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2010年9月 4日 (土)

Bookcover 自負と偏見 (新潮文庫) [a]
J. オースティン / 新潮社 / 1997-08-28
ちょっと理由があって(後述),ジェーン・オースティンの「高慢と偏見」を読んでみたくなった。英文学の名高い名作だが,これまでなぜかご縁がなかったのである。
 1$かそこらで叩き売られていたKindle版を買ってはみたが,もちろん英語で読み通せるわけではない。たまたま訳書が家の本棚に何冊かあったので,まず岩波文庫で読み始めたら,かなり古い訳文で,どうも堅すぎて読みづらい。1/3くらい進んだところであきらめて,おそらくもう少し新しい訳である新潮文庫で最初から読み始めたら,こんどは会話文があまり時代がかっていて... どうにか最後まで読み通したけれど,最初からちくま文庫の新訳を買って読めばよかった,とちょっと後悔している。
 有名な冒頭部分はこんな感じ。まず原文から。

It is a truth universally acknowledged, that a single man in possession of a good fortune, must be in want of a wife.
However little known the feelings or views of such a man may be on his first entering a neighbourhood, this truth is so well fixed in the minds of the surrounding families, that he is considered the rightful property of some one or other of their daughters.

岩波文庫(富田彬訳)では:

相当の財産を持っている独身の男なら,きっと奥さんをほしがっているにちがいないというのが,世界のどこに行っても通る真理である。
つい今し方,近所にきたばかりのそういう男の気持や意見は,知る由もないけれど,今言った真理だけは,界隈の家の人たちの心にどっかりと根をおろして,もうその男は,自分たちの娘の誰か一人の旦那さんときめられてしまうのである。

新潮文庫(中野好夫訳):

独りもので,金があるといえば,あとは細君をほしがっているにちがいない,というのが,世間一般のいわば公認真理といってもよい。
はじめて近所に引っ越してきたばかりで,かんじんの男の気持や考えは,まるっきりわからなくとも,この真理だけは,近所近辺どの家でも,ちゃんと決まった事実のようになっていて,いずれは当然,家[うち]のどの娘かのものになるものと,決めてかかっているのである。

ちくま文庫(中野康司訳):

金持ちの独身男性はみんな花嫁募集中にちがいない。これは世間一般に認められた真理である。
この真理はどこの家庭にもしっかり浸透しているから,金持ちの独身男性が近所に引っ越してくると,どこの家庭でも彼の気持ちや考えはさておいて,とにかくうちの娘にぴったりなお婿さんだと,取らぬタヌキの皮算用をするようになる。

翻訳の問題はともかくとして。。。面白い小説だった。どの登場人物も基本的には突き放して描かれており,その愚かさや滑稽さが容赦なく浮き彫りにされる。ところが読み進めるにつれ,主人公の娘やその恋人に対して暖かい共感を感じさせられる。小説の徳であるといえよう。

Bookcover 高慢と偏見とゾンビ(二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション) [a]
ジェイン・オースティン,セス・グレアム=スミス / 二見書房 / 2010-01-20

これは広く認められた真理であるが,人の脳を食したゾンビは,さらに多くの脳を求めずにいられないものである。この真理を生々しく見せつけられたのは,先ごろネザフィールドパーク館が襲撃されたときだった。十八人の住人がひとり残らず,活ける屍の大群に食い尽くされてしまったのだ。

 というわけで,オースティンの名作の文章の一部を適宜修正することによって,18世紀恋愛小説をB級スプラッタ・ゾンビ・ホラーに書き換えてしまった,というわけのわからない小説。この本のコンセプトを知って爆笑し,これは読まなければなるまい,さしあたってはまず本家「高慢と偏見」のほうを読んでおこう。と思った次第である。
 で,原作を読み終えた上で,こちらのパロディ小説のほうを読んでみたところ,いろいろ欠点はあるものの(ジョークが下品でくどい,挿入される格闘シーンがグロすぎる,など),やはりアイデアは悪くないなあ,と思った。女性の慎み深さがどうのこうのというオースティンの文章の途中に,突然に少林寺拳法を操る格闘シーンが割り込んでくる。さわやかなほどに馬鹿馬鹿しい。
 この本の大ヒットに味をしめた版元は,第二弾"Sense and Sensibility and Sea Monsters"を刊行し,こちらもかなり売れた由。ははは。

フィクション - 読了:「高慢と偏見とゾンビ」ほか

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