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2010年3月28日 (日)

 勤め先で真面目な話をしていて,ああ,あの用語,あの概念を会話に使うことができたら,どんなにか話が早いのに。。。とイライラすることがある。7割くらいはデータ解析系の用語,残りは心理学の用語である。もっとも他の人だって,ああマーケティング理論のあの用語が使えたらとか,経営学のこの用語がとか,前職のあの通用語がとか母国語のこの単語がとか,あのアニメの面白さがなぜお前らわからんのかとか,いいから早くうちに帰りたいとか(あ,これは俺だ),人それぞれにユニークないらだちを感じているのだろう。突き詰めて云えば,等しくどうでもいい話ですね。
 それはともかく,目上・目下問わず上司同僚取引先問わず,俺と会話する可能性のある人をあまねく誘拐して無人島の研修室に監禁し,この概念を理解するまでは解放しない,というような機会がもし与えられたら(ずいぶん大きな態度だが),その概念として何を選ぶべきか。
 大勢様を誘拐しておきながら急に話が小さくなってなんだが,一つだけ選ぶとするならそれはinteractionだなあ,と最近考えるようになった。要因間のinteraction(交互作用),行為者間のinteraction(相互作用)。こんな平易な概念ひとつで,物事の見通しがぐっと良くなる。俺はいま,いわゆる質問紙調査に関わる仕事をすることが多いのだが,この分野においてさえ,実験計画でいう交互作用の概念が定着すれば,いろいろな事柄がもっとスムーズに進むように思われてならない。
 たとえば調査設計。なにかの事柄について質問紙調査を行い,集計表を男女間で比べたい,また年代(2水準だとしよう)の間でも比べたい,必要な集計表についてはN=100を確保したい。全体の標本サイズはどれだけ必要か? 「男女×年代の4セルについて各50,計200」という答えと,「セルあたり100,計400」という答えがありうる。周囲を観察していると,どちらの答えを採るべきか,ベテランの方はその場その場で直感的に判断できるが,その根拠をきちんと説明できる人は少ない。おかげで,調査設計に必要なのはやはり豊富な経験です,というような話になってしまう。ああ,interactionという概念さえあれば。集計対象の変数群に対して性別と年代が及ぼす効果を考えたとき,そこにinteractionがないと思うなら前者の答え,あるかもと思うなら後者の答えになるのだ。
 あるいは統計的推論。データの分析にかなりの経験を持っている人でさえ,covariateとmediatorとmoderatorのちがい,特にmoderatorという概念(つまりはinteractionという概念)があいまいなばかりに,大混乱を引き起こすことが多い。あばたと出っ歯のどっちがまずいかという議論の最中に,いやいや「惚れてしまえばあばたもえくぼ」っていうじゃない,現象はすごく複雑なんだから答えなんか出せっこないよ。。。などという話を持ち出し,善男善女を混乱と無気力に突き落とす人がいる。ああ,moderatorという概念さえあれば。肌の凹凸から美しさ知覚へと伸びるパスに,恋愛というmoderatorが突き刺さっていると考えれば済む話ではないか。問題は現象が複雑すぎることではなく,現象を捉える概念的道具が不足していることにあるのだ。

 というわけで,俺の心の平安と残業縮小のため,interactionという概念を周囲に少しでも普及させようと考え,うまいやり方を探してあれこれ資料をあさっている。とはいえ,世の中のありようにはそれなりの理由があるものなので,俺が努力したところで自己満足に過ぎないんだけど,まあとにかく,その一環で読んだ論文。

Holmbeck, G.N. (1997) Toward terminological, conceptual, and statistical clarity in the study of mediators and moderators: Example from child-clinical and pediatric psychology literatures. J. Consulting and Clinical Psychology. 65(9), 599-610.
 発達臨床研究向けの啓蒙論文。semnet MLでみつけて読んでみた。
 mediator(中間変数)とmoderator(調整変数)のちがいについて懇切丁寧に説明した後,それぞれを実証的に検証する手続きを紹介。moderatorの検証方法は,そのまま回帰式に放り込んで交互作用項を推定するやりかたと,moderatorで群分けしてSEMモデルを群間比較する方法の二種類。で,当該業界における先行研究を間違った奴と正しい奴に分け,前者の論文の一言一句をぐりぐりと批判する,という性格の悪い論文。楽しい。
 取り上げている研究では,大ざっぱにいって子どもの不適応がoutcome, ストレス因子がそのpredictorで,そこにコーピングとか認知過程とか家庭の機能とかが絡んでくる。で,たとえばコーピング方略が調整変数であるという仮説を立てておきながら,検証においてはそれが中間変数かどうかを調べていたり,その逆だったり。。。という研究が,ほらこんなに多いのですよ,そもそもコーピング研究初期の重要文献であるLazarus&Folkman(1984)にしてからがそうなのです,みなさん頭を整理してください。という主旨の論文であった。
 moderatorとはなにかを説明するうまいやり方を探していたので,その意味ではあまり役に立たなかった。理論的説明はBaron&Kenny(1986JPSP)に依拠しているので,そっちを読んだようがよかったかも。でも,なぜみんなこんなに間違えちゃうのか,と考察しているところは勉強になった。著者いわく,それは時間的先行と因果的先行をごっちゃにしているからではないか,とのこと。たとえば,ストレスA,対処方略B,不適応Cについて考えているとしよう。理論的には,「ストレスにさらされても適切な対処方略があれば不適応は生じない」と,Bをmoderatorだと正しく捉えている。しかし,時間的にはA→B→Cとつながっているので,間違ってそういうパス図を書いてしまい,実証研究ではついついBをmediator扱いして検証してしまう。。。ということだと思う。なるほど。生起順序と因果的メカニズムを分けることは大事だなあ。

 この論文を読んだのは待ち合わせ中の新宿の喫茶店だったのだが,向かいのテーブルではTV番組制作会社の人に向かって有名スポーツ選手の奥さんがセレブ話を語り倒しており,右のテーブルでは二人の老人が200万の手形を巡って激しくもめており,左のテーブルでは若いカップルがジクジクと泣きながら血みどろの言い争いを続けていた。どれにも聞き耳を立てていませんよと示すため,俺は小声で論文の文章を音読していた。ウェイターはなかなか水を注ぎにこなかった。気持ちはわかる。

論文:データ解析(-2014) - 読了:Holmbeck(1997) 中間変数と媒介変数のちがい

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