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2016年8月25日 (木)
Surachartkumtonkun, J., Patterson, P.G., McColl-Kennedy, J.R. (2013) Customer rage back-story: Linking needs-based cognitive appraisal to service failure type. Journal of Retailing, 89(1), 72-87.
ちょっと都合があって目を通した論文。魅力的なタイトルだが、要するに横断研究である。
いわく。
顧客の激怒とその帰結についての研究はあるけど、激怒にいたるまでのバック・ストーリーに注目した研究は少ない。わずかに、激怒は人間の基本的要求(正義とか自尊心とか)のハンドリングのミスによって生じるという理論研究があるくらいだ。サービスの失敗から激怒に至るまでの認知的評価(cognitive appraisal)プロセスと、そのプロセスに影響する諸要因について調べる必要がある。
本研究ではストレス・コーピングの理論に基づいて、認知的評価とサービス失敗の関係を調べる。注目するのは、最初の失敗(エピソード1)とリカバリの失敗(エピソード2)。顧客は西洋人(US)と東洋人(タイ)。 キー・クエスチョンは次の2つ。(1)サービス失敗のタイプと、激怒に至る認知的評価の関係。(2)文化はその関係のモデレータになっているか。
ここから理論的議論。長い。めんどくさい。
Affective event theory(AET; Weiss & Cropanzano 1996)によれば、出来事の認知的評価が感情を引き起こす。その感情価は自分のwell-beingに対してそれが脅威か利益かという知覚で決まる。[←AETって知らなかったけど、要はラザルスの認知的評価理論の組織研究版みたいなものらしい]
ストレス・コーピングの理論によれば、人はネガティブ感情反応において不均衡状態を感じ、コーピングにより通常の状態へと復帰しようとする。コーピング戦略には問題焦点型と感情焦点型がある。激怒はコーピング戦略のひとつと捉えられる。
話変わってサービス失敗について。大きくわけて初期失敗とリカバリ失敗がある。失敗のタイプとしては、核心的失敗、従業員の鈍感な行動(無能さを含む)、不適切な行動(無礼とか)、遅延、非倫理的行動、にわけられる。[←さすが、すでにこういう分類があるのね。Bittner, et al.(1990 J.Mktg.), Keaveney (1995 J.Mktg.)というのが挙げられている。]
認知的評価とネガティブ感情について。
人間の基本欲求への脅威は強いネガティブ感情を引き起こす。激怒につながる脅威として以下が挙げられるだろう:資源欲求への脅威(カネと時間)、自尊欲求への脅威、公平性知覚の欲求への脅威、制御欲求への脅威、安全欲求への脅威。
文化について。人は世界の理解において文化モデルに依存する。[...Hofstedeの文化次元の話。いまちょっとそういう気分じゃないのでパス...]
そんなこんなで、以下の仮説が導かれる。(安全欲求への脅威はレアだろうから、仮説には出てこない)
- H1: エピソード1での核心的失敗は資源への脅威と結びつく。(核心的失敗はエピソード1でのみ起きる)
- H2: エピソード1,2での遅延は資源への脅威と結びつく。
- H3: エピソード2での鈍感行動は資源への脅威と結びつく。(不満をいっている時間が無駄だったという気がするから)
- H4a: エピソード1,2での鈍感行動は自尊心への脅威と結びつく。
- H4b: エピソード1,2での不適切行動は自尊心への脅威と結びつく。
- H5a: エピソード1,2での鈍感行動は公平性への脅威と結びつく。
- H5b: エピソード1,2での非倫理的行動は公平性への脅威と結びつく。
- H6: エピソード2での鈍感行動は制御への脅威と結びつく。
- H7: 東洋の顧客は、エピソード1,2での不適切行動がサービス失敗の原因だと感じやすい。東洋(というかタイ)は対人権力距離度が高いから。[←よくわからん... タイ人は不適切行動が許せないってんならわかるけど、なぜ原因帰属の話になるのかな]
- H8: 西洋の顧客は、エピソード1,2での鈍感行動がサービス原因の原因だと感じやすい。[これもなんやわからんが、説明を読み飛ばしたのかも]
- H9: 西洋の顧客は、リカバリ失敗を制御への脅威だと感じやすい。個人主義的だから。
- H10: 西洋の顧客は、初期失敗を資源への脅威だと感じやすい。物質主義的だから。
データ。
過去半年以内にサービス失敗で激怒した覚えのある人に、その経験の詳細な自由記述を求めた。サービスの業種は問わない(ホテルとかデパートとか)。バンコクで212名、US西海岸で223名。回答をエピソード1, 2にわけ、 結局、全体でエピソード1が435例、2が415例となった。あらかじめ用意したコーディング・フレームによって、5タイプの失敗、5タイプの脅威へとコーディングした。
[フレームはアプリオリに決めたよ、と何度も強調している。おそらく、ここがこの分野でこの定性的アプローチを押し通すための鍵なのだろう。コードの体系をデータから立ち上げていくやり方だと相手にされないんだろうな、きっと]
分析。
エピソード1,2別に、4つの脅威の発生を従属変数とし、階層ロジスティック回帰モデルを計8本組んだ。独立変数は、失敗タイプ(エピソード1では5つ、エピソード2では核心的失敗を除く4つ)、国、国と失敗タイプの交互作用、そのほか対象者属性。失敗タイプはエピソード内で重複していて排他分類できないんだそうで(そりゃそうだよな。無能かつ無礼な店員というのが存在しうる)、全部ダミー変数になるので、結構でかいモデルになっている。
[恥ずかしながら、なぜ「階層」ロジスティック回帰なのかがよくわからない。だってこれ、一人一票でしょ? たしかに国で階層化されたデータではあるけれど、モデル上は国の効果と国x失敗タイプの交互作用をいれただけじゃないのかなあ]
結果は... エピソード2のH2, H4a, エピソード1のH8を除きすべて支持された由。[正直、結果には全然関心ないので、ちゃんと読んでない]
ロジスティック回帰じゃなくてPLSモデルでも再現できた由。
考察。[...略...]
実務への含意としては、失敗のリカバリにあたって顧客の心的・経済的な損失に合致したオファーを出すことが大事でしょう。自尊心の脅威を感じているんなら謝罪して傾聴して支援するとか。公平性に脅威を感じているんなら説明するとか。実のところ、顧客が何をどう認知的に評価してるかなんてわかんないけど、失敗タイプからあたりがつけられるんじゃないでしょうか。遅いと不満を云っている→資源脅威だ、みたいに。
云々、云々。
。。。要するに、顧客はなぜ激怒するか?それは人間としての基本欲求に対する脅威を認知したからだ。という枠組みに基づく研究である。その枠組みのなかでは、面白い研究なんだろうな、たぶん。なかなか文化間比較なんてできないっすよね。自由記述でコーディングってのも手間がかかっている。
いまこの瞬間にも、電話口や店先では顧客が激怒し、従業員はなにもできずただ歯を食いしばって頭を下げていることと思う(親鸞聖人は正しい。地獄は一定すみかぞかし)。その激怒のうち、この論文で想定されているようなクールな激怒(認知的評価理論があてはまるような激怒)って、果たして何割くらいなんだろうか。認知的評価より感情的反応が先行しちゃってる場合もあるだろうし。俺はとにかくまず怒鳴る男だ!理屈は怒鳴りながら考えるぜ!という行動先行型の激怒もあるだろうし。そもそも病気の人もいるだろうし。
個別具体的に顧客に向き合うサービス実務最前線の人にとっては、その判別こそが最大の関心事だろうと想像するのだが、さすがにその割合は、サービスの性質や環境要因で変わってきちゃうので、一般化できないんでしょうね。
論文:マーケティング - 読了:Surachartkumtonkun, et al. (2013) 顧客の激怒のバック・ストーリー