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2013年2月 8日 (金)
ここんところ、問題Aについての資料を手当たり次第に集め、読み切らないうちに全く無関係な問題Bについての資料を手当たり次第に集め、読み切らないうちに... というドタバタの繰り返しであった。我ながら、なにやってんだろうかという感じだ。
Frank, D., Riedl, P. (2004) Theoretical fundation of contemporary qualitative market research. Forum Qualitative Sozialforschung. 5(2).
著者はドイツの市場調査会社の経営者で、大学でも教えている、という人。掲載誌はオンライン・ジャーナルで、どういう性質のものなのかわからない。ちょっと調べたいことがあって目を通した。その役には立たなかったけど、次に読むべきものがわかったので、良しとしよう。
著者いわく... 市場調査における定性調査には、ヨーロッパの人文主義的な分析を受け継ぐ人々と、観察と証拠に重きをおき心理学的専門性と技能に欠けるように思われるアメリカン・スタイルの人々が混在しており(←著者はドイツ人)、そのために、
定性調査の玉石混交なプロバイダーを見渡し提案の質を判断するのが難しくなっている。クライアントは、マーケット・リサーチの国内・国際組織の企業住所録をめくり、CLT会場を持っていますとか、伝統的なフル・サービスをご提供しておりますとか、定性調査に特化している会社ですとか、その他無数の『ワンマン・ショー(ないしワン・ウーマン・ショー)』をみつける羽目になる。どれもこれも、提供しているサービスは基本的にみな同じだというふりをしている。
だってさ。はっはっはー。
というわけで、各社のPR上の差別化の向こう側にある、定性調査におけるいくつかの"schools of thinking"とそのちがいについて解説しましょう、という論文。態度がでかくて楽しいぞ。
現代の定性調査の理論的基盤として、著者は5つ挙げている。
- ディヒター以来の、精神分析に由来するアプローチ。ぜんぜん一枚岩でないし、科学的基礎となりうるかどうか怪しいが、人間の行動を駆動する力に注目するというメリットはある。例として、
- アドラーに基づくモデル(Callebaut et al, 1998. ってのは、現Ipsos傘下のCensydiamの創立者ですね)。えーと、人のすべての行動は器官劣等性に由来する劣等感の補償を目指している。かつ存在の本質的な社会性は承認欲求をもたらす。とかなんとか。
- Heylen, Dawson & Sampson(1995, J. Market Res. Soc.)のモデルで、生物力動的(?)な内的世界と社会文化的な外的世界とをわけて考える。前者からくる動因は発散されるか抑制されるかで、後者からくるエネルギーは自我表出的モードで処理されるか社会承認的モードで処理されるかである。というわけで、すべての行動がマップされる2次元空間ができあがる。(この手のモデル、仕事でよく見かけるんだけど、論文があるのか... これは勉強になった)
- 神経生理学的なアプローチ、というか、その単純化されたやつ。小脳が承認欲求で、視床下部とかが地位の欲求で、とかなんとか、そういうの。
- 人類学的アプローチ。消費者行動はすべて文化に埋め込まれた人間行動の基本的パターンとつながっている。男がオフロードカーに載りたがるのは先祖の狩猟の名残だ、とか。政治とは石器時代のメンタリティのための領域だ、とか(これはアイブル=アイベスフェルトがいっているのだそうだ。まじですか)。
- 記号論的アプローチ。消費者ってのは文化的に作られた存在なのだから、消費者がなにを考えているか調べるより、消費者の背後にある文化的枠組みをデスクリサーチで調べたほうがよい。
- 形態論的アプローチ。60年代初頭のドイツでSalberという人がmorphological psychologyというのを唱えたのだそうだ。これは人間の精神をゲシュタルト形成と変換として捉える立場で、現象学、ゲシュタルト心理学、フロイト派を統合したもので、現代の心理学からみればアウトサイダーだが、ドイツの定性調査には影響がある由。この立場からすれば、定性調査の知見を定量的に検証する必要なんてない。ただ形態論的分析のみが現実を明らかにするのだ。消費者行動を価値とか態度とかで説明する必要などない。行動は精神と製品によって決まる。マーケティングとは消費者のゲシュタルト変換を支援する方向づけなのだ。とかなんとか。うわー、なんだこれ。。。著者いわく、古典的心理学が"personal cult"なら、これはこれで一方的な"product cult"だ、とのこと。
というわけで、いろんな立場があるが、広い視野でみれば共通点もある。
- 行動を社会・文化に埋め込まれたものとして捉える。そこでの基本的な選択肢は分離と統合である。
- 感情的過程と合理的過程は異なるものとだと捉える。
- 消費者行動を形成するエネルギー的な過程を決定しようとする。そこでは、活動性、価値、力量性の3次元が仮定される。オズグッド以来の伝統である。
- エネルギーの表現の可能性として、repressively internalな表現とexpressively externalな表現を仮定する。パーソナリティ心理学の伝統である(内向-外向ってやつ)。
- (形態論的アプローチを考慮すると) 心理学でいうところの人間-状況相互作用論に向かう方向性がある。
で、ここから著者らの統合的アプローチの説明になるのだが、雲をつかむような壮大な話なので、パス。なんでも、外的刺激に対してmeaning checkをし、それを通過した刺激に対してprobability checkをし、その結果として生じる行為がmeaning checkにフィードバックされるようなサイバネティック・モデルなのだそうだ。斜め読みだけど、まあとにかく一種の二重過程論なのであろう。最後に、著者らがお使いの独自手法の紹介。デプス・インタビューやFGIで、ブランドのマッピングをしてもらう際の手続きの話。この分野に疎いもので、どこが新しいのかちょっとわからなかった。
最後の独自手法の話、著者らの会社の日本法人で開発したとのこと。Global Dynamics Japanという社名だが、webで探しても見当たらない。畳んじゃったんでしょうか。
論文:マーケティング - 読了:Frank & Riedl (2004) 定性的マーケティング・リサーチの理論的基盤