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2015年2月13日 (金)

 Hansonの論文は難しくて手に負えなかったが、載ったのは予測市場の専門誌であった。Chen&Pennockのもちんぷんかんぷんだったが、人工知能系のカンファレンスであった。もう少し読者層が広そうな雑誌のほうがいいんじゃない? それに実験やっているほうが楽しくない?

Othman, A. & Sandholm, T. (2013) The Gates Hillman prediction market. Review of Economic Design, 17, 95-128.
 ... というわけで手に取った論文。アタリでした。ありがとう著者の人! 関係ないけど、ありがとうビル・ゲイツ!!
 えーと、CMUにはGates-Hillmanセンターというのがある由。Gatesはもちろんビルさんのこと(スタンフォード大のコンピュータセンターもGatesビルディングじゃなかったっけ?)。調べたところによればHillmanというのはHenry Hillman財団の名に由来するそうで、ヘンリーさんとはどうやら大成功した投資家らしい。まあとにかく、予測市場Gates Hillman Prediction Market (GHPM) のご報告。ダブルオークション方式じゃなくて、マーケット・メーカ方式による実験である。

 市場の概要は以下の通り。

当たり株一株あたりの配当チケットは何枚ってことにしたの?と不思議に思っていたら、後述されるように実は話はもっとややこしくて、参加者としては任意の区間証券を売買している気分なのである。

 LMSRマーケット・メーカを使用。さあ、著者の説明を伺いましょう。
 えーとですね。マーケット・メーカはコスト関数$C$に従って動作する。コスト関数は、ベクトル$q$を「全参加者によるシステムへの総支払額」を表すスカラーへと変換する関数である。ベクトル$q$の要素は、それぞれのイベントが実現したときにシステムが参加者に配当しなければならない金額の合計である。
 LMSRマーケット・メーカのコスト関数は:
 $C(q) = b \log (\sum_i \exp(q_i / b))$
 ただしbは市場開設時点で決めておく正の定数。大きくすると市場の流動性が高まる。つまり、この仕組みだと売れた証券の価格は高くなるのだが、その程度が小さくなる。GHPMでは$b=32$としたが、後で思うに、もっと大きくしておけばよかった、とのこと。
 株価はコスト関数の勾配である。すなわち、銘柄$i$について
 $p_i(q) = \exp(q_i / b) / \sum_j \exp(q_j / b)$
である。これを「値付けルール」と呼ぶ。この価格は出来事の生起確率の予測値と捉えることができる。

 たとえば、「レッドソックスが勝つ」「ヤンキースが勝つ」の2証券の市場を考えよう。現状、もしレッドソックスが勝ったらシステムは5ドル払うことになり、ヤンキースが勝ったら3ドル払うことになっている。$q=(5,3)$である。
 $b=32$とする。ただいまのレッドソックス株の株価は
 $\exp(5/32) / \{\exp(5/32) + \exp(3/32)\} = 0.5156$
と表示される。
 さて、いま、「レッドソックスが勝ったら1ドルもらえる」証券を新たに買いたがっている奴が現れたとしよう。この注文に応えると、コスト関数の値は $C((6,3)) - C((5,3))$だけ変化する。$b=32$として0.5195。つまり0.5195セントで売ることになる。
 [↑あっ、そうか! ひと株の取引でさえ、取引価格は「値付けルール」で求めた株価とは違うのか! ということは、「値付けルール」の意義はあくまで販売数量を生起確率に変換するという点にあり、実際の価格決定は常にコスト関数の差をみなければならないわけか...]

 さて、ここからはGHPMがご提供する特殊機能。365銘柄はさすがに多すぎるので、範囲で取引させる。
 市場の状態を$\vec{q}^0 = \{q_1^0, q_2^0, \ldots, q_n^0 \}$とする。画面にはこれを値付けルールで価格に換えた面チャートが表示されている。参加者は区間$[s, t]$を選び、スライダーでリスク$r$を決める。すると、画面に次の選択肢が表示される。

面倒なので$pi_f$の決め方だけメモ($pi_f$は中央の区間に、$\pi_a$は左側区間と右側区間に足す形になる)。見やすいように縦棒を入れた。
 $C(q_1^0, \ldots, q_{s-1}^0, | q_s^0+\pi_f, \ldots, q_t^0+\pi_f, | q_{t+1}^0, \ldots, q_n^0) = C(q_0) + r$
なるほどね、リスクというのは区間証券の購入額のことか。なお、これは閉形式では解けないそうで、ニュートン法で解いたそうだ。

 結果を紹介する前に、この市場のあんまり芳しくない特徴について。

 よくわからんが、これは両方とも、LMSRの流動性係数$b$を一定にしていることの帰結なんだそうだ。

 さて、実験の結果。
 儲かった49名について調べたところ、3つの方略がみつかった。それにしても、ずいぶんノリの良い奴らだ。

 では、市場自体のパフォーマンスはどうだったか。いろんな話が書かれているが、疲れてきたので、ここからは簡単に。

 まとめ。マーケット・メーカ方式のふたつの問題点があきらかになった。(1)価格のスパイクの出現。とはいえユーザ・インタフェイス次第かもね、とのこと。(2)流動性が変わらないこと。

 長かった... 疲れた...。でも、期待した通り、LMSRの説明が素人にもわかりやすくて、助かった。

論文:予測市場 - 読了:Othman & Sandholm (2013) マーケット・メーカ方式で予測市場をやってみました@CMU

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