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2014年12月 3日 (水)
Van den Bergh, B., Schmitt, J., Warlop, L. (2011) Embodied Myopia. Journal of Marketing Research, 48(6), 1033-1044.
第一著者はエラスムス大のビジネススクールの先生だが、JEP:LMCやPSPBに論文があるガチの心理学者。タイトルはマーケティング分野で有名な"Marketing Myopia"を意識したものであろう。
腕の屈伸が時間選好に与える影響を示します、という論文。
まずは身体化された認知(embodied cognition)について説明。
身体運動は感覚・思考に影響する(Barsolou 2008 Ann.Rev.Psych., Niedenthal 2007 Sci., Niedenthal et al. 2005 PSPR)。消費者行動分野の先行研究:うなずきが製品への態度を変える(Tom et al, 1991 Basic&Applied Soc.Psych.)、手足を伸ばすと金融面でリスク志向になる(Carney, Cuddy, Yap 2010 Psych.Sci.)、こぶしを握ると利他的になる(Hung & Labroo 2001 JCR)、硬い椅子に座ると商談での柔軟性が減る(Ackerman, Nocera, & Bargh 2010 Sci.)。
その説明として、経験を通じて動作とその結果のあいだに高次な連合が生じるという説がある(Cacioppo, Priester, Berntson 1993 JPSP)。たとえば腕を曲げる動作は欲しいモノの獲得と連合し、腕を伸ばす動作は要らないモノの拒否と連合する、というわけだ。腕の動作と認知の関連については実証研究もある:消費(Forster 2003 Euro.J.Soc.Psych.), 態度(Forster 2004 JCR)、問題解決の創造性(Friedman & Forster 2000 JPSP, 2002 JESP)、概念的な注意の範囲(Forster et al., 2006 JESP)、長期記憶からの検索(Forster & Stack 1997 PMS, 1998 PMS)。
仮説。
その1、腕を曲げると選好がpresent-biasedになる。なぜなら:報酬は接近動機づけを高める。delay-of-gratifictionパラダイムを見よ[マシュマロ実験のことね]。子どもに、いますぐマシュマロを一つ食べるのと15分後に二つ食べるのとを選ばせる際、マシュマロが手に届くところにあると子どもは我慢できなくなる。この欲求はドメインを超えて生じる。性的刺激はキャンディーやソフトドリンクへの衝動性を引き起こすし(Van den Bergh et al. 2008 JCR)、美味しい飲み物を与えると食べ物以外の領域でもreward-seekingになる(Wadhwa, Shiv, Nowlis 2008 JMR)。[へー、そんな実験があるのか]。ってことは、腕を曲げると接近動機づけが高まり、報酬に関してpresent-biasedになるはずだ。具体的には、sooner&smallerな報酬への選好、(チョコレートケーキのような)悪徳的商品(vice)への選好が高まるはずだ。
その2、この効果は接近システム感受性にモデレートされる。なぜなら:マシュマロ実験で子どもが我慢できなくなるのはマシュマロの味を想像できちゃうからだ。これは (Loewenstein & Prelec のような) 効用の時間割引の一般原理では説明できない。Grayの強化感受性理論によれば、報酬への接近システム(BAS)と罰からの回避システム(BIS)は別物で、それぞれの感受性に個人差がある。BAS感受性が低ければマシュマロも我慢できるだろう。
その3、この効果は利き手のほうで大きい。なぜなら:腕を曲げることと獲得との関連は生得的ではなく、経験に基づく連合だから。
研究1A。笑っちゃうのだが、実験ではなくフィールド観察である。
巨大スーパーに出かけ、136人の来店客を勝手に尾行し観察。買い物後に個々の客のpurchase ticketsを集め[←なんのことだろう? レシートのこと?残念ながらよくわからない...]、買い物内容を調べる。で、バスケットを手に持っていた人(すなわち、腕を曲げている!)と、カートを押していた人(腕を伸ばしている!)を比べる。
結果。レジ前のチョコレート・バーとキャンディーとチューインガムを悪徳商品とみなし、その購入有無を説明するロジスティック回帰モデルを組む。いろいろやってるんだけど、カートをつかっていない人のほうが悪徳商品を買いやすい。店舗滞在時間、総金額、総点数を共変量入れたモデルだと、オッズ比にして6.84倍。
[いやいやいや... カート使う人と手持ちの人では買い物目的が違うでしょう!そもそも手持ちの人って10人しかいないじゃん! という突っ込みはこの際野暮なのであろう。ちょっと楽しいなあ]
研究1B。今度は実験。
被験者31名。食品12カテゴリ名からなる買い物リストを渡す。各カテゴリについて、テーブル上に商品がU字型に並んでおり、被験者はそのなかから一つを選ぶ。被験者はカゴを手に持つかカートを押す姿勢を取らされる(ご丁寧に、取るべき姿勢までリストに書いてある)。調べるのは、「スナック1」としてキャンディーバーとオレンジのどちらを選ぶか、「スナック2」としてチョコとリンゴのどちらを選ぶか。
結果。反復指標のロジスティック回帰モデル。要因は、{カゴ/カート}、スナック(1/2)、交互作用。カゴ/カートのみ有意。カゴのほうが悪徳商品を買いやすい(オッズ比3.4)。[まじっすか...]
研究2A & 2B。
被験者22名, 55名。腕曲げ条件と腕伸ばし条件に分ける。腕曲げ条件は、実験のあいだじゅう片手でテーブルを下から押し続け、腕伸ばし条件は、片手でテーブルを上から押し続ける。
課題は、実験2Aでは「映画のチケットと本のクーポン、どちらを選びますか」など5問。実験2Bでは「今日10ユーロもらうのと25日後に12ユーロもらうのとどちらを選びますか」など8問。100点スケール上で回答。
結果。ただのt検定。腕曲げ群のほうが、悪徳的選択肢を選びやすく、少額だがすぐにもらえるほうの報酬を選びやすい。
研究3。モデレータの話。
被験者105名。要因操作は研究2と同じ。本課題は、「いま15ユーロ = 一週間後にXユーロ」のXを埋めるという質問に、一週間後、一か月後、三か月後、半年後、一年後について回答させる。時間割引関数の下面積を時間割引の指標として使う(0なら最大、つまり現在選好)。その後、テーブル押しはストップさせて、いろいろな質問に答えさせるんだけど、そのなかにSPSRQという尺度が入っている。「あなたは賞賛されることをすることが多いですか」といった48項目で、これから報酬への感受性(SR)のスコアが出せる。
結果。時間割引を説明するGLM。腕の主効果はなかったが、腕とSRの交互作用があって、報酬に敏感な人は腕曲げ条件で現在選好になるが、敏感でない人は腕を曲げても伸ばしても変わらない。[←あまりにきれいな結果が出ていて、ちょっと目を疑う感じ]
研究4。今度は利き手で押すか利き手でないほうで押すかを統制する。[どうやら研究2,3の時点では利き手のことまで考えていなかったようで、教示のイラストが右手で押してる絵になってたからたぶん右手で押してたはず... というようなことが書いてある]
被験者120名。実験条件は、{利き手/利き手でない方の手}でテーブルを{上から/下から}押す、ないし統制条件(テーブル押しなし)で、計5水準。課題は研究3をちょっと簡略化したような奴[省略]。
結果。時間割引を説明するGLM。統制条件を外し、{利き手/利き手でないほう}、{上から/下から}、SR、そして全交互作用を投入。手の主効果が有意、弱い3元交互作用がみられた(有意じゃないけど)。利き手かそうでないかでばらしたGLMでみると、利き手では押す方向とSRの交互作用が有意で、研究3を再現。非利き手ではどの効果も消える。統制条件ではSRの効果なし。[←ちょっと結果が綺麗すぎて、引いちゃうなあ...]
考察。
- 本研究は腕の運動が時間選好に影響することを示した。さらに、動機づけシステムの感受性が果たす役割を示した(これは新しい知見)。[ここから急に大風呂敷を広げ始めるので逐語訳]
先行研究は腕の屈曲が刺激の"liking"を高めることを示してきた(Cacioppo, et al. 1993)。従って、腕の屈曲はオレンジジュースやチョコレートクッキーのlikingを高め、消費を増大させるというのがいっけん当然にみえる。しかし、腕の位置は味覚評価には影響しない(Forster 2003)。このことは、腕の屈曲はlikingを高めるのでなく、むしろ食物へのwantingを高めるのだということを示唆している。ふつう快報酬へのlikingとwantingは同時に生じるが、このふたつは[神経学的に]分離可能である[...] 従って[...] 腕の屈曲が時間選択におけるpresent-biasedな選好に及ぼす効果を示すのも、それほど単純にはいかない。実際、もし報酬のlikingが増大していたなら、即時的報酬ではなくよりおおきな報酬への選好が高まっていてもおかしくなかったわけだ。
wantingがlikingから分離されて保持されてきたのは、渇きと飢えのような不釣り合いな[incommensurate]目標の間の比較・選択を促進するためだったのかもしれない[...] wantingのシステムは、水と食べ物のような質的に異なる報酬を共通のパスで結びつけることで、異なる"like"を評価するときの共通の神経基盤的な通貨、比較のものさしを提供しているのかもしれない。もし神経システムに共通の内的通貨がなかったら、水を飲むこと、食べ物の匂いを嗅ぐこと、捕食者を探すこと、日の光のなかで静かに座っていること、などなどの相対的な価値を評価することができなかっただろう。適切な行為を決定するためには、神経システムは可能な行為のそれぞれについて価値を推定し、それらを共通の尺度へと変換し、この尺度を使って行為の系列を決定しなければならない [...] こうした共通のものさしの存在が、一般的報酬システムの適用的な価値について説明してくれるだろう[...] 本研究で我々は、[ある領域の報酬が他の領域のwantingにつながる]領域外効果を司るこの一般的報酬システム(BASシステム)が腕の屈曲によって活性化されることを示した。 - 古典的条件付けとの関連について...[というか、利き手と非利き手で結果が違ってた、すごいでしょ、云々という話。省略]
- 今後の研究について。腕伸ばしとBISの話も有望でっせ。腕を伸ばすとネガティブ刺激の回避、たとえば保険の購入が促進される、ってなことがあるかも。
- マーケティングへの示唆について[←お約束とはいえ、大変ですね]。マーケティング実務者も知覚運動システムにご注目頂けると良いのではないでしょうか。たとえば、スロットマシンは右腕でレバーを引くけど、あれは大変良くできているのではないか。お店のドアは引くドアにしたほうが良いのではないか(悪徳的商品を売る店なら特に)。ドライブスルーの注文に自動車のギアの動作が影響しているんじゃないか。などなど。
感想がいっぱいありすぎて、ちょっと書ききれない。も・し・か・し・て、このネタはいっけん馬鹿馬鹿しくみえて、実はものすごく面白いかも...
論文:マーケティング - 読了:Van den Bergh, Schmitt, Warlop (2011) 身体化された近視眼