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2012年4月20日 (金)

Pauwels, K., Hanssens, D.M., Siddarth, S. (2002) The long-term effects of price promotions on category incidence, brand choice, and purchase quantity. Journal of Marketing Research, 39(4), 421-439.
 価格プロモーション(要するに値引きのことですね)の影響を、{カテゴリ購入、ブランド選択、購入数量}における{即時的、調整的、永続的}効果に分類し、この3x3=9マスの全てについてひとつの枠組みで検討いたします、という論文。ここで調整的効果というのは、値引き実施時に生じた変化が、値引き終了後に元のレベルに戻ったり、新しいレベルに落ち着いたりするまでに生じる効果を指している。従来のモデルではこの調整的効果と永続的効果を区別できていなかった由。

 値引きが即時的には売上にポジティブな効果をもたらすのはいいとして、調整的効果・永続的効果について考えると、著者らいわく、その背後にありそうなメカニズムは山ほどある。

 以上に基づき、著者らは値下げの調整的効果はカテゴリ購入についてポジティブ、ブランド選択についてネガティブだと予測している。うーん、前者のロジックがいまいちわからない。ポジティブなメカニズムもネガティブなメカニズムも想定できるし、どちらが勝つかわからないと思うんだけど。
 そんなこんなで、著者らは仮説として次の10個を挙げている:

  1. 即時的効果はポジティブであり、カテゴリ購入・購入数量よりもブランド選択において大きい。(Bell et al., 1999 Marketing Sci. による)
  2. 調整的効果は、カテゴリ購入についてはポジティブ、ブランド選択においてはネガティブである。(←上述の理屈による)
  3. 永続的効果は存在しない。(←えーっ、つまんないの)
  4. 全部合わせた効果は、カテゴリ購入・ブランド選択・購入数量の全てにおいてポジティブだ。
  5. 全部合わせた効果は、カテゴリ購入において一番大きい。
  6. 買い置き可能な製品では、全部合わせた効果はブランド選択においてよりも購入数量において大きい。
  7. 買い置き不能な製品では、全部合わせた効果は購入数量においてよりもブランド選択において大きい。
  8. 全部合わせた効果は、購入数量においては買い置き不能な製品よりも買い置き可能な製品のほうで大きく、カテゴリ購入・ブランド選択においては差がない。
  9. カテゴリ購入・ブランド選択・購入数量のいずれにおいても、効果は四半期(13週)以内に消える。(←永続的でないという主旨)
  10. 調整的効果の期間は買い置き可能な製品において長い。

 Journal of Marketing ResearchやJournal of Consumer Researchの論文や、マーケティング系の消費者行動研究の発表を聞いていて、何度か不思議に思ったことがあるのだが、この分野の研究者の方は、なぜか執拗なまでに仮説検証型研究の論述スタイルに従い、仮説H1, H2, ...をインデントしてリストアップしたがる傾向があるように思う。よくよく読むと、仮説を導出するロジックがあいまいだったり、仮説そのものが定性的だったりして(まさにこの論文がそうだ)、むしろ作業仮説を踏まえた探索研究という感じなのだから、H1, H2だなんて堅苦しい書き方をしなくてもいいんじゃないかと思うのだが。こういう書き方については、心理学の基礎研究のほうがかえって自由であるように思う。もしかすると、消費者行動研究のほうがrigidな方法論から遠い(と思われてんじゃないかしらと研究者が気にしている)ぶんだけ、スタイルにはこだわる、というような歴史的いきさつがあるのかもしれない。

 それはまあどうでもいいや。問題は分析手続きである。バリバリの経済時系列分析。苦手分野なので、読み通すのが大変だった。
 ホーム・スキャン・データを使っているにも関わらず、世帯レベルではなく店舗レベルの時系列データを分析している。2年3ヶ月間のデータを用い、スープ缶(買い置き可能)とヨーグルト(買い置き不能)の購買記録を、店舗xブランド別に集計する。スープ缶について4店舗(各店舗について3ブランド、延べ12ブランド)、ヨーグルトについて3店舗(各店舗について5~6ブランド、延べ17ブランド)に注目し、週ごとに、カテゴリ購入者数、ブランド選択率(指標としてシェア/(1-シェア)を使っている)、購入者あたり平均購入数量を算出する。えーと、全部で29x3本の多変量時系列だ。
 分析を3つのステップに分ける。ステップ1では、個々の時系列について、それが定常かどうかを片っ端から単位根検定(ADF検定)で検討する。いくつか有意にならなかった時系列があるのだが、個々にケチをつけて分析から除外し、すべて定常ですと結論する(仮説3を支持)。なお価格の時系列も、缶スープはトレンド定常、ヨーグルトは(新製品参入による影響をダミー変数で説明すれば)定常だったそうだ。
 ステップ2では、カテゴリx店舗xブランド別に二次のベクトル自己回帰(VAR)モデルを構築する。たとえばスープ缶、店舗1、ブランド1については、{カテゴリ購入者数、ブランド1選択率、ブランド1購入数量、ブランド1価格、ブランド2価格、ブランド3価格} の6つが内生変数、各ブランドのfeature有無とdisplay有無(なんて訳せばいいんだろう)が外生変数。価格を内生変数にしているのにはびっくりしたが、競合の反応やパフォーマンス・フィードバックをモデルにいれようとしているわけだ。
 ステップ3では、構築したVARモデルから、当該ブランドの価格をいきなり1SDだけ下げたときになにが起きるかを表すインパルス反応関数を導出する。ここの手順は難しくて理解できなかった。えーと、その結果、即時的効果は3つの指標ですべてポジティブ、弾力性はブランド選択でもっとも高かった(仮説1を支持)。調整的効果はだいたい2週間くらい続き(仮説9を支持)、購入数量における効果はスープ缶で長かった(仮説10を支持)。弾力性はカテゴリ購入についてはポジティブ、ブランド選択についてはネガティブ(仮説2を支持)。即時的効果と調整的効果を合計すると、どの指標でもだいたいポジティブで(仮説4を支持)、3つの指標における弾力性を比に直すとスープでは66:11:23、ヨーグルトでは58:39:3 (仮説5,6,7を支持)。スープ缶のほうが購入数量の弾力性が高かった(仮説8を支持)。云々。
 ご丁寧にも、同じデータに世帯レベルのモデルを当てはめ、推定された弾力性を比較したりしている。面倒なので省略。

 上記のメモは全部読み通してからまとめたのだが、論文は手法と結果をこれまたrigidに分けて説明していて、手法のところには「もし時系列が定常でなかったら共和分分析で長期均衡が存在するかどうか調べなきゃ」とか「その際にはVARモデルではなくベクトル誤差修正モデルを構築しなきゃ」とか、エライ難しそうな話が書き連ねてあり、肝が冷えた。結果として定常だったから、結局VARモデルしか使っていないのだが。あー、怖かった、脅かさないでほしい。
 ともあれ、時系列データの分析手法について、とても勉強になった。しかし冷静になってみると、要するにこの論文は「ある店舗のあるブランドの売上の時系列は長期的には平均に収束する性質を持っていました、ゆえに、価格プロモーションには永続的効果がないものと思われます」と主張しているわけだ。ケチをつけるわけじゃないけど、ブランド価値を棄損しちゃったり内的参照価格を変えちゃったり競合を巻き込んじゃうような破壊的な値引きが、たまたまこの観察データ内になかった、ということに過ぎないのかもしれないですね。さらにシニカルにいえば、価格プロモーションの効果が総体としてポジティブであるという知見も、価格プロモーション自体の性質というより、観察した店舗とブランドに関して、関係者が価格プロモーションを上手く使ってた、という話かもしれない。著者らはマネジリアルな示唆として「実務家のみなさん、価格プロモーションも悪くないっすよ」と述べているのだが、あんまり真に受けるのもどうかと思った。

論文:マーケティング - 読了:Pauwels, Hanssens, & Siddarth (2002) 値引きの長期的功罪

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