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2014年11月27日 (木)
巷には殺伐とした話が溢れているが、マーケティング分野における「殺伐とした用語」ナンバーワン、それは「顧客生涯価値」だと思う。こないだスタバでおっさんが若者に「マーケティングは愛だ」と熱く語っていて閉口したが、ああいう人に一度訊いてみたいものだ、顧客にとってのサービスや製品の価値ではなく、「企業にとっての顧客の価値」を問う人の、どこにどのような愛があるというのか、と...
Jain, D. & Singh, S.S. (2002) Consumer lifetime value research: A review and future directions. Journal of Interactive Marketing, 16 (2), 34-46.
サツバツ上等!東京砂漠オッケー!というわけで読んでみたもの。仕事の足しになるかと思って。
著者曰く...
顧客生涯価値(CLV)の研究には主な方向が3つある。(1)個々の顧客ないし顧客セグメントのCLVを算出するモデル。(2)顧客ベース分析。将来の取引を予測する。(3)経営上の意思決定支援。企業利益に対するロイヤルティプログラムの効果とか。
まずはCLV算出モデルについて。以下の4種類に分けられる。
- 基本構造モデル。時期$i$においてある顧客から得られる収入を$R_i$, それにかかる総費用を$C_i$、顧客の寿命を$n$として、
$CLV = \sum_i^n \frac{R_i - C_i}{(1-d)^{i-0.5}}$
これは会計でいう正味現在価値に基づく考え方で、現顧客のことしか考えず、過去のことは考えず(従って顧客獲得費用のことは考えず)、購買が確率的に生じることも考えない。詳しくはBerger & Nasr(1998, J.Interactive Mktg.)を見よ。 - 顧客移動モデル。Dwyer(1997, 書籍)という人のモデルで、顧客をalways-a-shareとlost-for-goodの二群に分ける。前者は複数ベンダーと取引する顧客、後者はあるベンダーに長期的なコミットメントを持つ顧客。後者については基本構造モデルのようなのを用いる。いっぽう前者については、購買リーセンシで購買行動を予測するモデルを立てる。つまり、時期とリーセンシのマトリクスを書き、ある時期が終わったら、購入者は次の時期のリーセンシ1のセルに動かし、非購入者は次の時期、次のリーセンシのセルに動かすわけだ。それぞれのセルについて購入見込みが推定できる。[こういう分析、やったことがあるけど、意外に歴史は浅いんだなあ...]
- 最適資源配分モデル。Blatberg&Deighton(1996,HBR)による。これは顧客獲得のコストまで考慮にいれている。えーと、見込み客ひとりにかける支出$A$と、その結果としての獲得率$a$の間に次の関係を考える:
$a = (天井)[1-exp(-k_1 A)]$
$k_1$は指数関数の形状のパラメータ。顧客維持に関しても同様に、
$r = (天井)[1-exp(-k_2 R)]$
個々の顧客から得られる年あたり販売利益を$m$として、ある見込み客から得られる初年度の利益は$am - A$、ある現顧客から得られる各年度の利益は$r (m-(R/r))$。[←なんで$rm-R$って書かないのかしらん、このいけず]
これを顧客寿命を通して足し上げ、現在価値へと割り引いて、顧客価値を算出する。これを最大化する$A$と$R$の配分を求めればよろしい。 - 顧客関係モデル。マルコフ連鎖モデルを用いる[ああ、そりゃ当然思いつくわね...]。Pfeifer&Carraway(2000, HBR), Rust, Zeithaml, & Lemon(2000, 書籍)をみよ。
顧客ベース分析のモデル。以下の2つに分けられる。
- パレート/NBDモデル。Schmittlein, Morrison, & Colombo(1987, Mgmt Sci)。ある顧客がアクティブである確率を、トライアル購買からの時間と前回購買からの時間の関数としてモデル化する[数式は省略。なかで超幾何関数をつかっている。どうも誤字があるような気がするぞ]。これをCLV算出のインプットとして用いることができる。なお、暗黙に定常性を想定しているせいで、取引履歴が2年以上だとうまくいかない。
- パレート/NBCモデルの拡張版。Reinartz & Kumar (2000, J.Mktg)による。購入される製品のタイプ、数量、タイミングが売り手からみてさっぱりわからない状況へと拡張したモデル[何言ってんだかよくわからん...]。Reinartzさんたちはこのモデルを使って、CLVについての通念に反するいろんな知見を得ている。顧客寿命と収益性の関係は案外弱いとか、長期顧客からの収益は次第に増えるとはいえないとか、長期顧客には販促費がかからないとはいえないとか、長期顧客は高価格でも買ってくれるとはいえないとか[←面白いなあ]。すごく複雑なモデルなので、実務で使うのは難しい。
意思決定支援のための規範的モデル。
- 顧客エクイティモデル。Blattberg&Thomas(2000, unpub)。えーっと、潜在顧客セグメントごとに、初回購入者からの利益から顧客獲得費用を引いて彼らから得られるであろう将来の売上による利益を割引率で割った奴を足し、合計するモデル[数式省略。それほど複雑そうではない]。
- CLVに基づく動的プライシングモデル。Blattberg&Thomas(1997, unpub)。[めんどくさくなってきたのでパス]
これからの研究の方向。
- CLVのモデルについて:(1)簡単なモデルは顧客セグメントを考慮していないし、複雑なモデルは超複雑だ。簡単かつ柔軟なモデルが必要だ。(2)妥当性の研究が不足している。(3)ライクフェルド先生がいっているような「長期顧客こそが利益の源泉」といった通念は、Reinartzらの研究で片っ端から否定されてるわけで、もっと調べないといけない。(4)デモグラとか製品使用実態とかも使いましょう。(5)顧客側の視点が足りない。購入動機とか、スイッチングコストとか。(6)顧客獲得コストを考えてないモデルが多い。(7)購買を確率的に捉えていないモデルが多い。(8)購買履歴からCLVを予測する精度の向上が必要。ベイジアンアプローチが有望ではないか。
- 意思決定支援モデルについて: (1)とにかく研究が少ない。(2)マーケティング投資のROIまで測れるモデルが作れるだろう。(3)顧客の収益性の規定要因とか、顧客の収益性の分布の規定要因とか、顧客の収益性の測定方法とか、そういうのを計画立案モデルに組み込んでいくことが必要だ。(4)顧客獲得と顧客維持への資源配分についての研究が必要。
- ロイヤルティ・プログラムについて: (1)長期顧客にほんとに価値があるのか、どうもよくわかんなくなってきてるわけで、ロイヤルティ・プログラムを別のマーケティング活動と比較する研究が必要だ。(2)ロイヤルティ・プログラムといってもいろいろあるわけで(結局値引きしている奴とか、そうでない奴とか)、違いを調べる必要がある。(3)満足とか信頼とかがロイヤルティに及ぼす効果を調べる必要がある[←そういう研究って顧客満足の分野で山ほどあるんじゃなかろうか。CLVの研究と結びついてないってことかなあ]。
Reinartz & Kumar (2000)って、なにやってんだかさっぱりわからんが、面白そうだなあ。いつか読んでみよう。(と思うだけで、実際には読まないけど)
論文:マーケティング - 読了:Jain & Singh (2002) 顧客生涯価値研究レビュー