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2009年3月12日 (木)

 その頃俺はろくに大学に行きもしない学生で,東横線自由が丘駅の近くの風呂のない木造アパートで暮らしていた。夕暮れ時,駅前のロータリーに面した改札の脇にサンダル履きで佇み,俺は目的もなくあたりを見回していた。どういうわけでそんなことをしていたのかはっきりしない。バイトのない夕方に暇を持て余し,駅前の本屋に寄った帰りだったのか。夕方の空を眺めながら,晩飯のことでも考えていたのだろうか。とにかく俺はなにかに腰を凭れさせた姿勢で,ごちゃごちゃと停められた自転車の間を縫うようにして歩いていく人々の群れを,ただぼんやりと見ていた。
 当時はどこにいっても「手かざし」の人を見かけたものだった。にぎやかな駅前や交差点など,人の集まるところで立ち止まると,決まって誰かがスッと寄り添ってきて,あなたの健康と幸せのために祈らせてください,というような決まり文句を口にする。断ると特に食い下がるでもなく離れていき,また別の人に声をかける。俺は一度も応じたことがなかったが,時折断り切れなかった人が,片手をかざし目を閉じて祈る人の前で,落ち着かない様子で祈りが終わるのを待っているのを見かけた。そのときも若い女が近づいてきたが,身振りで拒むとそのまま離れていった。
 特に行く当てもないまま呆然と駅前の人混みを眺めていて,ふと,何人もの「手かざし」の人が,目立たないように歩き回っていることに気がついた。若さには不似合いな地味な格好をした女,小さなナップサックを背負った気の弱そうな青年。邪険に断られ続けるのに慣れ切った様子の人もいれば,おずおずと慣れない様子の人もいる。よく見ると,自分も歩行者に声をかけながら散開している仲間の様子に気を配っている,リーダー格らしい女もいる。
 そういえば,もっと遅い時間に駅前を通ると,ロータリーから緑が丘方向に抜ける高架下で,10人前後の若い男女が輪になってなにか話し合っているのを見かけることがあった。あれは「手かざし」の人たちだったのか,とはじめて気がついた。

 その数日後,あたりが薄暗くなりかけた頃に,俺はスニーカーを履いて駅前に出かけた。改札の前の柱の脇を居場所に決め,極力ぼんやりとした表情で,柱に凭れ周囲を眺めはじめた。俺は「手かざし」の人たちの様子を,できるだけ長時間観察するつもりだった。
 俺はその日なぜそんなことをしたのだろうかと,後になって何度も考えた。「手かざし」や,おそらくはその背後にあるだろう宗教団体には,俺は何の関心も持っていなかったし,そもそも宗教的なものに興味があったわけでもなかった。あえて推測すれば,見知らぬ通行人に手をかざして祈るというわけのわからない行為に時間を費やす人々そのものに,興味を引かれたのかもしれない。その人たちが概して二十代前半,俺と同年代に見えたことも,関心を引く一因だったのかもしれない。ただの好奇心。物好きで暇な学生の時間つぶし。友人もろくにいない一人暮らしの毎日が寂しかったから。他にもいろいろな理由を思いつくし,そのどれも少しずつ正しくて,どれも全てではない。とにかくそのときの俺は,わざわざ駅前に出かけて「手かざし」の男女を観察することに,なんらかの意味を見いだしていたのだ。その日の俺は腹ごしらえも済ませ,ちょっとした決意を持って駅前に出かけたのだった。
 改札の前に陣取ってすぐに「手かざし」の人が寄ってきたが,目立たないように追い払った(その後は他の誰も寄ってこなかった。彼らは行き当たりばったりに声をかけているわけではないのだ)。その気になって探せば,彼らはすぐに判別できる。服装は概して地味で,動きやすい軽装である。人の流れの脇に一人でそっと立ち,目をつけた通行人に素早く近づく人。その一歩を踏み出しかねて,仲間と二人で立ちすくんでいる青年。鞄を持っているのはごく慣れない様子の人だけで,多くの人は手ぶらかナップサックである。
 数日前に見かけたリーダー格の女もいた。くすんだような赤いスカート,ショートカットの小柄な若い女で,人混みを機敏に泳ぎ回り,仲間たちに短く声をかけたり,肩に手をかけて励ましたりしている。平凡な顔立ちの娘だが,きびきびとなにかを指示したり,話を聞く表情から,意志の強さが伝わってくる。
 彼らは散開して通行人を物色し,目をつけた人の脇に近づいて,一緒に歩くような姿勢で話しかける。「すみません,あなたの健康と...」そして邪険に断られる。通行人が立ち止まったり,歩みを遅くすることはめったにない。ごくまれに成功者が現れ,片手をかざした祈りが始まると,人混みのなかにつきだした杭のように目立つ。じっと眺めていると,次第に駅前の喧噪が巨大な水槽であるように思えてきた。小さな魚たちが水草の影に隠れ,ときどき流れに逆らって泳ぎだそうとしては,強い水流にひらひらと押し流される。

 大声で絡み始めた男がいる。みると,二人連れの若い男の片方が,自分に声をかけてきた「手かざし」の女を,からかうように怒鳴りつけている。なんだよそれ,血をきれいにするなんて,カガクテキなコンキョがあんのかよ,教えてくれよ,さあ。もういっぽうの男は苦笑いするだけで,止めようとしない。女はうつむいた姿勢で固まっている。別の娘が,その様子を振り返りながら小走りで駆けだす。自由が丘デパートの入り口のあたりで,こちらに向かって歩いてきたリーダー格の女と鉢合わせになった。咳き込むように二,三言話すと,リーダー格の女は若い男たちに視線を投げ,それから目の前の女になにか声をかけ,安心させるように微笑むと,決然とした歩き方で近づいてきた。
 どうしましたか,なにがあったんでしょう。うつむいた女と若い男たちの間に体を押し込むように立って,驚くほど柔らかい口調で問いかける。若い男はさらに声のトーンを上げ,何事かを挙げつらう。話の筋道ははっきりしないが,ヒカガクテキ,メーワク,シューキョーといった言葉が切れ切れに聞き取れる。女は男の顔を真正面から捉え,目をみつめて言葉を挟まず,時折軽く頷く。次第に男の声のトーンが下がり始める。ややあって,女がなにかをゆっくりと話し始めると,男はとたんに活気を帯びてそれに割り込むが,その大声も長くは続かない。その繰り返しが何度かあるあいだに,最初に怒鳴りつけられた女を「手かざし」の仲間がそっと連れだし,肩を抱くようにして物陰につれていった。
 若い男はなにか捨て台詞を吐き歩み去った。再び大きな笑い声を上げながら人混みに紛れていく男たちを目で追いながら,俺はなんとなく溜息をついた。この下司野郎ども。安全な場所から虚勢を張ることしかできない,糞のような奴ら。見ると,リーダー格の女は,物陰から駆け寄ってなにか話しかけてきそうな様子だった仲間を表情で押しとどめ,別の位置に移動すると,再び通行人に声をかけ始めた。

 柱に凭れて立ったまま,どのくらい観察していただろうか。せいぜい一,二時間のことだったと思う。
 それまで見かけなかった,青いチェックのシャツを着た背の高い若い青年が,「手かざし」の人々の間に加わった。どうやって合図を交わしたのか,散開した人々は一斉に高架下のあたりに集まってきて,背の高い男を囲むように立ち,打ち合わせを始めた。声は聞き取れないが,時折全員が軽く笑う声がする。ほどなくして彼らは解散し,再び駅前広場に散っていったが,リーダー格の女とチェックのシャツの男は連れだって歩きだし,駅前から東側に伸びる道に入っていった。
 俺は一瞬迷い,立ちっぱなしだったせいで固まった足を踏み出し,二人の後を追って歩き出した。

 この夜の経験について他人に話したことはあまりないのだが,それでもそれからの長い年月の間には,ごく親しい相手に対して,何度か話そうと試みたことがあった。しかし,自由が丘駅前から東側に向かう人気のないなだらかな坂道で,この夜俺が見たものについてうまく伝えることばを,俺はどうしても見つけることができず,苦しむことになる。
 二人の歩みはとても遅かったので,距離を置いて後を追うのは大変だった。出来の悪い探偵のように,物陰に身を隠すようにして歩きながら,俺はあっけにとられていた。
 若い女の姿はまるで別人のようであった。跳ねるように歩き,傍らの男に話しかけ,顔を見上げて笑いかけ,小声でなにか冗談をいって笑い,軽く男の肘に触れる。不意に数歩駆けだして,男の前に回り込み,顔をのぞき込んで笑う。また歩き出し,なにかを一生懸命に話していたと思うと,不意に声を上げて駆けだし,振り返って男に呼びかけ,傍らのショーウィンドウに顔を寄せ,追いついた男に対して何かを指さしてみせる。しばらくそうしていると,また笑い声を上げて男を叩き,その腕を掴もうとする男からじゃれるようにして逃げ出し,電信柱でくるりと身を返して,追ってきた男の背後に回りこんでみせる。
 「まるで大昔の青春映画みたいだったんだよ」と俺は説明しようとしたことがある。「吉永小百合と浜田光夫みたいな。まるで絵に描いたような恋人たち」 いや,こんな言い方では俺の見たものを言い尽くせない。夜のなだらかな坂道を歩く娘は,純粋な幸福感に満ち,小さな動物のように躍動していた。その様子はほとんど反時代的で,現実感に欠けるほどであった。
 坂道を登り切る手前で,二人は右側の小道に折れた。そっと後を追うと,二人の姿は庭木が鬱蒼と茂っている古い民家に消えていた。古い木戸の脇に小さな表札があり,そこにはある団体の名前があった。

 この話はこれで終わりだ。その夜俺はアパートに戻って寝た。駅前に立って「手かざし」の人を観察することは,その後二度となかった。
 数年後,俺は別の町に引っ越した。大学院に入り,また引っ越し,さらに引っ越し,結婚して引っ越し,サラリーマンになってまた引っ越した。そのようにして二十年近い年月が経った。
 いつのまにか「手かざし」の人を街で見かけることはなくなった。強引な布教が社会問題化し,教団の方針が大きく変わったためだという。その後も,教団の名前を新聞で何度かみかけることがあった。先鋭的な建築家に設計させた,大変に美しい美術館を立てた,とか。信者の人権をないがしろにするカルト宗教として批判を浴びている,とか。自民党の代議士がこの教団からの巨額の献金を隠していた,とか。
 俺にとっては,それらはどうでもよい話だ。いま思い出すのは,あの夜の坂道のことである。駅前で通行人に声をかけつづけ,坂道を跳ねるように歩いていたあの娘を,俺はいま愛おしく思う。そして,その後を追って歩いた若い俺をもまた,俺は愛おしく思う。結局のところ,なにもかも無駄に終わったかもしれない。でも俺はそのとき確かに,なにかを必死に模索し,なにかを手に掴もうとしていた。彼女もまたそうだったのではないか。いまあの夜のことを思い出すとき,俺はあの娘のことを,同じ混乱のなか,同じ模索のなかにあった人として,思い浮かべるのである。
 あの娘がそれからの日々をどのように過ごしたのか,俺にはわからない。まだあの奇妙な祈りを続けているだろうか,それとも,当時の自分を苦々しく思い出しているだろうか。俺はただ,あの夜のことを彼女が懐かしく思い出してくれていればいい,と思う。仮に信仰を捨て,自分が捧げた日々を悔やんでいたとしても,あの夜の自分の姿を暖かく思い出すことができますように,と願う。それは二度と帰らない,かけがえのない日々だったのだ。

雑記 - 夜のなだらかな坂道