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2006年2月 5日 (日)
仕事帰りの電車で,さっき買ったマンガ雑誌を一通りめくったが,乗換駅はまだ遠い。読みかけの論文とノートPCを鞄から引っ張り出した。プログラム例を参考に構造方程式をつくっている最中なのだが,なかなか期待通りの計算結果が得られない。ディスプレイ上にアメーバのように広がった三次元グラフを眺めていると,隣に座っている女性が俺の様子を伺っている。気がついて目を向けるとあわてて無関心を装った。銀色が混じった髪を丁寧に整えた,初老の上品な女性だ。思えば,さっきまでマンガ雑誌を読んでいたのが,今度は英語の文献と小難しそうなグラフだ。ちょっと驚いたのかな,と可笑しくなった。で,乗換駅が近づき,PCを畳んで鞄に詰め込み,立ち上がってふと見やると,隣の婦人は開いていた雑誌を閉じ,揃えた膝の上の小さな茶色のハンドバックにそっと重ねていた。その雑誌は「週刊プロレス」だった。
まじまじとみつめそうになるのをぐっとこらえ,視線を逸らし向かいの座席に顔を向けると,さっきから不機嫌そうに反り返って座っていた小学生の男の子の片耳に白く光っているのは,イヤホンではなくピアスだった。ホームの階段の人混みのなか,訳のわからない奇声をあげている男がいた。スマートなスーツ姿で銀縁の眼鏡をかけ,アタッシュケースを片手に提げ正面に目を向け背筋を伸ばして足を進めており,ただ時々口を小さく開いて甲高い叫びをあげている点だけが他の人と異なっていた。昼休み,会社の近所の川縁を散歩していたら,デヴィット・リンチの映画のように非現実的に肥満した女が,人目もはばからず細身の男と抱き合っていた。行きつけの大戸屋のウェイトレスは柔道選手らしい。普通の人はどこにいるのか?
○○たちに××について尋ねました,ただそれだけ,という調査が世の中には山ほどある。「現代女子学生の携帯電話依存性に関する調査」とか,「高齢者がドーナツに対して抱いている印象に関する調査」とか。なにか検証すべき心理的・社会的なモデルがあるわけでなし,実証的に覆すべき強固な社会的通念があるわけでなし,ちゃんと無作為抽出しているわけでもなし,さりとて明日役立つ知見が得られるわけでもない,そういう調査。
つまらない仕事だって犯罪ではないし,なんであれ一つの欠陥には言い訳が三個くらいついてくるものだ。調査としての価値についてはどうでもよい。ただたまらなく恥ずかしい。普通の大学生,普通の高齢者,普通の何々について調べましたという,その言い方が恥ずかしい。いつぞやの週刊文春によれば,都心近郊のキャバクラ嬢の二割が大学生なのだそうである。大学の先生が講義時間に回収した質問紙には,キャバクラ嬢の回答だって入っているのだ。キャバクラ嬢女子大生は普通の大学生なのか。コスプレマニアの同人系は? 家業を手伝う孝行娘は?
ラベルXを持つ人たちがいます,では一般的にいってXはどういう人でしょうか。日常によって規定された薄っぺらい枠組みの中にいてそれを疑わない。いま独裁者があらわれて,苗字がア行から始まる人を強制収容所に送り始めたら,早速「母音開始姓者の向社会性」といった調査をやるのだろう。研究者になり損ねた腹いせにいうわけじゃないけど,ああいう人たちは頭が悪いか,誠意がないか,あるいはその両方だと思う。
というようなことを考えつつ,自分では結局大した研究ができなかった俺は,いまは安物のネクタイ締めて会社に通い,なんだか不思議な仕事を続けている。それは教育方面の,まあ調査のような仕事なんだけれど,教育の現場についてはろくに知識がないので,現場を知る社員をつかまえては問い質す。子どもの勉強ってどんなものなんですか? 子どもはどんな風に成長するんですか? 親や学校の関わりは? 聞かれた人は宙を見つめてあれこれ言葉を探してくれるのだが,その言葉は不確かに揺らぎ,答える人によって異なり,その人の昨日の答えとも異なる。それもそのはずで,宙を見つめた視線の先にいるのは「普通の子ども」ではなく,その人がかつて接した太郎くんや花子さんなのだ。口ごもる相手に俺は重ねて尋ねる。なるほど,そういう子もいるんですね。で,それは子ども一般についていえることなんでしょうか? 思うに俺は,頭が悪いか,誠意がないか,その両方なのだろう。
雑記 - 頭が悪いか誠意がないかその両方