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2014年11月27日 (木)
Zenobia, B., Weber, C., Daim, T. (2009) Artificial markets: A review and assessment of a new venue for innovation research. Technovation, 29, 338-350.
技術イノベーションの研究における、エージェント・ベースの市場シミュレーションについてのレビュー。全然知らない分野なので、メモを取りつつ真面目に読んだ。
1. イントロダクション
人工市場(AM)はエージェント・ベースの社会シミュレーション(ABSS)のひとつで、消費者や企業を表すエージェントを相互作用させる。主な特徴として以下が挙げられる。なお、本論文では主に消費者エージェントに焦点をあてる。
- エージェントは消費者、企業、その他の組織を表す。それらはローカルな行動規則(これをagent speficicationという)に従って相互作用する。
- 以下の点において多様である。(1)抽象的か、現実に近いか。(2)相互作用のメカニズム。(3)エージェントの異質性。(4)偶然性の役割。(5)時間的・空間的スコープ。(6)エージェントの認知的複雑性。
- 典型的パラメータ: 地理的特性(人口密度, 家庭か職場か店頭か, etc.)、デモグラフィクス(年齢, 性別, 収入, etc.)、エージェント(社会的つながり、模倣性、受容の初期状態, etc.)
- 強み: 市場の複数の変数を同時に表現できる(消費者心理とか社会的ネットワークとか製品特徴とか競合環境とか流通チャネルとかマーケティング戦略とか)、複雑な市場行動について、統制された"what if"な実験を行うことができる
- 機会: 普及予測, イノベーションのダイナミクスを調べる, 教育とインサイト[←?], 政策フォーサイト、massively parrallel market analysis、新製品・サービスのプロファイリング、ボラタリティの高い新市場におけるビジネスモデルの評価
- 弱み: specification, カリブレーション、分析、publication, 再現において未解決の問題がある
- 脅威: 初期条件への敏感性, 可塑性
2. AM研究の近年の発展
Epstein & Axtell(1996, 書籍)のSugarscapeモデルが嚆矢。たいていの研究は過去5年以内。3年前から急増した。経済学、マーケティング、地理学での研究が多い。初期のAMとしては:
- Consumatモデル(Jagar, 2000, unpub)。独占市場におけるロックイン行動とか、エコ製品の初期障壁とかのシミュレーション。
- ESPモデル(Kottonau et al., 2000, Conf)。カーシェアリングの普及のシミュレーション。
- CUBESモデル(Ben Said et al., 2002, Conf)。携帯電話の競争のシミュレーション。
- Project FAIR(Deffuant et al., 2005、Am.J.Soc.)。いろんなイノベーションの普及のシミュレーション。
3. SWOT分析
強み。もともと技術の受容・普及の予測においては、変数とリンケージを数学的な式なりシミュレーションコードなりで内生的に特徴づける説明モデルが用いられてきた。このクラスに属するモデルが、AMやシステムダイナミクスモデルである。AMとシステムダイナミクスモデルは、個体の行動が単純なときは似た結果に至るが、複雑になると異なる結果に至る。さて話をAMの強みに戻すと... [BASSモデルの話がひとしきりあって...] AMは消費者心理のような複数の変数を同時に表現できる。
機会。技術イノベーション研究における有望な応用としては以下が挙げられる。
- 市場予測。
- 市場ダイナミクスの研究。独占とか、キャズムとか、ニッチ市場の出現とか。
- massively parrallel market analysis. [よくわからんので全訳] 「AMはマッシブな市場データセットから有益な情報を検索しフィルタリングし統合するのに有益であろう。こうした応用においては、変数とパラメータを表すエージェントが、データセットのレコードからなるランドスケープをさまよう。エージェントは関心が持たれている行動をとったとき餌を与えられ、十分な栄養を得られないときに死ぬ。エージェントは相互作用して、高次交互作用項を表す子世代を育てる。こうして、AMを使って未来の市場行動を予測する変数と交互作用項のpopulationを自然に選ぶことができる。この結果をつかってSEMのモデルを組むこともできる。このアプローチは、これまでは見つかっていなかった変数間関係を同定するのに便利だろう。ただし、データへのモデルの過適合、ならびにきちんとした理論的基盤にもおづく測定モデルの構築に注意を払う必要がある」
- これはまだ思弁的な話だけど、イノベーション・マイニング。サーチ・アルゴリズム、シナリオ分析、伝統的な市場受容性調査と組み合わせて、未充足ニーズを満たすイノベーションをマイニングできるのではないか。
- ビジネス戦略のゲーミング。組織を表すエージェントにいろんなビジネスモデルをプログラムして、市場淘汰をシミュレーションする。
弱み。5つの分野に分けて述べる。
- specification. 単純さと現実性のバランスをとるのが難しい。3つのアプローチがある。(1)アドホック・アプローチ。消費者行動とかのモデルに基づき、抽象度の高いルールをつくる。で、マクロなレベルでみた市場行動を現実と比べる。個々のエージェントの行動には注目しない。(2)「理論が最初」アプローチ。行動を説明する特定のフレームワーク(たとえばEngle-Blackwell-Miniardモデル)に基づき、エージェントのルールをつくる。[...製品受容についての具体的な話がひとしきりあって...] よくできたフレームワークはそうそうない、というのが欠点。(3)「理論はあとまわし」アプローチ。ケーススタディとかグラウんデッド・セオリーとかエスノグラフィーとか、とにかくなんらかの定性的な手法でもって消費者の経験を深く理解し、エージェントをつくる。例としてAndrews, et al. (2005, 論文集)がある。方法論はないわ、時間はかかるわで、いまんとこマイノリティ。
- calibration. たとえばエージェントが態度を持っていたとして、その分布をどうやって現実に近づけるか、という話。大抵よいデータがない。質問紙とかコンジョイント分析のような伝統的マーケティング手法が有益。
- analysis. AMシミュレーションは超複雑。どうやってバリデーションするのか、研究が全然足りない。
- publication. どうやって要約・説明すればいいのかがわからない。[なんか細かい話なのでパス]
- replication. 再現の試みは少ないし、やったとしてもうまくいかないことが多い。[←ははは]
脅威。
- 初期条件への敏感性。[でもいつも敏感ってわけじゃないと思うのよね、というような思弁的な話がダラダラ書いてある。パス]
- plasticity. すなわち、人間の意思決定は文脈に敏感だ。[完全には解決できない問題だけどいろいろと頑張ろうよ、というようなとりとめのないことが書いてある。パス]
4. 結論と推奨事項
- 単純さと厳密さのバランスをとろう。
- 重要なのにちゃんと検討されないまま用いられている概念を再検討しよう。「イノベーション」「テクノロジー」「決定」「受容」「市場」「環境」など。
- 顧客の声を消費者エージェント・モデルに組み込もう。
- エージェントの決定ルールは質問紙の項目に落とし込めるようにしよう。キャリブレーションやバリデーションが楽になるから。
- 消費者エージェントの閉じたアーキテクチャではなく、その先に目をむけよう。消費者エージェントのspecificationを要素に分解し、それぞれについてバリデーションとか再利用とかができるようにしよう。
- 安定的なくぼみ[basin]を探せ。つまり、環境の中のあまり変化しない側面をみつけろ。
- AMを他の手法と組み合わせてtriangulationせよ。
はあ、そうですか... 研究例についてよく知らないので、いまいちピンとこない話が多かった。まあいいや、次に行こう。
論文:マーケティング - 読了:Zenobia, Weber, & Daim (2009) エージェント・ベース・シミュレーションによる技術イノベーション研究レビュー