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2011年6月15日 (水)
前の勤務先で働き始めてしばらく経った頃、新しいサービスの利用経験者がそのリリース日から徐々に増加する、というようなことについて調べる消費者調査を手伝ったことがあって、利用経験者の増加が描く曲線はなにかの理屈で説明したり予測したりできるんじゃないか、どう思いますか、という話になった。ナントカモデルを使えばいいんじゃない、と電話会議装置ごしに誰かが云うのが聞こえたのだが、英語だったせいもあって聞き取れず、いちいち聞き返すのも恥ずかしい。そうですね、考えてみます、と平然と安請け合いした。
で、横軸に時間、縦軸に経験者数をとればどうせS字型になるだろうから、ロジスティック関数でも当てはめようか、それとも治癒率・致死率ゼロな伝染病の感染だと思えばいいか... とあれこれ考えていて、試しに本を調べてみたら、なんのことはない、ちゃんとモデルがあるではないか。マーケティングの世界では常識に属する話らしい。知りませんよ、そんなの。
新製品の上市からの時間 t を横軸、購入経験者数 N(t) を縦軸にとった曲線について考える。天井をN*、時点 t に未購入者が購入者に転じる率を g(t) とすると、まだ買っていない人は N*-N(t) 人だから、時点 t での新規購入者数は n(t) = g(t) [N*-N(t)] となる。ここまではまあ、思いつく話だ。
で、この g(t) を定数とみる手もあれば、「みーんな持ってるよ、ねえ買ってよお母さん」を念頭に、購入経験者の割合 N(t)/N* に比例して速くなると考える手もあるだろう。そこで、欲張ってこの二つを足し合わせ、g(t) = P + Q[N(t)/N*] と考える。うまくしたもので、曲線 N(t) はS字型の関数になるし、パラメータの推定も容易だ(n(t)はN(t)の二次式になる)。なんといっても、単に適当なS字型関数を当てはめるのとちがい、パラメータの意味を解釈することができるところが良い。Pは周囲と関係なく購入する程度だからinnovation係数、Qは周囲につられて購入する程度だからimitation係数という。提案者の名前を取ってこれをBassモデルという由。やるなあBassくん、君はなかなか頭がいいぞ。
Chandrasekaran, D. & Tellis, G.J. (2007) A critical review of marketing research on diffusion of new products. in Malhotra, N.K. (ed), "Review of Marketing Research," vol. 3, 39-80.
新製品普及モデルのレビュー。仕事の都合で読んだ。
著者らによれば、Bassモデルに美点は多々あれど、以下の欠点もある。まずモデリング自体についていえば、
- 価格や広告のようなマーケティング変数や、供給側の制約を、直接にモデルに含めていない。
- 製品カテゴリ自体の変化を扱うことができない。
- たいていの実用場面では、初回購入に限定した売上データは手に入らないし、上市直後のデータも手に入らないことが多い。
どの点についても、モデル拡張の提案が山のようにある。なんと、初回購入でない売上が含まれたデータもBassモデルの拡張でどうにかしちゃおうとする提案があるのだそうだ。耐久財の買い替えを含めたモデルは Kamakura & Balasubramanian(1987, J. Forecasting)、消費財のリピート購入を含めたモデルはHahn, et.al.(1994, Marketing Sci.)。
パラメータ推定の面では、
- 普及が急加速する時点(takeoff)と減速する時点(slowdown)の2時点がデータに含まれていないと、Bassモデルの当てはめはうまくいかない。しかしこの2時点こそマーケッターが予測したいことである。
- BassはパラメータをOLS推定したが、(1) N(t)とその二乗との相関は高いから、n(t)の回帰式にはマルチコが生じ、推定は不安定。(2) パラメータの標準誤差がわからない。(3)離散データで連続的モデルを推定する分、バイアスが生じる。
- データに新しい時点が追加されると、パラメータが大きく変わる。パラメータに実質的な解釈を与えているぶん、それってどうよ、という気持ちになる。
これも新提案が腐るほどある模様。非線形最小二乗法はもちろんのこと、たくさんの新製品の曲線を用意し一気に階層ベイズモデルを当てはめるとか、遺伝的アルゴリズムで推定するとか、増補型カルマンフィルタでほにゃららするとか(ナンダソレハ)。
いっぽう、Bassモデルとは別の系統の新製品普及モデルとして以下のものがある由。
- 新製品のaffordabilityに注目したモデル。売上を価格やら年収やらの積へと分解するコブ=ダグラス型モデルとか (裸足で逃げ出したい)。
- 個人レベルのモデル。マーケティング分野では以下の7つ:
- Robert&Urban(1988, Mngmnt Sci.): 新製品の主観効用をベイズ流に更新していくモデル。
- Oren & Schwartz(1988, J. Forecasting): リスクテイクするかどうかの選択モデル。リスク志向性に個人差がある。
- Chatterjee & Eliashberg (1990, Mngmnt Sci.): みんなリスク回避的だが、効用についての情報に個人差があるモデル。
- Bammor & Lee (2002, Mktg Sci.): 個人の受容時期の確率分布を考えるモデル。
- Song & Chintagunta(2003, Quantitative Mktg & Econ.): 将来の価格と品質レベルを考慮した行動のモデル。集団レベルのデータで推定できる。
- Sinha & Chandrashekaran (1992, JMR): 個人を群にわけて、群ごとに受容確率とタイミングを考えるモデル。
- Chandrashekaran & Sinha (1995, JMR): これも似たような感じ。
- メーカーや小売の戦略についてのモデル。
- 新製品普及の空間モデル。
- 映画やエンタメに特化したモデル。興味ないのでパス。
このほか、takeoff や slowdown が生じる時点のみに注目した研究もある由。slowdownのほうが研究の歴史が短い(「キャズム」とか「情報カスケード」とか)。この辺、面倒になってきたので流し読み。
論文の本筋も大変勉強になったが、注釈で紹介されていた画期的新製品の販売予測の話(Urban et.al., 1997, JMR)が一番面白かった。これはどうしても読まないといけない。
論文:マーケティング - 読了:Chandrasekaran & Tellis (2007) 新製品普及モデルレビュー