elsur.jpn.org >

« 「みんなが思うよりも意外に多い」回答はなぜ正しいか:その4 | メイン | 読了:「フィリピンパブ嬢の社会学」「トランプが戦争を起こす日 悪夢は中東から始まる」「「天皇機関説」事件」「日本人なら知っておきたい四季の植物」「通貨の日本史 無文銀銭、富本銭から電子マネーまで」 »

2017年8月18日 (金)

Zallar, J., & Feldman, S. (1992) A simple theory of the survey response: Answering questions versus revealing preferences. American J. Political Science, 36(3), 579-616.

 原稿の準備で読んだ論文。経緯は忘れたが「必ず読むこと」論文の山に積んであった。政治学の論文だけど、それにしてもずいぶん魅力的な題名である。Google Scholar的には引用回数1500超、結構なメジャー論文だ。

 いわく。
 市民は政治問題についてなんらかの態度を形成している。質問紙調査はそれらの態度の受動的な測定である。という標準的な見方を乗り越え、新しい見方を提供しましょう。すなわち、市民は態度なんて持ってない。頭のなかにあるのはいろんなideaやconsiderationであり、それらは部分的に整合していたり、不整合だったりする。調査参加者は回答に際してそれらをサンプリングし(ここに最近の出来事や調査票の影響が加わる)、どう答えるかをその場で決める。つまり、回答は真の態度なんて反映していない。

 先行研究概観。

 しかるに世論調査研究者ときたら、これらの研究を無視し、伝統的見解をつぎはぎして乗り切ろうとしておる。時系列調査では調査の設問順を変えないようにしましょうとか、項目順をランダマイズしましょうとか。測定誤差を統計的に取り除きましょうとか。[←ははは]

 調査対象者は本当はどうやって回答しているのか? 2系統の研究がある。

 では、さまざまなconsiderationsはどのように回答へと変換されるか。

 まとめよう。(以下でわざわざconsiderationという言葉を使っているのは、政治についての日常言語に近いから、そしてスキーマと違って心的構造・処理への含意がないから)

 ここからは実証研究。
 National Election Studies(NES)というのがあって、1987年にそのパイロット・スタディーとして電話調査をやった。2ウエーブ、計約800人。[これは延べ人数で、どうやら2回答えた人もいるらしい]
 NESの設問(3問、強制選択)と自由記述の組み合わせ。対象者を2条件にランダムに割り当てる。形式A(回顧プローブ)では、NESの設問に回答してもらったのち(強制選択)、いま答えた時に思い浮かんだことを教えてください、とオープンエンドで聴取。形式B(stop-and-thinkプローブ)では、NESの設問を読み上げ、いま思い浮かんだことを訊き、設問文を再度読み上げて回答してもらう。自由記述はコーディングする。
 結果。

 考察。
 今後の研究課題:

 最後に、このモデルの規範的な含意について。かつてConverseは「あのな、大衆に態度なんかあらしまへんで」と述べ、Achenは「そんなことゆうたら民主主義理論はなりたちませんがな」と反論した[←意訳]。我々の理論はこの中間に位置し、調査結果の解釈を拡張する。調査結果とは人々のconsiderationのバランスを示すものなのだ。云々、云々。

 ... 正直言って、実証研究のところからつまんなくなってほとんど読み飛ばしちゃったんだけど、序盤の理論提示のところがとても面白かった。この種の話のもっと新しい議論にキャッチアップしたいのだが、うーん、どうすればいいのかしらん。

 この論文を机の横に積んでいた経緯はいまいち思い出せないんだけど、たぶんSnidermanを引用している論文を片っ端から探しているときにみつけたのだと思う。えーと、最後の考察の「研究者たちは多くの場合、態度という言葉を、多かれ少なかれ結晶化したもの、多かれ少なかれイデオロギー的なもの、ないし人や問題を通じた異質性のあるものを指して用いてきた」というところで、Sniderman, Brody, & Tetlock (1991, 書籍)が引用されている。どういう文脈での引用なのかいまいちわからん。

論文:調査方法論 - 読了:Zallar & Feldman (1992) 調査は「真の態度」の測定ではない、むしろアイデアのサンプリングだ