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2016年6月14日 (火)
広告の世界ではよくリーチ(到達率)とフリケンシー(平均接触回数)という言葉が使われているけれど、よく考えてみたら物事そんなに単純なものなの? 平均回数なんてどうでもよくない? ... と、データを分析している途中で急に不思議に思い始めて、試しに論文を適当に選んで読んでみた。
広告の話には疎いし、雰囲気が華やかすぎて近づきたくないんだけど、仕事とあらばそうも言ってられない。その辺の本で勉強したほうが早いのかもしれないけど、正直なところ、美しく整理された教科書を読んでいるより、書き手の主張が前に出ている論文を読んでいるほうがなんぼか楽しい。
Cannon, H.M., Leckenby, J.D., Abernethy, A. (2002) Beyond effective frequency: Evaluating media schedules using frequency value plannning. Journal of Advertising Research, 42(6), 33-46.
googleによれば被引用回数48件という風情ある論文。ネットでPDFファイルを見つけたんだけど、スキャンが悪くて読みにくく、仕方なく2011年のワーキング・ペーパーを読んだ。たぶん中身は同じだと思う。
1. イントロダクション
平均的なオーディエンス・メンバーをある広告メッセージに対して有効的に接触(effectively expose)させるために必要なビークル接触数の平均を有効フリケンシーと呼ぶ。また、特定のターゲット集団のうち上記のレベルで接触した人の人数(ないし割合)を有効リーチと呼ぶ。
[えーと、仮に部屋のテレビからCMが3回流れてきたとき、そのときに限りブランド名の記銘が生じるとして、有効フリケンシーは3、有効リーチは「3回以上見た人」の人数だ]
有効リーチと有効フリケンシーに基づいたメディア・プランニングを有効フリケンシー・プランニング(EFP)と呼ぼう。
EFPは広告業界に広く普及している。しかし、考え方が単純すぎるだろうという批判もある。有効フリケンシーという考え方が正しいならば、広告の効果はビークル接触に対してある閾値を持つわけで、広告反応曲線はS字型になるはずだけど、実際には反応曲線はconcaveになることが知られているではないか。
これに対し、本論文はフリケンシー・バリュー・プランニング(FVP)を提唱いたします。
2. パラドクスのルーツ
EFPのような誤った考え方がなぜ普及してしまったのか。理由は3つある。
その1、リーチと平均フリケンシーという伝統的な概念に対する不満。
歴史をさかのぼろう。昔々、プランナーは広告プランニングのためにメディアにウェイトをつけていた。60年代初頭、定量的メディア分析の諸概念がはいってきて、リーチとフリケンシーの推定が重要な関心事となった。コンピュータの登場により、平均フリケンシーじゃなくてフリケンシーの分布が注目されるようになった。80年代初頭の広告研究はフリケンシー分布で溢れている。
代理店のなかには洗練されたプランニング・システムを構築したところもある[Foote, Cone and Belding Communicationsという名前が挙げられている。現在はFCBという社名、Interpublic傘下である由]。しかし多くの代理店は、比較的に低レベルなスタッフにも使いこなせるようなシンプルなルールを求めた。「3回以上のリーチが必要だ」というような。それでもまあ、単純なリーチと平均フリケンシーに頼っているよりは、ずいぶんましである。
というわけで、有効フリケンシーはメディアプランニングに欠かせない概念となった。おかしいのはわかっているけど、いまさら止められない。
その2、表面的妥当性。
コミュニケーションにはなんらかの閾値があるだろうという考え方は、理論家にも受け入れられやすいし、素人の直感にも合う。Krugman(1972, J.Ad.Res.)はこういっている。1回目の接触での消費者の反応は"What is it?", 2回目は"What of it?"、だから3回の接触が必要なのだ、と。なんでビークルに物理的に3回接触する必要があるのか、よく考えてみると全然説明になっていないけど。ともあれ、マジック・ナンバー「3回」は広告業界のスタンダードになってしまった。
その3、かつての研究結果。Ackoff&Emshoff(1975)によるバドワイザーの研究とか[←恥ずかしながら存じませんでしたが、そういう古典的研究があるのだそうだ]、Naples(1979, 書籍)とか。
3. フリケンシー・バリュー・プランニング
かつて我々はEFPに代わる枠組みとして最適フリケンシー・プランニング(OFP)というのを提案している(Cannon & Riordan, 1994 J.Ad.Res.)。個々の接触回数に値を割り当てておき、スケジュール案ごとに値の合計を求め、それが最大となるスケジュールを選ぼうという話である。このたびご提案するFVPはその改善版である。
えーと、まず(a)マーケティング・コミュニケーション戦略を決めます。(b)メディア・オブジェクティブとゴールを決めます。DAGMARに従い、ブランド認知だとか実購買だとか、なんらかの消費者反応に注目するわけです。(c)予算制約の決定。外部的に与えられることも多いけど、ほんとは(b)と相互作用するし、ほんとは以下のFVP分析の結果に応じて見直さないといけない。
ここからがFVP分析。(d)スケジュール案をつくる。(e)接触頻度分布を推定。(f)広告反応曲線の推定。(g)フリケンシー・バリューの算出。
(e)所与のスケジュール案の下での広告接触頻度分布の推定について。
定量的メディア・プランニングにおけるもっとも顕著な発展の一つは、頻度分布を推定するための数理モデルの構築であった。それらのモデルは、ある人があるメディア・ビークルに接触する確率(opportunities to see, OTS)の推定値に基づいている。しかし、それらのモデルが広告接触には適用できないと考える理由はない。単に、メディア・ビークルをメディウムではなく実際の広告として狭く定義するだけでよい。従って、(雑誌への接触確率ではなく)雑誌の特定のページへの接触確率が頻度分布モデルの入力となる。得られる結果は、ターゲット集団のうち何パーセントが、その実際の広告に1回接触するか、2回接触するか、...を示す分布である。
先行研究によれば、分布の推定のためのもっとも実用的なツールはおそらくsequential aggregation法である。この方法は理論的基礎、正確さ、計算速度のあいだでうまくバランスをとっている(Rice & Leckenby, 1986 J.Ad.Res.)。[...]
sequential aggregationモデルにもいろいろあるが、そのなかでも単純かつパワフルなアプローチにMSAD (Morgenzstern Sequential Aggregation Distribution) がある。この方法はMorgenzsternのリーチ方程式に基づいている。雑誌・テレビのスケジュールに関してはとても正確なモデルであることがわかっている。[...ここでMSADの説明があるが、いまいちわからんので省略。接触頻度分布は母比率が変動する二項分布だからベータ二項分布で表現すりゃいいじゃんと思ったのだが、調べてみたところ、ベータ二項分布ではちょっと問題があって、いろいろ修正案があって、その一つがMSADなのだそうだ。ふーん]
既に述べたように、任意の頻度分布モデルはOTSデータだけでなく広告接触についても適用できる。従って、広告接触の頻度分布の構築は、ビークル接触の頻度分布の構築と異なる固有な問題を持っているわけではない。問題は、モデルの入力として必要な広告接触確率をどうやって推定するかである。この一般的問題に関しては膨大な文献があるが、必要な推定値を得るための実用的なガイダンスはきわめて少ない。[...]
[...ビークル接触確率に頼ってちゃだめだという説教が一段落あって...]
必要な推定値を得る基礎的な方法が2つある。
ひとつはノーミングである。[...] 広告接触とビークル接触の比についての実証研究に基づき、ビークル接触データを修正するファクターを構築する。たとえば、もしあるテレビ番組が視聴率10.0を持っており、過去の研究から類似の番組における広告への視聴者の接触率が50%であると示唆されているならば、広告接触の予測を5.0とする。
- TV視聴者の観察研究によれば、視聴者の視線が画面に向けられている時間は、平均して番組の62.3%、CMの32.8%である(Krugman, Cameron & White, 1995 J.Ad.)。[...]
- Abernethy(1990 CurrentIssues&Res.Ad.)のレビューによれば、TV視聴者におけるCM接触率は68%。[...]
- Bearden, Headen, Klompmaker & Teel (1981 JMR): 日中のテレビに対する注意レベルについての研究をレビュー。広告接触率は番組視聴率の20%~50%。プライム・タイムの場合、注意レベルは、ステーション・ブレークでは番組視聴率の76%、番組内CMでは86%。
- Roper Starch[かつて存在した調査会社。NOPワールドに買収され、さらにNOPはGfKに買収された]は、さまざまな雑誌について、読者が広告に「気づく」割合、広告をスポンサーと「結びつける」割合、「大部分を読む」割合、を提供している。[...]
ふたつめはモデリングである。
- Cannon (1982 J.Ad.Res): 雑誌接触率を、雑誌の編集環境に反映されている価値と広告それ自体に反映されている価値との類似性に基づいて推定する回帰モデルを構築[←面白そう]。これと類似したアプローチを使って、広告のサイズ、位置、カラー/白黒、などの効果を推定できるかもしれない。
- Philport (1993 J.Ad.Res): 雑誌接触を推定するための諸因子について論じている。
- Donthu, Cherian & Bhargava (1993 J.Ad.Res) 屋外広告における接触率を推定するための諸因子について論じている。
- Gensch (1970JMR, 1973書籍) さまざまなメディアにおける接触の効率を決定する諸因子について論じている。
(f)広告反応曲線の推定について。
$i$回の広告接触への反応$R_i$についてモデル化する。concaveだと想定すれば
$R_i = R_\infty (1-\exp(-a-bi))$
S字型だと想定すれば
$R_i = R_\infty / (1-\exp(a+bi))$
具体例を示そう。まず上下限を決める。Foote, Cone & Belding社によれば、メッセージ認知の典型的な上限は85-95%、下限は5-35%だそうだ。なので、まずは最大値を90%、最小値を20%と定める。
メッセージ認知に必要なフリケンシーには多様な要因が影響する。たとえば新製品だと必要なフリケンシーは高くなるだそうし、コピーがユニークであれば低くなるだろう。そこで、13個の要因を洗い出し、それらが今回のキャンペーンにあてはまるかどうか、0~1の評定値を与える。で、必要なフリケンシーが高くなる要因には+1、低くなる要因には-1を掛ける。いっぽう、13個の要因に重要性を割り振る(和が100になるように)。で、評定値に重要性を掛けて合計を求める。結果は-0.33となった。ちょっと楽観的にみてよいだろう。さっき最大値を90%と決めたけど、最大値には±5%の幅があったから、90%+0.33x5%=91.65%、最小値には±15%の幅があったから、20%+0.33x15%=24.95%ってことにしよう。
concaveモデルを採用しよう。$b=-\log(1-R_1/R_\infty)$だ。$R_1=0.2495, R_\infty=0.9165$と仮定すれば$b$が決まる。ほら、広告反応曲線が推定できた。[←はああ?! いやコレ、ものすごい理屈だなあ...]
(g)フリケンシー・バリューの算出について。
(e)で求めた広告接触回数の分布と、(f)で求めた接触回数ごとに広告反応率の積和をとる。これが所与のスケジュール案の下での市場反応の推定値(Total Frequency Value, TFV)となる。
これをGRPで割ったのがFrequency Value Per GRP(VPG)。メディア効率を示す。ここでGRPというのは通常のビークル接触のGRPじゃなくて、接触回数と広告接触回数分布の積和、つまり広告接触のGRPである。
[ここからコストを加味した指標の話になるけど、面倒なのでパス]
4. まとめと結論
[今後の課題がいろいろ書いてあったけど、省略]
。。。この分野についてまるきり不勉強なんだけど、(e)広告出稿スケジュールを入力とした広告接触頻度分布の推定については、長い歴史と豊富な研究があることがよーくわかった。
同時に、(f)広告接触頻度を入力とした広告反応のモデルについては、少なくともこの論文の段階では、ろくなモデルがないということもわかった。さすがにスリー・ヒット・セオリーよりはましだけど、この係数推定はアンマリではないでしょうか。研究者のみなさん、もうちょっと頑張ってくださいな。[←超えらそう]
いまはシングル・ソースのパネル・データがあるから、ビークル接触履歴と広告反応の関係が個人ベースでわかるわけで、広告接触履歴を潜在変数にして(f)と(g)を同時推定できると思う。そういう研究を探しているんだけど、どこかにないだろうか。きっとあるんだろうな、探し方が悪いだけで。
論文:マーケティング - 読了:Cannon, Leckenby, Abernethy (2002) 有効フリークエンシーを超えて:フリークエンシー価値によるメディア・プランニング