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2015年5月19日 (火)
ここしばらく大阪の住民投票の話が話題になっていて、それ自体にはあまり関心がなかったのだけど、「基礎自治体の適正規模については学界である程度の合意がある。およそ30~50万人」と主張している大学教員の方がおられて、ちょっとびっくりした。そ、そうなんですか? 小中学校の適正規模についてさえあれだけの複雑な議論があるのに。
仮に、自治体の適正規模についてなんらかのコンセンサスがあるとして、それは一体どういう視点からのコンセンサスなのかしらん。もっともこれは一種の政治的プロパガンダで(「だから大阪市を5つに分けるのは合理的だ」という話につながっていくわけです)、まじめに取り合う必要はないのかもしれないけど、それはそれとして、話として面白すぎる...
増田友也(2011) 市町村の適正規模と財政効率性に関する研究動向. 自治総研, 396, 23-44.
というわけで、興味本位でwebで見つけて目を通してみた(仕事からの逃避の一環である)。著者は若い研究者の方で、これは博論が基になっているそうです。
えーと、まず、自治体の適正規模はこれまでどのように捉えられてきたか。大きく分けて3つある由。
- 均衡点としての適正規模。適正規模を、たとえば「人口当たり歳出総額を最小にする」といった問題と捉えて解く。
- 上限ないし下限としての適正規模。たとえば、「日常生活圏が地域の一体性の上限だ」というような議論があるのだそうだ。
- 適正規模は存在しない。もともとこの分野にはDahl & Tafte (1973) "Size and Democracy" という古典的研究があって、そこでの結論はこれ。
適正規模にはどんな規定要因があるか。
- 効率性。規模の経済・不経済に注目して、一人当たり歳出額が最小となる規模を計量分析で求める、という研究が多い。吉村弘さんという方が有名。変数として、人口、面積、サービス水準、などなどが用いられている。これに対して、たとえば歳出額は交付税などの影響を強く受けているから、ほんとに適正規模を求めているのか、それとも自治体財政調整制度がどう設計されているのかを確認しているのかわかんないんじゃない? という批判もある。[←面白い。観察研究が避けて通れない批判だ]
- 民主性。ギリシャ以来、小さいほうが民主主義が良く機能するという議論が主流だが、実証研究による反論もある。そもそも民主主義というものをどう捉えるかという点にも依存していて、たとえば人々の地方自治への関心の高さは、自治体の規模が小さいほうが高いとはいえない。[←なるほどねぇ]
- 機能。自治体がどんな機能を担うかによって適正規模は変わってくる。たとえば、自治体は一定の行財政能力を持たなきゃいけないという発想の下では(これを総合行政主体論というのだそうだ)、小さいと困るわけで、大きな自治体が必要だ、平成の大合併だぜ、という話になる。でも適切なサイズって機能によって違うんだから、機能を腑分けして重要な奴を洗い出し、それに合わせたサイズの自治体をつくるのがいいんじゃない? という意見もある。
- 一体性。地域政府なんだから、自然環境や産業構造や地域社会に照らして一体的なサイズじゃなきゃ困る。大きくした方が効率的だから併合しましょうなんていうのは、自治体を単に国家統治の行政機関としてみているのだ、許せん。という意見。
- 重層性。そもそも民主主義ってのは特定の包括的な主権単位に存在するわけじゃない。政治システムというのは相互関係を持つ複数の単位からなるのだ。問題はある主権単位に適用するための適切な規則じゃなくて、何層の政府を置くか、それぞれの大きさをどうするか、機能をどうやって配分するか... についての適切な規則を求めることである。要するに、単に自治体の規模について検討してちゃだめだ、全体をみなくっちゃ。という意見。[←なるほどー。超・正論だ...]。
そんなこんなで、著者いわく、適正規模を一般的に求める研究は無理。現状では、解を提示できているのは計量分析だけだが、それだっていろんな前提を置いた上での話であることに注意。
ここからは効率性についての計量分析の話。先行研究のレビューがあって...
著者いわく、従来のモデルは次の3点がまずい。
- 従属変数を一人当たり歳出額にしてる。それが最終目的なのはわかるけど、たとえば歳出額と人口との関係を考えたとき、歳出総額なら人口と直線的な関係があるが一人当たり歳出額とはL字型の関係になるから、前者の方がいいんじゃないか。[←この論点、よく理解できない。歳出総額と人口の関係がほんとに線形なら、一人当たり歳出額と人口は無関連になるわけで、じゃ一人当たり歳出額を従属変数にして人口は変数から外そう、ってことになるじゃないですか。一人当たり歳出額と人口がL字型の関係になるんなら、歳出総額と人口の関係は左下端がクイッと上がった線になって、やっぱしモデリングが大変になりませんかね? それとも、なにかをなにかで割った値を従属変数にするのはそもそもよろしくない、というタイプのテクニカルな論点なのかなあ...]
- 歳出を説明する回帰式に人口の対数値の二次項をいれるのはよくない。解釈しにくいから。[←うううむ... この論点は門外漢にはわからない話なのかも。一般論としては、回帰モデルに対して、その組み方に実質科学的基盤がなくても、とにかくうまくフィットすれば勝ち、ないし予測できれば勝ち、というスタンスもありうると思う。きっとこの分野ではそうではないのだろう]
- 歳出を説明する回帰式に総面積をいれるのはよくない。面積が歳出額に与える影響は人口によってかわるから。[←うううううう... これもこの分野に詳しくないとわからない論点なのかも。完全な門外漢としましては、面積を入れるのがまずいというより、ちゃんと交互作用項かなんかをいれなきゃいけないね、ないしパラメトリックな回帰モデルにはちょっと無理があるね、という話にならないのかしらん? と思うんだけど、たぶんなにか事情があるのだろう]
というわけで、最後の話にはちょっとついていけなかったが、レビュー部分がとても面白かったです。勉強になりましたです。
なるほどねえ、いわれてみれば、いろんな論点があるものだ。上のメモでは省略したけど、計量分析についてもいろいろ面白い話があるということがわかった(ノンパラ回帰を使うとか)。政治家や専門家による「自治体のサイズはxx万人くらいが適正だと学問的にわかっている」系の主張には、眉によく唾をつけて接しないといけないこともわかった。
論文:その他 - 読了:増田(2011) 自治体のちょうど良い大きさとはなんぞや