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2013年11月10日 (日)

Rust, R.T, Inman, J.J., Jia, J., Zahorik, A. (1999) What you don't know about customer-perceived quality: The role of customer expectation distributions. Marketing Science, 18, 1, 1999.
 ちょっと顧客満足関連の調べ物をしていて、資料の綴りを引っ張り出したら、この論文を半年くらい前にファイリングしているのを発見。「必ず読むこと」というタグがついている。困ったことに、なんでそう思ったのかさっぱり思い出せないんだけど、自分に義理立てして目を通した。

 世の中には顧客満足が大事だっていう人がいっぱいいるが(Fornellとか)、実際には満足している顧客があっさり離脱したりするじゃんか、というシビアな突っ込みもある(Reichheldとか)。これにどう答えるかという点がひとつの課題となっていると思うのだけれど、著者らの戦略は、それは知覚品質についての顧客の確信度 (知覚リスクの低さ) について考えてないからだ、というもの。前に読んだChandrashekaran, Kristin, & Tax (2007) と似た路線である。

 あるブランドの平均的な品質をQとする。Qについての顧客の知識は、平均 \mu, 分散 \tau^2 の正規分布 \pi (Q) で表現できるものとする。 顧客が知覚する品質を X とする。Xは平均 Q, 分散 \sigma^2 の正規分布に従うと仮定する。
 顧客が X の実現値 x_t を受け取り、\pi (Q) をベイズ更新すると考える。スケールを\sigma-2 + \tau^2 = 1とし、「案外よかった」程度を\delta_t = x_t - \mu と書くことにして、\pi (Q) の事後分布は平均 \mu + \delta_t \tau^2, 分散 \sigma^2 \tau^2 の正規分布になり、x_{t+1} の予測分布は同じ平均で分散 \sigma^2 + \sigma^2 \tau^2 の正規分布になる由。導出過程は追いかけてないけど、仰ることは信じますよ、先生。
 xの効用関数 U(x)は二階微分可能で単調増加でconcaveであると仮定する(上に凸ってことね)。xの予測分布をp(x)として期待効用は V = \int U(x) p(x) dxだが、もし効用関数が指数関数だったら V = \alpha_1 + \alpha_2 \mu - \alpha_3 \sigma^2 となる由 (ふうん。Jia & Dyer, 1996, Mgmt.Sci. というのが引用されている)。当該ブランドの選択確率は多項ロジットモデルに従うものとする。
 このモデルから以下の命題が導出される由。

  1. 選んだ選択肢が期待を上回ったら、それを選択する確率は増す。
  2. (A) 選好されていた選択肢が選択されたとき、それが期待通りだったら、それを選択する確率は増す。(B)選好されていなかった選択肢が選択され、それが期待通りだったら、それを選択する確率は増す。(※話の都合上AとBに分けてある)
  3. 合理的な消費者ならば、値段が同じで期待される品質が低いほうの選択肢を選ぶことがある。(予測分布の分散が小さいほうを選んでリスク回避することがあるから)
  4. 品質が期待よりも低いということがわかったせいで、その選択肢の選択確率が増すことがある。(同上)
  5. 品質が期待よりも高かった時より、期待よりも低かったときのほうが、選好の変化は大きい。(効用関数がconcaveだから)
  6. 品質が期待とちがっていたせいで生じる選好の変化は、経験のない顧客で大きい。

 で、実験を2つ。

■実験1. 製品を選ぶ→品質がフィードバックされる、という繰り返しをシミュレートする。被験者は学生160名。

  1. まず "経験3"。「あなたは最近カメラを買いました。そのカメラのバッテリーは特別なタイプのもので、ブランドが3つあります。それぞれのブランドの製品を3つづつ使ってみたら、持ち時間はこの表のようになりました。」 ここで表は固定。たとえばブランド1は、72時間, 59時間, 67時間である。「では、あなたが次にそれぞれのブランドを選ぶ確率は? それぞれのブランドのバッテリーの期待される持ち時間は? (\mu) 。それぞれのブランドのバッテリーの持ち時間は、95%の確率で○時間から○時間まで持ちます、さあその範囲は? (知覚された分散 \sigma^2)」 。
  2. "経験4"。「さて、あなたはなにか事情があってブランド X を買いました(Xはランダム)。使ってみたら、持ち時間はコレコレでした。では、あなたが次にそれぞれのブランドを選ぶ確率は? ... ありがとうございました。なお残りの2ブランドの持ち時間はコレコレとコレコレでした」 ここでコレコレのところが操作される(D_1)。その水準は、どのブランドも{期待より10時間長い、期待ぴったり、期待より1時間短い、3時間短い、10時間短い} の5水準。
  3. 短い妨害課題。
  4. "経験6"。各製品について2つづつ結果を追加する。これも固定。たとえばブランド1は74時間、57時間。で、\muと\sigma^2を再聴取。
  5. "経験7"。「さて、あなたは今度はブランド Y を買いました(第4実験とは異なるブランド)。使ってみたら持ち時間はコレコレでした」以下、経験4と同じく、コレコレを制御し(D_2)、選択確率を聴取する。
  6. 短い妨害課題。
  7. "経験10”。各製品について結果を3つづつ追加。\mu, \sigma^2, 選択確率を聴取。

えーっと... 提示刺激は被験者の反応とは無関係に固定されており、その意味では意外に単純な実験だ(被験者はどう思っているのだろう?)。要約すると、測定するのは、経験3で選択確率と予想品質、経験4で選択確率(1ブランドのみ)、経験6で予想品質、経験7で選択確率(1ブランドのみ)、経験10で選択確率と予想品質。要因は、経験4の品質(D_1, 5水準)と経験7の品質(D_2, 5水準)、ともに被験者間で動かしている。
 分析方法についてきちんとした説明がなくて参った。10分ほど考え込んだが、推測するにこういう分析だ。おそらく、経験6でも各ブランドの選択確率を聴取しているのだろう(本文中に記載がないが)。で、個々の被験者について、(1)経験4で聴取した選択確率から、経験3での同ブランドの選択確率を引いた値、(2)経験7での選択確率から経験6での同ブランドの選択確率を引いた値、の2個を求める。これを(被験者を無視して)縦に積み、計320個。それらを5水準に分け、それぞれの水準内で検定する(ANOVAではない)。その検定とは、なんと、母平均=0 を棄却する t 検定。うーん... そんな分析でいいのかと不安なのだが、そういう細かいことを気にしていると、この分野では偉くなれないんでしょうね、きっと。
 まあいいや、結果だ。

■実験2. 被験者は学生220名。「キャンパスのちかくにコーヒーショップができました」と教示し、過去の店舗利用における知覚品質のチャートを示す(ははは)。知覚品質は100件法で表示(Boulding, Kalra, Staelin, & Zeitham, 1993, JMRというのが引用されている)。で、その店の知覚品質を聴取(たぶんチャートは隠して、次回利用時の品質を予想させるのだと思う)。次に、新たにその店舗を利用した際の知覚品質を示して、予想を更新させる。で、知覚品質、disconfirmationの主観的な大きさ、再利用意向など、いろいろ聴取。
 要因は2つ。

結果は... 更新後の知覚品質についてのANCOVA。投入するのは、更新前の予想品質、更新前の利用経験、更新時の知覚品質、更新時の主観的disconfirmation(これ、いれちゃうんだ...?)。予想品質は、ネガティブ条件のほうが大きく更新され(そりゃそうだ)、低経験のほうが大きく更新される。交互作用もあって、低経験条件のほうがゼロ/ネガティブ間の差が大きい。再利用意向についてもちょっと分析していて、Baron&Kenny流のやり方で調べたところ、disconfirmationの影響は知覚品質の更新に媒介されていた、とかなんとか。

 実務家向けの示唆:

 品質研究者向けの示唆:

 うーん、よくわからない...

 最初に華麗なモデル構築が行われるんだけど、意外にも、そのモデルで実験結果を定量的にシミュレートしてみせるタイプの論文ではない。話の組み立てはこうだ。(1)顧客経験による選好形成を説明するモデルをつくる。品質についての知識の変化を確率分布のベイズ更新として表現するところが新しい。(2)そのモデルから定性的な仮説を引き出す。(3)実験で仮説を支持する。

 その限りにおいて筋は通っている。でも、モデルから引き出した定性的仮説は、そのモデルからでないと引き出せない仮説なのか、という点がどうもよくわからない。「いっけんよさそうな新製品だけど、ひょっとしたらいまいちかもしれないから選びにくい」という事態は容易に想像できる。著者らは引用してないけど、ブランド論の文脈にだって、ブランドってのはシグナリングだ、ブランド・エクイティってのは結局知覚リスクの減少だ、という見方があるらしい(Erdem & Swait, 1998)。つまり、知覚リスクという概念自体には新味がないはずだ。だったら、信念の分布のベイズ更新というアイデアを持ち出さなくても、この仮説は導出できたのではないか((1)がなくても(2)は手に入るのではないか)。いいかえれば、著者らの知見は著者らのモデルを支持する証拠になっているのか、どうか((3)が(2)を支持しているからといって、(1)を支持しているといえるのかどうか)。

 ひょっとするとこの疑問は、私の知識不足と関係しているのかもしれない。
 たとえば、まず「知覚品質が期待を上回ったとき、その時に限り選好が向上する」と主張するような有力な先行モデルを名指しで紹介し、次にそれが(2)の仮説と矛盾することを指摘し、(2)を支持する知見を示して先行モデルを血祭りにあげる、という筋ならば大いに納得する。ところが、礼儀正しいんだか面倒くさいんだか知らないが、その仮想敵の名前を著者らは挙げてくれない。
 ひょっとするとこの分野の研究者のかたは、たとえば「ああFornellが仮想敵なのね」とか、そういう風に勝手に読み込むのかもしれない(Fornellのモデルが仮想敵になりうるのかどうか知らないけど)。でも私には、そのような先行モデルがこれまでにあったのかどうかがわからない。だから、これって性質の悪い藁人形論法なんじゃないか、実は誰も反対しない仮説群を支持して見せただけなんじゃないかと疑うわけである。
 別の言い方をすれば、素人だからって舐められてるんじゃないか、と警戒しているのである。このように、素人は素人でなかなか気苦労が絶えないのであります。

論文:マーケティング - 読了: Rust, Inman, Jia, & Zahorik (1999) きみたちは知覚品質の真実について知らない

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