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2010年4月19日 (月)

Bookcover マンガの脚本概論 [a]
竹宮 惠子 / 角川学芸出版 / 2010-04-08
前にこの著者が書いたマンガの指導書を読んだことがあって,それは俺のような一読者にはものすごく面白い内容だったのだけれど,マンガ家を志している人にとっては,きっと無闇に居丈高な内容だと感じられるだろうなあ,と思ったのを覚えている。それに比べ,この本はずっと穏やかで,教育的配慮に満ちたものであった。著者はいまや大学教授だから,きっと大学での教育経験が効いたのであろう。

 マンガ学部の学生に短歌を与え,それを題材に2ページの作品を作らせるという課題の作例が紹介されている。海辺の高台にある別荘に,いま到着したとおぼしき家族がいて,ローティーンの娘だけがつまらなそうにそっぽを向いている。風が少女の麦わら帽子を飛ばす。追いかけた少女が驚いて立ち止まる。足下には浜辺と広大な海原が広がっている。少女が喜びに目を見開く。そこにかぶせて「門前より 見下ろす浜の人の群れ 地曳網いま上りたるらし」... 上手いじゃないですか。
 さて,竹宮先生のコメント。「良く描けていますが基本的にはワン・アイデアです。それを『お話』の段階にレベルアップさせるためには,ダブルストーリー的な前振りと落としどころが必要です」「女の子が別荘に到着したとき,『つまんない』と思っている言葉が入っていれば,また展開が変わります。『つまんない』と思いながら散歩に行ってみたら,予想外に新鮮なものがみられたという話にすることもできる。その情景だけを見るのではなく,サイドストーリーを用意することがそれを可能にするのです」なんだか偉そうですよね。
 そこで登場するのが,竹宮恵子自らが同じ短歌を題材に描いた2ページの作品。これが,もう,一瞬言葉を失う巧さ。これがダブルストーリーか! そしてこれが落としどころか! 先生ごめんなさい,お言葉の深さを垣間見ました,とひれ伏したい気分になった。

 というわけで,マンガ家生活40年の凄みに打たれる内容であったが,読み終えて思うに... 現代のマンガ表現がどれほどの洗練の高みに達しているかということと,そのようなマンガの将来が明るいかということは,別の問題である。浮世絵の名摺師,SLのベテラン機関士,活版印刷の達人など,頂点に達した名人芸がその産業もろとも滅んでいくという例は枚挙に暇がない。竹宮先生は十分に逃げ切れるからいいとして,いま大学でマンガを学ぼうという学生さんたちは,そのあたりどう考えているのだろうか。もっとも,そこまで考えても仕方がないのかもしれないけれど。

Bookcover 競争と公平感―市場経済の本当のメリット (中公新書) [a]
大竹 文雄 / 中央公論新社 / 2010-03
ここのところの通勤本。この先生の本はいつも面白い。
貧困対策のために最低賃金を引き上げようという民主党の公約があり,いやそんなことをしたら雇用が減ってしまいかえって貧困が拡大するのだという批判があるけれど,この本によれば,いや最低賃金を引き上げても雇用率は下がらないのだよ,という実証研究があったり(最低賃金付近の労働市場は買い手市場で,低賃金に対して労働者は働かないことを選ぶから),それに対してまた実証ベースでの批判があったりで,論争になっているのだそうだ。へええ。

Bookcover キンドルの衝撃 [a]
石川 幸憲 / 毎日新聞社 / 2010-01-30
便乗本っぽいタイトルなので,あまり期待せずにめくったのだけど,意外に興味深い内容であった。

ノンフィクション(-2010) - 読了:「マンガの脚本概論」ほか

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