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2014年3月 5日 (水)
消費者行動論の教科書をめくると、かつて精神分析の影響を受け、深層的動機づけによって消費者行動を理解しようという立場がありました、しかしやがて廃れました。というような記述がみつかる。しかし面白いことに、市場調査の周辺で働いてみてわかったのは、そういう深層心理学的(ないし、疑似-深層心理学的)な消費者理解の枠組みが、案外な規模のビジネスになっている、ということである。
調査会社のなかには、深層的動機づけのなんらかのモデルに基づき、調査手法を体系化しパッケージとして提供しているところもある。TNS(Kantar Group)が提供するNeedScopeと、Ipsosが提供するCensydiamが有名であろう。どちらも、あらゆる消費者行動の背後にある潜在的動機づけを二次元空間で理解するという枠組みに基づき、定性・定量両面での豊富な調査方法論を提供している。好き嫌いはありましょうが、こういうソリューションを提供できるのは、さすがグローバル・ファームだと思いますです。
それにしても、ああいったソリューションで想定されている二次元空間って、いったいどういう背景から生まれてきたものなのだろうか? ... という疑問を抱いてはや数年。紆余曲折あって、ついに下記の文献を発見したはいいものの、今度は入手の方法がなくて...
Heylen, J.P., Dawson, B., Sampson, P. (1995) An implicit model of consumer behavior. Journal of the Market Research Society, 37(1), 51-67.
散々苦労してようやくコピーを手に入れた。この雑誌、泡沫誌ではないはずだが(IJMRの継承前誌)、電子サービスが閉鎖的なのである。
論文といっても著者らは実務家で、要するにこの分野はアカデミックな消費者研究と少し離れているということであろう。Webであれこれ調べた結果、第一著者のHeylenはヨーロッパ出身、ニュージーランドで市場調査の専門家として活躍。90年代にはHeylen Research Centreという会社を経営していたが、1994年に清算したらしい。HeylenさんはIMPSYSという定性調査ソリューションを開発、NFOという調査会社にライセンス提供していたようだが、2003年にNFOはTNSに買収され、2008年にTNSはWPP傘下のKantar Groupに買収される。さて、1994年にはニュージーランドのFocusという会社(現存する)がNeedscopeを開発、どこかの段階でTNSに売却かライセンス提供したらしいのだが、2004年の記事によれば、TNSはNeedscopeとIMPSYSを併合して販売するとあるから、結局IMPSYSはNeedScopeの前身ということになりそうだ(間違っていたら申し訳ないです)。この論文のなかの図にはIMPMAPという商標がついているが、IMPSYSとの関係はよくわからない。なお、Heylenさんは2003年のインタビュー記事があるし、Heylen Internationalという会社は現存している模様。
著者らいわく:
消費者のニーズと行動の基本的ダイナミクスを構成するのは、生得的で潜在的な内的エネルギーである(←言い切ってる!いとも軽々と!!)。その同定と理解こそが、マーケット・リサーチがもっとも優先すべきことなのだ。ところが、その発見のために定性リサーチャーが行ってきた手法は体系的・客観的・科学的基盤を欠いている。
そこでThe Implicit modelを提案する。このモデルによれば、すべての消費者行動は生得的な生物エネルギー原理、フロイトのいうリビドーに起因する。意識下において、この原理と発達を通じて獲得された社会化との間の緊張が生じる。この緊張が適応的フィルターを通って、情緒的反応(イメージとか)、行動(購買とか選好とか)、認知的反応(信念とか価値とか)、の3つのかたちで発現する。
意識下の生物力動的動因は、表出・外化されるか、抑圧・内化されるかのどちらかである。また外化・内化を問わず、それは能動的・自己主張的なモードをとるか、受容的・社会親和的なモードをとるかのいずれかである。というわけで、あらゆる行動がそこに含まれる2次元空間を考えることができる。縦軸は生物学的次元(北が表出, 南が抑圧)、横軸は社会的次元(西が能動的, 東が受容的)である。
この空間をピザみたいに8分割し、名前をつける。北から時計回りに、extroverted, warm, affiliative, subdued, introverted, cool, assertive, energeticである。
この枠組みにしたがって、投影法のような定性的データ収集を体系化できる。定量的データ収集も体系化できる。
このシステムは神経解剖学とも関係していて... (なんだか読んでて切なくなっちゃうので省略。諸行無常の響きあり。まあとにかく、大脳皮質だけが脳じゃない、というようなごくごく大雑把な話)
ようやく現実的な話になりまして...
すべての製品カテゴリについて、「理想のブランドの位置」も現実のブランドもコンセプトもパッケージも名前も広告も、はたまた属性セットも、この8つの領域からなる潜在的空間に位置づけることができる。ただし、そのためにはカテゴリごとの再解釈が必要である。たとえばビールのベネフィットならこんな感じ。
- extraverted → リフレッシュ
- warm → 楽しみ
- affiliative → 伝統
- subdued → リラックス
- introverted → 補償
- cool → コントロール
- assertive → 近代性
- energetic → 刺激
この空間は、カテゴリを問わず一定、また製品開発プロセスのフェイズを問わず一定なので、便利である。
定性的データ収集は投影法で行う。道具として、ascription sets(ヒトの顔写真)、gratification sets(絵のセットらしい)、animation set(動物や架空世界の絵らしい)を用いる。定量的データ収集にもこれらの道具を用いる。
定性調査での解釈はこのモデルのダイナミクスの完全な理解を必要とする。定量調査の分析アルゴリズムは我々が開発済みである。
云々。
えーっと、その、。。。
論文というより営業資料に近い内容だが、いやいや、文句を言ってはいけない、こういうドキュメントを残してくれただけでありがたい。発想がわかって勉強になりました。
まあ、とにかく!こういう普遍的な概念枠組みを持っているというのは立派である。それに、あらゆる製品カテゴリで余人に代えがたい洞察を発揮する口八丁手八丁のスーパースター的リサーチャーが所長をやっていても、リサーチ・ファーム全体の消費者理解の質が上がるとはいえないわけで、大事なのは方法論の体系化である。その意味で、モチベーションというレベルにおいて消費者理解のための共通言語を作ろうとするこういう発想は素晴らしいし、そこにこそ有用性があるのだと思う次第である。たとえ2軸に納得できなくとも、たとえ8領域に納得できなくても。たとえ「すべての消費者行動は生得的エネルギーに基づく」と無根拠に言い切られようが、たとえリビドーがどうこうという反証不能な理屈を持ち出されようが。たとえ「縦軸はゾロアスター教、横軸はアメリカ・インディアンの聖なる教えに由来します」と云われようが。(すいません冗談です)
論文:マーケティング - 読了: Heylen et al. (1995) 消費者モチベーションの空間モデル