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2013年7月18日 (木)
Simonson, I., Carmon, Z., O'Curry, S. (1994) Experimental evidence on the negative effect of product features and sales promotions on brand choice. Marketing Science, 13(1), 23-40.
製品になにか新しい特徴を付け加えれば(販促を含む)、その特徴がネガティブなものでない限り、売上は伸びこそすれ落ちはしないだろう。という常識に反論し、無害な特徴でさえ、それを追加したせいで売上が下がってしまうことがある、と主張する論文。著者らが持ち出す理屈は、晩年のTversky先生が唱えた reason-based choice 説である。
「無害だが不要な製品特徴の追加が売上を低下させる」現象に対する説明として、著者らは以下の6つを挙げる。
- 消費者推論説。「わざわざこんな特徴を付け加えないといけないからには、製品の質はきっと低かろう」と消費者が推論するから。
- Reason-based choice に基づく説明。購買者は、自分の選好について確実な知識を持っていない場合、自分が選んだ選択肢を自分が選んだ理由を探そうとする。そのため、
- 第一に、「不要な特徴は魅力の低い選択肢の目印になっていることが多いので、良く考えてみると価値の目印にはなっていないような特徴であっても、不要な特徴はその選択肢を選ばない筋の通った理由を提供するだろう」(because an unneeded feature is often an indicator of a less attractive alternative, it may provide a legitimate reason for rejection even when a closer examination could reveal that the particular feature is not a valid indicator of value.) (ううむ。こういう説明のしかただと、ライバルである消費者推論説とのちがいがあいまいになってしまうと思うのだが... reason-basedの本来の発想からいえば、unneeded featureとattractivenessとの経験的連関とは無関係に、ある属性が自分にとってirrelevantであることそれ自体がa legitimate reason for rejectionを提供するのではないかしらん...)
- 第二に、もし不要な特徴が追加された製品を買っちゃうと、「私はこのどうでもいい製品特徴のせいでこれを買っちゃったんじゃないかしら」という知覚が生じ、自己概念との不一致が生じる。
- 希釈化。不要な情報が製品評価において重要な情報を希釈化するから。なおこの希釈化効果については、かつてNisbett et al.(1981, Cog.Psy.)が代表性ヒューリスティクスの観点から説明していたのだが、その後の研究ではむしろ不要な属性情報からの推論によって生じる現象として説明されているのだそうだ(Tetlock&Boettger, 1989JPSP; Hilton&Fein,1989JPSP というのが挙げられている。語用論的推論ということかしらん?) そのため、この説明は消費者推論説に接近している。
- 平均化。製品のさまざまな特徴の値の平均がその製品の印象を形成するから。これ、記述的にはそうなのだが、説明としてはかなり弱い (詳細略)。
- 注意。不要な特徴が注意を惹いてしまい、他の特徴への注意が減るから。
- リアクタンス。不要な特徴の追加が消費者を操る戦術とみなされ反発を生むから。
実験は3つ。
実験1。被験者はサンフランシスコの科学ミュージアムにやってきた老若男女のお客さん。選択課題を4つ用意する。
- うち3問は、それぞれケーキミクス(Pillsbury, Lady Lee)、35mmフィルム(Agfa, Kodak)、CDプレイヤー(JVC, SounDesign)の2ブランドから欲しいほうを選ぶ課題。以下の2要因を被験者間操作する。
- 各ブランドへの不要なプレミアムの追加: {Aに不要なプレミアムを追加/Bに不要なプレミアムを追加/なし} の3水準。不要なプレミアムとは、たとえば「いまPillsburyのケーキミクスをお買い上げの方に限り、Pillsburyのコレクターズ・プレートを$6.19でご購入いただけます!」といったもの。なるほど、それは要らんわ。
- 各ブランドの品質表示: Consumer Reports誌の品質評価(100点満点)を全ブランドについて表示{する/しない}の2水準。著者らの意図としては、これで自分の選好についての被験者の確信の程度を操作しているわけである(別の実験で確認している)。それにしても、Consumer Reportsって信用されているんだなあ...
- 残りの1問は、「Emersonの新品のTV, $229」と「Emersonの新品のTV、たぶんワケあり、$129」からの強制選択。操作する要因は、{前者のサイドパネルにひっかき傷がある/後者のサイドパネルにひっかき傷がある/情報なし}の1要因3水準、被験者間操作。
結果は...
- 不要なプレミアムを追加すると選択率は低下する。→ 注目している現象を観察できたわけで、よかったよかった。
- 品質評価を提示すると低下の幅が小さくなる。→ reason-based choice説と一致している。
- TVのサイドパネルのキズは、通常品の選択率を下げ、ワケあり品の選択率を上げる。→ 平均化説への反証となっている。
- そのほか、選択理由の自由記述もちょっと調べている(略)。
実験2。被験者は実験1と同様。下記の2群に分ける。
- 評定群。「店舗AはPhillsburyのケーキミクスを$2.59で売ってます。となりの店舗Bでは、Phillsburyのケーキミクスをお皿付きで売ってます(価格提示なし)」と教示。価格を無視して、どちらの店が魅力的かを11件法評定。さらに、どちらで買っても差がないと思えるように、店舗Bでの価格を決めさせる。以上を、実験1で使った3カテゴリ(ケーキミクス、35mmフィルム、CDプレイヤー)についてそれぞれ行う。操作する要因は、ブランド(2水準)、価格提示がないのは店舗AかBか(2水準)。被験者間操作。
- 正当化群。実験1で使った3問の選択課題を提示し、「Aを選ぶことを自分なり他人なりに対して正当化するのはどのくらい難しいですか」「Aを選ぶことを他の人に批判されることはどのくらいありそうですか」と質問する。操作する要因は、プレミアム(3水準)、どちらを選択することについて評価させるか(2水準)。被験者間操作。
結果は...
- 評定群: プレミアムの有無で魅力も価格も変わらない人が多い。→ 全体として、平均化説・リアクタンス説と不一致。
- 正当化群: プレミアムがつくと正当化が困難になり、批判を受けやすそうになる。→ reason-based choice説と一致。
実験3。「要らない販促」じゃなくて「要らない製品特徴」を追加する。被験者は学生。課題は計5問。まず、{腕時計、計算機、CDプレイヤー}について各1問。2つのブランドを価格と説明つきで提示し、選択させる。さらに、{歯の保険、ビデオカセットレコーダー}について各1問。ブランド名はないが、2つの選択肢を提示し、特徴を細かく説明する。2つの選択肢のうち片方に、おそらくはたいていの人にとって不要であろう特徴が付与されている(「2つの時間帯を同時に表示できる腕時計」とか)。で、正当化の必要性(2水準)を被験者間で操作する。低群では、「回答は秘密にされます」と教示し無記名で回答させる。高群では、「あなたたちの消費者としての効率性を調べる調査です」「あとで選択の理由について質問するかもしれませんのでよろしく」などと散々脅したうえで記名回答。
結果は実験1を再現。不要な特徴の追加は選択率を下げる。正当化の必要性が高いと低下の幅は大きくなる(→reason-based choice説を支持、注意説への反証となっている)。自由記述も調べてるけど、省略。
関連した話題について:
- この論文の問題と良く似た話として、製品の過度の複雑さがもたらす悪影響という問題があるが、著者いわく、この実験で追加した「不要な特徴」は製品を複雑にはしていない(ただし実験3はちょっと怪しいが)、とのこと。
- Hoch & Deighton (1989, J. Mktg)は、消費者にとってどうでもいい特徴を追加することでブランドの魅力が増す、と指摘している。でもそれは、たとえば「本物のアメリカビール」とか「森で育ったコーヒー豆」といった、差別的ではあるがあいまいで反証不能な特徴の話である。いっぽう本研究は、あきらかに不要である特徴を追加した場合の話である。なるほど。とはいえ著者らは、この違いは特徴の信頼性が低いときには明確でなくなる、と指摘し、Finesseというシャンプーのこんなコピーを例に挙げている: "self-adjusts to the changing needs of your hair." うまく訳せないけど、なるほど、不要であいまいで信頼のおけない訴求だ...
振り返ると、「不要な製品特徴の追加による売上低下」という現象に対する多様な対抗説明のうち、この研究で上手く叩けているのは、注意説、平均化説、リアクタンス説という小者たちであり、最大の強敵・消費者推論説に対する直接的な反証は提供できていないように思う。その点がこの論文のひとつの焦点になると思うのだが、著者らの説明は、「消費者推論が働く場面があることも否定しないが、それだけでは説明できない現象がある。現にこの実験の課題は、もともと消費者推論説ではうまく説明できないよね」というものである。たとえば「Pillsbury社はお皿を提供しているぞ、きっとそのためにケーキミクスの品質を下げたり価格を上げたりしているにちがいない」と勘繰る消費者はそうそういそうにないでしょう? という理屈である。うーん、そうかなあ。「Pillsbury社がお皿を提供しているのは、きっとそうでもしないと売れないからで、利益を削ってでも在庫を処分しようとしているのだろう」といった推論は、十分にありうると思うのだが。
考えるに、ある現象を支えるメカニズムが複数個あってもちっとも不思議じゃないわけで、reason-base choiceというヒューリスティック的な処理が走ることもあれば、消費者推論というもっと認知資源を食う処理が走ることもあるだろう。こういう実験研究ではどっちかを推さなくてはいけないわけだけど、読み手の側としては、どっちが正しいかと問うよりも、どんなときにどっちがどうなるか、と問うほうが生産的だという気がする。
というわけで、面白い論文でした。マーケターへの実務的な示唆がシンプルかつ強力であるところも面白い。セグメントAに刺さる訴求は、それが刺さらないセグメントBの消費者にとっては、合理的に考えれば自分にとってどうでもいい訴求なのに、なぜかネガティブになるかもしれないのだ。
論文:マーケティング - Simonson, Carmon, O'Curry (1994) どうでもいいプロモーションや製品属性が害をなすとき