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2010年2月15日 (月)

Bookcover わたしの渡世日記〈上〉 (文春文庫) [a]
高峰 秀子 / 文藝春秋 / 1998-03
Bookcover わたしの渡世日記〈下〉 (文春文庫) [a]
高峰 秀子 / 文藝春秋 / 1998-03
ここのところ読んだ本のなかで,文句なしのベストワン。参りました。
 俺の世代になると,女優・高峰秀子にリアルタイムでは接していない。俺はこの人について,かつて映画女優であったエッセイスト,という程度の知識しかなかった。で,諸事情によりこの年明けから映画ばっかり観ているのだが,何本か観た高峰秀子主演の昔の映画が気に入って(神田神保町シアターの連続上映のおかげである),ひとつこの人の自伝を読んでみよう,と思った。何軒目かに訪ねた本屋でみつけ,帰り道に読み始めたら,これがもう,面白いのなんの。 
 とにかく文章が素晴らしい。ここぞという場面での,視覚的描写の鮮やかさ。たとえば幼少期の家庭内の不和を描くくだり。「ある夜,親子三人が珍しく小さなちゃぶ台を囲んでの食事中であった。[...]突然,養父と母がはげしい口論をはじめ,ぷいと立った母は台所に入っていった。私も,しょうことなしに箸を置いて母のあとを追って台所に入った。母はポロポロ涙をこぼしながらマナイタを出し,タクワンを刻んでいた。そんな母を見ると,私はつくづく母が可哀想になり,私の目にも涙が溢れた。母が戸棚から丼を出し,切ったタクワンを盛ろうとした時,タクワンはよく切れていなかったのだろう,ジュズつなぎになって二人の間にダランとぶら下がった。二人は思わず顔を見合わせ,「エヘヘ・・・」と笑った。そんな時だけ,私は母の心にピッタリと寄り添う自分を感じた」
 あるいは,強い感情の動きを描いたあとで,それをポンと相対化するところ。17才の著者は気鋭の助監督(黒澤明)に淡い恋心を抱くが,何事も起こらぬうちにたちまちスキャンダルの種となり,著者は自宅二階にしばらく軟禁されてしまう。撮影所で再会した助監督は,しかしすっかり態度を変えており,言葉を交わすこともできない。その能面のような表情を前にして著者は凍り付く。そしてこう決意する。「彼はいつか,きっと,優れた演出家になるだろう。私は,遠くのほうから,じっと,それを見守っていくことにしよう。そして,私もまた”俳優”になろう。[...] 私は俳優として,いつでも彼の前に立つことのできるような役者になりたい」 と謳い上げておいて,改行して一転,著者はこう書く。「考えてみればこの台詞,なんとなく新派の『滝の白糸』や『婦系図』のヒロインのごとき健気な,悲壮感に溢れていてテレ臭い」 この冷静さが,からりと乾燥したユーモアを生むのだ。

Bookcover プラトン (岩波新書) [a]
斎藤 忍随 / 岩波書店 / 1972-10-20
いつ買った本だかさっぱり記憶にないのだが,本棚の奥にあるのをみつけて,ちびちびと読み進めた。プラトンについての解説というより,プラトンを軸に古代ギリシアの精神のありかたについて語るエッセイであった。
 著者の先生についてはよく知らないが,「幾度もソクラテスの名を」というかつての著作の題名には馴染みがある。どんな内容の本だか知らないが,味のあるタイトルだなあ,と思っていた。いま調べたら,「幾度も...」はみすず書房刊,とっくに絶版の模様。

ノンフィクション(-2010) - 読了:02/14まで (NF)

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