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2015年9月24日 (木)

Chen, Y. (2011) Mechanisms for prediction markets. Williams, L.V. (eds.), "Prediction Markets: Theory and Applications," Routledge.
 題名通り、予測市場の市場メカニズムに焦点を合わせた概観。目次は以下の通り:

 いわく。
 予測市場の主目的は情報集約だ。そのためには次の3つの特徴が望まれる:

というのを踏まえて、ここからは主要メカニズムを概観します。

1. オークショナー・メカニズム。取引所は注文マッチングだけやって損失リスクを負わない。当然、負債有界である。次の3種類がある。

1.1 コール・マーケット。参加者は指値注文する。契約$\psi_i$, 数量$q_i$ (正値はbuy, 負値はsell)、指値$b_i$の注文を$(\psi_i, q_i, b_i)$としよう。ここで指値のことを、買い注文のときにはbid price, 売り注文のときにはask priceという。
 個別の契約が取引される時点は事前に決まっている。その時点で集まっている注文をまとめ、買い注文と売り注文が釣り合う価格をclearing priceとする(細かい点まで考えると決め方はいろいろある)。で、clearing priceより高い売り注文、安い買い注文は捨て、残った注文を(個別の指値ではなく) clearing priceで一気にマッチングする。
 ところで、全注文を指値の高い順に並べ、clearing price をM番目の指値$p^M$ にするのは第M価格オークションだが、M番目の指し値とM+1番目の指し値の間にするのをk-ダブルオークションという。kとは0から1までの間の値で、たとえば0.5-ダブルオークションとはclearing priceを$p^M$と$p^{M+1}$の中間にすることを指す。コール・マーケットはk-ダブル・オークションであるともいえる。

1.2 連続的ダブル・オークション(CDA)。ほとんどの予測市場はこれを使っている。取引所はorder bookを持っている[板のことであろうか]。そこではすべての注文が指し値の高い順に並んでいる。上部が売り注文、下部が買い注文、最低のaskと最高のbidの差がbid-ask spreadである。で、新しい注文が来たらk-ダブルオークションをやって、マッチングできる注文をマッチングさせる。
 CDAの問題は流動性の低さである。コール・マーケットは取引の即時性を犠牲にして流動性を確保しているわけだ。株式取引では一日の始まりと終わりにコール・マーケット、そのあいだはCDA、という組み合わせにすることが多い。[←日本では、寄りつきと引けは板寄せ、そのあいだはザラバ、と表現するらしい]

1.3 一般化コール・メカニズムと合成予測市場。コール・マーケットとCDAはbilateralだけど(ある約定について売り注文と買い注文がある)、コール・マーケットをmultilateralに拡張することができる。どういうことかというと...
 US大統領選について予測するために、50州それぞれについての独立な市場をつくったとしよう。各市場に民主党勝利の契約と共和党勝利の契約があり、勝った方の契約に1ドル配当する。いま、あるトレーダーが、「フロリダとオハイオでは民主党が勝ちニューヨークで負ける」という見込みについて情報をもっていたとしよう。この情報をこの市場で完全に表現することはできない。
 そこで、50州での結果を組み合わせた $2^{50}$ の結果空間を考える。すべてについての契約をつくるのは現実的でないが、なんらかの賭け言語をつくって、結果の組み合わせに賭けられるようにする。「民主党がフロリダとオハイオで勝つ」とか。こういう合成予測市場での注文マッチングは最適化問題としてモデル化できる。
 すべての合成契約の実現時のペイオフを1ドルとして考えよう。結果空間を$\Omega$、受けた注文の集合を$O$とする。注文$i$について、数量を$q_i$(買い注文は正値、売り注文は負値)、指値を$b_i$、それが実現したことを表す二値変数を$I_i(w)$、オークショナーがその注文を受けたことを示す二値変数を$x_i$とする[オークショナーは受けた注文一枚につき利益$b_i - I_i(w)$を得るわけだ]。オークショナーの利益を最悪の場合で$c$だとすると、すべての$w \in \Omega$について制約
 $\sum_i (b_i - I_i(w)) q_i x_i \lt c_i$
を満たしつつ、$c$を最大化する$x_i$を探す、という問題として定式化できる。[んんん? 制約式の右辺は$c$じゃなくて$c_i$なの? まあいいや。本節ここから話が難しくなるので後略]

2. パリ・ミュチュエル市場。ある出来事についての、排他的で包括的な複数の結果のリストがあって、参加者はそのうち好きなのに賭ける。結果確定後、実現しなかった結果に賭けられた賭け金を集めて、実現した結果に賭けた人に、賭け金に応じて比例配分する。たとえば結果$i$への賭け金が$W_i$ドル、合計が$W$ドルだったとして、結果$j$が実現したら、$j$への賭け1ドルあたり$W/W_j$を配当するわけだ。参加者は好きなだけ賭けられるわけで、流動性は無限大である。
 パリ・ミュチュエル市場では契約という概念がはっきりしていない。強いて云うと、1ドル賭けた人は「その結果が生じたら、すべての賭け金を株主のみなさまに等分いたします」という契約を一株もらえる。配当は市場が閉まるまで決まらない。参加者からみると、最後の瞬間に賭けることにインセンティブが生じてしまう。

3. 自動マーケット・メーカ・メカニズム。マーケット・メーカがリスクを負って価格を決定し取引する。
 オークショナー・メカニズムもパリ・ミュチュエル市場もゼロ・サム・ゲームである。合理的なリスク中立的エージェントはゼロ・サム市場で取引しないはずである(ノー・トレード定理)。いっぽうマーケット・メーカ・メカニズムならポジティブ・サム・ゲームになりうるわけで、合理的エージェントでさえ取引のインセンティブを持つ。それに流動性もある。いやーんステキ。問題は負債有界性をどうやって確保するかである。

3.1 マーケット・スコアリング・ルールとコスト関数ベース・マーケット・メーカ。予想市場におけるマーケット・メーカの事実上の標準である。さあいくぞ、歯を食いしばれ。

1) プロパー・スコアリング・ルール。いったん市場のことは忘れて、専門家に出来事の確率を評定させたとき、彼らを誠実にするようなインセンティブの決め方について考えよう。
 予測対象の離散確率変数を$v$、その相互排反で包括的な結果の数を$n$とする。確率評価の申告を $r = (r_1, r_2, \ldots, r_n)$とする。結果$i$が実現したときに与えるスコアを$s_i$とする。スコアの決め方$S=\{s_1(r), s_2(r), \ldots, s_r(r)\}$をスコアリング・ルールと呼ぶ。
 リスク中立的な専門家からみて、スコアの期待値が真実申告によって最大化されるようなスコアリング・ルールのことをプロパーであるとよぶ。プロパー・スコアリング・ルールの例:
 対数スコアリング・ルール: $s_i (r) = a_i + b \log (r_i)$
 二次スコアリング・ルール:$s_i (r) = a_i + 2 b r_i - b \sum_{j=1}^n r^2_j$ ただし$b>0$
 プロパー・スコアリング・ルールの研究はもう山のようにある。個々の参加者の申告と全員の申告の平均とのずれに従ってスコアを与えるシェアド・プロパー・スコアリング・ルールというのもある。

2) マーケット・スコアリング・ルール(MSR)。Hansonはプロパー・スコアリング・ルールをマーケット・メーカ・メカニズムに変換する方法を示した。
 市場のスタート地点はなんらかの初期確率推定$r^0$である。市場の参加者とは、現在の市場の確率推定によって決められたスコアリング・ルール・ペイメントを払って、現在の確率推定を新しい確率推定に変え、その新しい確率推定によって決まるスコアリング・ルール・ペイメントを受け取る。結果$i$が実現したら、確率推定を$r^{old}$から$r^{new}$に変えた参加者は、$s_i(r^{old})$を払って$s_i(r^{new})$をもらう。ある参加者が市場に一回しか参加しないとしたら、スコアリング・ルールはプロパーだから、彼の真実申告にインセンティブが与えられている。
 [いつもここからわけがわからなくなっちゃうんだけど...]
 参加者たちは徐々に確率推定を変えていくわけだから、MSRをシェアド・プロパー・スコアリング・ルールのシーケンシャルな適用だと捉えることができる。マーケット・メーカは、最初の参加者から金をもらって最後の参加者に金を払う。マーケットメーカの損失は最悪で
 ${max}_i sup_{r \in \Delta_n} (s_i(r)-s_i(r^0))$
ただし$\Delta_n$は確率シンプレクス。
 [あああ、やっぱりここで狐につままれたような気分になる...]

3) コスト関数ベースのマーケット・メーカ。上の説明はわかりにくいので、別のクラスのマーケット・メーカを定義します。結局は上の話と等しくなります。
 結果$i$が実現したら配当1ドル、しなかったら0ドルとなる契約を考える。全トレーダーが持っている数量合計を$q_i$とし、$i$を通したベクトルにして$q$とする。全トレーダーが$q$に払う総金額をコスト関数$C(q)$とする。あるトレーダーが取引して総数量を$q_{old}$から$q_{new}$に変えるとき、彼に$C(q_{new}) - C(q_{old}) $を払わせる。
 ある株の価格が負なのはおかしい。また、価格の合計は1にならないとおかしい(でないと鞘取りの機会があることになる)。これを指して、コスト関数が妥当であると呼ぶ。[中略...]
 えーと、プロパー・スコアリング・ルールによるMSRは、凸コスト関数ベースのマーケット・メーカと等価であることが示されている。云々云々。[このくだり、覚悟はしていたが、今回も途中で挫折した... しょぼーん]
 というわけで、もっともポピュラーなのはLMSRである。コスト関数は
 $C(q) = b \log \sum_j \exp(q_j / b)$
[おおっと... 説明例のチャートのなかで、ある株の発行数量$q_i$が負の値をとっている。やっぱしマーケット・メーカとしては負の数量でもオッケーなのか]。
 その他のマーケット・メーカとして、Chen & Penncok の効用ベース・マーケット・メーカ、Agrawalらのシーケンシャル・凸・パリ・ミュチュエル・メカニズム(SCPM)がある。

3.2 動的パリ・ミュチュエル・マーケット(DPM)。パリ・ミュチュエル市場とCDAのハイブリッド。パリ・ミュチュエル市場と同じく、実現した結果に賭けた人が賭け金を配分する。ちがいは、株価がダイナミックに変動する点。トレーダーから見ると、コスト関数ベースのマーケット・メーカのようにみえる。コスト関数は
 $C(q) = \kappa \sqrt{\sum_j q^2_k}$
結果 $k$が実現したとき、一株あたりペイオフは
 $o_k = (\kappa \sqrt{\sum_n q^2_j})/(q_k)$
$\kappa = $1とするのが自然。
 DPMでは市場価格が確率を表さない点に注意。

 ... やれやれ、疲れた。それにしても、MSRの話の難しいことときたら... いつの日か腑に落ちる日は来るのだろうか。

論文:予測市場 - 読了:Chen (2011) 予測市場の市場メカニズム

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