« 売上大感謝祭:2011第1四半期 | メイン | 読了:「数寄です!」 »
2011年5月15日 (日)
俺には特に趣味といえるものがなくて,それが俺の人間的な幅のなさのひとつの要因にもなっていると思うので,せいぜい映画だけはなるたけこまめに観るように心がけている。走ったり跳んだりしなくていいので楽だし,安上がりだし。
で,先日から池袋の新文芸座で,高峰秀子や成瀬巳喜男の連続上映をやっていて,時間をみつけてイソイソと通っていた。いやもう,GWの混雑はすさまじかった。詰め掛けた善人男女が,ビルの3Fの劇場から階段を辿って表まで行列をつくっていたりして。観客のほとんどは団塊世代ないしそれ以上で,俺でさえ若い部類であった。
以下の2冊は,成瀬作品の関係者へのインタビューと作品紹介を中心にした本。どちらも存在は知っていたのだけれど,わざわざ読もうという気にはならなかった。映画もきちんと観ていないのに,ゴシップばかりに詳しくなるのも,なんだかイヤな感じではないですか。しかし,新文芸座という映画館は心得たもので,「流れる」のような不朽の傑作を観終え,余韻に浸りながらふらふらと暗闇から出てきたところに,こういう本が並べてあると,それはついつい買っちゃいますわね。
成瀬巳喜男―透きとおるメロドラマの波光よ (映画読本)
[a]
/ フィルムアート社 / 1995-01
成瀬巳喜男 演出術―役者が語る演技の現場
[a]
/ ワイズ出版 / 1997-07
前者は中北千枝子,須川栄三らのインタビューや,成瀬監督の文章・対談,未映画化シナリオ,作品紹介などを収録。後者は高峰秀子,香川京子,岡田茉莉子,杉村春子(!)ら出演者や,石井輝男,井出俊郎へのインタビューなどを収録。
特に面白かったところを抜き書きしておくと...
- 世評名高い「浮雲」では,森雅之演じる宿命的ダメ男と魔性の娘・岡田茉莉子が,温泉宿の炬燵で一瞬視線を交わす。それだけで観客には,ああこの二人は関係を持ってしまう,とわかる。成瀬さんは演出意図を説明しましたかと問われて,岡田茉莉子「おっしゃらなかったと思いますね。映画の人というのは,これはこういう役だというような説明はしないんじゃないですか」「それが一応,プロに対する礼儀というかエチケットだと思うんですけどね。でも,びっくりすることもありますよ,説明する人がいるんで」
- 成瀬監督は無駄のないスムーズな撮影で知られていた。助監督の須川栄三ははじめての監督作品として太陽族映画「青春白書・大人にはわからない」を撮る。撮影は快調に進んだが,「九割方できて,オールラッシュを観たら,愕然としたんだな。太陽族映画なんだけど,撮り方が成瀬調で,そぐわないほど淡々としている(笑)」 うわあ,なんだか観てみたい...
- 「流れる」映画化に際しての女優陣と対談のなかで,原作者・幸田文がこんなことをいっていて,衝撃的であった。花柳界に放り込まれた視点人物であり,作者の反映でもある女中の梨花について「梨花はあの社会の訓練,試練というものは一つもされていない。これからされていかなければならないと思う。佐伯という男に対しても当然もういっぺん芽をふいてこなければならないものを梨花は持っている」「女中さんがあそこで起用されて,一つの位置を持っていかれるかどうかというと,それだけじゃなくて,男も欲しくなり,金も欲しくなる。するともういっぺんやり出して,素人の世界に目が向けられなければならないはずで,そこから帰ってきたものは素人の世界で叩かれて,玄人の世界でもういっぺん叩かれなければ梨花はほんとうじゃないと思う」「いちばん未完成なものは梨花だということになる」 そんな風に考えていたとは...
- 平凡な女のイヤーな側面をにじませて,成瀬作品には欠かせないバイプレーヤーであった中北千枝子さん,出演作のひとつ「妻」での役柄について問われて「忘れましたねえ,そんな芝居どころがあるのに,無責任だわねえ(笑)。でも成瀬作品ていうのはみんな地味だし,調子も同じだから,忘れちゃうことが多いんですよね。黒澤作品のように強烈に憶えているってことはないですね」「(「山の音」について問われて)ああ川端先生の。どんな役だったかしら?」
- 成瀬監督との仕事を通じて俳優としてプラスになったと思うことはあるかと聞かれて,成瀬作品のミューズ・高峰秀子いわく「マイナスですね。何もおっしゃらないし,教えてもくれないし。だから役者もそこで止まっちゃって上手くなりません」
ノンフィクション(2011-) - 読了:「成瀬巳喜男」「成瀬巳喜男 演出術」