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2014年8月29日 (金)

Ishihara, M. & Ching, A. (2012) Dynamic Demand for New and Used Durable Goods without Physical Depreciation: The Case of Japanese Video Games. Working Paper, Rotman School of Management, December 15, 2012.
 ちょっときっかけがあって目を通した論文。ほとんどの部分をすっ飛ばしてめくったのだが(すみません)、正直、圧倒的な知識不足のせいで、8割くらいは理解できない感じだ。8割っていうと、10行に8行は墨塗りされている状態ですからね。敗戦直後の教科書よりすごいぞ。

 CD・DVDとかビデオゲームとかは、中古品の市場のせいでメーカーの利益が低下してるんじゃないか(代替効果)という見方と、消費者は先々に売ることを見越して買うから新品の売上はむしろ伸びてんじゃないか(転売効果)という見方があるんだそうだ。面白いっすね。
 というわけで、消費者の新品・中古品の売買についてのモデルを組む。といっても、日頃おなじみの、個人レベルの購買行動データなり調査データなりコーザルデータなりを組み合わせてSEMのモデルを組みましたという牧歌的な話ではなく、まず個人の最適行動の動的モデルをも・の・す・ご・お・く苦労して作り、最後にパラメータを累積レベルのデータから推定する... なんというか、そういう大変難しい奴である。

 消費者をi, ゲームのタイトルをg, 時点をtとする。t=1が発売時点で、当然ながら消費者はタイトルgを持ってないし、中古品も売られていない。
 ある時点において、ある消費者は、あるタイトルについての決定を行う。その時点でそのタイトルを持っていない消費者の決定を j = {0,1,2} で表す。0は「買わない」、1は「新品を買う」、2は「中古品を買う」である。持っている消費者の決定を k = {0, 1} であらわす。0は「売らない」, 1は「売る」である。
 あるタイトルを売った消費者はそのタイトルの市場から消える。また、あるタイトルの市場は t = T において閉鎖される (実際、チャートをみると、ゲームというのは発売した週にどかんと売れ、急激に下がって、発売10週くらいで全然売れなくなるらしい。おそろしい世界だ...)。
 添え字を省略して、新品の価格をp_1、中古品の価格をp_2、中古の引取価格をrとする。業者の中古品在庫量をY、購入からの経過時間を \tau とする。えーと、需要と供給にunobserved shockがあると考え、新品需要で\xi_1, 中古需要で\xi_2, 中古供給で\xi_sとする。そのタイトルが発売されてから発売されたゲームのタイトル数をCとする。
 消費者は各時点で割引期待効用を最大化するように決定すると考える。

 ある時点でのあるタイトルの効用とはなにか。
 時点 t において手持ちのタイトル g から引き出せる主観的価値を v^g (t, \tau)とする。つまり、価値はタイトルの特徴、発売からの時間、購入からの時間で決まり、新品で買ったか中古で買ったかとは無関係だ、というわけである。個人差も無視する。
 v^g (t, \tau)をどう定式化するか。発売時点で買ったときの価値を v^g(1, 0) = \gamma^g とする。で、購入が遅れるごとに目減りすると考える。割引率を\varphi(t)として、v^g(t+1, 0) = (1 - \varphi(t)) v^g(t, 0)。
 割引率についてはこう考える(論文にはもっとかっこよく書いてあるけど、私向けに平たく書き直します)。まず発売の翌時点については、
 \varphi(1) = logit^{-1} (\phi_1)
それ以降は
 \varphi(t) = logit^{-1} (\phi_2 + \phi_3 ln(t-1))
logitの逆関数 (すなわち exp(x) / {1+exp(x)}) で変換しているのは、要するに0から1の間に落としたいからであろう。発売の次の時点だけ特別扱いしているのは、実際にゲームの売り上げって発売から少したつと売上ががた落ちするから。
 次に、持っている期間による目減り。割引率を\kappa(X_{g\tau})として、
 \kappa(X_{g\tau}) = logit^{-1} X'_{gr} \delta
X'_{gr}は製品特性のベクトルで、具体的には、ゲームが物語に基づいているか、マルチプレーヤーか、批評家の平均評価、ユーザの平均評価、そして\tau そのものであるとのこと。

 買いの決定によってその時点に得られる効用 u^g_{ijt} について考えよう。

なお、誤差項\epsilon^g_{ijt}は極値分布に従うと考え(あとでロジットモデルに入れる気だからでしょうか)、消費者と時点を通じてはIIDだけど、選択肢 j を通じては相関があると考える。ええと、まず買うか買わないか決めて、次に新品か中古か決める、というネステッド・ロジットの形にするそうです。詳細略。

 さあ、今度はもっているタイトルの効用だ!くじけるな!
 購入から \tau 経過した手持ちタイトル g から得られる当期の効用 w^g_{ikt}(\tau) について考える。

なお、誤差項e^g_{ikt}はIIDに極値分布に従う。

 以下、添字g は適宜省略する。
 ここまではある時点の効用である。でもややこしいことに、消費者は決定にあたって先読みするので、その価値を考えないといけない。さあ、深呼吸して...
 まず売りの決定から。関係するパラメータは引取価格 r_t, 在庫量 Y_t, 供給ショック \xi_{st}, 時点 t , 保有期間 \tau だ。これをベクトル s_{t, \tau} にまとめる。
 選択肢 k の価値を W_{ik} (s_{t, \tau})とする。で、"the integrated value function(or Emax function)" をW_i (s_{t, \tau})とする。なんと訳すのかわからないが、「売る」(k=1)ことの価値と「いまは売らない」(k=0)ことの価値をひっくるめたもの、というような意味合いらしい。素養がなくてわからないが(ベルマン方程式というそうだ)、結局
 W_i (s_{t, \tau}) = ln {\sum_k W_{ik} (s_{t, \tau})}
となる由。要するに合計みたいなもんだろう。わかりました、信じます。

あああ、気が狂う。まあとにかく、これでそれぞれの選択肢の価値がわかった。選択確率はふつうの選択モデルみたいに、
 Pr (k | s_{t, \tau}; i) = exp(W_{ik} (s_{t, \tau})) / (分子の和)
 とする。

 買いの決定。パラメータは新品価格 p_{1t}, 中古価格 p_{2t}, 引取価格 r_t, 在庫量 Y_t, 競合量 C_t, 需要ショック(\xi_{1t}, \xi_{2t}), 時点 t。これをベクトル b_t にまとめる。"integrated value function"を V_i(b_t), 各選択肢の価値を V_{ij}(b_t)とする。今回も
 V_i(b_t) = ln {\sum_j exp(V_{ij}(b_t))}
となる。よくわかんないけど、はい、信じます。

選択確率は、3択の選択モデルではなく、まず買うか買わないか決める、次に新品か中古か決める、という2段階の選択と考える。ややこしいので略。

 最後に、売上のモデル化。
 消費者がタイプ1, 2, ..., l に分かれていると考える。タイプlの割合を\psi_lとする。タイプlのまだ買っていない消費者のサイズをM^d_{lt}とする。これは各期の購入率Pr(1|b_t; l)+Pr(2|b_t; l)ぶんだけ目減りしていくんだけど、同時に市場が大きくなって新規参入する人もいるとする。市場への新規参入者はタイプ別割合\psi_lを守って各タイプに参入してくるものとする。そのサイズをN_{lt+1}とする。結局
 M^d_{lt+1} = M^d_{lt}(1-\sum_{j=1}^2 Pr(j|b_t; l)) + N_{lt+1}
 タイプlの所有者の、所有期間別のサイズを M^s_{lt}(\tau)とする。まず \tau=1の場合。非所有者に購入確率をかければ良い。すなわち
 M^s_{lt+1}(1) = M^d_{lt} \sum_{j=1}^2 Pr(j|bt; l)
\tau>1になると、これが徐々に目減りしていく。あっ、そうか... tではなく\tauについて考えているからそうなるんだ。頭いいなあ。
 M^s_{lt+1}(\tau) = M^s_{lt}(\tau-1) Pr(k=0 | s_{t, \tau-1}; l)
 というわけで、時点 t における新品・中古品の需要は、上のM^dに購入確率をかけ、タイプを通じて足し上げ、誤差をつけたものになる。いちおうメモしとくと
 Q^d_j (bt) = \sum_l M^d_{lt} Pr(j, b_t; l) + \epsilon_{jt}
 うわー、ほんとに累積レベルの売上にたどり着いてしまった。魔法を見ているようだ。

 データ。2004-2008年に日本で発売された20個のビデオゲームに注目。各タイトルの新品・中古価格の売買数量などなどを、週刊ファミ通のバックナンバーなどから収集。ゲームとは縁がないので見当がつかなかったんだけど、平均価格は新品7600円くらい、中古品4500円くらい、買上価格は2800円くらい、中古品の売上数量は新品の1割くらい、だそうだ。へええ、本とはずいぶん違うんだなあ。古本屋さんが7600円の本を2800円で引き取ってくれることはなさそうだ。

 推定方法はパス(読んだところで理解できそうにない)。推定結果もパス(すいません、力尽きました)。結論によれば、新品と中古品にはあんまり代替性がないことがわかったんだそうです。いっぽう転売効果はあって、だから単純に中古品取引を禁止しちゃうとメーカーの利益も下がりかねない由。

 マーケティングサイエンスにおける構造推定アプローチ(っていうんでしょうか?)ってどんなものなのか、という好奇心から手に取ったのだが、仕事に生かせるかどうか別にして、モデリングの発想がとても面白かった。商品間の選択はモデル化せず、個別の商品のことだけ考え、新品を買う、中古を買う、買わない、売る、売らない...という決定の合理的なモデルを時間軸に沿って考えていくのだ。ほとんど魔法を見ているようであった。経済学者の先生って、物事をこういう風に考えるのか-。すげーなー。

論文:マーケティング - 読了: Ishihara & Ching (2012) ビデオゲームの動的需要モデル

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