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2014年6月30日 (月)
Kramer, A.D.I, Guillory, J.E., Hancock, J.T. (2014) Experimental evidence of massive-scale emotional contagion through social networks. PNAS, 111(24), 8788-8790.
心理学に感情感染(emotional contagion)という話題があるけど、Facebook上のフィールド実験で再現しちゃいました、という研究。第一著者はFacebookの人。この論文、発表直後から大きな話題になっている模様。原文をみたらたった3pしかないので、昼飯のついでに目を通した。
まず問題設定。感情感染は実験室実験では確立している(Hatfield, Cacioppo, Rapson, 1993, Curr. Dir. Psych. Sci というのを引用している。彼女たちは94年に感情感染についての本を出してたはずだから、その要旨であろうか)。いっぽうフィールドでは、研究はあるんだけど(Fowler, Christackis, 2008, BMJ; Rosenquist, Fowler, Christakis, 2011, Mol. Psychiatry. 前者はなんとフラミンガム研究らしい。まじか)、そもそもなんかの文脈変数で引き起こされたただの相関かもしれないし、単なる他者感情への曝露だけで感染が起きるのか社会的相互作用が大事なのかがわからないし、非言語的手がかりがどのくらい効くのかもわからない。FBでの感情感染の研究もあるんだけど(Proceedingsを2本挙げている)、それらも観察研究だ。
というわけで実験をやりました。実験期間は2012年1月の一週間。対象者は英語でFacebookを見てる人、約69万人(ははは)。えーっと、Facebookにログインするとニュース・フィードというのがあって、友達の投稿が並んでいるわけだけど、ひとつひとつの投稿がLIWCでいうところのポジティブ語やネガティブ語を含んでいるかどうかを前もってカウントしておく。投稿の22%がネガティブ語、46%がポジティブ語を含んでいた。
実験条件は次の4つ: (1)ポジティブ非表示群、(2)ポジティブ統制群、(3)ネガティブ非表示群、(4)ネガティブ統制群。非表示群では、ポジティブ投稿なりネガティブ投稿なりをある確率で非表示にしちゃう(確率は10%から90%まで、対象者にランダムに割り振る)。統制群は、対応する非表示群で非表示にしたのと同じ割合の投稿をランダムに非表示にする。うーむ、非表示群で非表示にされる投稿の割合は蓋をあけてみないとわかんないと思うので、たぶん非表示群と統制群を個人ベースでマッチングして制御したのだろう。
ニュースフィードからポジティブ投稿ないしネガティブ投稿を非表示にしていくと、それにつれて対象者の投稿の総語数も減ってしまった(ポジティブ投稿を非表示にするほうが効き目が大きい)。そこで、対象者ごとに期間中投稿の総語数におけるポジティブ語ないしネガティブ語の割合を出し、これを実験/統制条件を表すダミー変数で説明するWLS回帰モデルを組んだ。ウェイトは非表示にされた投稿の割合。(なぜそんなモデルを組むのかなあ。単に非表示確率を独立変数にしてはいかんのか。線形モデルでオッケーなのか。語数ベースでのネガ語ないしポジ語の割合じゃなくて投稿数ベースでのポジ投稿ないしネガ投稿の割合を使った方がよかないか、投稿の長さが何で決まってんのかわかりゃしないんだから)
結果: ポジティブ非表示群ではポジティブ語が減りネガティブ語が増え、ネガティブ非表示群ではネガティブ語が減りポジティブ語が増えた。効果量には差がなかった。
考察: (1)ニュースフィードの投稿は誰に向けたものというわけでもない。つまり感情感染は社会的相互作用ぬきでも起きる。(2)感情感染はテキスト情報だけでも起きる。(3)ある方向の投稿を非表示にしたことで逆向きの投稿が増えているんだから、これはただの模倣ではない。(4)ポジティブ投稿の非表示とネガティブ投稿の非表示の効果量が同じくらいだということは、内容だけの問題じゃないということだ(内容が効くんだったらネガティビティ・バイアスが出るはずだから)。(5)社会的比較か何かにより、他人のポジティブな投稿のせいでネガティブ感情が生じると予想する向きがあるが、結果はその逆だった。(6)効果量はすごく小さいけど (d=0.001くらいしかない!)、FBくらいの大きさの社会的ネットワークだと、公衆衛生に対するインパクトは馬鹿にならない。
うーん... 勉強になりましたですが...
実験室実験における感情感染の研究なら、「みんなが笑うとつい自分の口角も上がっちゃう」というような表出レベルでの影響を示すだけで十分に価値がある。そのメカニズムの性質がある程度特定できるし(自動的・非認知的であろうとか)、顔面フィードバック仮説によれば感情表出は感情の主観的経験と切り離せないからだ。しかし、こういう高次な認知課題(投稿)を指標にした研究だと、いったいどういうメカニズムで、対象者のなにが変わっているのか、という点がシビアに問われると思う。
著者らの意図としては、これは社会的ネットワークを通じた感情感染の実証実験なわけで、最後に公衆衛生との関係に触れているところからみても、ただの投稿行動の変容だとは思っていないのだろう。その観点からいえば、これはいわばメディア強力効果論に一票入れる研究であって、その限りにおいては、著者のいうとおり、たとえ効果量が小さくても社会に対する示唆は大きいかもしれない。
でも、この研究でいちばん気になるのは、もしかするとユーザは単に空気を読んで同調的に投稿しているだけで、主観的経験としての感情は別に影響を受けてないんじゃないか、という点である。たとえば、ユーザはニュース・フィードがネガティブなムードのときはポジティブな投稿を自重し、ネガティブな投稿で調子を合わせているだけなのかもしれない。かわりにインスタグラムにはものすごいハッピーな写真を載せてたりしてね。はっはっは、嫌な奴だなあ。
その意味では、どちらの非表示群でも投稿総語数が減っているという知見のほうが、むしろ面白いと思った。投稿数が減ったのか、投稿が短くなったのか。もしかすると、投稿をもっとも促進するムードのバランスというのがあるのかもしれない。もっと面白い従属変数は、ニュース・フィード上のムードに同調させる必要のない行動変数、たとえば友達のwallへの書き込み、ダイレクト・メッセージやチャットの利用、はたまた広告クリックやFB閲覧そのものなのではないかしらん。もしネガティブ非表示群で広告クリック率が上がってたりしたら、これは研究的にもビジネス的にもビッグ・ニュースだ。きっと調べているんだろうなあ。
ところで、この研究がいま話題になっているのは、内容というよりむしろ倫理的な側面からである。単に論文をさらっと読んだだけだからよくわかんないけど、確かに、うええ、同意取らずにこれやるの、そりゃあナイよ... という印象である。研究の目的よりも、友達の投稿の表示/非表示をその感情価で操作しちゃっているという点が気持ち悪い。しかし、それは結局Facebookの運営上の問題だから、共著者の大学の倫理委員会は通っちゃうだろうとも思う(実際、第三著者が所属するCornell大の委員会をパスしているらしい)。それに、仮にこういう論文を出せないようにしたところで、SNS事業者がひそかにこういう実験をやってサービスを最適化するのを止めるのは難しそうだ。ううむ。
どうでもいいけど、この論文のエディタは偏見の研究で有名なフィスクさん。取材に対して、いやぁ通しちゃったけどこれって微妙だったかもね、というようなコメントをしていて、おいおい、と笑ってしまった。エディタが後からこういうことを言いだすのって、すごいですね。風通しが良くて良いことだと思うけど、日本的な感覚だと、その言い方は無責任じゃないか、と妙な批判が集まりそうだ。
論文:心理 - 読了: Kramer, Guillory, Hancock (2014) Facebook上での感情感染