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2010年8月16日 (月)

Bookcover さようなら、ゴジラたち――戦後から遠く離れて [a]
加藤 典洋 / 岩波書店 / 2010-07-29
「敗戦後論」から15年,関連する短い文章をまとめたもの。いくつかは既読であった。
 大学院生の頃,同期生の男となにかこみいった研究の話をしていたら,ふと彼がこちらを見て,そうだ,これは言うなれば「語り口の問題」だよ,と笑ったことがあったのを覚えている。たまたま二人とも「敗戦後論」の単行本を読んでいて,彼はその本に収められた「語り口の問題」という文章を踏まえてそういったのだった。ハンナ・アーレントを手がかりに公共性の構築について論じている元の文章と,そのとき我々が話し合っていた心理学の研究にまつわる実にささやかな話題とは,まったく共通するところはなかったのだけれど,加藤典洋の執拗で曲がりくねった思考の筋道のようなものを,彼が深いところで受け止めて自分のものとしているような気がして,印象に残った。
 この著者の本を久しぶりに読んでいて感じたのだけれど,この人の文章のなかには,あとで全く違うことを考えているときにふと顔を出すようなところがある。なんというか,否応なしに深いところで受け止めなければならない,というような。それはきっと先生が,そのときに論じている問題(戦後社会とか憲法問題とか)について考えているだけでなく,その「考え方」についても極めて自覚的で,かつそこに紙幅を割いているからではないかと思う。
 たとえばこんな箇所。
 「たとえば,待ち合わせをすることになって,渋谷のハチ公前で会おう,というとき,先に来たほうが,そのハチ公前には立たないで,そのハチ公前が見える別の場所に位置して,相手がハチ公前にくるのを待つ,ということがある。ハチ公前で待っていると,いつどの方向から相手が来るだろう,いまかいまか,というので疲れる。そんなところから,こういう待ち方が生まれたのだろうが,そのもう一つの待ち場所のことを,英語では"shooting spot"というのである。つまり,シューティング・スポット(狙撃地点)とは,自分からは相手が見えて,相手からは自分が見えない場所のことをいう。これと同じことが思想についてもいえる。ものを考える上で大切なのは,むしろ自分を狙撃される位置,ハチ公の位置に立たせることだ。そうでないと,その『考えること』は,結局その人自身の身にならないだろう---。」
 「いまの若い人は戦争の話など聞かせると,『オレは関係ないよ』と思っているんですね。『オレは関係ないよ』と思っているから,なにも発言しないんです。でも,『オレは関係ないよ』といったん言えば,その発語は,次の『では,どうであれば関係が生じるか』という問いを呼ぶ。彼はそれに答えなければならなくなる。この『オレは関係ないよ』は,実は,発語されると,世界の引き受けの足場になるのです。」
 笑っちゃうような話だが,俺がこれを書き写しながら考えてしまうのは,戦後思想の問題じゃなくて,いまの勤務先の仕事のことである。きちんと考えないとうまく書けないので,曖昧な言い方になるが,ときどき誰かが小声で呟く「まあ所詮××だからね...」っていうの,あれは要するにshooting spotだと思う次第である。そしてそのように日々溢れだすshooting spotが,私たちを徐々にスポイルしていくのである。小声で呟いていてはだめだ,発語しなければ。

Bookcover 最後の授業――心をみる人たちへ [a]
北山 修 / みすず書房 / 2010-07-22
世間一般では,著者はかつてのフォーク・クルセイダーズのボーカルにして大学教授というところだが,臨床心理系の人にとっては,もうなんというかその,神様みたいな人である。この春に九大を退官なさったんだそうで,その際の記念講義をまとめたもの。意外にも,ケースは全然紹介されない。

Bookcover オリエンタリズム〈下〉 (平凡社ライブラリー) [a]
エドワード・W. サイード / 平凡社 / 1993-06
再読のような気もするんだけど定かでない。
いやあ,実に読みにくい本だった。これはただの翻訳の問題ではなくて,サイード先生の言い回しがあまりクリアでないからだろう。さらにいえば,ヨーロッパにとってのオリエンタリズムを日本の近代に当てはめると,西洋に対してはアラブ人,アジアに対してはヨーロッパ人の役回りとなり,とてもややこしくなってしまうので,その意味でもなかなか読み進みにくい。

Bookcover サラ金殲滅 [a]
須田 慎一郎 / 宝島社 / 2010-07-17

Bookcover 14歳からの靖国問題 (ちくまプリマー新書) [a]
小菅 信子 / 筑摩書房 / 2010-07-07

Bookcover マメな豆の話―世界の豆食文化をたずねて (平凡社新書) [a]
吉田 よし子 / 平凡社 / 2000-04
大豆をはじめとする世界のマメについて縦横無尽に語る,意外なオモシロ本。著者は32年生まれ,農林省の技官を経てフリーの著述家という方。海外生活の経験が豊富だわ,農芸にも食物学にも強いわ,顔は広いわ,そしてなにより,大変に食い意地が張っておられる,という。。。この本を世にもたらすために降臨してきたような人である。

Bookcover 国際貢献のウソ (ちくまプリマー新書) [a]
伊勢崎 賢治 / 筑摩書房 / 2010-08-06

Bookcover 鳥居耀蔵―天保の改革の弾圧者 (中公文庫) [a]
松岡 英夫 / 中央公論新社 / 2010-07-23
「妖怪」と呼ばれた陰謀家にして,時代劇・時代小説における定番の大悪人,鳥居耀蔵の伝記。もとは中公新書らしい。
全然知らなかったんだけど,鳥居が老中・水野忠邦の片腕として権力をふるったのはたったの六年。失脚して讃岐・丸亀に流された後,幽閉の身のまま実に二十三年間生き続け,なんと,明治元年の東京に戻ってくるのである。以後亡くなるまで,人を訪ねたり散歩したりして過ごしたそうである。長生きってひとつの勝利だ,と痛感。

ノンフィクション(-2010) - 読了:「さようなら,ゴジラたち」ほか

土曜夜に書いたときに忘れていたのも含む。なんというか,マンガばっか読んでますね。

Bookcover 君と僕の街で (集英社文庫―コミック版) [a]
谷川 史子 / 集英社 / 2007-02-16
俺が尊敬してやまない職人的少女マンガ家・谷川史子さんの92~94年の作品。若き日の作品も読んでおかなければ,というわけで,恋に恋する乙女達の100%恋愛ストーリーをがんばって読みました。疲れた。なにやってんだ俺は。

Bookcover 匠三代 1 (ビッグコミックス) [a]
倉科 遼,佐藤 智一,天野 彰 / 小学館 / 2010-07-30
いかにも小学館の青年誌らしい情報マンガ。なんで買ったんだろう?

Bookcover ルミとマヤとその周辺(2) (KC KISS) [a]
ヤマザキ マリ / 講談社 / 2008-11-13

Bookcover ジゼル・アラン (1) (ビームコミックス) [a]
笠井 スイ / エンターブレイン / 2010-07-15

コミックス(-2010) - 読了:「君と僕の街で」ほか

2010年8月14日 (土)

Bookcover デトロイト・メタル・シティ 10 (ジェッツコミックス) [a]
若杉 公徳 / 白泉社 / 2010-07-29
喜劇と悲劇は結局はおなじものだ,とどこかで聞いたことがあって,このギャグマンガを読むたびにその言葉を思い出していた。主人公は甘ったるいラブソングが大好きなシンガーソングライター志望の青年なのだが,残念ながらその方面の才能は持ち合わせていない模様で,いっぽうひょんなことから悪名高きデス・メタル・バンドのボーカルとして望んでもいない大成功を収めてしまい,心ならずも顔を白塗りにし額に「殺」と描き込んだステージ衣装で絶叫する日々である。可笑しいけど,考えようによっては,これは相当な悲劇である。
 最終話,人間として成長した主人公はデスメタルのカリスマとしての自分を受け入れようと決意し,憧れのヒロインの前にかのグロテスクなステージ衣装で現れる。「ずっと前から好きでした」。連載10巻に至るまで口にできなかった告白だ。ところが彼女は,まさかそれが主人公とは思わずに,私には好きな人がいるんです,と断る。どういうわけか彼女は,才能に欠けた気の弱い青年であるところの主人公が好きなのだ。「その人と一生にいると楽しいし,ありのままの自分でいられる」「その音楽がずっとうまく行かなくても一生応援したいと思ってる」 それがよもや自分のこととは気がつかない主人公は,憧れの彼女に恋人がいたのだと錯乱して「黙れ黙れ」と絶叫,股間をむき出しにし彼女の顔に押しつけるという過激なステージ・パフォーマンスに及び,「ヒャッハー」と叫びつつ夜の街を駆け去っていく。
 ラストシーン,いつものように過激なステージを繰り広げた青年が,楽屋で化粧を落とし素顔に戻る,その表情を見せずにぷっつりと暗転する。。。心が凍り付くようなラストシーンである。平均的読み手は20代前半の男性だと思うが,これ,どう受け取られているんですかね。

Bookcover 神は細部に宿るのよ(1) (ワイドKC Kiss) [a]
久世 番子 / 講談社 / 2010-08-11
衣服についてのコミックエッセイ。講談社の女性コミック誌「Kiss」連載。
 「霜降りグレーパーカ」を着ている人って異常に多いよね,というネタだけで5pもたせるのだが,その展開が面白い。まず,70年代の宇宙探査機パイオニアに人間の男女の全裸が描かれた金属板が搭載されたが,未知の宇宙人のためとはいえやはり服を着せておいたほうがよかったのではないか(ここまでで1p),その服としては霜降りグレーパーカが良いのではないか,という話をする(ここまでで3p)。なぜなら,もしスーツ姿の絵を載せてしまうと,「いよいよ明日地球に××星の友好使節団が到着します」「出迎えにはスーツ着用と政府の命令です」「えースーツなんて持ってないよー」「ママーぼくも出迎えに行きたいよ」ということになってしまう。これが霜降りグレーパーカならば「それなら持っている」「確か家にあったハズ」「っていうか今着てる」。。。さらには来訪した宇宙人に対する贈り物も,「友好の印に我が国の国民服を贈ります!」というわけで,ユニクロ1290円で済む次第だ(驚いた宇宙人が「ふつう西陣織とかくれるよね?」と呟いているのが可笑しい)。
 著者の久世さんは,BL系の雑誌で描いていたあまり売れないマンガ家だったが,書店でのアルバイト経験を綴ったエッセイコミックで一躍大ブレイクし,いまではこの作品のように本屋さんと関係ない作品も描く売れっ子となっている。この気楽なエッセイマンガを寝転がって楽しく読んでいても,ふと気がつくと,上記のような話題の膨らませ方は,やはりプロの仕事だよなあ,と感心する。逆にいうと,この著者における書店マンガに相当するブレイクスルーを得られないままのマンガ家たちが,その才能を発揮することなく,世の中に多数潜伏しているのかもしれない。

Bookcover 極道めし(6) (アクションコミックス) [a]
土山 しげる / 双葉社 / 2010-07-28

Bookcover ルミとマヤとその周辺(1) (KC KISS) [a]
ヤマザキ マリ / 講談社 / 2008-01-11

Bookcover 薄命少女 (アクションコミックス) [a]
あらい・まりこ / 双葉社 / 2010-06-28

Bookcover 大阪ハムレット(4) (アクションコミックス) [a]
森下 裕美 / 双葉社 / 2010-07-28
家族を描いた名作として世評の高いシリーズ。正直なところ,俺はあまり感心していなかったのだが,4巻目のこの本に収録された,フィリピン人女性が義母を看病するエピソードは,本当に素晴らしい。

Bookcover みんな! エスパーだよ!(1) (ヤンマガKCスペシャル) [a]
若杉 公徳 / 講談社 / 2010-07-29

Bookcover 星川銀座四丁目 (1) (まんがタイムKRコミックス つぼみシリーズ) [a]
玄鉄 絢 / 芳文社 / 2010-08-11

コミックス(-2010) - 読了:「デトロイト・メタル・シティ 10」ほか

2010年8月 2日 (月)

Bookcover 生きのびるための建築 [a]
石山 修武 / エヌティティ出版 / 2010-03-26
近所を散歩していると,なんだか怪しげな掘っ立て小屋のような住宅があって,垣根の隙間からのぞき込むと,敷地内の庭だか空き地だかに,四季折々の花が美しく咲いていたりする。しばらくしてから知ったのだが,それはある高名な建築家の有名な自宅なのだった。なんでもその先生はこの自宅で建築学会賞を取ったそうだから,きっと現代建築マニアの間では広く知られた代物なのだろう。
 一昨年,世田谷美術館でこの建築家の展覧会があった。その展示の内容は...ご自宅の模型を含め,なんというか,壮大な冗談というか,名をなした人にだけ許される幻視というか。この先生に設計を頼もうという施主のほうが偉いよねえ,と途方に暮れて眺めていたら,その展示室の片隅に机やらパソコンやらがあり,院生らしき若者もいて,なんでも展示期間中は先生の研究室ごと美術館に移転しており,会期中先生は希望者に対して夜の美術館で講義をなさる由であった。その石山先生という方,どんな偉丈夫かと想像を膨らませていたら,不意に「先生」と呼びかける声がある。見ると,俺の隣で所在なげにうろうろしていた貧相な初老の男こそが,かの石山先生その人なのであった。近所ですれ違っても絶対にわからない。
 というわけで,先生のお仕事については残念ながらからっきし理解できないわけだが,その際に美術館で行った講義をまとめたこの本は,講義録というフォーマットのせいか,門外漢の俺にも大変面白かった。

 内容をメモしておきたいのだけれど,なんだかめんどくさくなってきてしまった。。。この本に関しては,自分だけが密かに面白がっているということで,ま,よしとしようか。

ノンフィクション(-2010) - 読了:「生きのびるための建築」

2010年8月 1日 (日)

Bookcover シリーズ 日本のドキュメンタリー (全5巻) 第1回 第1巻 ドキュメンタリーの魅力 [a]
佐藤 忠男,吉岡 忍,森 まゆみ,池内 了,堀田 泰寛,小泉 修吉,矢野 和之,佐藤 博昭 / 岩波書店 / 2009-10-06

Bookcover 他者の苦痛へのまなざし [a]
スーザン ソンタグ / みすず書房 / 2003-07

Bookcover 日本の路地を旅する [a]
上原 善広 / 文藝春秋 / 2009-12-15

Bookcover オリエンタリズム〈上〉 (平凡社ライブラリー) [a]
エドワード・W. サイード / 平凡社 / 1993-06

ノンフィクション(-2010) - 読了:「他者の苦痛へのまなざし」ほか

Bookcover 外務省革新派 (中公新書) [a]
戸部 良一 / 中央公論新社 / 2010-06-25
東京裁判でA級戦犯として起訴された外交官・白鳥敏夫を中心に,30~40年代の皇道主義的若手外交官たちを描く。戦中を描いた小説や映画では,たいていの場合外交官は親英米的な良識派として描かれることが多いので,この本は新鮮であった。革新派官僚のなかにはのちの米大使・牛場信彦の名前もある。

日本近現代史 - 読了:「外務省革新派」

Bookcover さよならもいわずに (ビームコミックス) [a]
上野 顕太郎 / エンターブレイン / 2010-07-24
前衛的ギャグで知られるマンガ家さんがシリアスに描いた,妻の死を巡る私マンガ。

Bookcover イムリ 8 (ビームコミックス) [a]
三宅 乱丈 / エンターブレイン / 2010-07-24

Bookcover ベル デアボリカ 1 (ASAHIコミックス) (あさひコミックス) [a]
坂田 靖子 / 朝日新聞出版 / 2010-06-04

コミックス(-2010) - 読了:「さよならもいわずに」ほか

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