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2012年9月19日 (水)

バタバタしている時には論文など読めないし,従ってメモも取れないが,不思議なもので,根を詰めて論文を読みあさっているときも,なにやら面倒に感じてメモをとれなくなる。これは何日か前に書きつけていたものだが,他に何を読んだのか思い出せない。困ったものだ。

Little, R. (2006) Calibrated Bayes: A Bayes/Frequentist roadmap. The American Statistician, 60(3), 213-223.
 良く知らないけど、著者は偉い人だと思う (Little & Rubin のLittleであろう)。Rubinたちは統計学での古典的な頻度主義アプローチとベイジアン・アプローチとを融合したcalibrated bayesianアプローチというのを唱えているのだそうで、それを紹介した論文。大会の招待講演が基になっているようで、変なイラストがついていたりして、楽しい。
 ここでいう頻度主義とは、未知パタメータΘについての仮説検定なり信頼区間なりを、反復抽出下での統計量の分布から引き出そうとする立場のこと。ベイジアンとは、データについてのなんらかのモデルとΘの事前分布に基づき、Θの事後分布についての推論をしようとする立場のことで、事前分布をどう基礎づけているかはこの際問わない。漸近的な最尤推論はベイジアンに分類される由(Θの区間を信頼区間ではなく信用区間として捉えているから)。
 著者いわく、たいていの統計学者はその場その場で役に立つほうのアプローチを採ればいいやと考えており、2つのアプローチに橋渡しをしようとは思っていない。でもアナタ、アプローチが2つあるということは誠に困ったことなのですよ、と著者は多数の事例を挙げて説得にかかる。たとえば平均の区間推定で、n=7 で標本平均が 1、SDが 1 だったとき、95%信頼区間は母分散未知として 1±0.92, 母分散 1.5 として 1±1.11 だが (ジェフリーズ事前分布を用いたベイズ信用区間もそうなる)、「母分散が1.5より大」であることが既知の場合、それを生かした信頼区間の求め方はわからない(ベイズ信用区間なら 1±1.45)... などなど。
 それぞれのアプローチの長所と短所を整理すると... 頻度主義アプローチの短所として以下の点が挙げられる:

  1. prescriptiveでない。たとえば「最小二乗の原理」というのは、推論手続きの特性評価をしてくれるだけで、推論システムそのものを一般的に提供してくれるわけではない。
  2. 不完全である。ベーレンス・フィッシャー問題を見よ(等分散性が仮定できない二群の平均の差の正確な信頼区間は求められない)。
  3. あいまいである。2x2クロス表の独立性の検定では、ピアソンのカイ二乗検定、イエーツ補正つき検定、フィッシャーの正確検定があって、使い分けに明確な合意がない。
  4. 尤度原理に反する(尤度が同じなら含まれている情報も同じだ、という原理に反する)。コインを投げて表が出る確率をΘとする。「12回投げる」実験で3回表が出たら、尤度は L ∝ Θ^3 (1-Θ)^3。「3回表が出るまで投げ続ける」実験が12回で済んだ場合、尤度はやっぱり L ∝ Θ^3 (1-Θ)^3。ところがΘ<1/2を対立仮説とした片側検定の正確 p 値は、前者と後者で異なる(前者は二項分布、後者は負の二項分布から求めるから。おおお、気づかなかったー)。

 いっぽうベイジアンアプローチの短所としては以下の点が挙げられる。なお、「確率の定義と事前分布の選択が主観的だ」というよくある批判に著者は同意しない(頻度主義アプローチだって場合によっては主観的だから)。

  1. モデル(尤度関数と事前分布)を完全に指定しないといけない。
  2. 提供される答えが多すぎる。つまり、事前分布次第で答えが大きく変わってしまう。
  3. モデルがまずいと答えもまずい。頻度主義アプローチの場合、特性の良い手続きを探すということがモデルの誤指定に対するある程度の予防となっているわけだが、ベイジアン・アプローチの場合、モデルを間違えたら一巻の終わりである。そしてモデルというものは、多かれ少なかれ常に間違っているものだ(ここで層別抽出についての簡単で面白い事例を紹介)。過激な主観ベイジアンならばそれも良しとするところだろうが、科学的推論に対するアプローチとしてはちょっと厳しい。それにそういう人たちだって、実際にはデータをこっそり覗き見してからモデルを決めてんじゃじゃないですかね、とのこと。ははは。

 さて、calibrated Bayesianとは... 頻度主義者はモデル形成と評価に強く、ベイジアンはモデル下での推論に強いんだから、両方をいいとこどりしましょう、というアプローチである。Box(1980)という人はこう定式化しているのだそうだ:
p (Y, Θ | M) = p (Y | M) p (Θ | Y, M)
右辺第2項のp (Θ | Y, M)、すなわちデータYとモデルMの下でのパラメータΘの事後分布が、パラメータ推論の基盤となる。第1項の p (Y | M) の検討、すなわちモデルMの下でのデータYの周辺分布の検討が、Mのチェックを意味する(ここで頻度主義の考え方が導入される)。この両方が大事なわけだ。
 といわれてもピンとこないけど、実例としては... 2x2クロス表の独立性の検定の場合、結局はベイズ信用区間を出すんだけど、ジェフリーズ事前分布を採用して良かったかどうかをフィッシャーの正確検定でチェックする (ええー???)。平均の区間推定の場合、結局はベイズ信用区間を求めるんだけど、ジェフリーズ事前分布を採用して標本分散の事後予測分布を出し、手元の標本分散が得られる確率がそれに照らして低すぎないか検定する(ええー???)。などなど。
 最後に、calibrated Bayesの立場からの統計教育への提言: 修士課程でベイズ統計を必修にしなさい。統計手法よりも統計モデリングを重視しなさい。モデル適合度の評価にもっと注意を向けなさい(フィッシャー流の有意性検定を含む)。

 実例のくだり,胡瓜の酢のものをクリームシチューにいれましょうなんて云われたような感じで、面食らったのだけど。。。要するに、基本的にはベイジアン、でも尤度関数と事前分布のチェックの際には頻度主義的アプローチもアリ、という立場であろう。

論文:データ解析(-2014) - 読了:Little (2006) 古典的統計学とベイズ統計学の折衷派宣言

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