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2015年11月17日 (火)
仕事の関連で、最近ちょっと悩んだことがあって... 市場の「流動性」って、いったいなにを指しているんだろう? どうやって測るのが正しいんだろう? 恥ずかしくて人には訊けないし...
黒崎哲夫, 熊野雄介, 岡部恒多, 長野哲平 (2015) 国債市場の流動性:取引データによる検証. 日本銀行ワーキングペーパー.
というわけで、大慌てで目を通した。
著者らによると、「流動性」の定義はけっこうばらばらで、「その時々で観察される市場価格に近い価格で、売りたい(買いたい)量を速やかに売れる(買える)」ことを指していたり、「個々の売り買いが市場価格に大きく影響しない」ことを指していたり、価格ボラティリティが小さいこと自体を指していたりする。
市場流動性をどうやって測るか。Kyle(1985, Econometrica)という古典的研究があって、売値と買値の幅の狭さ(tightness)、市場の厚み(depth)、市場の弾力性(resiliency)といった複数の軸で測ろうと提案している。さらに取引数量という軸もある。
これは次の2軸で整理できる。横軸に注文数(正が買い、負が売り)をとる。縦軸に指値注文の設定価格をとる(正のみ)。取引が成立する範囲は、このチャートの中央に浮かぶ長方形で表現される。長方形の面積がvolume。その長方形の高さがtightness。縦軸からみた横幅がdepth。この長方形は、右下から上向きに買い注文の圧力、左上から下向きに売り注文の圧力を受けており、この圧力がresiliency。[うーん、わかったような、わからんような...]
では、国債市場の流動性指標をつくりましょう。大阪取引所の取引データを使います。
なお背景として、2014月末の量的質的金融緩和の拡大よりこのかた、市場関係者の間には「日銀が国債をどかっと買い入れていて流動性が低下している」という実感があるんだそうだ。
まず、長期国債先物市場について。
tightnessとしてbid-ask spread、volumeとして日々の出来高に注目。観察すると、2014年秋以降もspreadはずっと小さいし、出来高は高い。tightnessとvolumeだけじゃいかんということですね。
depthとしてbest ask(bid)の枚数に注目。観察すると、たしかに2014年秋から薄い時間帯が増している。しかし、これだけではまだ足りない。なぜなら、たとえばbest ask枚数が表面上は増加していても、それがなにかのきっかけで急速に減少し、なかなか回復しない(resiliencyが低い)ようであれば、市場参加者にとっては流動性が低いことになる。さらにいえば、実際そうなんじゃないかというふしもある(これまで板を提示していた投資家が、金利変動の拡大とともに金利観を見失って提示を減らしているんじゃないか)。
では、resiliencyとしてなにに注目するか。伝統的には、日中の値幅を出来高で割った値(値幅出来高比率)をみることが多い。しかし、これは最高値と最安値しかみてないという問題点がある。そこで、日次じゃなくて高頻度取引データを使い、1単位の取引が価格に与える影響(price impact)の推移を推測しよう。
具体的には、price impactがランダム・ウォークすると仮定して、カルマンフィルタで平滑化する[←おおお、なるほど。価格変化を状態空間で表現しようってわけだ]。5分間の先物価格の変化幅を$\Delta p_t$, 5分間のネット取引金額(買い-売り)を$q_t$として、
$\Delta p_t = \beta_t q_t + \epsilon_t$
$\beta_t = \beta_{t-1} + \delta_t$
この$\beta$がprice impact。観察すると、なるほど、2014年秋から高くなっている。
こんな感じで、現物国債市場についても指標をつくる。略。
さらに、以下の2つの角度からみた流動性を調べる。
その1、現物国債と長期国債先物の連関性。これが不安定になると、現物のポジションから発生する金利リスクを先物でヘッジできなくなるので、マーケット・メイクの難しさが増す[←へえええ。いやー、ど素人なので、いちいち面白いわ]
具体的には、両者の利回り変化幅の相関をとる。これは低くなってない。
その2、「SCレポ」市場の動向。
[なんのことだかさっぱりわからなかったのだが、調べたところどうやらこういうことらしい。国債市場のディーラーは、現物国債の取引で売りポジションをとるとき、誰かに担保の資金を差し入れて国債を借りてくる。このとき、ディーラーは貸借料を支払うが、担保として差し入れた資金に対する金利を受け取る。国債の貸し手側は、国債の貸借料の分だけ低利で金を借りていることになるし、ディーラーの側は、国債を担保にとって安全に資金運用しているともいえる。この取引を「SCレポ取引」というのだそうだ。金利から貸借料を引いた値をSCレポレートという由。SCレポレートが大きなマイナスになるということは、ディーラーが売りポジションを取りにくくなるということ、すなわちディーラーが国債市場で取引しにくいということを意味することになる。へえええ]
[よく理解できない細かい議論があって...] どうやら貸借料は高くなっている模様。
まとめ。
2014年秋以降、国債市場の流動性はどう変わったか。先物市場では、tightnessとvolumeは変わらず、depthとresiliencyは低下。現物市場ではdepthが低下。先物の金利ヘッジは維持されているが、SCレポ市場での国債の希少性が増している。要するに、流動性は極端に下がってはいないが、いくつかの指標で下がっているので、今後も要注意。
難しい話はぜんっぜんわかんないんですけど、要するに、市場の流動性ってのはいろんな角度から捉えられる、ということらしい。そうだったのか。ちょっとほっとした。
自動マーケット・メーカ方式の予測市場にあてはめて考えると、(A)「その時々で観察される市場価格に近い価格で、売りたい(買いたい)量を速やかに売れる(買える)」ことは常に満たされている。流動性という言葉が使われるとしたら、それは(B)「個々の売り買いが市場価格に大きく影響しない」ことを指しているか、ないし(C)価格ボラティリティそのものを指しているか、であろう。LMSRマーケット・メーカのパラメータは「流動性パラメータ」と呼ばれているけれど、これは(B)の意味だな。
論文:予測市場 - 読了:黒崎ほか(2015) 市場の流動性とはなにか、それをどうやって測るか