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2018年4月30日 (月)
マーケティング・リサーチにおいては、この製品・サービスの価格がこうだったら売上はこうなるでしょうというようなことを調べることがあるんだけど、その際の手法のひとつにBPTO (Brand Price Trade-off)というのがある。
ううむ、懐かしいなあ。前の勤務先に拾ってもらった際、トシを食ってはいるものの業界の常識を全く持たない私に、上司様が懇切丁寧に教えて下さったのであった。さぞや面倒だっただろう。いま私があの立場になったとして、あのように親切には振る舞えそうにない。
要するに、(1)調査対象者にいくつかの製品を提示しひとつ選ばせる、(2)選ばれた製品の値段をちょっぴり上げ、再び製品をひとつ選ばせる、(3)これを繰り返す... というのが基本アイデアである。値段と選択率の関係がわかります、すなわち価格-需要関数が手に入ります、という理屈ですね。わっかりやすい。
BPTOというのはかなり古めかしい手法であって、おそらく現在ではあまり使われていないだろうと思うんだけど、その細部についてはたまに議論になる。一度きちんと調べてみたいと思った次第である。
書籍
BPTOについて解説している書籍はないだろうか。
Google Booksのお力により、少なくとも以下の書籍で言及されていることがわかった。
- Bradley(ed.) (1987) "Applied Marketing and Social Research"
- Thomas (ed.)(1995) "Gower Handbook of Marketing"
- Frain(1999) "Introduction to Marketing"
- Chakrapani(ed) (2000) "Marketing Research"
- Pati (2002) "Marketing Research"
- Roe (2004) "Market Research in Action"
- ESOMAR Market Research Handbook 5th ed. (2007). これは手元にあるんだけど、BPTOの解説は短くていまいちピンとこない。
- Poynter (2010) "The Handbook of Online and Social Media Research. この本はGMOリサーチの方々の翻訳による日本語版が出ている。
- Leeflang, et al. (2014) "Modelng Markets". あ、この本は結構良さそう...
- Charan (2015) "Marketing Analytics"
論文
論文における言及を探すのはなかなか難しい。BPTOというのは地を這うリサーチャーののためのごくごく実務的な手法であって、マーケティングの学術誌で扱われるようなかっこよい話題ではないのである。
90年代以降、以下の論文で言及されているのをみつけたのだが、すべて未入手。
- Calderon, Cervera, & Molla (1997, J.ProductBrandMgmt)
- Lunn, Westwook, & Beazley (1997 Int.J.MarketRes.). これは論文というより特集号の巻頭言らしい。
- Comley(1997, Admap). 論文というより雑誌記事であろう。価格調査について解説しており、BPTOについて紹介しているらしい。
- Morgan (1999, Int.J.MarketRes.). 後述する理由により、これはぜひ読んでみたいんだけど、このIJMRっていう雑誌、入手がかなり困難なのである。いやまあ、PayPerViewで払えって話なんでしょうけど。
- Levis & Papageorgiou (2009, SupplyChainPlanning)
- Maringe et al.(2009 Int.J.Edu.Mgmt)
カンファレンス・ペーパー
この種の聴取・分析手法を扱うカンファレンスのなかで最も有名なのは、AMA(American Marketing Association)のART Forumだと思うのだけど、残念ながらProceedingsを入手する方法がわからない。あれ、ほんとに納得いかないんですよね。いったいどうなっているんだろうか。
コンジョイント分析のソフトウェアを発売しているSawtooth Softwareという会社は昔からユーザ・カンファレンスを開いており、Proceedingsを公開している。検索してみたところ、BPTOに言及している発表が少なくとも5件みつかった。いずれも調査実務家による発表である。
- Poynter, R. (1997) "An alternative approach to brand price trade-off." 著者はリサーチ業界の有名人レイ・ポインターさん。この時点での御所属はDeuxとなっている。内容はBPTOの改訂版の提案で、初回提示価格を現実的にしました、選ばれた製品の価格を上げるだけではなく他の製品の価格をみな下げるようにしました、など。
- Huisman, D. (1997) "Creating end-user value with multi-media interviewing systems." 著者の所属はSKIM Groupとなっている(調査会社, 現存する)。ACA(適応型コンジョイント)で提示をマルチメディアにしたらどうなるかというような内容らしい。BPTOは説明の途中で引き合いに出されているだけ。
- Buros, K. (2000) "Brand/Price Trade-off via CBC and Ci3." 著者所属はThe Analytic Helpline, Inc.となっている(現存しない模様)。
- Poynter, R. (2000) "Creating test data to objectively assess conjoint and choice algorithms." ポインターさんの今度の所属はMillward Brown IntelliQuest。
- Weiner, J.L. (2001) "Applied Pricing Research." 所属はIpsos North America.
Web
Webを検索すると、BPTOについて解説しているものがたくさんみつかる。BPTOという名前を挙げているだけならもっとたくさんみつかる(日本だとインテージさんとか)。マーケティング・リサーチにおいては一般的な手法名であることがわかる。
検索上位に出現するページを片っ端から眺めてみたのだが、当然ながら解説の中身は玉石混淆である。
- 簡にして要領を得ているなと思ったのは、Pricing Solutionsという会社による解説。BPTOの評価は低く、「なにもやらないほうがまし」だそうである。笑ってしまったが、こういう云いにくいことをはっきり云うというのは素敵ですね。
- 日本語だと、楽天リサーチが提供しているマーケティングリサーチ概論のなかに解説がある。著者は三木康夫さん、残念ながら私はお目にかかったことないですけど、日本の市場調査業界においてきわめて著名な方である。
- ドイツのIfaDという会社はWeb調査での調査画面例をみせてくれている。BPTOというのは要するに聴取手法なので、実際に回答してみるのが一番わかりやすいですね。
歴史
何人かの人が、BPTOは1970年代末に開発されたと述べている。正確に言うと、誰がいつ開発したのだろうか。
上に挙げた書籍やWebページを手掛かりに、古い文献を探していくと...
- Johnson (1972) "A New Procedure for Studying Pric-Demand Relationships". Sawtooth社創業者にしてマーケティング・リサーチのリジェンド Rich Johnsonさんが、調査会社Market Facts在籍時に書いたWhite Paperである。BPTOの最初期の文献として何人かの人が挙げている。さすがに入手はむずかしそうだ。
- Jones(1975, J.Mktg.). 掲載誌がトップジャーナル J. Marketingだからびびりましたけど、実はたった3頁の実務家向けコラムみたいなもの。昔はこういうのも載ったんですね。BPTOのもとになっている「選択された選択肢の値段をちょっと高くする」というアイデアが含まれているものの、価格調査についてのごくごく素朴な記事で、BPTOという手法名は出てこない。なお書き手のFrank JonesさんもMarket Factsの方。
- Blamires(1981, J.Market Res. Soc.). アメリカ生まれのBPTOを欧州に紹介した論文らしい。未入手。
- Mahayan, Green, & Goldberg(1982, JMR). コンジョイントモデルについての論文。未入手だが、JStorの無料枠の画像に目を凝らすと(字が小さいのだ)、前振りのところでJones(1975)を引用し、「選択された選択肢の値段をちょっと高くする」方法について説明している。
- Balmires(1987, J.Market Res. Soc.). BPTOの手続きについて説明しているらしい。未入手。
- Morgan(1987, J.Market Res. Soc.). 未入手。後述する。
- Birn, Hague, & Vangelder(1990) "A Handbook of Market Research Techniques" にBPTOについての言及があるらしい。
- Johnson & Olberts(1991, AMA ART Forum). 未入手だが、発表題名は次項の文献の題名と同じである。
- Johnson & Olberts(1996) "Using Conjoint Analysis in Pricing Studies: Is One Price Variable Enough?". Sawtooth Softwareのテクニカル・ペーパーなんだけど、Rich Johnsonさんの回顧談が載っている。いわく、「1972年、Market Factsがある論文(paper)を発表した。その著者は本論文の著者のひとりであり[Johnsonさんのこと]、調査対象者の価格感受性を測定する方法について述べたものだった」。以下、BPTOに相当する手法についての説明が続く。私がこの手法を開発しましたとは云っていない点にご注目。なお、BPTOについての著者らの評価は次の通り。「この手法は回答しやすく、低コストで実査が簡単だった。しかし残念ながら、結果は人を失望させるものであった」「回答者の中には、これを知能テストとみなして常に最低価格の製品を選ぶ人もいれば、自らのブランド・ロイヤルティへの挑戦とうけとめ、ありえないほどの高価格になっても好きなブランドを選び続ける人もいた。」はっはっは。
- 上述の Frain (1999) はBPTOについてこう説明している。"Research International have developed the conjoint approach, with their Brand/Price Trade-off (BPTO) model." えっ、BPTOってResearch Internationalが付けた名前なの?
- 半信半疑だったのだが、どうやらほんとらしい。Thomas (ed.)(1995)で価格調査について解説しているRory Morganという人は、BPTOについて"developed by my company in the late 1970s (Morgan, 1987b)"と述べている。残念ながらこの1987bというのがなんなのかは突き止めていないのだけれど(運悪く、引用文献リストのページがGoogle Booksで非表示なのである)、推測するに上述のMorgan(1987)であろう。Linkedinで探したところ、Rory Morganさんという方がいらっしゃいまして、果たしてResearch Internationalにお勤めである。おおお!
というわけで、おそらくこういうことなんじゃないかと思う。
- 製品セットからひとつ選択させ、選ばれた製品の値段をちょっと上げてまた選択させる、という手続きの歴史は古い。誰が考えたのかわからないが、少なくとも1972年のMarkets Factsはこのやり方を知っていた。
- 70年代末、Research Internationalがこの手法を体系化し、BPTOという名前を付けた。
なお、Research InternationalとはかのUnileverに源流を持つ由緒正しき調査会社で、現在はWPP傘下のKantor Group。Rich Johnsonが辞めたあとのMarket FactsはSynovateとなり、その極東オフィスは、トシばっか食ってて使えない男、その親切な上司、などの多様な人材を抱えていた。2011年にIpsosに買収された。
BPTOの手続き
実をいうと、このメモを取り始めた理由は、人々がBPTOと呼んでいる手法の具体的な手続きが、実は人によってかなりずれているのではないか、一度きちんと比較して異同を整理しておいたほうがと良いのではないか... と思ったからである。しかし、あれこれ調べているうちに、だんだんどうでもいいような気がしてきた。
誰かがBPTOを「貧乏人向けコンジョイント分析」と呼んでいたけど、正しい批評である。ある製品の価格だけが目の前でどんどん値上げされていくというのはずいぶん奇妙な課題であって、それよか選択型コンジョイント分析をやったほうがはるかに気が利いている。いまさらBPTOの正確な手続きだなんて、いンだよこまけぇことは! という気分になってきた。すいません、疲れているんです。
というわけで、続きはまた気の向いた時に...
雑記 - 覚え書き:BPTO(Brand Price Trade-off)とはどんな手法か (途中で投げ出しましたけど)