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2013年7月 1日 (月)

田中吉史・松本彩希(2013) 絵画鑑賞における認知的制約とその緩和. 認知科学, 20(1).

 洞察的問題解決の文脈では、問題空間に対する心的な制約が緩和されるプロセスとして洞察を捉えるアプローチがあるけれど(それ自体は大昔からあるような気がする。「機能的固着」という概念はたしか1940年代だ)、これを絵画の鑑賞に適用した心理実験。
 美術の専門教育を受けていない人は絵の写実性にこだわる傾向があるのだそうで(なるほど、私もそうかも)、これを創造的な鑑賞に対する制約とみなし、その緩和のための要因を操作して、自由記述や印象評定への効果を調べる。何枚かの絵について、(そこに描かれているモノについてではなく)構図や色使いについての解説文を読みながら絵をみた人は、そのあとにたとえばゴッホの「夜のカフェテラス」をみたとき、自由記述が多様になり、あまり指摘されない事柄への言及が増え、主観的印象についての記述も増えた。これは自由記述そのものへの影響というより、絵画鑑賞における認知の変化だと考えられる由。つまり、絵の解説文が、そのあとでみる別の絵に対する鑑賞のありかたを変え、(ある意味で)創造的な鑑賞を引き起こしたわけだ。

 とても興味深く拝読いたしました(急に丁寧な口調に)。このたび機会を得て、著者をお招きし勤務先の同僚たちとともに研究のお話を伺ったのだが、その際にとても面白かったのは、いっけんビジネスとは縁遠い研究なのに、制約緩和とその支援という一点を突破口にして、消費者イノベーションというホットな話題と密接に結びつく、という点であった。市場調査という比較的に受け身な観点からいっても、創発的な製品使用はどのような消費者をどうやって調べれば観察できるか、という問題とつながっていると思う。これが基礎研究の強み、理論の強みというものだろう。
 多くの人々を導き縛っている認知制約から、個々の消費者がなぜか解き放たれる状況、あるいは消費者がそこから脱出せざるを得ない状況とは、どんな状況だろうか...制約が緩和されることと類推のあいだにはどういう関係があるのか...認知制約にはそれなりの適応的価値があるだろう、では絵画の写実性制約の適応的価値とはなんだろうか...絵画への鑑賞が多様になるのは素晴らしいことだろうけど、創造的な消費者を量産しちゃうような環境は消費者自身にとって幸せか...などなど、あれこれ思い巡らせた次第であった。とても勉強になりました。

論文:心理 - 読了: 田中・松本 (2013) 絵画鑑賞における制約とその緩和

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