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2011年5月29日 (日)

Bookcover 深読みシェイクスピア (新潮選書) [a]
松岡 和子 / 新潮社 / 2011-02
あまり文学作品の解説本を読むのは好きではないのだが,「ハムレット」を読んでいて,やはりシェイクスピアくらい古いものになると,ある程度まで背景知識があったほうが面白いのかな。。。と反省して手に取った本。ところがこの本,解説本というよりも,シェイクスピアの全作品を訳した高名な翻訳家の芸談であった。ついつい一気読み。
いろいろ面白かったのだが,一番印象に残った箇所をメモしておくと...
「リア王」で,狂気の王がかつての臣下と再会する場面,王のせりふを著者は以下のように訳したのだそうだ。

お前のことはよく知っている。お前の名はグロスター。
忍耐だ。我々は泣きながらこの世にやってきた。
知っているな,生まれて初めて空気を吸うと,
おぎゃあおぎゃあと泣くものだ。[...]

ところが,この訳に基づく舞台の読み合わせで,リア王を演じる山崎努がこのくだりを読むのを聞き,思わず「あ,ちがう!ここは」と叫んだ由。
「泣きながらこの世にやってきた」の「この世」はhither(hereの古語)。これまでの多くの訳が「この世」と訳している箇所だが,それでは次の行を先回りしてしまっている。ここは「泣きながらここへやってきた」と訳した方がいい。なぜならこのくだりは,まず観客に二人がひどい仕打ちにあったうえで「この場所」に泣きながらたどり着いたということを意識させておき,その直後に「この場所」と「この世」をダブルイメージさせる,という仕掛けなのだから。。。と気がついたのだそうだ。

あのとき私が思ったのは,『我々は泣きながらこの世にやってきた』なら名台詞どころか金言にだってなりそうだけれど,『ここへ』じゃ金言にはならないということ,残念だけど。でも[... シェイクスピアは] あくまで,二人の老人が悲惨な目にあっているという芝居を書いた。[...] そこを忘れてはいけない。意味がスムーズに通じて,しかも決め台詞になりそうだからといって,『この世』と先回りして訳してはいけない。たとえて言えば,山登りをするときにはえっちらおっちら歩いていくべきで,ヘリコプターでいきなり七合目まで先にあがってはダメ。ヘリコプター禁止。これは私,『リア王』の稽古場で悟った。以後,翻訳者としての私にとって,大きな教訓になりましたね。

ヘリコプター禁止か。深い... 翻訳のテクニックにとどまる話ではないように思う。

Bookcover ご先祖様はどちら様 [a]
高橋 秀実 / 新潮社 / 2011-04
新潮社「考える人」で連載していた模様。

ノンフィクション(2011-) - 読了:「深読みシェイクスピア」「ご先祖様はどちら様」

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