« 読了:「レコンキスタの歴史」「即戦力は3年もたない」 | メイン | 読了:Bell, Iyer, & Padmanabhan (2002) 値引きが買い置きやカテゴリ消費増大をもたらすような商品カテゴリにおける価格競争 »
2011年6月 6日 (月)
Lemon, K.N., & Nowlis, S.M. (2002) Developing synergies between promotions and brands in different price-quality tiers. Journal of Marketing Research, 171-185.
マーケティング分野の論文をちびちび読んでいる今日この頃だが、これはめずらしく感銘を受けた論文。残念ながら自分のいまの仕事の役には立ちそうにないし、専門家の方から見てどうなのかもよくわからないけど、とにかく感心した。理屈がすっきりしていて、デザインがスマートで、言い訳が少なくて、実世界に対するストラテジックな示唆がある。どんな分野にもプロがいるものだ。
小売店の販促(エンド陳列、チラシ広告、値引き)とブランド価格帯の、それぞれの効果ではなく、組み合わせによって生まれる効果についての実証研究。以下の5つの交互作用について検討している:(1)価格帯 x 陳列有無、(2)価格帯 x チラシ有無、(3)価格帯 x 値引き有無、(4)価格帯 x 値引き有無 x 陳列有無、(5)価格帯 x 値引き有無 x チラシ有無。
データに解釈を後付けするのではなく、認知的な前提から話をはじめているところが素晴らしい。著者らいわく、
- 刺激反応適合性の原理からいえば(おっと、大きく出たね)、意思決定においては決定プロセスと適合的な属性が重視されるはずである。異なるブランド間の比較がなされる場合は、比較しやすい属性、すなわち価格がより重視されるだろう。さて、棚の端(エンド)での陳列やチラシ広告は、ブランド間比較を阻害するだろう。つまり価格はより軽視されることになる。したがって、エンド陳列やチラシの効果は高価格帯ブランドのほうが大きいだろう(交互作用1と2)。
- 今度は値引きの話。高価格帯ブランドの値引きは「高いという短所がよりましになる」こと、すなわち損失の低減である。低価格帯ブランドの値引きは「安いという長所がより良くなること」、すなわち利得の増大である。Kahneman&Tversky の昔から、ひとは利得より損失に敏感だと相場がきまっておる。したがって値引きの効果は高価格帯ブランドでより大きいはずである。しかしそれもこれも、ブランド間比較のもとでの話だ。エンド陳列なりチラシなりでブランド間比較が阻害されると、当該ブランドの通常価格が参照点になるので、値下げの効果は高価格帯でも低価格帯でも変わらなくなるだろう(交互作用3,4,5)。
...美しいロジックだ。こうでなければならない。
実証研究は3つ。
- 研究1はソルト・クラッカーの個人スキャンデータの分析。ブランドはNB3つ、PB1つ。ブランドの購入を、販促変数(10個)、ブランド・ロイヤルティ(その時点までの全購入のうち当該ブランドを買った割合)、通常価格、の12変数で説明する多項ロジットモデルをつくる。販促変数は、まず以下の5つのダミー変数:{値引き販促のみあり、陳列販促のみあり、チラシ販促のみあり、陳列&値引き販促あり、チラシ&値引き販促あり}。加えて、この5つそれぞれと価格帯(NB/PB)との交互作用を表すダミー変数。推定されたパラメータとシミュレーション結果は、上記仮説をすべて支持。
- 研究2,3は学生実験で、ブランド間比較の有無を直接コントロールする。研究2は質問紙、研究3は架空のネットショッピング。ある製品カテゴリについて、高価格帯製品と低価格帯製品を示す。要因は課題タイプ×値引き。課題タイプは、直接選択(2選択肢を並べ、どちらを買うか決定), 分離選択(それぞれを提示し、買うかどうか決定)の2水準。値引きは、高価格帯値引き, 低価格帯値引き, 値引きなし, の3水準。どちらも被験者間で操作。これを4カテゴリについて行う。その結果、値引きの効果は、ブランド間比較があるときは高価格帯で大きいが、比較がないときは価格帯によらなかった。
実務的な示唆としては... チラシやエンド陳列といった販促と値引きを同時に行うのは、廉価品ならいいけれど、高級品の場合はむしろ負のシナジーが生じるかもしれない。
チラシだの陳列だのといった現象的な変数について、3要因交互作用を含むようなややこしい仮説をつくってしまうが、それらは観察研究(スキャン・パネル・データ)で一気にサポートしてしまう。で、疑い深いあなたのために、仮説のキーになる媒介変数(ブランド比較の有無)の効果だけ、要因を減らした統制実験で検証する... という戦略である。うまいことやるもんだ。
論文:マーケティング - 読了:Lemon & Nowlis (2002) 販促とブランドのシナジー構築