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2012年3月29日 (木)

 被験者に $t$ 個の刺激のうち 2個を呈示し、どちらが好きかを比較させる場合について考える。提示順序を考慮すると刺激対の数は$t(t-1)$個ある。対象者をいずれかの刺激対にランダムに割り当て、たとえば、先に見せたほうの刺激が非常に良いときに3, 同じときに0, 後にみせたほうが非常に良いときには-3... というふうに答えてもらうことにする。各刺激に対する選好の程度に,刺激間でどのような差があるか。

 刺激対$(i, j)$について対象者$k(=1,...,n)$が評価した際の反応を $x_{ijk}$ とし、
 $x_{ijk} = (\alpha_i - \alpha_j) + \gamma_{ij} + \delta_{ij} + \epsilon_{ijk}$
と考える。$\gamma$は組み合わせの効果($\gamma_{ij} = -\gamma_{ji}$)、$\delta$は順序効果($\delta_{ij} = \delta_{ji}$)、$\epsilon$は誤差項。$\alpha$の総和、$\gamma$の$i$ないし$j$を通した総和は0とする。
 この構造モデルに基づく分散分析は難しくない。全平方和は
 $S_T = \sum_i \sum_j \sum_k x_{ijk}^2$
自由度は$nt(t-1)$, 値の個数そのものである。要因は4つあるが、横着して主効果と誤差のことだけ考える。
 先に $\alpha_i$ の推定量について考えておく。これを $a_i$ と書くことにする。また、構造モデルの右辺から誤差項を取ったやつを$\mu_{ij}$、さらに$\delta$も取ったやつを$\pi_{ij}$、それぞれの推定量を $u_{ij}$, $p_{ij}$と書くことにする。順にゆっくり考えていくと、
 $u_{ij}= 1/n \sum_k x_{ijk}$
 $p_{ij} = 1/2( u_{ij} - u_{ji})$
 $a_i = 1/t \sum_j p_{ij}$
 以上を整理すると、$a_i = 1/(2tn) (\sum_j \sum_k x_{ijk} - \sum_j \sum_k x_{jik}) $となる。
 $\alpha_i$ の推定量が手に入ったところで、主効果の平方和について考えると、
 $S_\alpha = n \sum_i \sum_k (a_i - a_j)^2 = 2nt \sum_i a_i + 2n \sum_i \sum_j (a_i a_j)$
よくよくみると第二項は0である。スバラシイ。自由度は$t-1$。
 誤差の平方和は
 $S_\mu = n \sum_i \sum_j u_{ij}^2$
で、$S_E = S_T - S_\mu$ と考えれば楽勝である。自由度は $t(t-1)(n-1)$。このように、実に綺麗に算出できる。刺激間比較のためにはスチューデント化された範囲を使えば良い。

 では、まったく同じデザインで、提示順序を無視して分析したらどうなるか? 構造モデルは
 $x_{ijk} = (\alpha_i - \alpha_j) + \gamma_{ij} + \epsilon_{ijk}$
セル(i,j)とセル(j,i)をコミにして分析することになる。
 $u_{ij}= 1/(2n) (\sum_k x_{ijk} - \sum_k x_{jik})$
全平方和と主効果はさっきと同じで、誤差が変わる。自由度は $t(t-1)(2n-1)/2$となる。なぜそうなのか真正面から考えていたらなんだかわけがわかんなくなってきたんだけど、搦め手から考えると$\gamma$の自由度は$(t-1)(t-2)/2$だから、これでつじつまが合うのは確かだ。

 実のところ、前者のモデルはいわゆる「Scheffeの一対比較法」、後者のモデルは62年に芳賀敏郎が発表した「芳賀の変法」なのである。以上、佐藤信「統計的官能検査法」(日科技連)より。

 学部生の頃だったか、修士1年の頃だったか、当時心理統計を担当していた先生が、本来教えるべき内容をそっちのけにして、サーストンのケースIIIだのVだの、シェッフェ法だの誰々の変法だの、官能検査関連の超・超・超古典的な手法について蛇のように執念深く語り倒し、心底辟易したことがあった。それは呆れるほどにかびくさく,死ぬほど面倒で、何の役に立つのかさっぱりわからない議論であった。そんなのどうでもいいじゃん、もっと普通の講義をしてくださいよ、と思ったものである。あれは冬だったのだろうか、窓の外には枯れた芝生がみえた。
 このたび勤務先で、たまたま一対比較データの分析の話になり、いやその種のデータの分析方法は古くに確立してて、サーストン法とかシェッフェ法とか... と電話口で説明し始めたところで、突然あの時の記憶が、教室の空気の匂いさえも鮮やかに甦り、クラクラとめまいがするような感覚に襲われた。それはほんの数秒のことで、すぐにささやかで平凡な中年男ライフに戻ることができたけれども。
 電話を切ってから、頬杖をついて、手元にあった本をぼんやりめくっていたら、シェッフェ法とその変法についてわかりやすく説明していて、なあんだ、あのややこしい話って、こんなシンプルな線形モデルだったのか... と、気の抜けるような思いであった。先生、あの話、もう少しわかりやすく説明できたかもしれませんよ。そして私も、もっとまじめに勉強するか、あるいはもう少し別のことをしておいたほうがよかったかもしれません。
 とはいえ、いまとなってはなにもかも詮無い話である。あの先生が亡くなってからずいぶん経つ。

雑記:データ解析 - 突然に、一対比較法について