直す。プシュン。額から血潮が弾ける。
そのようにして,乗客たちはいったんは異変におびえながら,しかし青年がかざすパスケースを一瞬目にしただけで,即座に落ち着きを取り戻し,従容として死に就く。二人の青年はそれぞれ座席の片側ずつを受け持ち,言葉も交わさず,きわめて機械的に,乗客を次々に殺していく。
車両の両側に,眠るようにくずおれた人々の列をつくりながら,彼らはこちらに向かってくる。俺は座ったまま硬直している。どうしよう。逃げるべきか。しかし,パスケースのなかにはいったいなにがあるのか。それを確かめる必要があるのではないか。それを一目みるだけで,逃げ出す必要などなにもないということが,はっきりとわかるのではないか。列車は走り続ける。彼らが近づいてくる。どうしよう,どうしよう。
大皿の上に,どこからどうみても大便としかみえない形の太くて長い固まりがあって,しかし色だけが鮮やかな黄色と茶色に彩られている。形を別にすれば,それはだし巻き卵にそっくりだ。
ステンレスの四角い容器に黄色や茶色の着色料が入っていて,俺は細い刷毛をその液体に軽く浸し,繊細なタッチで,皿の上の固まりの表面を塗る。人々はそれを見守り,俺の優れた技量に溜息をつく。俺はその物体をだし巻き卵にみせかける職人だ。そういう職業があるのだ。
刷毛や小筆を駆使し,俺は傑作を仕上げる。形を無視して表面のテクスチャだけに注目すれば,それは本物のだし巻き卵よりもだし巻き卵らしい。解説者の声が聞こえる。皿の上にあるのは,もはや現実的なだし巻き卵を超えた存在,理念としてのだし巻き卵であるといえるでしょう。
白いテーブルクロスをかけられたテーブルに向かって,高価なスーツを着た西洋人の老女が座っていて,早口のフランス語で何事か語っている。料理評論家だ。その目の前に大皿が置かれる。老女は器用な手つきで箸を手に取る。
皿の上の物体はいったい何なのだろう,と俺は思う。少なくともだし巻き卵ではないことを俺は知っている。しかし,それは本当は何なのか。それは大便なのか。それとも,だし巻き卵でも大便でもないなにかなのか。そうだ,俺は何も知らないのだ,と俺は気づく。自分の生涯を捧げたこの仕事について,俺は本当はなにも理解していなかったのだ。老女が皿の上の固まりに箸をつける。柔らかい物体を箸でちぎろうとする。いま,老女はオウと小声を上げるだろう。俺は固唾を飲む。あれはウンコか。ウンコなのか。
勤務先で土下座のトレーニングが開催されている。会議室に社員を集め,まず副社長級の女性がpowerpointを使って説明する。土下座はそれ自体が目的ではありません。あくまで私たちのbusinessのための一つの手段です。適切な状況下で,適切に土下座を適用し,課題解決に役立て,productivityを高めていきましょう。
社員が取り囲むなかで,女性は正しい土下座の例を実演する。これ,スーツの膝が伸びちゃうんですよねえ,と呟いてみせると,周囲が軽く笑う。立ち上がって,ええと,これはひとつの例です。必ずこの通りにしなくちゃいけない,というわけではありません。それぞれの方にそれぞれのノウハウがあるはずです。どうですか,どなたか,この場でご自分の土下座をshareしていただけませんか。
中堅の男性社員が前に進み出て,私はあまりうまくないんですけど,と微笑む。これは××で学んだ土下座です。云うが早いか,男は膝から崩れ落ちるように姿勢を崩し,あっという間に土下座している。「すごいですね」と周囲が拍手する。「さすがは大手広告代理店の土下座だ」俺は一緒にパチパチと拍手しながら,この人たちは本当に感心しているのだろうか,それとも内心では嗤っているのだろうか,と疑う。
別の若い社員が,新しい土下座を考案しました,と名乗り出る。額を床にすりつけ,頭部を左右に小刻みに揺らすところが新しい。皆が拍手する。俺の横にいた年上の社員が小声で呟く。俺は企画書を書くのも上手くないし,レポート書くのも好きじゃないし。でも土下座っていうのもねえ。長年この仕事やってるけど,俺いったい何に向いているのかなあ。その茶化すような軽い口調に合わせて,なあに云ってんですか,と小声で笑ってみせるが,その後が続かない。
土下座にglobalのガイドラインはないんでしょうか,と誰かが声を上げる。問い合わせてみてはどうでしょうか。そうしましょう,と応える声がある。また余計なことを,と小さく溜息をついたところで,電車が下車駅に着いた。目を閉じたまま,片足を勢いよく蹴り出して,足下で土下座を続けている若い社員の幻をかき消し,立ち上がって列車を降りた。
2009年3月12日 (木)
その頃俺はろくに大学に行きもしない学生で,東横線自由が丘駅の近くの風呂のない木造アパートで暮らしていた。夕暮れ時,駅前のロータリーに面した改札の脇にサンダル履きで佇み,俺は目的もなくあたりを見回していた。どういうわけでそんなことをしていたのかはっきりしない。バイトのない夕方に暇を持て余し,駅前の本屋に寄った帰りだったのか。夕方の空を眺めながら,晩飯のことでも考えていたのだろうか。とにかく俺はなにかに腰を凭れさせた姿勢で,ごちゃごちゃと停められた自転車の間を縫うようにして歩いていく人々の群れを,ただぼんやりと見ていた。
当時はどこにいっても「手かざし」の人を見かけたものだった。にぎやかな駅前や交差点など,人の集まるところで立ち止まると,決まって誰かがスッと寄り添ってきて,あなたの健康と幸せのために祈らせてください,というような決まり文句を口にする。断ると特に食い下がるでもなく離れていき,また別の人に声をかける。俺は一度も応じたことがなかったが,時折断り切れなかった人が,片手をかざし目を閉じて祈る人の前で,落ち着かない様子で祈りが終わるのを待っているのを見かけた。そのときも若い女が近づいてきたが,身振りで拒むとそのまま離れていった。
特に行く当てもないまま呆然と駅前の人混みを眺めていて,ふと,何人もの「手かざし」の人が,目立たないように歩き回っていることに気がついた。若さには不似合いな地味な格好をした女,小さなナップサックを背負った気の弱そうな青年。邪険に断られ続けるのに慣れ切った様子の人もいれば,おずおずと慣れない様子の人もいる。よく見ると,自分も歩行者に声をかけながら散開している仲間の様子に気を配っている,リーダー格らしい女もいる。
そういえば,もっと遅い時間に駅前を通ると,ロータリーから緑が丘方向に抜ける高架下で,10人前後の若い男女が輪になってなにか話し合っているのを見かけることがあった。あれは「手かざし」の人たちだったのか,とはじめて気がついた。
その数日後,あたりが薄暗くなりかけた頃に,俺はスニーカーを履いて駅前に出かけた。改札の前の柱の脇を居場所に決め,極力ぼんやりとした表情で,柱に凭れ周囲を眺めはじめた。俺は「手かざし」の人たちの様子を,できるだけ長時間観察するつもりだった。
俺はその日なぜそんなことをしたのだろうかと,後になって何度も考えた。「手かざし」や,おそらくはその背後にあるだろう宗教団体には,俺は何の関心も持っていなかったし,そもそも宗教的なものに興味があったわけでもなかった。あえて推測すれば,見知らぬ通行人に手をかざして祈るというわけのわからない行為に時間を費やす人々そのものに,興味を引かれたのかもしれない。その人たちが概して二十代前半,俺と同年代に見えたことも,関心を引く一因だったのかもしれない。ただの好奇心。物好きで暇な学生の時間つぶし。友人もろくにいない一人暮らしの毎日が寂しかったから。他にもいろいろな理由を思いつくし,そのどれも少しずつ正しくて,どれも全てではない。とにかくそのときの俺は,わざわざ駅前に出かけて「手かざし」の男女を観察することに,なんらかの意味を見いだしていたのだ。その日の俺は腹ごしらえも済ませ,ちょっとした決意を持って駅前に出かけたのだった。
改札の前に陣取ってすぐに「手かざし」の人が寄ってきたが,目立たないように追い払った(その後は他の誰も寄ってこなかった。彼らは行き当たりばったりに声をかけているわけではないのだ)。その気になって探せば,彼らはすぐに判別できる。服装は概して地味で,動きやすい軽装である。人の流れの脇に一人でそっと立ち,目をつけた通行人に素早く近づく人。その一歩を踏み出しかねて,仲間と二人で立ちすくんでいる青年。鞄を持っているのはごく慣れない様子の人だけで,多くの人は手ぶらかナップサックである。
数日前に見かけたリーダー格の女もいた。くすんだような赤いスカート,ショートカットの小柄な若い女で,人混みを機敏に泳ぎ回り,仲間たちに短く声をかけたり,肩に手をかけて励ましたりしている。平凡な顔立ちの娘だが,きびきびとなにかを指示したり,話を聞く表情から,意志の強さが伝わってくる。
彼らは散開して通行人を物色し,目をつけた人の脇に近づいて,一緒に歩くような姿勢で話しかける。「すみません,あなたの健康と...」そして邪険に断られる。通行人が立ち止まったり,歩みを遅くすることはめったにない。ごくまれに成功者が現れ,片手をかざした祈りが始まると,人混みのなかにつきだした杭のように目立つ。じっと眺めていると,次第に駅前の喧噪が巨大な水槽であるように思えてきた。小さな魚たちが水草の影に隠れ,ときどき流れに逆らって泳ぎだそうとしては,強い水流にひらひらと押し流される。
大声で絡み始めた男がいる。みると,二人連れの若い男の片方が,自分に声をかけてきた「手かざし」の女を,からかうように怒鳴りつけている。なんだよそれ,血をきれいにするなんて,カガクテキなコンキョがあんのかよ,教えてくれよ,さあ。もういっぽうの男は苦笑いするだけで,止めようとしない。女はうつむいた姿勢で固まっている。別の娘が,その様子を振り返りながら小走りで駆けだす。自由が丘デパートの入り口のあたりで,こちらに向かって歩いてきたリーダー格の女と鉢合わせになった。咳き込むように二,三言話すと,リーダー格の女は若い男たちに視線を投げ,それから目の前の女になにか声をかけ,安心させるように微笑むと,決然とした歩き方で近づいてきた。
どうしましたか,なにがあったんでしょう。うつむいた女と若い男たちの間に体を押し込むように立って,驚くほど柔らかい口調で問いかける。若い男はさらに声のトーンを上げ,何事かを挙げつらう。話の筋道ははっきりしないが,ヒカガクテキ,メーワク,シューキョーといった言葉が切れ切れに聞き取れる。女は男の顔を真正面から捉え,目をみつめて言葉を挟まず,時折軽く頷く。次第に男の声のトーンが下がり始める。ややあって,女がなにかをゆっくりと話し始めると,男はとたんに活気を帯びてそれに割り込むが,その大声も長くは続かない。その繰り返しが何度かあるあいだに,最初に怒鳴りつけられた女を「手かざし」の仲間がそっと連れだし,肩を抱くようにして物陰につれていった。
若い男はなにか捨て台詞を吐き歩み去った。再び大きな笑い声を上げながら人混みに紛れていく男たちを目で追いながら,俺はなんとなく溜息をついた。この下司野郎ども。安全な場所から虚勢を張ることしかできない,糞のような奴ら。見ると,リーダー格の女は,物陰から駆け寄ってなにか話しかけてきそうな様子だった仲間を表情で押しとどめ,別の位置に移動すると,再び通行人に声をかけ始めた。
柱に凭れて立ったまま,どのくらい観察していただろうか。せいぜい一,二時間のことだったと思う。
それまで見かけなかった,青いチェックのシャツを着た背の高い若い青年が,「手かざし」の人々の間に加わった。どうやって合図を交わしたのか,散開した人々は一斉に高架下のあたりに集まってきて,背の高い男を囲むように立ち,打ち合わせを始めた。声は聞き取れないが,時折全員が軽く笑う声がする。ほどなくして彼らは解散し,再び駅前広場に散っていったが,リーダー格の女とチェックのシャツの男は連れだって歩きだし,駅前から東側に伸びる道に入っていった。
俺は一瞬迷い,立ちっぱなしだったせいで固まった足を踏み出し,二人の後を追って歩き出した。
この夜の経験について他人に話したことはあまりないのだが,それでもそれからの長い年月の間には,ごく親しい相手に対して,何度か話そうと試みたことがあった。しかし,自由が丘駅前から東側に向かう人気のないなだらかな坂道で,この夜俺が見たものについてうまく伝えることばを,俺はどうしても見つけることができず,苦しむことになる。
二人の歩みはとても遅かったので,距離を置いて後を追うのは大変だった。出来の悪い探偵のように,物陰に身を隠すようにして歩きながら,俺はあっけにとられていた。
若い女の姿はまるで別人のようであった。跳ねるように歩き,傍らの男に話しかけ,顔を見上げて笑いかけ,小声でなにか冗談をいって笑い,軽く男の肘に触れる。不意に数歩駆けだして,男の前に回り込み,顔をのぞき込んで笑う。また歩き出し,なにかを一生懸命に話していたと思うと,不意に声を上げて駆けだし,振り返って男に呼びかけ,傍らのショーウィンドウに顔を寄せ,追いついた男に対して何かを指さしてみせる。しばらくそうしていると,また笑い声を上げて男を叩き,その腕を掴もうとする男からじゃれるようにして逃げ出し,電信柱でくるりと身を返して,追ってきた男の背後に回りこんでみせる。
「まるで大昔の青春映画みたいだったんだよ」と俺は説明しようとしたことがある。「吉永小百合と浜田光夫みたいな。まるで絵に描いたような恋人たち」 いや,こんな言い方では俺の見たものを言い尽くせない。夜のなだらかな坂道を歩く娘は,純粋な幸福感に満ち,小さな動物のように躍動していた。その様子はほとんど反時代的で,現実感に欠けるほどであった。
坂道を登り切る手前で,二人は右側の小道に折れた。そっと後を追うと,二人の姿は庭木が鬱蒼と茂っている古い民家に消えていた。古い木戸の脇に小さな表札があり,そこにはある団体の名前があった。
この話はこれで終わりだ。その夜俺はアパートに戻って寝た。駅前に立って「手かざし」の人を観察することは,その後二度となかった。
数年後,俺は別の町に引っ越した。大学院に入り,また引っ越し,さらに引っ越し,結婚して引っ越し,サラリーマンになってまた引っ越した。そのようにして二十年近い年月が経った。
いつのまにか「手かざし」の人を街で見かけることはなくなった。強引な布教が社会問題化し,教団の方針が大きく変わったためだという。その後も,教団の名前を新聞で何度かみかけることがあった。先鋭的な建築家に設計させた,大変に美しい美術館を立てた,とか。信者の人権をないがしろにするカルト宗教として批判を浴びている,とか。自民党の代議士がこの教団からの巨額の献金を隠していた,とか。
俺にとっては,それらはどうでもよい話だ。いま思い出すのは,あの夜の坂道のことである。駅前で通行人に声をかけつづけ,坂道を跳ねるように歩いていたあの娘を,俺はいま愛おしく思う。そして,その後を追って歩いた若い俺をもまた,俺は愛おしく思う。結局のところ,なにもかも無駄に終わったかもしれない。でも俺はそのとき確かに,なにかを必死に模索し,なにかを手に掴もうとしていた。彼女もまたそうだったのではないか。いまあの夜のことを思い出すとき,俺はあの娘のことを,同じ混乱のなか,同じ模索のなかにあった人として,思い浮かべるのである。
あの娘がそれからの日々をどのように過ごしたのか,俺にはわからない。まだあの奇妙な祈りを続けているだろうか,それとも,当時の自分を苦々しく思い出しているだろうか。俺はただ,あの夜のことを彼女が懐かしく思い出してくれていればいい,と思う。仮に信仰を捨て,自分が捧げた日々を悔やんでいたとしても,あの夜の自分の姿を暖かく思い出すことができますように,と願う。それは二度と帰らない,かけがえのない日々だったのだ。
2009年1月12日 (月)
今年の非常勤講義がようやく終わった。幸い受講者の学生さんにも恵まれて,苦労しがいがあったなあ,という実感がある。みなさん,ありがとうございました。
民間企業に勤めるようになってはや4年目,思うところあって,今年はカリキュラムの1/4程度を購買行動研究に割り振った。以前から関心を持っていた分野ではあったし,講義の流れからいっても自然なのだが,ここまで時間を割くのは初めてである。本と論文をかき集めての付け焼き刃的猛勉強,いや猛というのもおこがましいけど,とにかく準備が大変だった。そんな講義につきあわされた学生さんにも申し訳ないことだが,評判も悪くなかったようだし,どうか勘弁してください。
講義の無事の終了を祝い,かき集めた消費者行動論のテキストをまとめておこう。誰かが血迷ってクリックして買ってくれるかもしれないし。
Consumer Behaviour [a]
Roger D. Blackwell, James F. Engel, Paul W. Miniard / 2005-12-29
かのEngel-Blackwell-Miniardモデルの原典,ただいま10th edition。 英語圏の学部レベルの教科書を5冊ほどかき集め,並べてめくってみたのだが,一番有益だったのがこの本だった(次点はSolomonの8th edition)。構成が良いし,事例が豊富で,図表もわかりやすい。
消費者理解のための心理学
[a]
/ 福村出版 / 1997-06
心理学畑の人が書いた日本語のテキストでは,残念ながら97年刊のこの本がいまだにベストだと思った。なぜこういう教科書がもっと出てこないのか,きっとニーズがないんだろうなあ。
消費者行動論体系
[a]
田中 洋 / 中央経済社 / 2008-09-26
経営系の人が書いた消費者行動論の日本語テキストは案外たくさんあるのだが,どれも癖が強すぎて困った。ずいぶん本代を無駄遣いしたような気がする。包括性という点で使い物になったのは,云っちゃなんだがこの本だけだった。干天の慈雨という感じでした。
新しい消費者行動
[a]
清水 聡 / 千倉書房 / 1999-05
消費者視点の小売戦略
[a]
清水 聡 / 千倉書房 / 2004-04
戦略的消費者行動論
[a]
清水 聰 / 千倉書房 / 2006-04
素人目には,消費者行動論の基礎研究とマーケティングには相当なギャップがあるように感じられる。そのギャップにうまく橋を架け,ああこれは心理学をほんとに実務に適用していると納得できたのは,集めた日本語文献の範囲ではこの清水先生の本だけであった。実務家でも心理学者でもだめ,マーケティングの研究者じゃないとできない仕事である。正直いって,わざわざ大学院でマーケティングを研究しようと思う院生の気持ちが俺にはよくわからないんだけど,この三冊に限っては,ああなるほど,そりゃ研究したくなるかもね,という感想であった。
Handbook of Consumer Psychology [a]
Curtis P. Haugtvedt, Paul M. Herr, Frank R. Kardes / 2008-4-30
広辞苑より分厚いハンドブック。入手が遅れて講義準備には間に合わなかったのだが,この本は役に立ちそうだ。非常に広範なトピックにわたって,かなり突っ込んだ解説がなされている模様。なぜかamazon.comでは$70で売られている。信じられない安さだ。
2008年9月 8日 (月)
先日読んだ鈴木敏夫「仕事道楽 スタジオジブリの現場」のなかに,徳間書店初代社長・徳間康快のエピソードが紹介されていた。一代でメディア・コングロマリットを築き上げたこの人の,ちょっと子どもっぽい豪快ぶりが活写されていて,面白かった。
この社長さんについては,ちょっと思い出がある。
俺が高校生のころ,毎年秋になると,池袋の文芸座で「中国映画祭」が開かれ,たしか毎回5~6本くらいの中国映画が上映されていた。いま調べてみたら,83年から90年まで開かれていたようである。
当時の中国映画というのは,いまでいえばインドネシア映画とかモロッコ映画とか,そのくらいにマイナーな存在であって,おおかたあれでしょう,人民服を着た善人善女が党の指導を称えるんじゃないの? という予見を持つのが,まあ普通であった。そうした古くさいイメージを一気に塗り替えたのが,文革後に映画界入りした映画作家たち,いわゆる第五世代の監督たちの作品であった。その記念碑的傑作である陳凱歌「黄色い大地」は,中国映画祭ではたしか86年の上映だった。映画祭で観たのかどうか,記憶がはっきりしないのだが,「黄色い大地」をはじめてみたときはとにかく驚いた。こんなに鮮やかでクールで残酷な映画が,この世にあるのか,と思った。
中国映画が一般に広く受け入れられるようになるのは,翌年の東京国際映画祭で呉天明「古井戸」がグランプリを取ったり(主演は北京五輪の式典の演出家・張芸謀。この人,かなりの男前なもので,時々俳優もやるのである),さらに岩波ホールで「芙蓉鎮」がロングラン上映を果たしたりしたあたりからだったけれども,陽が当たる前から良作を地道に紹介し続けてきた中国映画祭の存在が,中国映画の大ブレイクに貢献したことは間違いない。
この映画祭を主催していたのが,映画の対中輸出入を昔から手がけてきた徳間グループであった。社長の徳間康快さんは,中国との文化交流に情熱を注いだ人で,なかなか儲からない中国映画ビジネスを信念で続け,映画祭には私費さえ投じていたのだという。
マイナーな中国映画が一気に脚光を浴び,陳凱歌や張芸謀がチェン・カイコーやチャン・イーモウとして新聞雑誌に頻繁に登場し,民主化の進む中国ではこれからますます面白い映画が作られるようになるだろうと誰もが思った,その気運に凄まじい冷水を浴びせたのが,89年6月,天安門事件である。アルバイト先の中国人留学生たちが,テレビの前に集まって,黙りこくったまま立ちつくしていたのを思い出す。
私たちは熱しやすく冷めやすい。つい忘れてしまいそうになるけれども,あのころはテレビをつければ中国のニュース,新聞をめくれば中国の記事,ああ民主化は終わった,中国は暴力的な独裁国家に転落してしまった,もうこんな国とまともにつきあうことなどできない,文化交流などとんでもない,いまこそ地下に潜伏した民主派勢力を支援し体制変革を目指すべきだ,云々。。。あのときの大嵐に比べれば,先日のチベット動乱をめぐる中国批判など,たいしたものではなかった。
口を極めて非難したところで,政権が転覆するわけでなし,国ごと海に沈むわけでなし,文化・経済から政治に至るまでの多元的な交流を絶やさないことで,少しでも物事を良くしていきましょう。そういった落ち着いた意見は,あのような大騒ぎのなかでは,どうしても影が薄くなってしまう。
そんななか,気楽な大学生となっていた俺の関心事は,今年の中国映画祭はどうなるの? という点であった。民主化が頓挫したからといって中国映画の輸入がすぐに止まるわけではないけれど,中国といえば天安門虐殺という世の中,映画祭など自粛・中止となってもちっともおかしくない雰囲気だったのである。
映画祭オープニングの文芸座は満席で,通路階段にさえ人が座っており,場内はなんともいえない不思議な熱気に包まれていた。ステージに上映作品の監督や女優が並び,その前に背広を着た男が立って挨拶を始めた。徳間康快である。ふだんならば,映画会社の社長の挨拶など,終わるのを待っておざなりに拍手する程度だろうが,この日の客席は違った。「政治情勢がどのように変化しようとも!」社長は声を張り上げて,「日中の交流は,決して止まることはありません!」 会場は割れんばかりの拍手。立ち上がって両手を挙げ,喝采をおくる人もいた。
徳間康快さんについて俺はよく知らないのだけれども,バブル崩壊とともに徳間グループは危機に陥り,事業を切り売りして解体する羽目になったわけだから,決して成功した経営者とはいえないだろうと思う。また,この人が成し遂げた業績は,中国映画の紹介のほかにもきっとたくさんあるだろう。
だから,これはかなり視野の狭い見方だろうと思うけれども,あの年の中国映画祭での挨拶,満場の喝采,あの瞬間が,徳間康快さんという人にとってのひとつの頂点だったのではないか,という気がしてならない。
2008年7月28日 (月)
全く予期しなかった脳出血で左半身不随になった俺は死ぬことにした。治癒の見込みもないし貯金も尽きていくし,この状況で前向きに生き永らえようと考えるほうが不思議だ,というのが俺の意見である。身体が弱ったシマウマがまっさきにライオンに喰われるようなものだ。もちろんサバンナと人間の社会とは異なるから,そうした適者生存の思想が無条件に正しいとはいえないし,誰もが幸せに暮らせる社会のほうが良いに決まっているけれど,それはこれからの社会をどうするかという話であって,俺は死ぬんだから社会のことはどうでもよい。とにかく,持てる最後の体力と勇気を振り絞って,俺は死ぬことにしたのである。
夜明け前,なんどか深呼吸して決意を固めてから,俺は右足で壁を蹴飛ばし,自室のベッドから転がり落ちた。右半身で畳を掻いて,尺取り虫のように少しずつ前進していく。床の埃を吸い込んで咳き込み,涙を流しながらようやく玄関にたどり着く。渾身の力でドアを押し開き,隙間に頭をねじ込むようにしてアパートの外廊下に這い出ると,外は薄紺の光に覆われはじめている。エレベータホールまで点々と続く白い蛍光灯が,永遠とも思えるほどに遠くまで光っている。
それでも,いまここであきらめる訳にはいかない。呼吸を整え,再びぎこちなく匍匐前進をはじめると,差し伸べた手の先が,隣の住人が置き忘れたらしい巨大なスケートボードに触れる。すばらしい。引き寄せて身体をねじらせ,腰の下に挟み込み,右手をコンクリの床に突いてゆっくり半身を起こすと,ちょうどスケートボードのうえに座り込んだ姿勢になる。右足で掻き出すと,身体がふらふらとエレベータに向かって滑りはじめる。おもわず小声で快哉の叫びをあげる。
エレベータの行き先ボタンをどうやって押したものか,とにかく俺は無事に屋上にたどり着く。段差を乗り越えようとしてスケートボードをひっくり返し,うつぶせに前に転倒するが,そのまま俺は屋上を囲む金網へと這い進む。あと少し,あと少し。ああ,誰も知ることがないだろうが,俺はいま大きな仕事をなし遂げつつあるのだ。行き先のない,手遅れの努力には違いないけれど,とにかく俺はいま全力を尽くしている。
金網の向こう側に誰かが立っている。薄明かりのなか目をこらすと,それは若い娘で,無表情に俺を見下ろしている。俺は動きを止め,女としばらく顔を見合わせる。考えてみれば,死ぬべきだと決意するのは世界で俺一人というわけでもないだろう。「すみませんが,お嬢さん」自分の声が驚くほど年寄りじみているので,俺は少し驚く。「こんなときに申し訳ないのですが,私をそちらに連れて行ってもらえませんか」女は答えない。俺の声が全く聞こえないかのように,無表情に俺を眺め,それから俺に背を向けて,棒が倒れるように地上へと飛び降りる。
若い娘の姿がかき消えた空間をぼんやりと眺めながら,そうだ,金はもういらないのだ,と思う。だったら贅沢して,宅急便を呼ぼう。尻ポケットから苦労して携帯をひっぱりだし,俺は宅急便に電話する。電話を切るか切らないかのうちに,縞模様の制服を着た男が駆け寄ってきて,お待たせしました宅急便です!と明るく叫び,帽子を取って素早く頭を下げる。あの金網の向こうまで。かしこまりました。男は俺の身体を軽々と持ち上げて台車に乗せ,ごろごろと運んでいく。金網につけられていた戸を開けて(そうか,別に穴を開ける必要はなかったのか,と気が付く),娘が立っていたコンクリの上に俺を横たえ,伝票を差し出す。こちらにハンコをお願いします。再び帽子を取ってバネ仕掛けのように頭を下げ,腰に下げられた様々な装置をガチャガチャと揺らしながら,男はあっというまに駆け去っていく。
こうして俺は再び一人きりになった。仰向けに見上げると,いつの間にか夜は明けていて,空は薄い水色に染まっている。力を振り絞って半身を起こし,身を乗り出して地上を見下ろそうとする。その一瞬,それまで全く感じられなかった激しい痛みが全身を撃ち抜く。もしかしたら。若い娘は最上階のベランダのひさしの上に腰を下ろして,空を眺めているのではないか。もしかしたら。娘は空中に浮かび,いまゆっくりと地上に降り立とうとしているのではないか。もしかしたら。もしかしたら。
その激しい感情はすぐにかき消える。息を吐き,ぎゅっと瞑った両眼をゆっくり開き,地上を見下ろすと,アスファルトに広がった血糊の中心で,宅急便の男が娘を両腕で掬い上げ,力無くうなだれている身体を台車に乗せて,配送車へと運んでいく。死骸を車に無造作に乗せ,観音開きの扉をバンと閉めると,脇で様子を見守っていた管理人らしき男に伝票を渡し,帽子をとって頭を下げ,運転席に戻ってドアを閉める。しかし,配送車は停車したまま,なかなか動かない。なるほど,たいしたものだなあ,と俺は感心する。効率の良い配送ルートこそが重要だ。彼らは俺が飛び降りるのを待っているのだ。
2008年4月28日 (月)
俺が高校生の頃は,レンタルビデオ屋の数が少なくて,レンタル料はまだまだ高価だった。棚にはタイトルごとにVHSとベータの両方が並んでおり,最初期は一本一泊で1000円近かったと記憶している。というわけで,俺は財布をはたいて電車で東京に出かけ(その数百円の電車代がまた痛かった),銀座並木座や池袋文芸座を目指したものだが(腹が減って死にそうだった),それにも限度がある。仕方がないので,学校の帰り道の本屋で「キネマ旬報」と「シナリオ」に掲載される映画脚本を毎月立ち読みし,勝手に映画を想像しては喜んでいた。いやあ,あほだなあ。
当時の俺にとって,映画と同じくらいに偉大な創造物,ひょっとすると映画よりもさらに偉大な創造物こそが,ラジオドラマであった。ビデオデッキがなくても録音できるし,映画と違って入場料が要らない。というわけで,NHK-FMの土曜夜のラジオドラマをほとんど毎週録音し,聞き返しては,ああでもないこうでもない,と一人で悦にいっていた。暇だったんだなあ。
ラジオがマスメディアの主役から滑り落ちて数十年,わざわざ制作費のかかるラジオドラマを作ろうという酔狂な放送局はNHKくらいのものであり,その放送枠も非常に限られていて,たしか,土曜夜のFMで45分単発,平日夜の15分か20分の帯,だけだったと思う。そっちはそっちで面白かったけれど,本命は日曜深夜のAMで放送されていた,大昔の名作ドラマの再放送であった。ラジオの全盛期は50年代までだが,ラジオドラマのアーティスティックな傑作はむしろ60年代に多く生まれた,とどこかで聞いたことがある。内村直也「マラソン」,岩間芳樹「シルバーグレイの空間」,それから佐々木昭一郎「おはようインディア」。どれか一つでも聞いてみれば,ラジオドラマがいかに可能性に満ちたフォーマットであったか,誰もが納得すると思う。
残念ながら,この名作再放送枠は数年後に潰れてしまった。その後時代はかわり,「ラジオ深夜便」がまさかの大ヒットとなり,ラジオの聴取者層はすっかり高齢化した。昔のラジオドラマなんて,いいコンテンツだと思うのに,なぜNHKは過去資産を活用しないのかね? と,ずーっと不思議に思っていた。AMの深夜にでも,ひっそり流せばいいのに,と。
あああああ,うかつであった。ほんとにひっそりと流していやがった。
「NHKラジオドラマ・アーカイブス」,毎月第4日曜日23:15から放送。いまから約3時間前に放送されてしまった第一回は,若き日の谷川俊太郎による「十円玉」,そして佐々木昭一郎のラジオ時代の衝撃作「都会の二つの顔」であった由。どちらも掛け値なしの傑作である。うわああああ。なぜそんなのを放送するのか,俺に断りもなしに。
来月以降の放送予定は,寺山修司「山姥」,そして矢代晴一脚色の「死者の奢り」とのこと(若き日の岸田今日子のキンキン声が聞けるはず)。どうしよう,PC用のラジオチューナーカードを買わねばならんか。。。
2008年2月17日 (日)
一般企業の末席に名を連ねて地道にお勤めしている身の上だが,なにしろぼんやり文献を読んでいたりするもので,事情を知らない他の部署の人に「いったいどういう仕事をしてるんだこいつは」と不思議がられたりする始末である。というわけで,別に大した仕事はしていないのだが,今週はそれなりにバタバタ忙しくて,ちょっぴりこたえた。朝から晩まで共分散構造分析のことばかり考えていると,mplusのシンタクスを夢に見るくらいでは済まなくなってきて,定食屋でぼんやり箸をつけていた焼魚と付け合わせの油揚げの両方に焦げ目がついているのをみつけて,ああどうしよう,2変数の背後に「焼き過ぎ」因子があるとみなそうか,それとも誤差に相関があると考えようか,なんて思ってしまったりする。我ながらあほらしい。
別に趣味でも学術研究でもないので,ちょっとリフレッシュしたいとは思うのだが,いざ休みの日になってしまうと,もう布団から出られない。もし布団への愛を競うスポーツがあったら,県大会くらいは優勝できると思う。気分転換といっても,せいぜい布団にうつぶせになったまま文庫本をめくる程度である。「小僧の神様・城の崎にて」新潮文庫版は税別438円。なんという安上がりな趣味。なんというつまらない男。
志賀直哉の短編集はこうして時折手に取るのだが,一編一編が時に腑に落ちたり,時にまったく理解できなかったりして,なかなか読み終わらない。特に女性との関係を扱ったものは,当時の価値観を理解できていないせいか,俺の経験不足のせいか,いまいちぴんとこないことが多い。
この人の「小僧の神様」はとても有名な小説で,俺も中学生の頃に読んだ覚えがある。ブルジョアの男が抱くささやかな困惑と,小僧さんの素直な驚きの対比に,生意気にも「ああ上手いなあ」と感じたものだが,しかし最後に突然作者が登場し,当初予定していた結末は「小僧に対し少し惨酷な気がして来た」。。。と述べるくだりは,いったいなぜ残酷なのかしらん,と首を捻った。いま読み返してみると,とても腑に落ちる。なるほど,それは確かに残酷です。その意味が分からなかった俺は,やはり子どもだったなあ,と思う。
いっぽう,名文と名高い「城の崎にて」は,中学生の頃にもよく分からなかったし(「蜂とか鼠とかイモリとかが死ぬ話じゃん」),恥ずかしながら今もよくわからない(「せっかくのご当地小説なのに,こんな陰気な内容じゃ観光資源にはならないなあ」)。
ひょっとすると,このまま年老いていき,ふと「城の崎にて」を読み返し,ああ若い頃は分からなかったが,これは素晴らしい小説だ。。。なんて思う日が来るのだろうか。それが小説の面白いところではあるのだけれど,正直言って,ちょっとうんざりする面もある。もういいって,人生の深みなんて知りたくないって。俺はただ布団のなかで過ごしたいだけなのに。
2008年1月20日 (日)
「細木数子」という占い師・TVタレントがいる。テレビを全く観ない俺でもこの人の名前を知っているくらいだから,有名な人だと思う。俺がこの人の名前を知ったのは,ノンフィクション作家の佐野眞一さんがかつてこの人についての記事を書いていたからで,その記事を掲載しようとした雑誌編集部に単身乗り込んできて「あんた!畳の上では死ねないよ!」とすごんだ,というエピソードが印象に残っている。
それはともかく,ひょんなことから気が付いたのだが,
- 六星占術 宿命大殺界-ズバリ細木数子の六星占術 無料で占い!
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- 細木数子の料理レシピ大全
- 細木数子料理レシピ~幸せレシピを食す~
- 細木数子さんってすごい!
この占い師の名前をいまざっとgoogleで検索して,上位にみつけたURLである。どのページもつくりが似かよっていて泣かせる。最後のやつなんかすごいぞ。この奥様はいったい何回「細木数子」と書けば気が済むのか。
これらのページは業者さんの手によるものじゃないかと思うのだが,なにを目的にしているのかが俺にはよくわからない。単にアフィリエイトやadsenseで小銭を稼ぐのが目的なのか。SEO対策としてつくられた偽装ページ群(リンク・ファーム)だとしたら,どのページのランクを上げるのが目的なのだろうか。
SEOスパムやリンク・ファームは,業者と検索エンジンとのいたちごっこが続いている問題だが,いずれは技術の進歩によって過去の話題となってしまうだろう。一傍観者としては,こういうグレーなSEO対策をきちんと観測している人がいれば面白いのになあ,と思う。別に機械的に判別する必要はないし,多少間違えても構わないから,見つけた人が投稿できるwikiのような仕組みをつくっておけば,後々貴重な資料になると思うんだけどなあ。
。。。まあどうでもいいや,寝よう。
2007年11月25日 (日)
3連休を潰して臨床疫学の集中講義に出てきた。医学部修士課程の講義がなぜか一般にも無料公開されていたので,勉強のために潜り込んできた次第である。わざわざオランダからやってきた高名な先生の講義が無料で聴けるとはいえ,秋の快適な休日を日がな一日薄暗い講堂で過ごしたいという物好きは珍しいと見えて,参加者名簿をのぞき見たところ,医療・製薬関係の人がほとんどであるようだった。俺はなにをしておるんだ,と思わないでもない。
講義の内容は,俺のような完全な素人からみてもかなり初歩的だと推察できるレベルで,たとえば仮説検定のところでは,p値の話はするけど二種類のエラーの話はしない,という具合であった。ちょっと拍子抜けしたが,それよりも感銘したのは講義の圧倒的なわかりやすさである。説明がうまいことといったら。。。講義を混乱させかねないタイプの質問も,ものの見事に整理してみせる。それもわかりやすい英語のままで。流石にプロはちがう。かつての自分の講義の混乱ぶりとついつい比べてしまい,泣きたくなった。皆さんほんとに申し訳ありませんでした。(いや,比べるほうが間違ってますけどね。でも受講者の立場になってみれば,講師が一流の研究者か,それともドロップアウトした屑かという区別はどうでもよいのである。)
まあ,それは置いておいて。。。
なにがいらいらするといって,ことばが英語にスイッチしたとたん,自分の知能(?)がみるみる落ちていくのが手に取るようにわかる。日本語ならフンフンと聴ける話のはずなのに,英語だと大変な集中力を必要とするし,日本語ならできる質問も英語ではできないし。なんだか自分が6歳児に戻ったような気がしてしまい,そういえばマッカーサーは日本人のことを12歳の少年だっていってたよな,あああああの時あんな風に戦争に負けていなければ,いや国際語をラテン語のままにしておけば。。。などと余計なことを考えはじめ,ますます集中力を削がれてしまう。実は勤め先での英語のミーティングのときもそうで,認知能力と自尊心が手に手をとって果てしなく降下していき,毎度毎度もうひどい目にあっているのだが(そして周囲に八つ当たりし,ひどい気分をもれなくお裾分けしているのだが),さいわい会議は集中講義ではないので,朝から晩までぶっ続け,なんてことはない。
英語漬けの三日間がどのくらいストレスフルであったかといえば,帰りの地下鉄で,英語をマシンガンのようにばらまいている西欧人の若者に,手前らここは日本だ,もっともっとゆっくり話せ,と怒鳴りつけたくなってしまった。ここで「英語を話すな」という発想にはならないところが泣かせる。なんという植民地根性。
英語で苦労している人は俺だけではないはずだが,他の人も俺のように屈折した思いを抱えているのだろうか。ひょっとするとこういうことにも臨界期があって,ある年齢を超えると,物事を心穏やかに学ぶことができなくなってしまうのかもしれない。結局俺が無駄に年を食っているのがいかんのか。ああいらいらする,ほんとにいらいらするぞ。
臨床疫学の集中講義 (神様,この世界から英語を滅ぼして下さい)
2007年10月14日 (日)
机の引き出しの奥に,携帯用の小さなデジタル時計がいまも転がっているはずである。電池は切れていて,液晶の部分はもう何年も空白のままだ。薄い長方形の表面は,青い塗装がもう剥げかけているし,小さなボタンのゴムは少し変色している。
なにかの景品のようにしか見えない,みすぼらしい時計だが,これを買ったのはもう30年ちかく前のことだ。
最近は洗濯機も脱水後にピーピーと鳴るが,俺が子どものころは電子音それ自体が物珍しかった。小学校の音楽の時間,音楽室に新しく入ったステレオセットで,教師が (今にして思えば喜多郎のできそこないのような) ピコピコと音が続く奇怪なレコードを回し,これがこれからの音楽だ,と真剣な顔でいった。もっとも俺は,その音にあわせて動くボリュームメータの針に釘付けだったけれど。
ちょうどそのころ,自宅にはじめて電子音を発する機械がやってきた。それはセイコー製の,枕元に置く目覚まし時計で,ひょっとしたらまだ実家では現役かもしれない。表示部は液晶ではなく,昔の駅や空港の行き先表示のように,数字の薄い板がぱたぱたと回る仕掛けだが,アラーム音が甲高い電子音で,買ってきたばかりのころはそれが鳴るたびに,UFOだUFOの襲撃だ,と家中ではしゃいだ。
青い携帯用の時計を買ったのはその後のことで,林間学校だかなにかのせいでよそで泊まらなければならなくなった俺が,朝きちんと起きられるようにと,母が商店街の時計屋で買ってくれたのだと思う。なによりも自分専用の時計が出来たのが嬉しく,それがまるで未来からやってきたようなデジタル時計なのがまた誇らしくて,小学生の俺は時計を握りしめて布団に潜り込み,目覚ましの時間を何度も設定し直しては,耳元で鳴らしてみたものだった。
携帯時計の前面には,メーカーの名前(CITIZEN)の下に,それと同じくらいの大きさで「QUARTZ」という表記がある。クォーツ,つまり水晶の振動を利用した電子回路は計時精度を革命的に進歩させたが,それが安価なコモディティと化したのはずっと後の話であり,田舎の子どもの俺がこの携帯時計を手にしたときでさえ,クォーツ回路はまだまだ高級品であった。その証拠に,この小さな携帯時計には部屋が付属していた。
携帯時計は四六時中使う物ではない。しかし,幅1センチ足らずの小さな液晶では時間を読み取りにくいから,使わないときは壁に掛けておく,という使い方にも無理がある。そこで考えられたのが,時計の心臓部だけを切り離す,という仕組みである。自宅の壁には大きなアナログ時計を掛けておくのだが,その中心回路は小さなユニットとなっており,取り外せば携帯時計となる。外出する際には,壁の裏側にまわって回路を取り外し携帯する。帰宅時にそれを元通りはめ込めば,再び壁掛け時計が動き出す。
こうした使い方を想定し,当時のクォーツ携帯時計には,床から天井に達する高さの大きなパネル,その表側にかけるための大きな壁掛け時計,パネルを補強する金属製のフレームが付属していた。部屋の壁から肩幅が入るくらいの距離を離してそのパネルを立てれば,それは部屋の壁と見分けがつかなくなる。パネルの裏側のフレームはかなりしっかりした作りで,パネルから肩幅分だけ裏側に張り出した立方体となっている。要するに,時計を買うと小さな時計室が付いてくるわけである。そんな使い方をすれば部屋は狭くなってしまうわけで,団地暮らしには向かないが,それだけ当時のクォーツ時計は高価な代物だったのである。
いまではすっかり忘れられてしまった,このタイプのクォーツ携帯時計に,数十年ぶりに再会する機会があった。ご厚意を得て,実際にクォーツ時計を壁掛け時計にはめ込ませてもらった。
畳が敷かれちゃぶ台が置かれた展示用の居間は虚ろに明るく,かえって現実味がなかったが,古い砂壁にみせかけたパネルの裏側,時計室の薄暗い空間に身を屈めて入っていくと,ふと子どもの頃に帰ったような気がした。パネルの裏面は不思議なくらいに巨大な緑色の電子基板で,それに左肩を触れないようにしながら,壁掛け時計の裏側に当たるところへとにじり寄っていくのだが,はめ込む場所は子どもの頃の記憶とは違い,パネルの裏側の基盤ではなく,その右側(つまり部屋の壁の側)にしつらえてあるもう一枚の小さな基盤上にあった。壁掛け時計の下側に円形の小さな穴が開けてあり,そこから基盤へと白い光が差している。あとで伺ったところによれば,これは初期の型にのみあった仕組みで,壁の穴から目をこらせば携帯時計の表示部も見ることができる,ということなのだそうである。
お借りした携帯時計を基盤にそっとはめ込むと,液晶が一瞬またたき,パネルの向こうでガチリ,ガチリ,と壁掛け時計が動き出すのがわかった。そっと外に出て,まぶしさに目をしばたいた。回路の経年劣化のせいか,居間で時を刻む秒針は,時折ふと止まっては,あわてたようにまた動き出す風情である。直径が身長ほどもある巨大な壁掛け時計を眺めながら,数十年を経て変わらず時を刻みつづける時計と,それを取り巻く時代の変化に思いを馳せた。
目が覚めて,そうだ,考えてみれば俺のあの携帯時計ってかなりな貴重品だよなあ,いまどうなっているかしらん,とあわてて引き出しをかき回した。ほこりをかぶった懐かしい時計を久しぶりに手にとってはじめて,あ,これは夢だ,と気が付いた。子どもの頃に買ってもらったのは本当,電子音が嬉しかったのも本当,でもおまけに部屋が付いてくるというのは夢だ。ずいぶんリアルな夢たったので,起きてからも信じ込んでしまったが,考えてみたら荒唐無稽な話である。なに考えてんだかなあ。
2007年10月 7日 (日)
久しぶりにこのblogに投稿したら,なぜか500 internal server errorが頻発する。pluginを外したり,EntriesPerRebuildを思い切り下げてみたり,新規投稿時のping先を全部削ったり,DBをBarkley DBからSQLiteに変えてみたりしたが,全然解消されない。サーバの負荷を調べてみたが,特段高いわけでもないようだ。ほんとにいらいらするぞ。
自前でblogを動かすのはやめて,はてなかどこかに移ろうか,とも思うのだが,amazonから書影を呼び出すmovable typeのpluginを自前で書いているので,それを捨てるのもなんだかもったいない。レガシー資産に縛られて身動きがとれなくなる典型である。きいいい。いらいらするううう。
世間の働くお父さんたちは(そう,もうそういう年齢なのである),ウィークデイは脇目もふらず仕事のことを考え,ホリデイは家族のことを考えて過ごすのであろう。ウィークデイにはコーヒーショップでぼんやりし,ホリデイにはブログの設定に血道を上げているようでは,人生ぱっとしないのも道理である。きいいい。
→ 思いあまって movable typeを4に上げてみたり,それでも駄目なのでブログサービスへの乗り換えを画策したりしていたのだが,頭を冷やしてみると,どうみたって怪しいのは自家製プラグインだ。というわけで,コードを整理してみたら,無事動くようになった(Amazon ECSが返す書籍情報のXMLのなかに,ImageSetが複数個はいっていることがあるのを見落としていた)。一人上手もいいところだ。
珍しく忙しくて,土日も出勤するわ会社に泊まり込むわ,自分の中では一騒動であった。もっとも客観的にみると,あまり大したことはしていないのだが。やれやれ。
不思議なものでこういうときは,昼休みにコーヒーショップで文庫本をめくっても,あまり混みいった内容の文章は頭に入らなくなってしまう。先日から鞄の中には,旧満州国の歴史的位置づけについて書いた面白い本とドストエフスキーの未読の中編が入っているのだが,どちらもこの一ヶ月,さっぱり頁が進まない。目で活字を追っていても,ついつい別のことを考えてしまう。
本屋のビジネス書の棚に行くと,なにもここまで噛み砕いて書く必要はないでしょう,読み手を馬鹿にしているのですか,というようなスタイルの本がぎっしり並んでいる。あれは一体どういうことかと不審に思っていたのだが,ビジネスマンはみんな真面目に忙しく働いている,ということだったんですね。
2007年8月11日 (土)
集中講義も無事に最終日を迎えることができた。みなさまお疲れさまでした。
大学の講義の不思議なところは,品質管理のための仕組みがほとんど存在しない点である。教員個人の能力についてのcertificationの仕組みはあるけれども,講義内容については誰もチェックしていないといってよい。これはおかしいんじゃないか,大学という場所は合理性から切り離された現代の秘境で,こんなの外の世界では通用しないんじゃないか,などと思ったこともある。もっとも,いまは全くそう思わないけれども。どんな組織にもなにかしら理不尽な側面があるものらしい。
ともあれ,講義のクオリティはひとえに講義担当者に懸かっていて,ここが面白い点であり,また怖ろしい点でもある。俺のような若僧が過去を振り返ってもしかたがないのだが,これまで担当させてもらった仕事を思い出すに,今年は実によくやった!と自画自賛したくなる講義もあれば,思い出すだけで絶叫して窓からジャンプしたくなるような悲惨な講義もあった。ところが,前者に対しても見返りはないし,後者に対しても罰はない。これはコワイ。だんだん事の良し悪しがわからなくなってきてしまう。
あまり認めたくはないのだけれど,研究から逃げ出して会社に拾っていただいたその直前の数年間は,あらゆる事柄に徐々に熱意を失いつつある有り様で,担当している講義の準備もだんだんと疎かになっていたように思う。その時その時には山ほど言い訳があったけれども,要するに,やる気を失っていたのである。
大学院に入ったばかりの頃,とある定年間際の先生の実験実習のアシスタントについたら,その内容があまりにイイカゲンなもので驚き呆れ,いかに功なり名を為してもこれではダメだ,俺はこんな年寄りにはならんぞ,と秘かに誓ったことがあった。ところがふと気が付くと,自分もまた講義の繰り返しに倦み,だんだんとイイカゲンになりつつあるのである。しかも功なり名を為す前に。これには参った。
当時一緒に仕事をしてくれていた友人のKさんが,このあいだブログでその頃のことを書いていて,冷や汗が出た。大学に向かうバスのなかで半泣きになって準備するとか,ああ,思い出すだけで緊張する。当時の学生さんたちには謝るしかない。いろいろ問題を抱えていたのです,能力面でも,それ以外でも。
最近になって,細々と続けている非常勤の準備やら,勤務先でのレクチャーの資料作りやらのために,以前の講義資料を引っ張り出してくることがあるのだが,そのたびに,もう一度同じ講義をやらせてもらったら,今度はもっとましな内容にできるのに,と口惜しく思う(まあ,気のせいかもしれないけど)。皮肉なものだ。いつもいつも後悔ばかりで,どうにも間の悪い人生である。
2007年8月 9日 (木)
仕事のメールに対して家から律儀に返信したら,呆れた上司様いわくrelax, the most important thing is you come back looking like 18 years old againとのこと。いくらなんでもそりゃ難しいが,努力しましょう,という言い訳の下,休み中に読むはずであった本も論文も放り出し,講義とその準備のほかはひたすら脱力して過ごしている。
webを眺めていたら,今年のカンヌ国際広告祭の結果が発表されているのに気が付いた。別に広告業界と御縁があるわけではないのだが,webページで一定期間だけ公開されるフィルム部門受賞作を眺めるのが例年の楽しみである。いくつか見落としてしまい後悔することが多いので,今年は頑張って,きちんと端から順に全部観た。ああ,これが俺の夏休みなのか。。。
今年のグランプリはUnilever Doveの,美女の顔が作成されていくやつ。俺でさえ勤め先の同僚に転送したくらいだから,これはずいぶん有名なものにちがいない(youtubeでの再生回数は400万回を超えている)。しかし,てっきりクチコミのみのキャンペーンなのかと思っていたので,フィルム部門での入賞はちょっと意外であった(このキャンペーンはサイバー部門でもグランプリを取っている)。考えてみれば,バイラルビデオとTV放映用CFを厳密に区別するのは難しいわね。
自販機の内側で悪夢的ファンタジーが広がる奴がグランプリになるのではないかと思っていたのだが,こちらは銀賞であった。
日本の受賞作は,松下電工(学生が乾電池で有人飛行機を飛ばす。博報堂)しかないようだ。それが悪いことかどうかはわからないけど。この世界の花形はもはやフィルムではないのかもしれないし。
いつも感心するのは,広告にあらわれる彼我のちがいである。たとえばDoveのビデオにしても,その面白さはわかるけれども,Unileverがこのキャンペーンを行うことの社会的な意味が,いまひとつ実感できないのである。美の感覚がマスメディアによって作られている,というのはわかる。でも,その対概念としてのreal beautyというのがよくわからないし,それをDoveブランドが称えるというところがもっとわからない。
資生堂TSUBAKIの「日本の女性は美しい」だって,なぜいまそんな話になるのか,アメリカ人にはさっぱりわかるまい。グローバル化にも限りがあるというべきか,それともグローバル化によって些細な違いが大きく見えるというべきか。まあどうでもいいけどさ。
2007年8月 7日 (火)
一週間夏休みを頂きます! Sorry I'll take five days off! と会社中に宣言し,「良いお休みを~」と暖かい声をかけてもらって有給休暇をとったものの(勤務先の夏休みは有休扱い),実はその間びっちりと集中講義をやらせてもらっているのである。自分で望んだこととはいえ,俺の夏はどこだ,俺はなにやってんだ,と思わないでもない。いえいえ,講義を担当させて頂けるのは嬉しいです,がんばりますです。
ともあれ,楽しい夏休みを記念し,このサイトのアクセスログを整理してみた(ああ,なんと充実した生活だろうか)。検索エンジン経由のアクセスを集計すると,検索ワードのランキング上位は,例によって「ストループ」「ミューラーリヤー」「レポート」「錯視」「先行研究」「実験」「心的回転」などなどである。確かに,いま俺が心理学科の学生で,実習のレポートを書くとしたら,それはもちろん,webを探し回りますわね。
せっかく集計したので,2007年1月~7月期の,栄えある検索キーワードランキングをここに発表します。(誰にむかって語りかけているんだか)
5位 「要約」
人気急上昇中のキーワード。このブログで書いた本の書名+「要約」で検索してアクセスしてくる人が多い。
7位 (俺の名前)
ちょっとドキドキしますね。いまよく見たら,勤め先の競合他社様が俺の名前で検索をかけておられる。。。なぜだ。。。
11位「個性を煽られる子どもたち」
「個性を煽られる子どもたち+要約」という検索が,6月に大妻女子大から何件も。薄い本なんだから,自分でお読みなさいな。
19位「渋江抽斎」
21位「読書感想文」
「渋江抽斎+読書感想文」という検索が,1月にwaseda.ac.jpから集中的にやってきた。ひょっとして高校生かしらん。
20位「統計」
最近googleで俺の名前を検索すると「統計」がリコメンドされるからだろう。
22位「proc」
28位「traj」
潜在クラス成長モデリング用のSASプロシジャproc trajについての検索。これに言及している日本語のページが少ないのだろう。
29位「t検定」
すべて「ミューラーリヤー」などと組み合わせて用いられている。webじゃなくて参考書を見た方がいいと思いますよ。
34位「追悼文の書き方」
そういえば,そういう題名のエントリをこのブログで書いたことがある。せっぱつまって検索しているのだろうか。あまりお役に立たない内容で,すみません。
その他の面白いキーワードは:
「櫻沢仁」... 社会学の先生の名前。この検索はかなり多い。「櫻澤仁」が正しいようです。
(俺の名前)+「空間認知」...申し訳ありません。
「明治学院+追試験」... がんばってください。
「児童ポルに」 ... 「児童ポルノ」のタイプミスであろう。「児童虐待」の本と「ポル・ポト」の本についてのエントリがヒットしたようだ。紛らわしいことを書いてすみませんでした。
2007年8月 4日 (土)
現代の消費者は賢いから云々,という言い方をよく聞くのだけれど,あれ,ほんとだろうか。
もちろん,現代の消費者というのが誰のことかも,賢いというのがどういうことかも明確でない以上,生産的な議論などできるわけがない。だからこれはただの印象論にすぎないのだが,我が身を振り返って,ああ消費者は案外賢くないねえ,と思うことが,最近何度かあった。
最近Youtubeのアクセスランキングに「ベンディングマシン・レッド」という一連の動画が登場している。清涼飲料水の自動販売機が擬人化されていて,二昔前くらいの戦隊アクション番組風の演出の下,脱力的なエピソードが展開する。いま検索したら,現時点で11本の動画がつくられているようだ。
さらにこの自販機ロボットは,mixiで日記を書いたり,他人のblogに丁寧にコメントをつけてまわったり,webページをつくったり(これが風俗営業店のwebページのパロディになっていて,ちょっと可笑しい),インタビューに答えたり,なにかとまめに活動しているようである。ブログを検索すると,アキバでベンディングマシン・レッドの撮影をやってるのをみた,という記事がたくさんみつかる。わざわざ人出の多い日曜日に,秋葉原駅前で。
動画はたしかに面白いと思う。なんだかシュールな味わいがあって,実に良い。俺も知人に紹介した。ライバルは黒い自販機「ゼロ」だ,というところもなかなか洒落ている。ともあれ,世の中に楽しいものがあることは素晴らしいことだと思う。
そのいっぽうで,なんだか喉に小骨が引っかかっているような気がする。自販機の着ぐるみの内側にいるのは誰か。この動画はいったい誰がなんのためにつくっているのか。どうみたって,これはバイラル・マーケティングにちがいない。相当に金をかけ頭をつかったキャンペーンである。しかし動画にクレジットはないし,自販機くんのwebページをみても,社名は全く書かれていない。
広告会社の見当をつけることはできる。自販機くんを一目見るだけで,クライアント企業の名前はあきらかだ。しかし,推測が容易かどうかは本質的な問題ではないだろう。これは要するにステルス・マーケティングだ。広告であることを明示していない広告活動なのである。
うろ覚えだけれど,新聞広告の掲載基準のひとつに,広告主が明示されていること,という項目があったと思う。バイラル・キャンペーンの場合はどうだろうか。きっと法的な規制はないのだろう。アメリカでは口コミマーケティング業界の倫理綱領ができたそうだが,そのような動きも,日本にはまだないらしい。というわけで,このキャンペーンがなにかの基準に反しているとはいえない。社会が許す範囲内でのイノベーティブな取り組みは,賞賛されてしかるべきだと思う。
しかし本来,メディアのルールは受け手を守るためにつくられているものだ。だからここで本当に問うべきなのは,それが許されているかどうかではない。我々が許すのかどうか,なのである。いまここにとても面白い動画があります。察するにそれはなにかの宣伝なのですが,でもなんの宣伝なのか,誰がなんのためにつくった動画なのか,どこにも書いてありません。ただ面白がっていてもよいものでしょうか? 疑ったり,気味悪がったり,怒ったりしたほうがよいのではないでしょうか?
現代の消費者は賢い,とみんながいう。消費者は企業の意図をかんたんに見抜いてしまう,踊らされているようで実は冷めている,云々。確かにそうなのだろう。でも,意図を偽った広告を防ぐ仕組み,知らぬ間に誰かに踊らされるのを防ぐ仕組みを求めるほどには,賢くないようである。
世の中にはクールな人がいっぱいいて,時代を鋭く捉え,斬新なコミュニケーション戦略を立案し実践している。素晴らしい。でもそんな人たちだって,一人の消費者にはちがいない。
というわけで,自販機ロボットの活躍を楽しみながら,俺は賢い消費者なのかしらん,消費者はほんとに賢いのかしらん,あのクールな人たちは本当に頭が良いのかしらん,と考え込んでしまう。
2007年7月23日 (月)
その日は珍しく定時前に会社を出た。夕暮れの電車で吊革にぶらさがって窓の外を眺めていたら,目の前に座っている人が席を立ったので,代わりに腰を下ろした。まだ帰宅ラッシュが始まる前の時間で,各駅停車の電車がドアを開け閉めするたび,立っている人はまばらになりはじめていた。
鞄から本を出すのも億劫で,床に目を落としてじっとしていたのだが,ふと,左隣に座っている男が小刻みに震えているのに気が付いた。
黒いスーツに地味なネクタイを締めた小太りの男が,膝の黒いショルダーバッグの上で少年漫画誌を性急にめくっている。その両腕がぶるぶると震えている。肉のついた丸っこい左手は,堅く握りしめられて血の気を失っており,雑誌の端を押さえるようにして鞄にきつく押しつけられている。右手は電話帳を繰るような勢いで雑誌を何十頁もめくり,時折乱暴にページを飛ばしたり,また戻ったりしている。
体調が悪いのか,小便でも我慢しているのか,と横目でのぞき込むと,食いしばった顎とこめかみが,時折ぴくぴくと痙攣している。眼鏡の奥の細い目は膝の上に向けられているようだが,はっきりしない。首筋は贅肉が襟からはみ出して盛り上がっており,色白な肌が薄赤く染まり汗で湿っている。小刻みで荒い呼吸に時々,溜息のような吐息が混じり,噛み締めた歯の奥からごく小さく,なにかを激しく罵るような呟きが聞こえるような気がする。
突然両手が,雑誌をバシンと鞄に叩きつける。息を深く吐いて,空いた両手で再び雑誌を握るが,もうページをめくるのではなく,引きちぎるような動作で強く力をかけ,また手を離す。両腕がまた小刻みに震えはじめる。
なにか激しい怒り,激しい憤りのようなものが,小太りの男を繰り返し繰り返し苛んでいるように見える。その感情の強さに,まず俺は呆然とした。こんな純粋な激情を目の当たりにすることは滅多にないだろう。なにか映画の一場面を見ているような気さえする。しかも男の怒りは,男がそれを必死で押し殺すたびに,ますます圧力を増しているように見えるのだ。
俺は少し怯えてしまい,膝を思い切り閉じて少しでも男から離れようとする。一瞬,いま突然男がわけのわからない叫び声を上げて,右肘を俺に叩きつけたらどうしよう,などと考える。身を縮めた俺は男と数センチの距離を空けているが,左ポケットが財布で盛り上がっていて,運悪く財布は小銭でいっぱいで,その部分が依然として男に触れたままなのが気にかかる。まさか,この財布の出っ張りのせいで機嫌を損ねたりはしないだろうけど,いや,しかし。。。落ち着きなく辺りを見渡したが,小太りの男の異常に気づいている人は誰もいないようだ。男の左側の女性は友人との会話に余念がない。ドアの前では若い母親がベビーカーを両手で支えながら吊り広告を眺めている。向かいのシートに座った老人と中年の男は揃って居眠りしている。その隣,ちょうど俺の正面に座っている,ヘッドホンをつけて目を閉じている若い男だけが,異変に気づきはじめたようで,薄目を空けてちらちらとこちらを伺っているように見えるのだが,男の様子を気にしているのか,それとも不自然に身を縮めて緊張している俺を不審に思っているのかはわからない。
電車は俺が降りる駅のひとつ手前を発車したところだ。男の拳も吐息もまだ震えている。時折両手が鞄の端を強く強く握りしめ,離しては,投げやりに雑誌に手を叩きつけ,何かを罵り,また握りしめる。感情とはこんなにも持続するものだろうか? いったいどんなひどい目にあえば,これほどに長く震え続けることができるのだろうか?
ふと,これは全部なにかの冗談なのではないか,という考えが浮かんだ。あるいは芝居の稽古とか。劇団の鬼教師に「今日の課題は『怒っている男』のエチュード,稽古場はこの電車です,さあおやりなさい」と命じられ,男はその課題を完璧にこなしていて,それを遠巻きに観察している同期生が「マヤ,おそろしい子」などと呟いているとか。もちろんそんなわけはない。小太りの男はいま激しい感情に囚われ,それを必死で制御しようとしながら,かえってその感情を増幅させているのだ。いっそいますぐに,極力さりげなく席を立って,難を逃れるべきだろうか?
どこで読んだのか忘れたけれど,なぜ毎日日記をつけるのか,と問われた人が,川の水のように流れていく日々を少しでもつなぎ止めておきたいから,と答えていた。ネットに溢れるたくさんのブログも,その背後にはそういう感覚があるのかもしれない。
実は大きな意味を持っているのに,気づかれないまま忘れ去られてしまう,そんな細かな事柄が,この平凡な日常には溢れているのではないか。そういう漠然とした焦りが,たしかに俺のなかにもある。でも,言葉で書き留めれば時間が止まるというのは錯覚だ。緊張感のない言葉をいくら費やしても,流れ去る日常を止めることはできそうにない。
ようやく着いた下車駅のホームで,背後でドアが閉まる音がするのを確かめてから振り返り,ガラス越しに男の顔をまともにのぞき込んだ。男はなにかにじっと耐える人のように,両手を鞄の上に揃えて目を閉じていた。あっという間に男の姿が消え,遠ざかる電車がカーブで見えなくなるのを,立ちつくしてぼんやりと見送った。
人波が消えて静かになったホームから,改札に通じる階段を一歩一歩降りながら,俺はいまなにか大変なものを見たような気がするのだが,それがなんなのかはっきりしない,と思った。そこにはなにか大事なもの,忘れてはいけないものがあったような気がするのに。でも俺はすぐにこのことを忘れてしまうだろう。激しい感情を反復し増幅させて身を苛んでいた小太りの男のことを,俺はすぐに忘れてしまうだろう。それとも,詩人がそうするようなやりかたで,この一瞬をえぐり取ることができるなら,流れていくこの毎日を,ほんの少しでもせき止めることができるだろうか?
太った男が怒りに震えながら
地表を滑るように移動していく
現在地点が黒い軌跡を描く
緯度と経度が刻々と変わる
指先を引きつらせながら川を渡る
荒い息をこらえながら山を突き抜ける
爪が手のひらを抉って血がにじむ
毛穴から下着へと憤りが染みこむ
いつか空は黒くなる
太った男は座ったまま暗闇を疾走する
もうただの太った男には戻れない
怒りに震える太った男
2007年7月17日 (火)
閉店間際のコーヒーショップのソファー席に腰を下ろし,コーヒーを一口啜ってカップをテーブルに置いたところで,どさっという音がして,左足が付け根から外れた。見下ろすと,ちぎれた太ももがジーンズのなかに引っかかり倒れかかっていて,足のかたちが不自然に歪んでいる。次第に鈍い痛みが広がりはじめる。困ったな,どうしたものか,ともう一度コーヒーを啜り,それから身体を屈めて,両手ですそを押し下げるようにして,ちぎれた足を押し上げようとするのだけれど,断面と断面の間に布がはさまってしまい,元通りにはつながらない。ポケットの下あたりから滲み出てきた血が,栓を抜いたように噴き出してきて,もう自分のものではなくなってしまった踵を伝って流れだし,床一面に黒く広がる。その速度はあり得ないほどに速い。これはもう駄目だ。このまま目を閉じてじっとしていよう,次第に寒くなってきたことだし,などと考えたところで,お客様申し訳ありませんが閉店のお時間です,と若いハンサムな店員に起こされた。はっと息を飲んで見下ろすと,一口しか口を付けていないコーヒーカップがあって,間髪入れずに店員が,そのままで結構です,ありがとうございました,と云った。
物音に飛び跳ねて逃げていく鼠のように店の外に出て,歩道でようやく歩みを緩めながら,これでは駄目なんだ,と思った。人々が希望の夢,成功の夢を見ているとき,俺は突然に身体中の血を流して倒れたり,なにかに全身を押しつぶされたり,狙撃者にこめかみを打ち抜かれたり,そんな白日夢ばかりを見ている。これでは駄目なのだ。それはわかっている。でも一体どうすればいい?
2007年6月22日 (金)
一昨年の春に大学を引き払ってサラリーマンの真似事をはじめたとき,もうこれからは専門書や雑誌論文を読むことなどないだろう,と思ったものである。
俺の予測は大抵外れるのだが,この点についてもまたそうだった。今に至ってもなんだかんだで,心理学系の本を買い込むことがある(これはまあ,大学の仕事を細々と続けているせいもある)。平日の会社勤めでも,その勤務時間の何パーセントかは資料探しに費やしており,探し回った末ようやくみつけた資料が結果的に心理学の論文であった,ということもたまにある。なんというか,残尿感あふれる人生だ。
で,こういう立場になって気が付いたんだけど,学術論文というのはなかなか手に入れにくいものである。たとえば"Psychological Review"という雑誌は,心理学分野で最高峰の学術誌であって,心理学科のある大学ならばまちがいなく購入している。ここに載っている論文が手に入らないという事態は,ちょっと想像がつかない(まあ,手に入れても読むかどうかは別の問題だけど)。ところが実はこれは,大学に籍がある人に限った話だ。いま一人の市民が突然に,"Psychological Review"掲載の論文を,なぜか読んでみたくなった,としましょう 。近所の公立図書館には? あるわけがない。もっと大きな図書館に行けば? 都立図書館(中央,日比谷,多摩)にもない。では大学の図書館は? 残念ながら,基本的に大学図書館は一般市民に開放されていない。案外に困難な道のりなのである。
とはいえ,世の中は少しづつ進歩している。まず,国公立大学の図書館は一般市民の利用を認めはじめているようだ。先日ためしに一橋大の図書館に行ってみたら,拍子抜けするくらいにあっさりと入館させてくれて,本当に助かった。さらに,ちょっと時間がかかるけど,国会図書館関西館に申し込んでコピーをとって頂く,という手もある(笑っちゃうくらいに丁寧な梱包で送ってきてくれる)。もしお金が有り余っているのなら,何十ドルだか支払って,電子ジャーナルサービスでPDFファイルを買うこともできるだろう。
問題は,もう少しマイナーな雑誌の論文を入手する場合である。国会図書館が購入している英文誌は案外少ない。うまいこと大学図書館に忍び込めても,そこで購入していない雑誌だったらもうお手上げである(さすがに,学外者のために資料取り寄せまで提供してくれる大学図書館はみあたらない)。PDFファイルをオンデマンドで買えるかどうかは雑誌次第だし,買えたとしても馬鹿みたいに高い。
皮肉なことに,これならすぐに役立つはずだ,急いで読んでおきたい,という論文は,権威の高い雑誌にではなく,ちょっとマイナーな雑誌に載っていることが多いのである。俺の場合は,非常勤先の大学の図書館に取り寄せを頼むという最終手段があるけれど,大学によっては非常勤講師の依頼を受けないところもあるようだ。非常勤を掛け持ちして食べている人々や,俺のように一般企業で這いつくばるように働いている人々は,いったいどうしているんだろうか。聞いてみたいものだ。
。。。と書いていたら,なんと,欲しい論文がいま手元に届いた。ダメもとで著者様に「PDFファイルプリーズ」と頼んでみたら,即座に送ってよこしたのである。ありがたや,ありがたや。直接頼んじゃうという方法もあるなあ。
2007年2月14日 (水)
このたび全国学力テストというのがあって(正確には「全国学力・学習状況調査」),この4月に全国津々浦々の小六・中三が学力テストを受ける。なにしろ大金を投じて行う一大事業であるから(九十数億かける由),その末端の端切れのあたりにでも関わってみたいもんだなあ,と密かに願っていたのだが,昨春の転職やらなにやらで,儚い夢に終わってしまった。残念。
それはともかく,俺のような素人には,このテストの主旨がさっぱりわからない。結果から得た知見を教育政策に生かすのか? まさか。実証データなんかなくたって,このたび教育再生会議はゆとり教育の見直しを提言したそうではないか。行政レベルでの施策立案に役立てたりするのだろうか。それならなにも全数調査をする必要はないだろう。指導法の開発なら,小規模でもいいから要因を統制した研究を積み重ねていくほうがずっと役に立つ。学校間に競争原理を導入するためだとしたら,公平な学校評価の仕組みを考えるのが筋だ。それとも,子どもに個票を返して競争心を高め学力を向上させる,という話が本命なのだろうか。なんだか風が吹けば桶屋が儲かる式の頼りない理屈だし,別に全国規模の一斉テストでなくたって良さそうなものだ。
別に誰かの悪口を云いたいわけでもないし,世を憂いたいわけでもない。心から不思議なのである。俺の数倍から数十倍も頭の良い皆さんが,俺の数倍から数十倍の年収を稼ぎつつ行う国家事業が,なぜ俺一人をも説得できないのか。それとも俺の頭が悪すぎるのか。それとも --- 実はこれが正しいのではないかと思い始めているのだが --- 所詮は国のカネだから,誰もコストパフォーマンスのことなんて気にしてない,ということなのだろうか。
このテストは実施から採点まで民間に丸投げであり,落札したのはベネッセとNTTデータである。つくづく俺は間違っていた,人生は公務員と大企業に限る。
2007年2月12日 (月)
しばらく終電が続いたという程度だから,客観的にはたいしたことがないのだが,主観的にいえば,ここんところ大変忙しく,大変疲れた。
なにが疲れるといって,喋れない英語で無理矢理喋らなきゃいけないのが疲れる。普段の倍,いや三倍は疲れる。周囲は皆喋れる人ばかり,英語話せずんばヒトにあらずという雰囲気の会社なので,ちょっとあなたたち!ワタシの苦労がわかんないでしょう!と八つ当たりしたくもなる。高野陽太郎の外国語効果の論文を配布し読ませたい心境である(外国語を使っているときは普段よりアタマが悪くなるのだそうです。英語でのミーティング中にワタシが馬鹿なことをいっても,それはワタシのせいではありません)。
とはいえ,カタコトで食ってかかってくる部下を持ったネイティブ・スピーカーのほうも随分な災難であろう。ずっと前に,日本語があまり上手くない中国人留学生となにか話さないといけない用事があって,その言葉遣いのめちゃくちゃさ,コミュニケーションの困難さに疲労し,本当に気持ちが悪くなったことがある。俺もきっと人々を混乱の淵に叩き込んでいるに違いない。いやいや,誠に申し訳ないことです。
SF映画などでは,首の後ろにジャックがついていて,そこにフランス語のメモリスティックを刺すと途端にフランス語が喋れるようになったりする(ウィリアム・ギブソンあたりが初出だろうか)。夢の機械だが,生きているうちには手に入らないだろう。
なんだか悲しくなってくるので,行き帰りの電車では詩集を読んでみたりして,この味わいは日本語話者でなければわかるまいなどと自分を慰めるのだが,考えてみればロシア人のナボコフは英語で「ロリータ」を書いたのだし,日本にもアーサー・ビナードのような詩人がいるわけで,やっぱり気が休まらない。
2006年12月18日 (月)
宮本輝という作家に「道頓堀川」という小説がある。デビュー作の「泥の川」や,その後の「蛍川」に比べると若干落ちるけれども,読み手を掴んで離さない良い小説である。いま気がついたんだけど,この三作はすべて映画化されているなあ。映画の「道頓堀川」はなんだか悪い冗談のような出来だった。
この小説の主人公は喫茶店の寡黙なマスターで,全編を通し,ずっと昔のあるひとつの出来事について延々と考え続けており,その謎が小説の芯になっている。かつて自分を捨てた女が,ある夜突然に自分の前に現れたのはなぜだったのか。もし出来るのなら,あの晩にもう一度戻りたい,本当の理由を聞きたい。主人公は現在の大阪を生きているように見えて,心の半分はかつての貧しい町に生きており,とっくに死んでしまった女と会話し続けている。
この小説に熱中したのは17歳くらいの頃で,いまならば宮本輝を手に取っているということそのものに気恥ずかしさを感じてしまうが,そのころはそういうアタマがなかったもので,雑念に邪魔されることなく,良い小説は良いと思ったのである。とはいえ,アタマがカラなだけあって,読み終えての感想のほうも,実にたわいないものであった。すなわち,
1) マスターはなんてカッコイイのだろうか。過去を抱え続け,死者と対話する男。渋い。渋すぎる。
2) しかし,そんなに人は物覚えがよいものだろうか。どんなに重大な出来事であっても,十何年も前のことになってしまえば,俺ならたまにしか思い出さないだろうなあ。
ああ,当時から俺は馬鹿だったのだ。いまの冴えない人生も,どうやら故なきものではありませんね。
いまの勤務先は部署によっては大変な激務であって,ときどき中堅どころのリサーチャーが,今朝も徹夜でした,なんて溜息をついていたりする。頭が下がるし,組織の問題として解決されるべきだと思うが,心のどこかで,ちょっとうらやましく思ってしまう面もある。誰もいないオフィスで,自分にしかできない仕事に没入するのは,体力さえ保てば,そう悪い気分でもないんじゃないかなあ,などと思ってしまう。もっともこれは傍目だからいえることで,当事者はたまらないだろうが。
徹夜だなんてもう俺には不可能,絶対に不可能だが,こんな俺にも十年ほど前には,研究の都合で徹夜してしまう,なんていうことがあった。朝までにこの仕事を片づけたい,寝てしまうわけにいかない。そう強く思えば,実際に朝まで仕事することができた。まったく嘘みたいな話だ。
いまでもよく覚えているのは,大学院にはいって数年目,大学の一室に泊まり込んでひたすら論文を読んだ夜のことだ。たしかSperber&Wilsonの長い論文だったと思う。誰もいないのを良いことに,ファイルを両手に開き,コンピュータ・ルームをいらいらと歩き回りながら難解な文章を辿っていると,あるとき突然,論文の内容がすっと腑に落ちるような気がしたのだった。なんだこんな簡単なことだったのか,そしてこんなにも射程距離の長い,豊かな理論だったのか,それならこんな研究もできるし,こんな研究もできる。と,突然に開けた視界に目眩がするような思いだった。
いまの俺の目からみて,「道頓堀川」の喫茶店主は格好いいどころか,結局のところダメ男である。女はもうとっくに死んでしまっている。謝罪はもう届かない。なのに,男は死んだ女に繰り返し語りかけ,現在ではなく過去を生き続ける。こういう男をダメ男という。
と同時に,過去に縛られるのは簡単なことでもある。それは物覚えの良し悪しとは関係がない。十数年も前の出来事を,繰り返し繰り返し思い出すのは,生き方として容易なのである。主人公は,もし出来るのならあの夜に戻りたい,と痛切に願う。しかしその痛切さは,ごく平凡な,ごくありふれたものに過ぎない。
この願いはどこにも届かないし,どこにもつながらない。でも,もし出来るのならあの夜に戻りたい,と俺はいま思う。蛍光灯の光の下,リノリウムの床のうえに立ちすくんで,ひとつの問題だけをひたすら考えていた夜に。夜明けはまだ遠く,窓の外は一面の暗闇で,建物じゅうがしんと静まりかえっていた。目の前には,これからできることだけが無限に広がっていた。
2006年12月 4日 (月)
フォルダを整理していたら,半年ほど前の休みの日に書いたperlスクリプトが出てきた。なにかの気の迷いのような代物だが,せっかく数時間を費やしたんだし,ここに載せておくことにする。
Amazonで,なにかの商品のページにアクセスしたあとで「マイページ」を開くと,さっきみていた商品の関連商品が表示される。たとえばウィトゲンシュタインの「哲学探究」にアクセスした後なら,同じ著者の「論理哲学論考」が表示される。たいしたものですね。
こういうリコメンド・システムが普及した世界では,人々の関心はますます狭くなっていくのではないか,と,新聞で評論家が書いていた。そうかもしれないけど,Amazon使っていて俺がいつも思うことはむしろ,リコメンド・システムのせいで<売れる本がますます売れる>ようになるんじゃないか,ということである。マイナーなファンタジー小説の商品ページにアクセスした人に対してハリー・ポッターがリコメンドされることはありうるが,その逆はないだろう。要するに,リコメンドの連鎖は常に売上上位商品へとつながっていくのではないか?
というわけで,スクリプトを書いて調べてみた次第である。ある本にアクセスし,リコメンドされた本にアクセスし...と繰り返していけば,行き着く先の商品はなにか。果たして,すべてのリコメンドはハリポタに通じるのか?
「哲学探究」からスタート:
[1]: 論理哲学論考
[2]: ウィトゲンシュタイン入門
[3]: ウィトゲンシュタインはこう考えた―哲学的思考の全軌跡1912‐1951
[4]: 哲学の謎
[5]: 無限論の教室
[6]: ゲーデルの哲学―不完全性定理と神の存在論
[7]: ゲーデルは何を証明したか―数学から超数学へ
[8]: 無限の果てに何があるか―現代数学への招待
[9]: 集合とはなにか―はじめて学ぶ人のために
[10]: 新装版 マックスウェルの悪魔―確率から物理学へ
[11]: 新装版 不確定性原理―運命への挑戦
[12]: 新装版 四次元の世界―超空間から相対性理論へ ブルーバックス
[13]: 新装版 タイムマシンの話―超光速粒子とメタ相対論
[14]: 時間の不思議―タイムマシンからホーキングまで ムムッ、虚時間?
[15]: 「場」とはなんだろう―なにもないのに波が伝わる不思議
ゲーデル経由で数学に,そして物理学へとつながった。16番目がターニングポイントになり,延々と「社会人向け再入門」本が続く。
[16]: 高校数学でわかるシュレディンガー方程式
[17]: 高校数学でわかるマクスウェル方程式―電磁気を学びたい人、学びはじめた人へ
[18]: 道具としての微分方程式―「みようみまね」で使ってみよう
[19]: 図解入門 よくわかる物理数学の基本と仕組み―物理、工学のための数学入門
[20]: 図解入門 よくわかる行列・ベクトルの基本と仕組み
[21]: 図解入門 よくわかる高校数学の基本と仕組み―社会人のための再入門 実はこんなにやさしい数学再入門
[22]: 図解入門 よくわかる高校物理の基本と仕組み―社会人のための再入門 実はこんなにシンプルな物理再入門
[23]: 図解入門 よくわかる高校化学の基本と仕組み―実はこんなに身近な化学再入門
[24]: 図解入門 よくわかる高校生物の基本と仕組み―社会人のための再入門 実はこんなに味わい深い生物再入門
[25]: 忘れてしまった高校の生物を復習する本―生物の基本、ここが面白い!
[26]: 忘れてしまった高校の化学を復習する本―化学の基本、ここが面白い!
[27]: 忘れてしまった高校の数学を復習する本―高校数学ってこんなにやさしかった!?
[28]: 中学3年分の数学が14時間でマスターできる本―きちんとわかる・スラスラ解ける総復習 通勤・通学電車の60分で頭の体操
[29]: 小学校6年分の算数が7時間でわかる本
[30]: 中学3年分の数学が基礎からわかる本
この辺からはどうやら社会人向けではなく,本物の学参であるようだ。文系教科も登場しはじめる。
[31]: 高校これでわかる数学I+A―基礎からのシグマベスト
[32]: 高校これでわかる基礎英語―基礎からのシグマベスト
[33]: 高校これでわかる古文・漢文―基礎からのシグマベスト
[34]: 世界史A問題集―新課程用
[35]: サブノート地学―書き込んで作る参考書 (1)
[36]: 現代社会の必修整理ノート
[37]: 高校これでわかる生物I―基礎からのシグマベスト
[38]: 高校これでわかる世界史B―基礎からのシグマベスト
[39]: 高校これでわかる日本史B―基礎からのシグマベスト
[40]: 高校これでわかる化学I―基礎からのシグマベスト
[41]: 高校これでわかる物理I―基礎からのシグマベスト
[42]: シグマ基本問題集数学I+A―新課程版
[43]: シグマ基本問題集現代社会―新課程版
[34]が再出現するが,ループに陥らず別の本へとつながっていく。リコメンドは直前のアクセスだけで決まるのではないらしい。
[44]=[34]: 世界史A問題集―新課程用
[45]: 金谷の日本史「なぜ」と「流れ」がわかる本―大学受験日本史
[46]: 金谷の日本史「なぜ」と「流れ」がわかる本―原始・古代史
[47]: 金谷の日本史「なぜ」と「流れ」がわかる本―中世・近世史
[48]: 荒巻のまた世界史の見取り図―大学受験世界史 (前近代アジア編)
[49]: 荒巻の世界史の見取り図文明の発祥~16世紀―大学受験世界史
[50]: 荒巻の世界史の見取り図―大学受験世界史 (続)
[51]: 荒巻の世界史の見取り図―大学受験世界史 (続々)
[52]: 富井の古文読解をはじめからていねいに―大学受験古文
[53]: 富井の古典文法をはじめからていねいに―大学受験古文
[54]: 田中雄二の漢文早覚え速答法―試験で点がとれる
[55]: ゴロで覚える古文単語ゴロ565(ゴロゴ)
英語に移行し,そこからなかなか抜け出せなくなる。
[56]: システム英単語 Ver.2
[57]: ポレポレ英文読解プロセス50―代々木ゼミ方式
[58]: 英文読解入門基本はここだ!―代々木ゼミ方式
[59]: 仲本の英文法倶楽部―代々木ゼミ方式
[60]: ビジュアル英文解釈 (Part1)
[61]: ビジュアル英文解釈 (Part2)
[62]: 上 英文法のナビゲーター 大学入試
[63]: 下 英文法のナビゲーター 大学入試
[64]: 新・英文法頻出問題演習 (Part1)
[65]: 新・英文法頻出問題演習 (Part2)
[66]: 新・基本英文700選
[67]: 英語構文詳解
[68]: 英文解釈教室
[69]: テーマ別 英文読解教室
[70]: 英語長文読解教室
[71]: 英文解釈教室 入門編―高1レベルからラクラク学べる
[60]に戻り,そこから逆向きに進みはじめ,古文に戻ってしまう。
[72]=[60]: ビジュアル英文解釈 (Part1)
[73]=[61]: ビジュアル英文解釈 (Part2)
[74]=[57]: ポレポレ英文読解プロセス50―代々木ゼミ方式
[75]=[54]: 田中雄二の漢文早覚え速答法―試験で点がとれる
[76]=[53]: 富井の古典文法をはじめからていねいに―大学受験古文
[77]=[52]: 富井の古文読解をはじめからていねいに―大学受験古文
現代文に脱出するが...
[78]: ことばはちからダ!現代文キーワード―入試現代文最重要キーワード20
[79]: 田村のやさしく語る現代文―代々木ゼミ方式
[80]: 入試現代文へのアクセス-五訂版-
[81]: 現代文と格闘する
[82]: 基礎英文解釈の技術100 大学受験スーパーゼミ 英6
[57]に戻ってしまい...
[83]=[57]: ポレポレ英文読解プロセス50―代々木ゼミ方式
[84]=[58]: 英文読解入門基本はここだ!―代々木ゼミ方式
[85]=[56]: システム英単語 Ver.2
[86]=[55]: ゴロで覚える古文単語ゴロ565(ゴロゴ)
[87]=[53]: 富井の古典文法をはじめからていねいに―大学受験古文
[88]=[54]: 田中雄二の漢文早覚え速答法―試験で点がとれる
ようやく新領域に脱出。
[89]: 物理のエッセンス力学・波動―新課程対応
[90]: 物理のエッセンス電磁気・熱・原子―新課程対応
[91]: 名問の森物理 (力学・波動)
[92]: 名問の森物理 (電磁気・熱・原子)
[93]: 化学I・IIの新研究―理系大学受験
[94]: 化学I・IIの新演習―理系大学受験
[95]: 難問題の系統とその解き方物理I・II―新課程
[96]: 微積分/基礎の極意―大学への数学
[97]: 1対1対応の演習/数学III―大学への数学
[98]: 1対1対応の演習/数学B―大学への数学
[99]: 1対1対応の演習/数学II―大学への数学
[100]: 大学への数学 1対1対応の演習 数学A 新課程版
[101]: 1対1対応の演習/数学I―大学への数学
それもつかの間,[60]に逆戻り。現代文を経由して[57]へと戻る。「ポレポレ」恐るべし。
[102]=[60]: ビジュアル英文解釈 (Part1)
[103]=[54]: 田中雄二の漢文早覚え速答法―試験で点がとれる
[104]=[53]: 富井の古典文法をはじめからていねいに―大学受験古文
[105]=[52]: 富井の古文読解をはじめからていねいに―大学受験古文
[106]=[78]: ことばはちからダ!現代文キーワード―入試現代文最重要キーワード20
[107]=[79]: 田村のやさしく語る現代文―代々木ゼミ方式
[108]=[80]: 入試現代文へのアクセス-五訂版-
[109]=[57]: ポレポレ英文読解プロセス50―代々木ゼミ方式
[110]=[56]: システム英単語 Ver.2
ここで[55]の古文ではなく,英語の新しい本に進む。
[111]: 全解説頻出英文法・語法問題1000
[112]: 全解説頻出英熟語問題1000―基礎チェック問題100付
[113]: 全解説入試頻出英語標準問題1100―文法・語法・イディオム・会話表現の総整理
で,[59]に逆戻り。以下,[59]から[113]までの繰り返しとなった。
というわけで,予想とは異なりループが生じてしまった。延々辿ればいつかはハリポタに通じる,というものではなさそうだ。
2006年4月27日 (木)
コミック誌を定期的に買い込む割にはあまり熱心に読んでいないが,いま「モーニング」に連載中の「東京トイボックス」はちょっと気に入ってしまって,過去の掲載号を繰り返し眺めたりしている。零細ソフトハウスを舞台に描かれる夢と現実の葛藤,などという設定はほかにもありそうだし,連載が進むにつれてちょっと絵柄が荒れてきているし...と,ケチをつけはじめるときりがないけれど,それでもなんだか次号が気になって仕方がない。好きになるときはそうしたものです。
メジャーな青年誌での連載だから,ちゃんと魅力的な女性とロマンティックなエピソードが用意されているのだが(大手町のキャリアレディ・月山さんが上司の不興を買って秋葉原へと放逐され...というのが導入部),話の本筋はそちらではなく,どうやら三十過ぎの独身男・太陽くんが主人公であるようだ。天川太陽は零細ゲーム開発会社を率いる社長だが,無精髭にジャージ姿,風呂にもろくに入らず,オノデン向かいの雑居ビルのオフィスに寝泊まりし,ポテトチップスを箸でつまみつつ(良いディテールだ)日夜ディスプレイに向かっている。ゲームを作らせたら誰にも負けないという自負はあるものの,心ならずも細かい下請け仕事で糊口をしのぐ日々である。
久々に舞い込んだゲーム制作の仕事に,太陽以下スタッフたちは寝食を抛ってのめり込むが,会社を取り巻く状況は冷酷で,親会社から出向してきた月山さんは,クリエーターの論理とビジネスの論理の板挟みになる。その対立は抜き差しならない状況に至り,太陽はついつい投げやりな嫌味を口にしてしまう(あまり器の大きな男ではないのである)。太陽のアップからカメラが反転すると,月山さんはその瞬間,なんだかつまらなそうな顔をして(ここのところ,実に上手い。なるほど,こういうとき人はつまらなそうな表情を見せるものだ),それから太陽の頬を叩く。私がなにをしようが,周りがなにをいおうが,あなたは(と,涙と一緒にお国訛りが出て)「あんだは,ゲームのことだけ考えねば!」
この台詞はもう一度登場する。ゲームは完成し,月山さんは大手町へと去り,再び鬱屈した日常が戻ってくる。いつかきっと作ってみせると誓っていた作品は,商標権が大手企業に移り,手の届かないところへと去ってしまった。さらに,クールでシニカルな長年の相棒・七海さんから,会社を辞めると告げられる。あろうことか,その大手企業の開発チームに引き抜かれたのである。太陽は顔の前で手を組んだまましばらく動けないが,ようやく口を開く。誰だか知らない奴が作るよりは,ずっと一緒にやってきた奴が作る方がいいよな。
七海さんは目を伏せて立ち去りかけ,不意にきびすを返し,ポケットに手を突っ込んだまま太陽に口づけする。呆然とする太陽の耳元で,七海さんがそっとささやくのは,月山さんの口真似だ。「あんだはゲームのことだけ考えねば」
暇人の常として,もし天川太陽が俺だったら,などと考えてしまう。いや,別にショートカットのOLに頬を叩かれたり,眼鏡の美女に不意にキスされたりしたいわけではない(と,思う)。ぼんやりと考えるのは,こういうことである。もしも俺が誰かに「あんだは××のことだけ考えねば」と叱られるとしたら,××とはいったいなんだろう?
これはなかなか難しい。平凡なサラリーマンに向かって「あんだは仕事のことだけ考えねば!」というのは,励ましというより嫌がらせであろう。もうちょっと限定して考えると,どうやら××に入るタイプの職種とそうでないタイプの職種があるようだ。たとえば学校の先生に向かって「あんだは子どもたちのことだけ考えねば!」というのは,これはありそうだ。いっぽう,「あんだはマーケティング・リサーチのことだけ考えねば!」というのは,なんともシュールな発言で,いったいどんな状況だか見当もつかない。「あんだは心理学のことだけ考えねば!」というのは? まあ今そんなことを云われても困るけど,それはそれでちょっと筋違いだという気がする。よくわからないのだが,学問分野のなかには「そのことだけを考えていてはいけない分野」があって,知覚や数理の研究を別にすれば,心理学もまたそういう分野だ,という気がする。
運良く職種に恵まれたとしても,さらなる障害が待っている。月山さんや七海さんは,太陽の未練がましいダメ男ぶりに呆れ怒りながらも,太陽の才能を信じているのである。正確にいえば,太陽が究極的には自分の才能を信じているということ,太陽が自らを恃むその力を,彼女たちは信じている。だからこそ,立ちすくむ太陽くんを彼女たちは叱咤するのである。
つくづく思うに,自負というのは大変危険な代物である。カードをろくに見ないでひたすらレイズしつづけるポーカーのようなものだ。往々にして手元の札は安く,勝率は低く,賭け金を吊り上げていく興奮に呑み込まれるままに多くを失う。「自分の可能性を信じろ」云々の説教は世に溢れているが,どれもまともな物言いには聞こえない。
というわけで,俺が常日頃考えているのは,いかに安い賭け金で済ませるか,いかに自らを信じることなく過ごすか,ということである。結局のところ,誰であれ自己認識というものはどこかしら歪んだものなのかもしれないし,そもそも人生なりポーカーなりに求められているのは合理的な判断ではないのかもしれない。だけど,せいぜい無理をせず,せいぜいカードを冷静に眺め,大勝ちはしないが大損もしない,そういう方略はありうるだろうし,俺はそっちを選びたいと思う。
しかしその一方で,心のどこかから,かすかに囁く声がある。あるひとつの何かについてだけ,そのことだけを考えていられたら,ただその何かだけに没頭していられたら。そうすることが正しいと信じることができたなら。そんな何かがもう二度と訪れないことは分かっているのに,その囁きは消えない。
俺は天川太陽くんになりたいとは思わない。でも,逡巡し苦闘しつつも自分の才能を信じ続けようとする太陽くんに対して感じるのは,かすかな憧憬であるといって良い。だから,「あんだはゲームのことだけ考えねば」と叱咤される太陽くんの姿に,俺は身体がほんの少しざわめくのを感じ,遠くからの囁きにじっと耳を澄ます。
2006年3月27日 (月)
そんなこんなで今週は暇なのだが(有給消化中),一日うちでごろごろしていても,なんだか落ち着かないものだ。どこにも帰属感がないこの感覚は,日曜日を寝潰すのとはわけがちがう。
しばらく無職でもいいかなあ,とちょっと思っていたのだが,もしほんとにそんなことをしていたら,オカシクなっていたかもしれん。切れ目なしの転職でよかった。
。。。そんなことないかな。慣れちゃえばそれはそれで幸せだったかな。
2006年3月25日 (土)
お読みのみなさま:
挨拶状を配るほど胸を張れた話ではないので,ここでのご挨拶にさせていただきますが,このたび現勤務先を退職することになりました。今度は市場調査の会社に勤めます。
退職するのは大学の仕事を続けたいからで,他意はないです。
現勤務先のみなさま(読んでるのか?):
本当にありがとうございました。暖かく迎え入れて頂き,とても面白い仕事をさせて頂いたのに,私のわがままでたった一年で失礼することになり,誠に申し訳なく思っております。
みなさまのご活躍を心よりお祈りします。またどこかでお会いできるのを楽しみにしてます。
知人・友人のみなさま(誰が読んでるのかわからんが...):
こんどは虎ノ門(神谷町)です。近所に来たらメールくださいまし。
2006年3月 1日 (水)
銀河のかなたのナントカ星に住むナントカ星人は,時間をあたかも空間のように捉えている。地球人が山に登って頂上から山脈を見渡すのと同じように,ナントカ星人は好きな時点から時間軸を見渡すことができるのである。このことはナントカ星人が永遠に生きることを意味しているのではない。ナントカ星人の寿命は有限だし,ナントカ星人は平和を愛する種族ではあるものの,悲惨な戦争をいくつも経験している。ナントカ星歴何年になれば,宇宙船のエンジン開発中の事故によって星ごと爆発し滅亡してしまうこともわかっている。しかしナントカ星人は時間を見渡すことができるので,各々が好きな時間を愛し,その時間を味わい続ける。戦乱の時期には互いを殺し続け,滅亡の折りには爆発ボタンを押し続け死に続けるが,彼らはそれには目を向けず,平和で穏やかな時間を楽しみ続ける。
この話はカート・ヴォネガットの,たしか「スローターハウス5」で登場した物語だと思う。ヴォネガットの小説にはこの種の寓話が唐突にたくさん出現し,正直にいってそのすべてがうまく機能しているとは思えないのだが,このナントカ星(トラルファマドール星だっけ?)のエピソードは,不思議に心に残っている。
はじめてこの話に接したとき,これは物語の隠喩だ,と思った。物語の読み手は,物語の時間軸を空間のように見渡すことができる。もちろん,物語の一部分を全体から切り離して捉えることはナンセンスだけれども(歴史から特定の事件を切り取ることがナンセンスなのと同じだ),しかしある物語を愛する人は,たいていはそのどこか一部分に特に心惹かれているものであって,物語の構造に対してではない。ちょうどトラルファマドール星人のような立場だ。
そんな解ったようなことを考えたのはいつ頃だっただろうか? とにかくずいぶん昔の話だ。ものの見方というのは変わるもので,今考えるに,この話は寓話でもなんでもない。
主観的な時間は客観的な時間と一致しない。たとえば,広くいわれているように,年を取れば一年はより速く過ぎ去るようになる。時間は伸び縮みしさえする。天井を眺めてあっという間に終わる一日もあれば,ほんの数秒がとてつもなく長く引き延ばされることもある。高い橋から転落した青年が,岩に激突するまでの間これまでの人生を振り返るが,死を前にしたその数瞬は限りなく長く感じられ,流れが次第に遅くなってついには止まってしまい,青年は主観的には永遠に空中に浮かび続ける,というような物語を読んだことがある。なるほど,原理的にはあり得ることだと思う。少なくとも,そんなことが起こらないと主張するのは困難だ。
さらに,我々は常に現実の時間を生きているとは限らない。日常生活は支障なく送りながら,本質的な関心や切迫した感情をどこか過去に置いてきてしまい,今この時を生きることなく死んでいく,ということもあり得る。
あれこれ考えるに,我々もまた,ある種のトラルファマドール星人にちがいない。
自分の経験を引き合いに出しても仕方がないが,俺に即していえば,何年か前から突然に,日々が急速に過ぎ去るようになった。顧みるに,何をどうすればいいのかさっぱり解らなくなった頃,「もし早送りボタンがあるのなら押してしまいたい」と痛切に思うようになった頃から,その願い通り,本当に時間が速く流れはじめたように思う。たぶんなにかをどこかに置いてきてしまったのだろう。もはやその速度は,流れる・流されるというより,落ちるという言い方がふさわしい。
夏の早朝に若い友人が死んだので,その建物を訪ねたら,最上階の腰の高さのガラス窓から身を乗り出した真下に見えるのは,彼女が叩きつけられたコンクリートではなく,その横に立つ木の生い茂る枝々で,それはまるで緑の雲のように見えた。
もちろんそれはその日の話で,それから枝は何度も葉を落としまた生い茂っただろうが,しかしそれはこちら側の時間のことで,主観的な時間のなかで当人は夏の朝を落下し続け,あの緑の雲に浮かび続けているのではないか,と俺は時々想像する。そのような感傷に意味など無いことは承知の上で,俺は声に出さずにつぶやく。そっちの具合はどう? 大勢の人の心の一部を引きちぎって,ゆっくりと落ちていく気分はどう? もし仰向けに落ちているのなら,そこからあの年の夏の薄青い空が見えるだろうか?
こっちはもう散々だ。率直に言えば,君のやっていることと大差がない。ここからはなにも見えない。落ちていく,落ちていく,落ちていく,ものすごい速さで。
2006年2月 5日 (日)
仕事帰りの電車で,さっき買ったマンガ雑誌を一通りめくったが,乗換駅はまだ遠い。読みかけの論文とノートPCを鞄から引っ張り出した。プログラム例を参考に構造方程式をつくっている最中なのだが,なかなか期待通りの計算結果が得られない。ディスプレイ上にアメーバのように広がった三次元グラフを眺めていると,隣に座っている女性が俺の様子を伺っている。気がついて目を向けるとあわてて無関心を装った。銀色が混じった髪を丁寧に整えた,初老の上品な女性だ。思えば,さっきまでマンガ雑誌を読んでいたのが,今度は英語の文献と小難しそうなグラフだ。ちょっと驚いたのかな,と可笑しくなった。で,乗換駅が近づき,PCを畳んで鞄に詰め込み,立ち上がってふと見やると,隣の婦人は開いていた雑誌を閉じ,揃えた膝の上の小さな茶色のハンドバックにそっと重ねていた。その雑誌は「週刊プロレス」だった。
まじまじとみつめそうになるのをぐっとこらえ,視線を逸らし向かいの座席に顔を向けると,さっきから不機嫌そうに反り返って座っていた小学生の男の子の片耳に白く光っているのは,イヤホンではなくピアスだった。ホームの階段の人混みのなか,訳のわからない奇声をあげている男がいた。スマートなスーツ姿で銀縁の眼鏡をかけ,アタッシュケースを片手に提げ正面に目を向け背筋を伸ばして足を進めており,ただ時々口を小さく開いて甲高い叫びをあげている点だけが他の人と異なっていた。昼休み,会社の近所の川縁を散歩していたら,デヴィット・リンチの映画のように非現実的に肥満した女が,人目もはばからず細身の男と抱き合っていた。行きつけの大戸屋のウェイトレスは柔道選手らしい。普通の人はどこにいるのか?
○○たちに××について尋ねました,ただそれだけ,という調査が世の中には山ほどある。「現代女子学生の携帯電話依存性に関する調査」とか,「高齢者がドーナツに対して抱いている印象に関する調査」とか。なにか検証すべき心理的・社会的なモデルがあるわけでなし,実証的に覆すべき強固な社会的通念があるわけでなし,ちゃんと無作為抽出しているわけでもなし,さりとて明日役立つ知見が得られるわけでもない,そういう調査。
つまらない仕事だって犯罪ではないし,なんであれ一つの欠陥には言い訳が三個くらいついてくるものだ。調査としての価値についてはどうでもよい。ただたまらなく恥ずかしい。普通の大学生,普通の高齢者,普通の何々について調べましたという,その言い方が恥ずかしい。いつぞやの週刊文春によれば,都心近郊のキャバクラ嬢の二割が大学生なのだそうである。大学の先生が講義時間に回収した質問紙には,キャバクラ嬢の回答だって入っているのだ。キャバクラ嬢女子大生は普通の大学生なのか。コスプレマニアの同人系は? 家業を手伝う孝行娘は?
ラベルXを持つ人たちがいます,では一般的にいってXはどういう人でしょうか。日常によって規定された薄っぺらい枠組みの中にいてそれを疑わない。いま独裁者があらわれて,苗字がア行から始まる人を強制収容所に送り始めたら,早速「母音開始姓者の向社会性」といった調査をやるのだろう。研究者になり損ねた腹いせにいうわけじゃないけど,ああいう人たちは頭が悪いか,誠意がないか,あるいはその両方だと思う。
というようなことを考えつつ,自分では結局大した研究ができなかった俺は,いまは安物のネクタイ締めて会社に通い,なんだか不思議な仕事を続けている。それは教育方面の,まあ調査のような仕事なんだけれど,教育の現場についてはろくに知識がないので,現場を知る社員をつかまえては問い質す。子どもの勉強ってどんなものなんですか? 子どもはどんな風に成長するんですか? 親や学校の関わりは? 聞かれた人は宙を見つめてあれこれ言葉を探してくれるのだが,その言葉は不確かに揺らぎ,答える人によって異なり,その人の昨日の答えとも異なる。それもそのはずで,宙を見つめた視線の先にいるのは「普通の子ども」ではなく,その人がかつて接した太郎くんや花子さんなのだ。口ごもる相手に俺は重ねて尋ねる。なるほど,そういう子もいるんですね。で,それは子ども一般についていえることなんでしょうか? 思うに俺は,頭が悪いか,誠意がないか,その両方なのだろう。
2006年1月 9日 (月)
高校生のとき,NHK-FMのラジオドラマの時間枠で,サム・シェパード作の「イメージ」という30分作品が放送された。NPRで放送された短いドラマを翻訳して紹介したものだったと思う。名古屋章と下條アトム,それから女の人が一人だけ出てくる対話劇だった。
当時はサム・シェパードがどんな人かさえ知らなかったのだけれども,俺はなぜかそのドラマにいたく感銘を受け,テープを何度も巻き戻しては繰り返し聞き込み,しまいにはルーズリーフにシャープペンで全ての台詞を書き出して,この台詞が効いているだのここの場面転換が素晴らしいだのと,一人で悦に入っていたものだった。そうしている間にきっと周りの連中は,東大入学目指して勉強したり,恋愛したりセックスしたりしていたのだろう。
最初の台詞はこうだ。「OK? 男が二人,街に来る。時代は...1940年代?」脚本家が二人コーヒーショップであれこれとアイデアを出し合っているのだが,決まっていることといったら,冒頭で男が二人登場することだけだ。犯罪物語,恋愛物語,俎上に登るアイデアはみな途中で行き詰まる。しまいには,「やった,ひらめいた,書き取って」と称した若い脚本家(下條アトム)が,昔の心理小説よろしく,登場人物の思考の流れを延々と描写しはじめる。相方は途方に暮れて(ああ,今は亡き名古屋章の名演が耳に蘇る)「ちょちょちょっと待って,それどういう意味があるの?」下條アトムはあっさり「意味?意味なんてないんだよ」
相方は激怒し,二人は気まずく別れる。店に残った下條アトムがしょんぼり座っていると,コーヒーを注ぎ足しに来た無愛想なウェイトレスが,なぜか物語の続きを語りはじめる。街にやってきた男のひとりがコーヒーショップに入り,ウェイトレスの手を取り裏口から駆け出すと,追いかけてくる銃弾,息をもつかせぬサスペンス。それは創作というよりも,むしろウェイトレスの退屈な日常が必然的に生み出したファンタジーだ。脚本家の前に全く新しい物語が広がる。我に返った脚本家が,コーヒーをもう一杯,と頼むと,一転して生気に満ちた女が,低く力強く「いいわ」とささやき,コーヒーを注ぐ。
この短い物語(そして思い切って云えば,ちょっとごつごつとした,完成度の低い物語)のどこにそこまで惹かれたのか,その頃の俺には自分でも解らず,戸惑っていたように思う。
今にして考えれば(まあ,あくまで今にして考えればの話だが),平凡な人々の一人一人が持つ「夢見る力」の大きさに,当時の俺は強く揺り動かされたのではないかと思う。いま仮に,認識世界を現実と空想,「こっち」と「あっち」とに分けたとして,我々がどんな境遇の下でも「こっち」を生きていく,その力と希望を与えてくれるのは,我々一人一人に備わった「あっち」の力,可能な未来を夢見る力なのではないか。とまあ,そういったようなことを感じていたのではないかという気がする。やれやれ。
残念ながら,今の俺はそうは思わない。なぜなら:(1)ファンタジー自体は善でも悪でもない。夢見る力は人を支えると同時に人を損なう。それは希望のよすがというよりも,むしろ宿命的な病気のようなものだ。(2)結局のところ,ウェイトレスのもとに男は現れない。仮に現れても,(ウディ・アレンの「カイロの紫のバラ」で描かれているように,)男はウェイトレスの手を取ることなく去っていく。我々に出来ることはせいぜい,「夢は現実化する」と信じること,もしくは目の前の現実について「これは過去の夢が現実化したものだ」と信じることだけであって,夢そのものは決して現実化しない。
うーん,まあそれはどうでもいいや。
最近気になって仕方がないのは,消えた夢は一体どこに向かって消えていくのか,ということだ。こう書いてしまうとずいぶんナイーブな疑問なのだが,考えはじめると止まらない。実世界での経験が長期記憶に際限なく降り積もり,そのシステムになにかしらの永続的変化を与えるのならば,いま心に浮かんだ突拍子もない空想は,俺の認識にどんな影響を与えて,どうやって消えていくのだろうか。
竹熊健太郎さんのブログを読んでいたら,電車に揺られているときの暇つぶしに,窓の外の屋根の上を電車と同じ速度で跳び走る忍者を想像する,という話が載っていた。我も我もと賛同するコメントがついていたから,少なからぬ人にとっての日常的空想なのだろう。試してみても俺にはさっぱりイメージできないのだが,電車が止まるたび,この車輌に乗っている何人かの人々の忍者が,窓の外のどこかに佇み発車を待っているのだなあ,と思う。ではその人たちが電車を降りたら,その忍者はどこに行くのか?
ほれぼれするくらい立派な大便が出たときに,俺は便器の前でしばし夢想するのだけれど,そのファンタジーのなかにレギュラーメンバーとして登場する,流れてきた俺の大便に衝撃を受け人類への畏敬の念を抱く下水道のオオサンショウウオは,俺がその夢想を止めたら一体どこにいくのだろうか?
この年にしてようやく俺は,世の中には努力が報われるタイプの人生と,あらゆる努力が水の泡になるタイプの人生があって,自分が後者に属するということを知ったのだが,ではそれに気づく前の俺の努力,それを可能にしていたファンタジーは,いま一体どこにいるのだろうか?
願わくば,象の墓場のように,死にゆくファンタジーが人知れず集まる場所がありますように。そこにはたくさんの忍者,オオサンショウウオ,街にやってきた男,思い出せなくなった夢などが,苛酷な期待から逃れ,そっと安らかな眠りに就いているだろう。
2006年1月 4日 (水)
これから書く文章の長さとその内容のおぞましさを思うとたじろいでしまう。それでもいまここで書き留めておきたいと思う,その理由がふたつある。
ひとつには,これから書く文章は本当はすでに書かれてしまっているものだからだ。ごくまれにしか起きないことなのだが,長い文章が頭の中に浮かび,どうしても離れなくなってしまうことがある。それはもうほとんど完成しており,その文章全体を絵を眺めるようにして見渡すことが出来る。目を閉じてA4の紙を思い浮かべれば,横書きの行頭を縦に読めるような気がするほどだ。
熱に浮かされているような,我ながら不思議な感覚なのだが,それでなにか得することがあるわけではないし,むしろ不都合のほうが多い。ふと目を閉じるとその文章の一節が頭に浮かび,一旦そうなってしまうと,もうその続きを最後まで読むしかなくなってしまう。その文章は一字一句変わらない(ように思われる)のだが,そこから喚起されるイメージはますます子細なものになっていく。日が経てばいずれは薄れていくのだろうが,それを待つのが厭わしい。むしろ,いまここで全て書き出してしまい,陽に当てて,かすれさせてしまいたい。
二番目の理由はこうだ。これから書く三つの話は,ここ数日の間に見た夢についての話である。それは大変に生々しい悪夢で,目覚めたときには涙の跡が残っていたり,胃液で喉が痛んだりした。しかもその夢は,目を閉じると繰り返し現れる(正確にいえば,これから書く文章が脳裏をよぎり,それによって全てを追体験する羽目になる)。もちろん,こんな夢などみたくない。おぞましい悪夢を,目に見える文章にしておくことで,こんな夢はもう見ないということをはっきりさせたい。俺が見たいのはたとえば,暖かい色をした果実の夢だ。
コンクリートの天井に大きなレールがあり,そこから全裸の人々が逆さにぶら下げられている。老人や若者,男や女が,両足首を縛られ,そこに取り付けられたフックでぶら下がって,前後左右に揺れ,押し合いながら少しずつレールを進んでいく。両手は背中に縛られているが,誰も抵抗する様子は無く,目をうつろに開いて揺れている。俺もその一人だ。
つり下げられた身体は背中の側に進んでいくので,先になにがあるのかは見えない。しかし俺の視点は身体を離れて,ドキュメンタリーフィルムのカメラのように,肌色の裸体の列に沿って前に進んでいく。女の長い髪が床に向かってつららのように延びている。男たちの萎びたペニスはへそを指して垂れ,身体と一緒に不安定に揺れている。
ステンレスのトレイや積み上げられた段ボールの上を揺れながら進んでいった肉塊が,いくつかあるゴムのカーテンをかきわけると,白い蛍光灯に照らされた,広い作業場のような場所に出る。足首の車輪がジャーッと音を立て,身体と身体の間隔が数メートル開く。その右側に,タイガースのユニフォームを着た男が立っている。男は髪を刈り上げ口ひげを生やしており,太ってはいるが尻と足首は締まっている。一瞬だけランディ・バースを連想するが,男の目は細く無表情だ。
男はバットを構え,腰を捻って,素早く力強くスイングする。風を切る鋭い音と,骨が砕ける鈍い音がする。ぶら下げられた裸の男が一瞬で絶命する。男が再び姿勢を整え,バットを構えると,レールが音を立て,次の身体が男の前に静止する。
よくみると,縦縞のユニフォームを着た男は毎回微妙にスイングを変えている。ぶら下げられた身体の身長にあわせてバットの位置を調整し,首の骨を一撃で砕いているのだ。死体の首は不自然に長い。目を開いた表情は,これから殺される人たちのものと同じはずなのに,どこかが決定的に違う。息絶えた身体は再びレールを勢いよく滑って,ゴムのカーテンの向こうへと消えていく。カメラはそれを追わないが,そこでは死体が手際よく解体されているのだろうと俺は思う。ここはまさに屠殺場だ。
見ると,俺の身体も作業場に滑り込み,死を待つ列に並んでいる。恐怖は全くない。ただ漠然とした安堵感だけがある。
ところが,機械的に進められていた処理がかき乱される。縦縞の男の横に,作業服を着た年配の男と,スーツを着た数人の男が現れる。作業服の男は部屋をあちこちを指さし,なにかを説明している。官僚が視察にきたらしい。
スーツの男の一人が上着を脱ぎ,縦縞の男を短く邪険な言葉で押しのけると,腕をまくり上げ,日本刀を抜く。大げさな身振りで振り上げ,構えると,バットのように横に振る。刀は吊り下げられた男の肩の肉をそぎ落とし,首に切り込んで止まる。男の悲痛な叫び声が響く。それまで無気力に吊り下げられていた人々の間に動揺が広がる。ある者は震えはじめ,ある者は身体をくねらせて弱々しくもがく。
そこから先はあまりに残虐で,もう音は聞こえず,スライドショーのように細切れに映し出される。床に肉片と黒い血が飛び散る。縦縞の男は顔を背けている。何度も斬りつけられた男が,首筋から血糊の泡を噴き出しながら,それでも絶命することなく,低いうめき声を上げながらカーテンの向こうに消えていく。スーツの男はなにごとかつぶやき,笑い,ふたたび刀を構える。次の位置に吊り下げられている若い女は,恐怖で目を見開き,顔は笑っているように引きつり,その首筋と頬を伝って,失禁した尿が流れていく。
そこで視点が切り替わる。逆さに吊り下げられている俺からは,背中を向けた裸の身体の列しか見えない。背中側の数メートル先から獣のような悲鳴が繰り返し聞こえる。ひどい吐き気がする。絶望で身体中が凍り付く。もう何も見たくないし聞きたくない。ぎゅっと目を閉じて,これまでに一度も経験したことがないほどに,強く強く祈る。誰でもいい,お願いだから,あの役人を止めてくれ。
広大な工事現場の一角に,地面を掘って作られた白いコンクリートの四角い囲いがあって,生コンが流しこまれたばかりのように見える。それは泥のプールだ。冬の空が青く澄み渡り,陽は照っているのだが,冷たい強風が辺りを吹き抜けている。とても寒い。
プールの周囲には数え切れないほど大勢の人々が横たわっている。コートやジャンパーを着たまま,後ろ手に縛られ,足首にフックをつけられて転がされている。その間を作業員たちが歩き回っている。泥のプールの横には,何台かの小さなクレーンがあって,黄色と黒の縞を塗られたアームを忙しく動かしている。
横たわった人の足下にアームが寄せられると,作業員が縛られた両脚を無造作に持ち上げ,フックをアームに掛ける。逆さに吊り下げられた人は泥のプールの上に運ばれる。悲鳴をあげていたとしても,強い風にかき消されてしまう。アームが急速に下降し,まるで杭を打ち込むように,吊り下げられた身体がまっすぐ泥のなかに突き刺さる。腰のあたりまでが泥に埋もれると,アームは何度か小刻みに縦に揺らされる(泥を身体に密着させるためだ)。窒息した人々は身体を激しく捩るが,その動きは徐々に弱々しくなり,やがてはぐったりと静止する。十分ほど経ってから,再びアームが上昇し,泥まみれの死体が引き揚げられ(その顔はよく見えない),泥のプールの脇に放り出される。
俺はうつぶせに横たわった姿勢のまま,人々が次々ともがき死んでいく様子をひたすら見つめている。視線を逸らすことができない。「世の中には死ぬほどの苦しみがたくさんあって」と俺は考える。「病気や事故のせいで,何度も死ぬほどの苦しみを味わいながら,しかし生き延びる人もいる。それに比べれば,一度きりの苦しみで確実に死ねるんだから,この死に方はそう悪くはないはずだ」そう自分に言い聞かせるのだが,死に瀕して苦しげにもがき続ける人々を見ると,恐怖で身体が凍り付く。もっと楽に死なせて貰えないものだろうか。
若い男の作業員が俺を見下ろし,馴れ馴れしい口調で云う。じゃあこっちにする? 指し示す方向を見ると,もうひとつの小さなプールがある。黒いコートを着た小柄な女性をクレーンが逆さに吊り上げ,プールに突き落とすと,その身体は一瞬だけ痙攣するが,すぐに静止する。特別な薬剤が泥に含まれているのだ。ああ,技術革新というのは有り難いものだなあ,と俺は思う。断然こちらのプールのほうが良い。
クレーンが上昇し,あっというまに絶命した女の身体を吊り上げる。一瞬,顔が青く塗られているように見える。それは変色した肉塊だ。顔はただれ落ち,原型をとどめていない。垂れている髪の先にひっついている白いものは,溶け落ちた眼球だ。
俺は激しく吐く。胃が激しく痙攣し,のど元に固く収縮する。なにも出るものがなくなっても吐き続ける。胃液が喉を熱く焼く。もう呼吸ができない。両手を縛られたまま,俺は激しく身を捩らせ,口から粘液を垂らす。まさにこれだ,これが死ぬほどの苦しみだ,と俺は思う。
長く苦しんだあげく,ようやく目をかすかに開くと,滲んだ涙の向こうで,男が辛抱強く待っている。呼吸を整え,かすれた声で俺は「こっちにしてください」とつぶやき,再び目を閉じる。両脚が持ち上げられ,クレーンに取り付けられたのがわかる。俺は身体を硬くして身構え,一瞬で終わってくれるはずの激しい苦痛を待つ。
俺は寝たきりの老人で,施設の相部屋のベッドに横たわっている。全身の感覚はまったくなく,指先ひとつも動かすことが出来ない。意のままになるのは呼吸と瞬きくらいだ。深夜の病室は真っ暗で,入り口からかすかに廊下の黄色い光が差し込んでいる。
かすかな悲鳴が聞こえる。まだ誰も気がついていないが,遠くの病室で,老人たちが一人づつ死んでいるのだ。
それには名前がない。強いてそれを呼ぶのなら,『なんだかよくわからないもの』としか云いようがない。それは生き物でもそうでないものでもあり,大きいようでも小さいようでもあり,黒いようでも黒くないようでもあって,なんだかよくわからないやり方で,静かに人の命を絶つ。それから逃れることは誰にもできない。遠くで若い娘のかすかな悲鳴が聞こえる。可哀想に,寝たきりの我々はいいとしても,巻き添えを食って殺される看護婦たちはたまったもんじゃないよな,と俺は思う。
誰にも伝える手段がないが,実は俺は『なんだかよくわからないもの』についてかなりの知識を持っている。ナショナル・ジオグラフィックで読んだのだ。それにはちゃんと正式な名前があるのだが,その長い名前はあまりに禍々しいので,意識することさえできない。その大きさは2メートルとも5メートルとも云われ,その姿は黒い霧のようだと云われている。それは人をすっぽりと包み込むと,足首を持って身体を軽々と吊り下げ,勢いをつけて,後頭部をリノリウムの床に激しく叩きつける。興に乗ると,鉄棒の大車輪のように身体をくるくると数回転させてから叩きつけることもあるらしい(入れ歯が天井にめり込んでいる事例が報告されている)。いずれにせよ,人は苦痛を感じる間もなく死んでいくと考えられている。掲載されていた原色の想像図を思い出す。ベッドににじり寄っていくその黒い霧は,鉛筆を握りしめた子どもの殴り書きのようにも見えた。
俺はただ横たわり,『なんだかよくわからないもの』が俺の命を絶ってくれるのを心待ちにしている。窓の外の風に乗って時折聞こえてくる悲鳴に,じっと耳を澄ます。しかし,その気配は一向に近づいてこない。このまま夜が明けてしまうかもしれない。苦痛に満ちた一日がまたはじまってしまう。いっそ気がつかなければ良かった。同室のベッドに力無く横たわる老人たちのように,ただ眠っていればよかった。
じりじりと待っていても仕方がない。若い日々の思い出に身を浸し,最後のひとときを楽しく過ごそう,と俺は考える。しかし,目を閉じて思い出すどんな記憶も,強い悔恨へとつながってしまう。子ども時代の思い出。学生時代。大学院生の頃。どれも即座に,苦い思いだけを引き起こす。なにを考えても突きつけられるのは,俺の人生が失敗だったという事実だ。なにもかも失敗だった。そのことから逃れることはできないのだ。
目を開けると,病室の暗い天井がある。俺は心のなかで,もういいんだ,なにもかもようやく終わるのだ,と繰り返す。ようやく緊張がほどけ,両眼から暖かい涙がとめどなく溢れる。俺はひたすら繰り返す。救済がやって来る。必ず来る。この夜が明ける前に。
新年早々,なぜこんなひどい夢を繰り返し見なければならないのか。その原因がわからないことには,安心して眠ることさえできない。下痢と頭痛に苦しみながら(ちょっと風邪を引いたみたいだ),俺は悩みに悩み,考えに考え,昨夜便所で尻を拭こうとした瞬間,突如として洞察を得た。きわめて革命的な洞察だ。
この3つの夢には重大な共通点がある。足首を掴まれて逆さに吊り下げられる,という点だ。なぜそんな夢を見たか? それはあんぽ柿のせいなのだ。
年末にスーパーで山梨産のあんぽ柿を買った(4個で300円くらい)。それがあまりに美味いので(濃い煎茶とともに頂くあんぽ柿は夢のように甘い),自宅で作れないものかと思い,Google様にお伺いを立てたところ,案外に簡単なものであることがわかった。薬剤を使って薫蒸や漂白をする場合もあるそうなのだが,要するに,枝のついた柿の皮を剥き,ぶら下げて干すだけである。へえ,来年試してみようかしらん,と思ったのだが,張ったロープにぶら下げられた柿を想像した拍子に,ほんの一瞬,足首から逆さにぶら下げられた人々のことを,確かに俺は思い浮かべたのだ。
だからなにも怖れることはない。死も,老いも,苦痛も,俺のいるこの場所からは,いまはまだ遠くにある。確かに俺の人生は失敗だったけれども,それでも俺はこれからの日々を,それなりに気楽に過ごしていくだろう。なにも悔やむことはない。怖れることなどなにもないのだ。
今夜目を閉じたら,吊り下げられた死体のかわりに,俺はあんぽ柿の夢をみよう。暖かいオレンジ色の柿の夢をみよう。
2005年12月30日 (金)
企業がブログで情報発信する例はもうごまんとあるけれど(ビジネスブログっていうんですか? うわあ,生きているうちにこんなトレンディな言葉を使うことになるとは思わなんだ),その内容の質を確保するためには,ふつうどういう工夫がされているのだろうか?
誤字脱字もチェックしないといけないだろうし,あまりにくだらない内容だったら誰かがストップしないといけないだろう。場合によってはほかの部署との摺り合わせだって必要になるかもしれない。個人のブログのように,ちょっと携帯で書き込んじゃおう,というわけにはいかないはずだ。
かといって,すべからく上司のチェックを通すべし,会議に掛けるべし,なんてシステムをつくってしまうと,たちまち内容がつまらなくなることは目に見えている。このあいだノートPCを新調したのだが,そのメーカのブログといったら,いったい誰が読むんだか見当もつかないくらいにつまらない。
などと柄にもない疑問を抱いたのは,仕事納めの日,時間のかかる計算を走らせていて(大きなポリコリック相関行列を速く算出する方法はないものだろうか),ぼんやり某社のwebページを眺めていたら,そこに掲載されている「当社研究員のブログ」というような意味合いの頁が,もうほんとに,泣きたくなるほどひどい代物であったからである。誤字脱字が多い,テニオハがおかしいどころの騒ぎではない。その内容たるや,(1)意味不明,(2)当たり前,(3)愚にもつかない,(4)雑談,の4種類しかない。仮にも研究所と名乗る部署が,2ちゃんねる用語を乱発するのもどうかと思う。要するに,目を覆う惨状である。賭けてもいい,あれでは商売にマイナスだ。
個人経営の小企業ではない。おそらく社内的なチェックが効かない状況にあるのだろう。いったいどう間違えればああいう事態になるのか。
こうやって考えていくと,結局は組織論に行き着いてしまうのだけれど,「Q. ビジネスブログの質を保つには?」という疑問に対して「A. 風通しの良い組織とまともな書き手が必要です」という答えでは身も蓋もない。なにか小手先の解決技術がありそうなものだ。
2005年12月25日 (日)
夢のなかで誰かと会話しているとき,相手が云おうとしている事柄を,相手の言葉なしに直接に理解しているように感じることがある。「今日は寒いね」という台詞があったとして,相手のその台詞を聞き取ったわけでもないのに,相手が口を開いて俺に<今日は寒いね>と話しかけたのだとわかる,というような感覚である。脚本のあらすじだけを読んでいるような感覚だといってもいい。
知覚経験が明確さを欠いているというのは夢の一般的な特徴かもしれない。夢の中で起きる奇妙な出来事はすぐに思い出せなくなってしまうのに,それによって引き起こされた感情は,異常なまでに深く純粋で,目覚めてからも長く胸に残るような気がする。
このあいだみた夢の中で,俺は巨大なプレス機に挟まれ,ゆっくりと潰されて死ななければならなかった。
俺は両手を水平にした姿勢で,鉄パイプを結んで作った十字架に括り付けられている。身体の正面,足を蹴り出せば届きそうなところに,黒い金属の長方形の平面があり,後方にも同様の金属面がある。まもなくそれらはゆっくりゆっくりと間隔を狭め,俺の身体の首から腰までを挟み込み,骨を砕いて内臓を押しつぶす予定である。それはなにかの刑罰か,ないし運命のようなもので,とにかく俺はそこから逃れることができない。死を目の前にして,俺は不思議に冷静で,むしろ一種の安堵さえ感じている。
俺の横には男がいて,俺を殺すその装置について俺に説明している。<この装置は2号機だ>という意味のことを男が俺に云ったのがわかる。<先に開発された1号機は,頭から足先までの全身を挟み込むものだった。押しつぶされる人々が大変な恐怖を訴えるので,人道的な観点から改良されたものがこの2号機だ>なるほどなあ,と俺は感心する。ゆっくりと視野が闇に覆われ,ぎりぎりと頭の骨が締め付けられついには砕き潰されるという恐怖に比べたら,折れた肋骨が肺に刺さる苦痛くらい,どうということはないかもしれない。
さらに男は,プレス機に挟まれる際に守るべき事柄について俺に説明する。長年の経験の蓄積により,死に至るまで一切の苦痛を感じずに済む方法が見つかっているのである。男はそれを「呪文」と呼んでいたが,それは文字通りに呪文だったような気もするし,なにかの特別な呼吸法と自己暗示を組み合わせたような方法を,その簡単さ故に呪文と呼んでいるだけだったような気もする。
男は俺に簡単な訓練を施し,その方法を身につけさせる。なるほど,この方法に従えば,全身の骨をゆっくりと砕かれている間も痛みを感じることはないだろう,と俺は納得する。
男は去り,プレス機がゆっくりと動き始める。俺は全身を温水に浸しているような安堵感を感じている。もう悩んだり,苦しんだりすることはない。ありとあらゆる問題がいま解決するのだ。ようやくこの時が来た。
徐々に近づいてくる黒い金属面をなかば恍惚と見つめながら,しかし俺は,いま自分は十字架に括り付けられているのではなく,仰向けに横たわっているのだということに気付きはじめている。もう視線をそらすことはできない。ふとした動作のせいでこの夢が覚めてしまうのがたまらなく怖いのだ。
最後の瞬間,男が俺に<忘れるな>と云う。<その呪文を忘れるな。それが必要となる時が必ず来る。苦痛から逃れることだけが望みとなる時が来る。忘れるな>
しかし目覚めてすぐに,その呪文は思い出せなくなってしまった。
2005年12月12日 (月)
周知の通り,現実はきわめて散文的である。そこには落ちもクライマックスもカタルシスもない。現実はドラマツルギーの基本を徹底的に無視している。葛藤はいつのまにかなし崩しになってしまうし,矛盾は止揚されないままどこかに消えてしまう。純粋な怒りも純粋な悲しみも存在しない。プラットホームで目を見つめ手を取り合って別れを惜しみ,発車のベルが鳴るなか悲しみをこらえて車窓越しに精一杯の笑顔を見せていると,「列車の不調により発車が5分遅れます」とアナウンスが流れる,とか。いまどうしているだろうかと懐かしく思い出す人に,いざばったりと会ってみると特に話すことがない,とか。
しばらく前の中国の映画に「青春祭」というのがあった。あれを観たのは建て替え前の池袋文芸座だっただろうか。
舞台は文革期の中国,下放青年を題材にした映画だ。都会の女子学生が高い理想を胸に農村へと向かうのだが,列車とバスと荷車に何日も揺られた末にたどり着いたその行き先が,雲南の少数民族の村だ,というのが面白い設定だった。これが極貧の寒村だと「子どもたちの王様」になるし,牧畜で暮らす未開の荒野なら「シュウシュウの季節」になるところで,どちらにしてもあまり救いがないが,この映画の場合,なにしろ気候は亜熱帯なので,なんだかのどかなのである。食べ物はあるし,郵便も届くし。
主人公の娘は次第に村の生活にも慣れ,秋祭りでは地元の若者とちょっといい感じになったりするんだけど,唐突に文革は終わり,下放青年たちは都会に戻り始める。
ラストシーン,いきなり時間が数年後に飛ぶ。原色のスーツを着た,もう別人のように都会的な装いの主人公が,黒い泥におおわれた広大な斜面を前に立ちつくし,涙を滂沱と流している。かつて青春の一時期を過ごしたその村を訪ねてみたら,村と村人たちは超巨大な地滑りに飲み込まれ,きれいさっぱり無くなってしまっていたのだ。
もう涙無くしては観られない,素晴らしい名場面だ。ここで,地滑りが起こらなかった場合について想像してみよう。村はそのときこそ消滅する。さわやかな好青年は不幸な結婚によって意地汚くなっているかもしれない。友人たちに再会しても話すことが見つからないかもしれない。村の老人たちもいま接してみると案外冷たいものかもしれない。当時を思い出すよすがを探し,記憶と現実とを重ね合わせてみたりした末,やや気まずい思いを抱きつつ帰路につくのが関の山だ。その点,地滑りは素晴らしい。あの村も,あの青春の日々も,泥の中にまるごと永久保存されたのである。もう届かないところにあって,それはいつまでも輝きを失わない。こんな甘い涙があるだろうか。
これが映画だ。現実に一番欠けている要素がここにある。
朝の通勤電車の窓から大学の建物がみえる。その大学は俺がずいぶん長いこと通った場所だ。ふつう大学というものは4年で卒業するものだが,諸般の事情により俺はその何倍ものあいだその大学に籍を置いた。諸般の事情とはすなわち,職業的な研究者になるつもりだったということなのだが,別の諸般の事情により,その期間を寝て過ごしたのとあまり変わらないような結果となった。とはいえ,野心・努力・希望・絶望などなど,俺の人生のハイライトシーンがその期間にすっぽりと収まっている。どんなつまらない人生にもハイライトシーンがもれなく存在するとすればの話だが。
ニュータウンのはずれを走る列車がスピードをあげ,短いトンネルを抜けると,窓の向こうにゆるやかな丘が広がる。木々に覆われた丘の上に茶色の建物群があって,緑に半ば埋もれているように見える。徐々に近づいてくると,高い階の青い窓ガラスが朝日を反射して白く光る。
列車は丘を回り込むようにして減速する。アスファルトが斜面に灰色の曲線を描いている。その横には小さな神社があった。その裏に小さな池があって,その脇の細い坂道が図書館に通じていた。
図書館の灰色の壁面が,木々のあいまにちらりと見える。それに連なる校舎群の濃い茶色い屋根が見える。駅に滑り込む直前,キャンパスの端にある塔がみえる。その下には銀杏の並木があり,秋には一面の落ち葉を踏んで歩いた。その向こう側の建物には実験室があった。実験室の窓からは薄い色の広い空だけが見えた。
ドアが開いて閉じる。列車が再び動き出すと,立体駐車場の側面が視界を覆う。しばらくして再び視界が開けると,列車は高架を走っており,眼下にはベージュ色の小さな住宅がひしめくようにして並んでいる。丘はもう見えない。
俺はシートに身体を預け,口を半開きにしてぼんやりと眺めている。痛みはない。全くない。目を閉じて思うのは,一面に広がる黒い泥の斜面のことだ。あの丘のなだらかさから考えて,地滑りは起こりそうにない。
このように,現実とはきわめて散文的なものだ。
2005年12月 5日 (月)
先日,中山素平が亡くなった。99歳。世情にからきし疎いもので,ああ昔の銀行の偉い人ね,という程度の知識しかないのだが,いくつか目にした追悼記事のなかで,今週号の日経ビジネス誌に載ったものが出色の内容だった。書いたのは日経BPのスター記者で,いま外務副報道官の谷口智彦という人。
たった3頁だが,いくつかの生々しいエピソードで人物像をさっと浮き彫りにした上で,故人が果たした役割とその時代のありかたを簡潔に示している。ネガティブな部分に触れるくだりでは筆を抑えている様子があるけれど,主旨はよく伝わってくる。追悼記事というよりも短い評伝と呼びたくなるような文章で,へーこうやって書くんだなあ,と感心した。
うーん,立派な人の仕事に感心してばかり,気楽な人生だ。
2005年11月24日 (木)
文章のタイプには二種類あるのだそうだ。ひとつは,一文一文が短く簡潔な文章。もうひとつは,形容語が多く,息が長く続く文章。誰でも大抵はどちらかのタイプの文章を書きがちで,またどちらかのタイプの文章を好むのだけれど,都合の悪いことに,自分が書く文章のタイプと自分の好みのタイプとは逆になることが多い。だから,短い文章を書く人はもう少し長くなだらかに流れる文章を書きたいと思い,長い文章を書く人はもっとてきぱきとした文章が書けたらいいのにと思う。
これはずいぶん前に雑誌で目にした話で,以来折に触れて思い出す。自分の書いたものをあとで読み返すと,もうすこし文を短く区切り,簡潔で論理的な書き方ができないのだろうか,とうんざりすることが多い。そんなとき,上の話はいささかの励ましになる。俺の文章がこんなにだらだらとしているようにみえるのは,俺の好みの文章のタイプでないからであって,客観的にみればそんなにひどくはないはずだ,と自分を慰めることができる。
先日も,書いたばかりの短い文章のあまりの読みにくさに嫌気がさして,自主的に長めの昼休みを取り,コーヒーショップで窓の外を眺めながら上の話を思い出していた。腕時計を見て,カップの底に残った数滴を飲み干し腰を上げ,陽光差し込むビルの谷間をぼんやり歩いているときに,ふと気がついた。この話に証拠はあるのか?
その記事はいつ・どこに載ったものか。馬鹿馬鹿しい話だが,その点に関しては明確な記憶がある。講談社の月刊PR誌「本」,おそらく1983年頃。雑誌の表紙は安野光雅だった。中学生の頃住んでいたマンションの,暗くほこりっぽい部屋の隅を思い出す。こういう無駄な記憶を消去して,空いた容量を有効活用できるといいのだが。
それは高名なジャーナリストが書いた,文章の書き方や資料整理の方法を指南するという趣旨の連載記事だった。上の話は,特定の誰かが述べたことの引用ではなく,経験的な事実としてぽんと無造作に書かれていたような印象がある。
そのジャーナリストは該博な知識と膨大な著作で名高い人だ。かつて政治家の資金源について書いたルポルタージュは,時の政権を崩壊させるきっかけとなった。経済,政治,工学,自然科学,そのほか多様な分野で綿密な作品を数多く発表し,新聞や雑誌でアクチュアルな発言を続けている。実はよく知らないことを書き飛ばしているのではないかという冷やかしや批判もあるようだが,第一級の知識人であることは疑いない。
その人の著作について俺はあまりよく知らない。かなり昔の本を何冊か読んで,その徹底的な調査に感嘆したことがあったが,むしろ数年前のこんな出来事のほうが印象に残っている。その頃「捨てる!技術」という新書がベストセラーになっていた。要らないものは捨てましょうというような,ごく他愛もない内容の本だ。ところがそのジャーナリストが,月刊誌に長い文章を発表して,その本を徹底的に罵倒した。いわく,知的活動とは情報の積み重ねに支えられている,昔の書類は思い切って捨てましょうなどというのは,その人がごくくだらない仕事にしか従事していないことの証拠だ,云々。本屋で立ち読みしていて失笑したのを覚えている。なにも,ロッキード事件の捜査資料や宇宙飛行士のインタビューテープを捨てろという話ではない。十年前の段ボール箱が再び役に立つことが知的職業の条件なのだとしたら,そんな仕事に就いている人はほんの一握りしかいないだろう。結局のところ我々は大抵,なにか貴重なものを残すことなどなく,雪かきのような仕事をその時その時繰り返して人生を終えるのだ。
この人が20年以上前に書いた記事に,俺はこれまで少なからず励まされてきたことになる。しかし,どのような根拠があれば「好きな文章のタイプと自分の文章のタイプとは違っているのが普通なのだ」と主張できるのか,どうにも判然としない。ひょっとするとあの話は,ジャーナリストが興に任せて綴った与太話に過ぎなかったのだろうか。
そうかもしれない。でも,あれこれ思い巡らせているうちに,別の想像が頭から離れなくなった。多作で知られるあのジャーナリストもまた,自分の書いたものを読み返して,ため息をつくことがあったのではないだろうか。そんなとき,文章がまずいのではない,ただ自分の好きなタイプの文章でないだけなのだ,と自分を慰めることがあったのではないかと思う。
これはただの想像に過ぎないし,高名な著述家に対して随分失礼な憶測だ。でも,俺の中でこの想像はもはや確信に近く,はっきりとした像さえ結んでいる。原稿を書き進めるとき,その人はふと疑念に駆られる。形容語ばかりでだらだらしているのではないか。簡潔すぎて独りよがりなのではないか。筋が通っていないのではないか。準備に要した労力も,蒐集した膨大な資料も,壮大な徒労に過ぎないのではないか。どんな栄光と名声に包まれていても,原稿用紙の前でその人はひとりきりだ。
そんな風に勝手に想像することは多少の慰めになる。でも同時に,ほんの少しだけ哀しい気持ちにもなる。いまこの夜にも,数え切れないほどたくさんの人が,報われるかどうかわからない孤独に耐えているのだ。
2005年10月31日 (月)
ダイエー創業者の中内功さんが,危機に陥った会社の経営から離れ,ファウンダーという名前の名誉職に就いたとき,「経営は手放しても構わない。ただ創業者にふさわしい処遇をしてほしい」と云った,という話が,当時どこかの雑誌に紹介されていた。本屋でぼんやり立ち読みしていてこの一行が目にとまったとき,どこからともなくこんな台詞が頭に浮かんだ。「無惨だ。老いとはかくも無惨なものか」
たぶんこれは,沢木耕太郎のノンフィクション「人の砂漠」に出てくる一節だ。10代に読んだ本はなぜかこんな風に突然頭をよぎることがあって,なかなかおそろしい。
「人の砂漠」は著者が大学を出たばかりの頃に書いたデビュー作で,この言葉が出てくるのはたしかこんな文脈だった。大阪の先物市場に伝説的な相場師がいる。幾度となく奈落の底に落ちながら,決して戦意を失わず復活を遂げた男だ。著者がその男に会いに行くと,相場師はすでに引退していて,トロフィーかなにかが飾ってある応接間のソファーで,懐かしそうに自慢話をする。それを聞きながら沢木耕太郎はつぶやく。「無惨だ。老いとはかくも無惨なものか」
中内さんについての俺の知識はせいぜい新聞や本から得た事柄だけなのだが,毛沢東の言葉を借りて流通革命を呼号したという若き日の姿と,経営陣から逐われながら「創業者にふさわしい処遇」を求める老人の姿とでは,あまりにギャップが大きすぎて,なにか宿命的な悲劇が演じられているのを垣間見たような気がしたのだった。
これは不思議に印象に残る出来事で,そのあとも何度か思い出すことがあったのだが,時間が経つうちに,次第にちがった形で考えるようになった。うまく整理できないのだが,たとえて云えばこういうことだ。
ある朝目覚めたら,自分が中内功であることに気がついた,とする。かつては栄華を極めたものだが,どういうわけか途中から道を誤り,会社は傾き,手塩に掛けた自分の会社の経営からも,このたび逐われることとなった。
それはもちろん,言い尽くせないほどに悲しく,残念だ。自分の一度きりの人生を賭けた,流通革命という夢は,ついに果たせないまま終わってしまう。これからの残り少ない日々を,俺は自分の失敗を悔やみながら過ごすことになるだろう。
その日々を俺は耐え抜かなければならない。いわば,新しい闘いのはじまりだ。そのためには万全な準備を払っておきたい。ついては,名誉職でいいからなにか肩書が欲しいところだ。社用車も手放せない。本社の最上階に広い部屋も欲しいし秘書も欲しい。俺が作った会社なんだから,そのくらい認めさせよう。
見ようによっては,大変に潔くない,無惨な姿だ。しかしもし中内功が,私は潔く全ての職を離れ私財を提供し以後隠棲しますと云ったとしたら,その中内功は,ダイエーを去りながら実はダイエーを去らず,いわば過去に生きているのではないかと思う。新しいいま,新しいここに生きようとしている人に対して,何をもって無惨ということができるのか。
中内功さんは先月亡くなったが,訃報記事によれば,経営の失敗を悔いることはあっても意気は盛んで,八十を超えて料理学校に通い,運転免許を取ったそうである。
うまく年を取るということは美しく退場することだ,と俺は思っていた。二十代の沢木さんもそう思っていたのではないかと思う。沢木耕太郎の若い頃の文章が俺はいまでも好きだ。でも,あの頃のように身体中で共感することはもうないだろう。沢木さんも,五十を超えた今ならきっと,相場師を無惨だとは書かないのではないかと思う。
2005年10月21日 (金)
ときどき昼飯に行く店があって,親子丼は値段も味もそこそこなのだが,大音量でかかっている有線放送が玉にキズだ。流れてくるのはいつも70年代の歌謡曲で(幼い郷ひろみの鼻声を聴いていると気分が悪くなる。俺だけだろうか),せめて別のチャンネルに変えて欲しいのだが,カウンターの内側ではときどきおばさんが曲にあわせて鼻歌を唄っているので,どうも頼みづらい。運悪くひどい曲が流れてきた場合は,大急ぎで飯を口に詰め込んで退散することにしている。従って曲の切れ目の瞬間はちょっとしたサスペンスである。
困ったことに,当時の歌謡曲は不思議に耳に残ることが多く(節回しが単純なのだろうか),その点も迷惑だ。なんというのだろうか,ある短い一節が頭の中をグルグル回り始め,止めようにも止まらなくなってしまうことがある。先日は午後いっぱい,和田アキ子の「古い手紙」をつぶやき続ける羽目になった。「あの頃は...ハッ...あの頃は...」この曲は幸いその日だけで鳴り止んだが,数ヶ月前の「あずさ二号」はひどかった。ふと気を抜くと頭の中にメロディが流れはじめ,サビが終わったところで先頭に戻るという無間地獄である。
仕方がないので「あずさ二号」の一番の歌詞について検討すると(暇なのか俺は),なかなか学ぶところ多い。なにが凄いといって,この曲にはキャッチーな言い回しも詩的な美辞もほとんど登場しない。「明日私は旅に出ます」まるで日本語の教科書のように平凡だ。「あなたの知らない人と二人で/いつかあなたと行くはずだった/春まだ浅い信濃路へ」たった数行で状況が明確に提示されているあたり,実はプロの技なのだろうが,言葉自体はどれも新聞記事並みにありふれている。「行く先々で思い出すのは/あなたのことだとわかっています/その寂しさがきっと私を/変えてくれると思いたいのです」いかにも昔の女子大生が絵はがきに書きそうな,辛気くさい言い回しではあるけれど,依然として平凡な地平を離れない。「恋」も「愛」も「真実」も出てこない。日常の手垢のついた言葉だけを組み合わせたこんな歌詞は,なかなか珍しいのではないだろうか。
ところがそこにとんでもない爆弾が用意されている。「さよならはいつまで経っても/とても云えそうにありません」なぜなら「私にとってあなたは今も/眩しいひとつの青春なんです」
これは凄い。何度考えても凄まじい。いったい「ひとつの」という言葉はどこから出てきたのだろうか。どうでもいいような感傷が,一気に普遍性を獲得する。「あなた」はもはやつまらない生身の男ではない。
この豪速球が決まったせいで,どんな甘い球も許されるようになる。「八時ちょうどのあずさ二号で/私は私はあなたから旅立ちます」彼氏を置いて別の男と電車で旅行に行くというだけで"あなたから旅立ちます"と称するのもずいぶん大仰なものだが,いまやそれさえ不自然に聞こえない。ここで起きているのはただの別れ話ではなく,誰もが痛みとともに克服せざるを得ない,青春期との訣別だからだ。
4月に会社に潜り込んで以来,ろくな仕事もしないまま,誰が読むとも知れないレポートを延々と書いては机の引き出しに仕舞いこむという,不思議な日々を送っていた。最近になって思いも掛けず,丁寧に読みこみ感想までくれる人が現れたけれど,書いていたときに想定していたのは,ぱらぱらとしかめくらない読み手だった。つらつら考えるに,数十頁を費やしたところで,重要なメッセージはひとつしか盛り込めないし,それは極めて単純なものにならざるを得ない("金をくれ"とか)。導入も説明も論理構成も,すべてそのメッセージのための下準備に過ぎない。「明日私は旅に出ます」というようなものだ。
平凡で退屈な記述の中にひとつだけ爆弾を埋め込み,それをうまく作動させなければならない。メッセージを太字で書くのではなく,読み手にそれを気づかせ,それが読み手自身によって掘り起こされたものであるかのように思わせなければならない。どうすればうまくいくのだろうか。
2005年10月 6日 (木)
先日,今年のカンヌ国際広告祭の結果がネットで公開されていることに気がついた。フィルム部門の入選作を観るのはなかなか楽しいのだが,何しろたくさんあるので,ざっと眺めるだけでも時間がかかってしまう。Gold Lion(いわゆる金賞)だけはチェックしたのだが,残りを見そびれたまま,気がついたら数日前に公開が終わっていた。去年もこんな感じで,惜しいところで一部見そびれた覚えがある。
広告の世界で頂点をなす賞だけに,多くの受賞作は一見の価値があるのだが,英語の壁のせいか文化のせいか,俺のセンスがないせいか,さっぱり訳がわからないものもある。今年のフィルム部門グランプリはホンダの"GRRR"という作品で,恥ずかしながら,なぜにこれがグランプリ?とちょっと呆気に取られた。確かに楽しいんだけど,革新的には思えない。それとも,なにか凄い要素があったのだろうか。台詞の語感が面白いとか。
パリコレだかなんとか,最先端のファッションショーにはとてつもなく奇妙な服が登場するが,どこかで読んだ話によれば,あの奇抜なファッションを何十倍にも水で薄めたものが,しばらくすると市中に出回るのだそうである。広告にも,俺のような素人にはわからないだけで,なにかそういうトレンドがあるのかもしれない。うーん。
いま探したら,"GRRR"はイギリステレビ広告賞という広告賞でもグランプリを取っているようだ。このサイトでも入選作がたくさん公開されている。観ておきたいけど,暇がないなあ。
追記:なんだ,まだ観られるじゃんか。
2005年9月20日 (火)
先日の土日,慶応三田で学会があったので行ってきた。昨年までお世話になった方に夕飯を誘われたのがきっかけだが,もう辞めたというのに妙な話で,久しぶりに会う知人にも「あなた一体なにしにきたの」という表情をする人が少なくなかった。研究はおろか,きれいに消えることさえ満足にできなかったわけだ。まあ,そうした人間関係のあれこれも,正真正銘どうでもよいことになってしまったが。
会場で周囲を見回していて,ああ俺はいま本当に見当違いな場所にいると痛感したが,それでは真面目に会社に通っていれば気が落ち着くのかというと,そっちはそっちでかなり見当違いな状況なのである。この年にして進路変更するというのは,要するにそういうことなのだろう。
英語の論文は今も机の横に山積みになっているのだが,いまさら論文を読むのも馬鹿馬鹿しいような気がして(いや,実際に馬鹿馬鹿しいのだ),かわりに英字紙の面白そうな記事を毎日プリントアウトしては読み漁っている。
ところが,Webニュースメディアは最近また有料化の方向にあって,このたびNY Timesでも有料サービスがはじまってしまった。人気のop-edは当然有料である。いまさら努力してももう語学力は上がらないんだよこの年寄りジャップめ,とヤンキーに笑われているような気がする。ああ毛唐の嘲笑が聞こえる。畜生畜生。
2005年9月 4日 (日)
夏も終わってしまったが,
- 今春に大学を引き払った際には,これが俺の人生の底に違いないと思ったのだが,それどころではないことがよくわかった。いったんしくじると,なにもかも止め処もなくうまく行かなくなるものらしい。いったいなぜだろう?
- 会社の行き帰りに本を読むのだけが救いだったのだが,こうなってくると,少しこみ入った内容の本にはもうなかなか手が出なくなってくる。悪循環だ。
- 8月は1週間会社を休んで集中講義をやったのだが,その後会社に戻って再び適応するまでが大変だった。やはり静かに会社に通っているほうがよいのだろうか? どのみち展望がないことには変わりがない。
- どうにもなんだかひどい,実にひどい話だ。もしある日誰かが,自分が俺の立場にあることを発見したら,きっとたちまちうんざりして,どこかから飛び降りてしまうにちがいない。
2005年7月13日 (水)
たしか池波正太郎「剣客商売」の文庫版解説だったと思うけど,翻訳家の常盤新平が,かつて身辺に辛いことばかり続いた日々,池波先生が身を削って書いたこの物語に私はどれほど慰められたかわからない,というようなことを書いていた。あなたの思い出話はどうでもいいよ,とも思う半面,それは俺でいうならばマクベインの87分署シリーズだなあ,とも考えた。88年か89年頃だったと思うけど,毎日本屋をめぐってはハヤカワ文庫の棚を探し,数日に一冊のペースで,食い散らかすようにして読み進んでいったものだった。その時はそうすることが必要だったのだと思う。
第一作の「警官嫌い」,クリングの彼女が死ぬ話,キャレラが瀕死の重傷を負う話,ホースが転任してくる話,犯人が自首しようと87分署に出かけたら刑事たちが雪合戦していて...という話など,いくつか印象に残っているエピソードはあるのだけれど,ほとんどの物語は読んだ端から忘れてしまった。五十数冊のなかには駄作も少なくないし,過剰にセンチメンタルな文章が鼻について読み飛ばした部分も多い。それでも新作の訳が出るたびに馬鹿みたいにいそいそと買っていたのは,舞台と登場人物が常に変わらずそこにあることに,なんともいえず心和んだからだと思う。いつ頃からか,キャレラやテディはあまり年を取らなくなった。現実の世界と同じく,アイソラの街にも理不尽な悲劇は尽きないが,基本的に正義は死なず,善意は失われない。
先週,エド・マクベインがついに亡くなった。78歳。87分署シリーズは今度の新作が最後になる。
NY Timesの訃報記事を読んでいて知ったのだが,デビュー当時のマクベインは,全盛であったE.S.ガードナーの対抗馬と目されたのそうだ。ペリイ・メイスン・シリーズを読む人はもうあまりいないだろうし,いずれはマクベインもまた同じように忘れ去られていくことになるかもしれない。そのことを悲しんではいけないのだろうと思う。結局のところ大抵の人は,自分の生きる時代の制約の下で生きることしかできないのだ。
2005年7月11日 (月)
最近面食らったことベストスリー。
昼飯を食べに会社の建物から出たら,自転車を押した若い女性に「先生」と声をかけられた。昨年の講義の受講生である由。なによりも,顔と名前を覚えられていたことにびっくり。
その足でスパゲティ屋に行ったところ,隣のテーブルにポロシャツ姿の若い男の二人連れが座った。IT系企業の社員らしく,先輩のほうが世間話とも説教ともつかない演説をぶっている。「将来のこととかきちんと見据えてよ,計画立てていかないといけねえんだよ,たとえば北朝鮮情勢だってそうじゃんか。政治とか経済とか不安定になってさ,難民とかたくさん出てきて,中国人とかいっぱいやってくんだよ船でさ。そんなことあり得ねえとかいう奴ばっかだけどさ,9/11のテロだって誰も予想してなかったんだよ。だろ?だからそういうこともちゃんと考えてかなきゃだめなんだよ」云々。後輩が相づちを打って「そうっすねえ,難民とか大変すよね」すると先輩ますます力を込めて「そうだろ?大変だよそんなことになったら日本は終わりだよ,考えらんねえよもう死ぬしかねえよ」 まさかそういう展開になるとは思わず,あっけにとられた。計画はどこにいったんだ。
近所のラーメン屋で丼に残ったスープをすすっていたら,店の電話が鳴った。五十がらみの店主が受話器に向かって何事か説明している。ぼんやり聞いていたら「丸山圭三郎にはさ,三部作ってのがあるんだよ。うん,「欲動のウロボロス」っての,いま読んでんだけどさ。あとは「生命と過剰」かな。でも最初の「ソシュールの思想」が基になってるから,それを読むといいよ。岩波書店ね。うん,じゃあね」誰が何に関心を持っていようが勝手だが,ラーメン屋の親父さんとソシュールというのも意外な取り合わせで,ちょっと呆然とした。
2005年7月 7日 (木)
アルクが送ってくるパンフレットに宮脇孝雄さんのエッセイが載っていて,毎号なにかの本の一節を対訳してみせるのだが,今回はその技にいつにもまして感動し,感動の余りメモしてしまう次第である。
Often a woman senses a breakup brewing and tries to get the man to sit down and fess up. This is futile. The average male gets this beam-me-up-Scotty look on his face as soon as you mention the word 'discussion.'
別れが近いことを感じ取った女性は,男から本当のことを聞き出そうとする。そんなことをしても無駄。平均的な男は,<話し合い>という言葉を聞くと,<どこか別の場所にビーム転送してくれ>というような顔をする。おまえはスタートレックの登場人物か。
oftenを落として前から流したり,sit down and fess upを軽く処理したりするのは,もしかすると俺にもできるかもしれない(すごく時間がかかるけど)。でもthis beam-me-up-Scotty lookのところは,スタートレックの台詞だという情報は捨てて「<俺をほかの惑星に転送してくれ>というような顔をする」とでも訳すか,さもなくば注をつけてしまうだろう。こんなスマートな文章は逆立ちしても書けない。
2005年7月 4日 (月)
New York Times Link Generator
New York Timesの記事からパーマネントなリンクをつくるbookmarklet。これでつくられたリンクはRSS経由なので,掲載から時間が経ってもずっと無料で読めちゃうらしい。ほんとかな?試してみよう。
Class Matters
すごく面白くて,全部印刷しちゃったのだが,実は単行本になるらしい。がっくり。
MIND AND CULTURE: Psychiatry's Missing Diagnosis
ついでにWashington Postの連載記事も(直リンク)。ここは何日目から有料になるんだろう?