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2015年11月 9日 (月)
仕事の都合で大急ぎで読んだ奴。読了というのも憚られるが、いちおう記録しておこう。
Othman, A., Pennock, D.M., Reeves, D.M., Sandholm, T. (2013) A practical Liquidity-Sensitive Automated Market Maker. ACM Transaction on Economics and Computation (TEAC), 1(3), Article 14.
予測市場におけるマッチング・メカニズムの一方の雄、Hansonの対数マーケット・スコアリング・ルール(LMSR)にケチをつけて改善する、という論文。第一著者はCMUの人で、Gates-Hillman予測市場という面白い研究をやった人。いまはAugurに関与しているんじゃないかな...
1. イントロダクション
新しい自動マーケット・メーカ(MM)をご提案します。予測市場はもちろんのこと、天気の保険だろうがスポーツ賭けだろうがクレジット・スプレッドだろうが、とにかくペイオフが二値である(つまり、未来が有限の状態に分割されそのひとつが実現する)いかなる証券に対しても適切です。
先行する提案にHansonのLMSRがある。LMSRでは流動性パラメータを事前に決める。この決め方が結構難しい。僕らもそこでしくじりました(Gates-Hillman予測市場のこと。Othman & Sandholm, 2010)。パラメータを下げ過ぎちゃうと取引のたびに価格が変動しすぎてしまう。LMSRではある固定されたbetに対する価格変動が定数なので余計問題である(普通の市場なら、人気のあるエクイティはスプレッドが小さくなり、大きなポジションをとっても価格はあまり動かない)。また、流動性は投資家には嬉しいけど、MMからみると最悪の場合の損失が大きくなる。
本提案はLMSRの変種で、現金の流入が多いとき価格弾力性を下げる。また、LMSRでは銘柄を通した株価の合計を1ドルに固定するけど、本提案では1ドルより大きくしてMMの損失を抑える。さらにLMSRと同じくらい簡単。
[ここ、大事だと思うので1パラグラフ全訳]
取引の増大とともにmarket depth[一単位の価格変動を引き起こすのに必要な取引サイズのことであろう]を増大させるのは、どんな場面でも適切だとはいえない。資産に制約のある投資家の市場で、世界の真の状態が頻繁に変動している場合について考えてみよう。この場面では、market depthが一定で浅いと、トレーダーたちは世界の真の状態に素早く到達できるようになる。これに対し、こうした場面で取引量とともにmarket depthを増やしてしまうと、価格は「粘着する」ようになり、正しい値に到達できなくなる。しかし、世界の真の状態が変動しているということは、我々の新しいマーケット・メーカにとっては必ずしも問題にはならない。もし取引している人々が資産の制約を受けていなかったら、価格は依然として変化し、想定される適切な値を反映するようになりうる。だから、新しい情報が生じない場面、情報が穏やかにしかあきらかにならない場面、取引機会が生じるのを「傍観者として」待っている資本が十分にある場面では、我々のマーケット・メーカは、LMSRにおける流動性パラメータを正しく選択するという必要を、不要なものにしてくれる。
2.価格ルール
出来事の空間を$n$個の相互排他的な出来事に分割しよう。生じるのはどれか1個である。市場の状態をベクトル$q$で表す。$i$番目の要素は、$i$番目の出来事が生じた場合に投資家たちに払わないといけない支払額である。MMが提示する周辺価格[marginal price]は$q$の関数となる。$q$を価格ベクトルにマップする微分可能な関数を価格ルールと呼ぶ。
価格ルールが持つべき特性として、convex pre-imageであることが挙げられる。convexityは、投資家が自分のポートフォリオの任意の部分を売り戻したとき、その残りにもなお値がつくことを保証する。 [すでにここで躓きつつあるが... まあいいや]
さらに、価格ルールは以下の3つの特性を持つことが望ましい。
- 経路独立性。市場がある状態から別の状態に移動したとき、その移動がどのような形であれ、投資家への支払は累積で同じであること。で、convex pre-image性を持つ経路独立な価格ルールは、[...中略] MMのコスト関数の勾配となる。
- 翻訳不変性。$q$の下での各出来事の価格の合計が1になること。この性質があるかぎりMMは終値が初値よりも正確である分だけ損をすることになるわけで、実際の多くの市場は翻訳不変性を満たさない。いっぽう、翻訳不変性は投資家が鞘取りできないことを保証する。また、価格と確率の等しさを保存してくれる。一物一価の法則も保証してくれる(2つしか選択肢がないとして、一方の勝ちへのbet価格は他方の負けへのlose価格と同じ。ダブルオークションでは必ずしも満たされない)。
- 流動性敏感性。$q$の全要素に定数を加えたとき価格が変わること。厚い市場(流動性の高い市場)のほうが、投資あたりの価格変化が小さくなる。直感に合っているし、つぎのようにベイズ流に考えることもできる。コイン投げについて考えよう。表になる確率の事後推定値の変化は、最初のコイン投げよりも1000番目のコイン投げのほうで小さい。[なるほどね...]
さて、この3つの性質をすべて満たすMMは存在しない。経路独立性と翻訳不変性の両方を満たすMMをHanson MMと呼ぼう。Hansonの文脈では流動性敏感性には到達できない[証明が書いてあるけど、理解できそうにないのでパス]。
3.我々のMMの紹介
Hansonのルールをより実用的にしようとする提案としては、まず、取引に手数料を課す、というのがある。MMは儲けることが可能になる。でも流動性敏感にはならない。[この方向のもっとややこしい改善案についても批判している。パス]。
流動性敏感性を確保するために翻訳不変性を緩和するという手もある。$q$の下での各出来事の価格の合計を1以上とする。ただし、投資家がMM相手に鞘取りできることになる[全銘柄を1枚売れば、価格1ドルが保証された株を1ドル以上で売りつけたことになる、という意味であろう]。これを防ぐためには、MMに契約空間を前進させればよい[←はぁ...?]。2つの方法がある。
- No sellingスキーマ. 市場の状態を$q^0$とする。投資家がMMに契約[obligation] $q$を課すとしよう。ここで$q_i$の最小値を負とする。最小値の絶対値を$\bar{q}$としよう。通常のコスト関数なら、投資家は$C(q^0 + q) - C(q^0)$を払うところだが、そうではなくて、$C(q^0 + q+\bar{q} 1) - \bar{q} - C(q^0)$を払わせる。市場は$q^0 + q+\bar{q} 1$に移動する。つまり、MMは常に契約空間を前進する。
[さっぱりわからんので例を挙げて考えよう。巨人対阪神の賭けを考える。いま、巨人が5枚、阪神が5枚売れている($q^0=(5,5)$)。ある投資家が阪神を2枚売りたい($q=(0,-2)$)。このとき、$C(5,3) - C(5,5)$を払うのではなくて、$C(5+2, 3+2) - 2 - C(5,5)$を払う。巨人が7枚、阪神が5枚売れたことになる。ああそうか、「阪神を売りたい」と抜かす奴には「かわりに巨人を買え」っていうわけね] - Convered Short Sellingスキーマ。前に買った株だけが売れる [あれ? それって単に空売りなしってこと?]。投資家$t$への配当ベクトルを$q^t$とする。通常の価格はコスト関数で決めるんだけど、$q^t$の最小値が負になるような注文のみ、その最小値の絶対値を$\bar{t}$として、配当ベクトルが$q^t + \bar{t}1$となるような注文に変換する。
[いま、ある投資家が巨人を2枚、阪神を1枚持っていて($q^t = (2,1)$)、阪神を2枚売りたいと抜かしたら(阪神が1枚ぶん負になっちゃうから$\bar{t}=1$)、巨人を1枚買わせ、阪神を1枚売らせる。]
どっちのスキーマがよいかは場合による。投資家があんまし賢くなかったら、買いがキャンセルできるという点で(2)のほうがよい。なお、HansonのMMならどちらを採用しても両方採用しなくてもコストは同じ。
さて、ご存じLMSRは、
コスト関数 $C(q) = b \log (\sum_i \exp(q_i / b))$
価格 $p_i (q) = \exp(q_i/b) / ( \sum_j \exp(q_j /b))$
でございます。MMの最悪の損失は$b \log n$です。
お待たせしました、我々の提案です。
コスト関数 $C(q) = b(q) \log (\sum_i \exp(q_i / b(q)))$
流動性 $b(q) = \alpha \sum_i q_i, \ \ \ \alpha >0 $
MMは契約空間を前進する(上記のNo sellingスキーマかCovered Short Sellingスキーマを採用する)。
4.我々のMMの性質
まずは価格について。LMSRよりかなりややこしくなって、
$p_i (q) = \alpha \log(\sum_j \exp(q_j/b(q))) + \frac{\sum_j q_j \exp(q_i/b(q)) - \sum_j q_j \exp(q_j / b(q))}{\sum_j q_j \sum_j \exp(q_j / b(q)) }$
他の銘柄の発行枚数が多いと、ある銘柄への投資に対する価格の変化は小さくなる。$q$の下での価格の合計は1にならないけど、厳しい制約がかかる[長くて面倒くさいのでパス]。
このMMでは、$b$のかわりに$\alpha$をアプリオリに決めないといけない。$\alpha$はMMのコミッションに相当している。たいていのMMは2~20%くらいのコミッションをとっている。これを$v$として、$\alpha = v / (n \log n)$と置くとよい($n$は出来事の数)。なお、$\alpha$の増大に対してコスト関数は非減少である[証明略]。
このMMの損失の範囲はどうなるか、利得の範囲はどうなるか...[略]
このMMのコスト関数は一次の正の同次関数(homogeneous function)になっていて... これはつまり価格が比例尺度になっていると言うことで... [力尽きました。略]
5. 考察
我々の提案する新しい自動MMは、LMSRの二つの限界を乗り越えている。(1)流動性水準$b$をマニュアルで設定しなければならず、変えられない。(2)MMは$b$に比例した損失を負うと期待される。
我々の提案には翻訳可能性がない、つまり、価格と確率が対応しない。でも、価格は確率の範囲と対応している。たとえば$q = k1$のとき、その価格には$1/n-\alpha (n-1) \log n$から$1/n+\alpha(n-1) \log n$の範囲の確率が対応する。ふつう$\alpha$は小さいので、この幅は狭い。要するに、価格を価格合計で割って確率だと思えばいいんじゃないですか。[←結局そうなるのか]
云々。
ううう。私にはあまりに難解で、実質的に半分くらいしか読めてないんだけど、きりが無いので読了にしておく。
要するに、LMSRの流動性パラメータ$b$を発行済株数の合計に比例させるというアイデアである。イントロのところで著者らも触れているけれど、「一株の取引での価格変化」が発行済株数の増大によって変わることと変わらないことには、それぞれ長所と短所があり、市場の所与の条件と目的によって決めるべきことだろうと思う次第である。そこんところを詳しく知りたいなあ。
論文:予測市場 - 読了:Othman, et al. (2013) LMSRマーケット・メーカの流動性を自動調整する