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2016年1月22日 (金)
Yang, Y., Goldfarb, A. (2015) Banning Controversial Sponsors: Understanding Equilibrium Outcomes When Sports Sponsorships Are Viewed as Two-Sided Matches. Journal of Marketing Research, 52(5), 593-615,
ちょっぴり興味を惹かれて読んだ(当面の仕事と関係ないというところも魅力的であった)。スポーツのスポンサー契約をマッチング理論で分析するという論文。
著者ら曰く。
マーケティング意思決定の多くはマッチングプロセスの結果だ。たとえば小売がどのメーカーの製品を扱うか、とか。この論文ではマッチング市場におけるポリシーの変化が及ぼす効果をtwo-sidedマッチング・モデルで分析する。取り上げる題材は英サッカークラブのシャツのスポンサー契約(通常ひとつのクラブにはシャツのスポンサーが年に1社だけつく由)。
先行研究概観。
- スポンサーシップの研究について。数はあんまり多くない。スポンサー調査で目的を調べるタイプの研究と、消費者調査で効果測定するタイプの研究にわかれる。似た研究にcelebrity endorsementsの研究がある。
- 戦略アライアンスの研究について。
- 取引コスト理論の観点からは、戦略アライアンスは組織の効率化の様式の一つ。この立場は成熟産業における垂直統合の予測において威力を発揮する。戦略アライアンスの利点についての実証研究もある。
- リソース・ベース説の観点からは、戦略アライアンスは脆弱な立場にある企業が資源を必要としているときか、強い立場にある企業が資源を生かしてアライアンスの機会をつくろうとするときに生じる[←文字通り読むとアタリマエ感が強いが、なんか理論的ないきさつがあるんでしょうね]。この立場は戦略的要因、社会的要因、企業の特性、ニーズと機会という論理を強調する傾向がある。
- ブランド・アライアンスの研究について。消費者調査や実験が多い。著者らはすでに、陸上選手とチームのアライアンスをtwo-sided マッチングモデルで分析している(Yang, Shi, Goldfarb, 2009 Mktg.Sci.)。本研究も同じ方法論をとる。
- two-sidedマッチングモデルについて。はじまりはGale & Shapley (1962) の大学入学の研究。いまではいろんな適用例がある。サプライヤーとメーカーとか、広告主とパブリッシャーとか、大学と企業とか、法律事務所とクライアントとか、助教授と大学とか。
データの説明。英サッカークラブのスポンサー契約のデータ(約30年間分)、クラブのデータ、スポンサー企業のデータ、である。関心ないのでメモは省略。
two-sided マッチングモデルについて。ここはあまりに馴染みのない話で困惑したので、別にメモをとった。ま、とにかく、スポンサーシップの効用がクラブの属性と企業の属性の交互作用項で決まるという線形モデルを、 マッチング市場が均衡しているという前提のもとで最適化問題として解くという話だ。
スポンサーシップの効用の線形モデルには次の12種類の項を叩き込む(それぞれが複数の変数を含んでいる。巨大なモデルだ)。論文中の記号と一緒にメモする。なお、クラブの属性の主効果と企業の属性の主効果は、最適化問題に定式化した際に消去できるので無視してよい。$a$はクラブ, $i$はスポンサー, $t$はシーズンを表す添え字。
- $D_{ait}$: スタジアムと本社の地理的な距離。
- $D_{ait}CQM_{at}$: $CQM$はクラブの質を表す3つの指標のベクトル(CPR:成績ランク、ATTN:動員、CRV:収益)。
- $D_{ait}FINC_{it}$: $FINC$はスポンサーの年次収益。
- $D_{ait}INTL_i $: $INTL$はスポンサーが国際的企業かどうか。
- $D_{ait}INDUSTD_i $: $INDUSTD$はスポンサーの産業のダミー変数ベクトル(酒、車、航空、通信、ギャンブル)。
- $CPM_{at}FINC_{it}$: $CPM$はクラブの成績の指標ベクトル(CPRなど4変数)。
- $ATTN_{at}FINC_{it}$
- $CRV_{at}FINC_{it}$
- $CPR_{at}FINC_{it}INTL_i$
- $PSD_{ait}$: これまでスポンサー契約を結んでいたか。
- $INDUSTC_{ait}$: クラブ所在地の産業がスポンサーの産業にどれだけ集中しているか。
- $DEMO_{at}FINC_{it}$: $DEMO$はその地方の人口密度と週次の収入指標。
変数を入れ替えたりデータを絞ったりしてモデルを9本も推定するが、これは細かい突っ込みへの防衛策で(スポンサー契約には複数年契約があるじゃんとか、自己相関があるんじゃないのとか)、結果はモデル間でたいして変わらないよという主旨。
結果は... 距離がすごく効くとか... でもその効き方はクラブの成績や企業の産業によって異なるとか... なんとかかんとか、めんどくさいので省略。結果自体よりもむしろ、こんなでかいモデルをホントに推定できんのかというほうに興味を惹かれるが、Web Appendixをみないといけない模様で、そこまでやる気力はないぞ。
後半は政策分析(policy experiments)。もしアルコール産業とギャンブル産業のスポンサーシップが禁止されたらなにが起きるかを調べる。
1990年から2010年までの21の架空市場を想定する。クラブとスポンサー総当たりのペアをつくり、上のモデルで効用を求める。で、完全情報下の協調ゲームとみなしてマッチングの均衡解を求める。さらに、アルコール企業(ギャンブル企業)のスポンサー契約が禁止されている状況での均衡解を求め、差を調べる。
結果。禁止するとマッチングできない企業が増え、市場全体での効用も下がる。細かくみると、禁止企業と契約しているクラブが割りを食うわけではなく、むしろ、動員数が小さい貧乏なクラブが割を食う。[←なるほどー... これは面白い。もしクラスで一番モテる娘が高校をやめたら、彼女をつくるのが難しくなるのはむしろスクール・カースト底辺の男の子ってわけだ。このへんは反実仮想的な分析の威力だなあ]
[とはいえ、こういう分析はそれほどストレートではなく、いろいろ突っ込みが可能なようで、論文はここから長い長い防衛戦に突入する。仮にマッチングが成立しなかったら効用は0だといえるか、とか。スイッチング・コストとか自己相関とか複数年契約とかとの関係はどうよ、とか。面倒なので読み飛ばした]
考察。諸君、two-sidedマッチング・モデルの威力にひれ伏せよ。
限界:(1)クラブ・スポンサーのforward-lookingな行動を無視している。(2)政策分析でわかるのは禁止の長期的影響であって、短期的にどうなるかは別の問題。(3)市場に新規参入したスポンサーの価値が最小限だと想定している。(4)マッチングを協調ゲームだと捉えている。(5)他の国・スポーツへの一般化可能性はわからない。
。。。実証研究の文脈で均衡という概念が出てくるといつも思うことだけど、この論文にも、そもそも現実世界が均衡状態にあるっていう仮定には証拠があるの?? という素朴すぎる疑問を感じた次第である。もっとも、この前提からスタートして効用関数を推定し、「クラブのスタジアムとスポンサーの本社が離れているとスポンサー契約の効用が小さい」なんていう、いかにもそれらしい係数を推定してみせているので、うーん、やっぱこれで正しいのか... と説得されちゃうんだけど。でも正直いって、やっぱりモヤモヤが残るんですよね。わたくし、やっぱ頭が固いんでしょうか、それとも不勉強のゆえでありましょうか。
正直言って方法論に関心があっただけで、エゲレスのサッカー業界がどうなろうが知ったこっちゃないんだけど、スポンサーシップをめぐる消費者サイドの話にはちょっと関心があるので、挙げられていた先行研究をメモしておく。前に読んだNeijens et al.(2009)というスポンサーシップ研究は挙げられてない。かわいそうに。
- McDonald (1991 Euro.J.Mktg.): スポンサーシップのブランドへの効果、消費者調査ベース
- Speed & Thompson (1991 J.Aca.Mktg.Sci.): スポーツスポンサーシップブランドへの効果、消費者調査ベース
- Pham (1991 Gestion): スポンサーシップのフィールド実験 [←まじ?]
- Becker-Olsen & Hill (2006 J.ServiceRes.): NPOのスポンサーシップ
- Simmons &: Becker-Olsen (2006 J.Mktg.): NPOのスポンサーシップ
- Agrawal & Kamakura (1995 J.Mktg.): セレブリティ
- Chung, Derdenger, & Srinivasan (2013 Mktg.Sci.): セレブリティ
- Knittel & Stango (2013 Mngt.Sci.): セレブリティ
- Venkatech & Mahajan (1997 Mktg.Sci.): ブランド・アライアンス
- Park, Jun, & Shocker (1996 JMR): ブランド・アライアンス
- Rao, Qu, & Ruekert (1999 JMR): ブランド・アライアンス
- Simonin & Ruth (1998 JMR): ブランド・アライアンスによるスピルオーバー効果の実証研究
- Van der Lans, et al.(2014 Mktg.Sci.): ブランド・パーソナリティの類似性とアライアンスへの評価の関係。SEMを使っている。[←ちょっと面白そう]
論文:マーケティング - 読了:Yang & Goldfarb (2015) マッチング理論でみたスポーツチームのスポンサー契約 (または: 酒メーカーのロゴを選手のシャツから締め出したら困るサッカークラブはどこだ?)