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2005年12月25日 (日)
夢のなかで誰かと会話しているとき,相手が云おうとしている事柄を,相手の言葉なしに直接に理解しているように感じることがある。「今日は寒いね」という台詞があったとして,相手のその台詞を聞き取ったわけでもないのに,相手が口を開いて俺に<今日は寒いね>と話しかけたのだとわかる,というような感覚である。脚本のあらすじだけを読んでいるような感覚だといってもいい。
知覚経験が明確さを欠いているというのは夢の一般的な特徴かもしれない。夢の中で起きる奇妙な出来事はすぐに思い出せなくなってしまうのに,それによって引き起こされた感情は,異常なまでに深く純粋で,目覚めてからも長く胸に残るような気がする。
このあいだみた夢の中で,俺は巨大なプレス機に挟まれ,ゆっくりと潰されて死ななければならなかった。
俺は両手を水平にした姿勢で,鉄パイプを結んで作った十字架に括り付けられている。身体の正面,足を蹴り出せば届きそうなところに,黒い金属の長方形の平面があり,後方にも同様の金属面がある。まもなくそれらはゆっくりゆっくりと間隔を狭め,俺の身体の首から腰までを挟み込み,骨を砕いて内臓を押しつぶす予定である。それはなにかの刑罰か,ないし運命のようなもので,とにかく俺はそこから逃れることができない。死を目の前にして,俺は不思議に冷静で,むしろ一種の安堵さえ感じている。
俺の横には男がいて,俺を殺すその装置について俺に説明している。<この装置は2号機だ>という意味のことを男が俺に云ったのがわかる。<先に開発された1号機は,頭から足先までの全身を挟み込むものだった。押しつぶされる人々が大変な恐怖を訴えるので,人道的な観点から改良されたものがこの2号機だ>なるほどなあ,と俺は感心する。ゆっくりと視野が闇に覆われ,ぎりぎりと頭の骨が締め付けられついには砕き潰されるという恐怖に比べたら,折れた肋骨が肺に刺さる苦痛くらい,どうということはないかもしれない。
さらに男は,プレス機に挟まれる際に守るべき事柄について俺に説明する。長年の経験の蓄積により,死に至るまで一切の苦痛を感じずに済む方法が見つかっているのである。男はそれを「呪文」と呼んでいたが,それは文字通りに呪文だったような気もするし,なにかの特別な呼吸法と自己暗示を組み合わせたような方法を,その簡単さ故に呪文と呼んでいるだけだったような気もする。
男は俺に簡単な訓練を施し,その方法を身につけさせる。なるほど,この方法に従えば,全身の骨をゆっくりと砕かれている間も痛みを感じることはないだろう,と俺は納得する。
男は去り,プレス機がゆっくりと動き始める。俺は全身を温水に浸しているような安堵感を感じている。もう悩んだり,苦しんだりすることはない。ありとあらゆる問題がいま解決するのだ。ようやくこの時が来た。
徐々に近づいてくる黒い金属面をなかば恍惚と見つめながら,しかし俺は,いま自分は十字架に括り付けられているのではなく,仰向けに横たわっているのだということに気付きはじめている。もう視線をそらすことはできない。ふとした動作のせいでこの夢が覚めてしまうのがたまらなく怖いのだ。
最後の瞬間,男が俺に<忘れるな>と云う。<その呪文を忘れるな。それが必要となる時が必ず来る。苦痛から逃れることだけが望みとなる時が来る。忘れるな>
しかし目覚めてすぐに,その呪文は思い出せなくなってしまった。
雑記 - 呪文