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2013年8月 6日 (火)

Gustafsson, A., Johnson, M.D., Roos, I. (2005) The effects of customer satisfaction, relationship commitment dimentsions, and triggers on customer retention. Journal of Marketing, 69, 210-218.
 顧客満足(CS)が大事だってよく言いますけど、じゃCSが高かったら顧客はほんとに離脱しないの? というのを(企業レベルじゃなくて)顧客レベルで調べました、という有名な論文。数年前にCS関連の論文を山積みにして狂ったようにめくりまくったことがあって、そのときに目を通したはずだが、このたびちょっと都合があって再読。 

 顧客維持の規定因として、著者らは次の3つに注目する。

 スウェーデンのある通信サービス会社の、固定電話・携帯電話・ネットサービスにおける顧客の維持/離脱に注目する。謝辞から勘繰るにTeliaという会社らしい。調べてみたところ、現時点でのこの会社のシェアは固定電話61%, 携帯電話40%, ブロードバンド38%で、いずれも1位。この研究は2003~2004年にデータをとっているが、このころのシェアはどうだったんだろう。
 まず、この会社からの離脱経験者にインタビューしてトリガーを収集する。状況的トリガーとしては「電話を掛ける必要が減少した」「長距離電話を掛ける必要が増大した」「ネットに契約する必要が生じた」、反応的トリガーとしては「サービスが利用できなくなった」「サポートがひどかった」などがあった由。
 次に、この会社が定期的にやっている月次顧客調査に乗り込んでいって、以下の項目を突っ込む: CS関連を3項目、情緒的コミットメントを4項目、計算的コミットメントを3項目、状況的トリガーの有無、反応的トリガーの有無。全部10件法。CS関連項目はFornellらのスウェーデンのでの研究から引用(SCSBっていったっけ? 1992, J. Mktg.)。コミットメント項目も先行研究から集めてきている。トリガーの有無は、ありそうなトリガーをずらずら並べて「こういうようなことありました?」とSAで10件法評定させるというちょっと無理矢理な聴き方で、笑ってしまった。
 回答から信頼性と弁別的妥当性を調べているけど、省略。さすがに、Fornellが推しているAVEを駆使しておられる。世間ではCronbachのアルファを定型的に報告する人が多いが、この方面の通の皆さんの間ではアルファは意外に評判が悪いのだ。

 さて、ここからが本題。調査対象者2,734名を追跡して、調査回答月以降9ヶ月間のあいだの契約維持期間 Churn_{t+1} を調べる。で、これを従属変数としたモデルをつくる。独立変数は、まず調査時点のCS, 情緒的コミットメント(AC), 計算的コミットメント(CC), 状況的トリガー(CT), 反応的トリガー(RT)。CS, AC, CCは因子得点である。そして、調査回答月より前の4ヶ月間において契約していなかった月数(Churn_{t-1})、サービスの種類を示すダミー変数。
 モデルはOLS回帰。以下の4本を推定する。記号を省略して右辺の項だけ並べると、

モデル1と2はわかりやすい。モデル1では、CSと調査前非契約月数が有意。モデル2では、CS, 計算的コミットメント、調査前契約月数が有意。情緒的コミットメントが有意にならないのは、やっぱりCSと相関が高いからだ、という理屈を捏ねて、以降のモデルからはACを抜く。
 モデル3では、CSと調査前非契約月数との交互作用を推定、有意。つまり、直近チャーン歴がある顧客はCSの効き目が小さい。
 モデル4ではトリガーを放り込んだが、主効果も交互作用も有意にならなかった。

 というわけで... やはり満足しているお客さんは離脱しにくいようです。CRMマネージャのみなさん、CSと競合環境(計算的コミットメント)をきちんと監視しましょうね。また、(チャーン歴の有無といった)消費者の異質性に気をつけましょうね。云々。

 読み直してみて、やはり納得できないところがあって...
 まず、Churn_{t+1} の平均が3.52ヶ月だというのは一体どういうことか。スウェーデン人ってどんだけ移り気なんだろうか? ひょっとして、9ヵ月間離脱しなかった顧客を抜いて集計しているのかしらん。それとも、この会社はものすごい顧客流出に直面していたのかしらん。
 第二に、会社側はおそらく各対象者の契約時点を知っているだろうから、調査参加月から離脱までの月数を従属変数にしたOLS回帰モデルじゃなくて、契約から離脱までの時間を従属変数にした生存モデルをつくったほうがよかったんじゃないのか。モデル1で調査前非契約月数が有意ということは、離脱発生率が契約からの経過時間の関数になっていることでもある。それに、いくらなんでも9ヶ月間離脱しない顧客くらいはいただろうし、そういう右側打ち切りのケースが多いほど、持続時間に対するOLS回帰は不適切になるはずだ。このへん、私がなにか読み落としているか、勘違いしているのかもしれないけど...。
 第三に、調査前非契約月数とCSとの交互作用は、たぶん著者らのいうように「チャーンの傾向性における消費者間異質性を捉えている」のだろうけれど、論理的には、契約してまだ日が浅い人にとってはCSの確信度が低く、行動に影響しようがないということを意味している可能性もあるわけで、もうひとつなにか別の分析が必要であるような気がする。
 第四に、トリガー(すなわち、広義の顧客経験)が有意でないのは、著者らがいうように「トリガーの効果をみるには9ヶ月は短すぎた」からじゃなくて、モデル4にCSが入ったままだからではないか。サポートで不愉快な目にあったり、毎月金払ってんのにあんまり使わなくなったりしたら、そりゃCSは下がるでしょう。トリガーの効果はモデル上はCSの効果として推定されるはずだ。
 第五に、なんでSEMにしないかなあ? トリガー→ CSのパスを組み込めるし、せっかく多重指標になっているんだし...

 と、いろいろ疑問はあるのだが、やはり勉強になる論文である。それに、課題が明確かつ手法がローテクで、読んでいて気分が良い。こういう研究自体当時はフロンティアだったんだろうなあ、などと考えると、なかなか楽しい。
 こういう研究があるいっぽうで、「CSが高い顧客が平気でブランド・スイッチする」という報告もいっぱいあるわけで、消費者の態度-行動リンク(顧客満足-顧客維持のリンク)の経験的な強さそれ自体については、残念ながら、財の性質や市場環境によって決まるとしか言いようがないだろう。

論文:マーケティング - 読了:Gustafsson, Johnson, Roos (2005) 満足しているお客さんは去っていかないか

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