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2017年11月13日 (月)

 仕事でデータの分析していて、この場面ではこれこれこういうわけでこのような方法で推定しております、これは当該分野の常識でございます、なあんていかにも専門家づらでにこやかに語っているんだけど、心のなかでは、(ああ、こういうのってちゃんとした名前があるんだろうな... 俺がきちんと勉強してないだけで...) と不安を抱えていることが結構ある。
 これは辛い。かなり辛い。人生間違えたな、生まれ変わってやり直したいな、と思う瞬間が毎日の生活の中に沢山あるけれど、これもそのひとつである。

 たとえば、なにかについて推定していて、ああ、これって要するにスタイン推定量って奴じゃないのかしらん、って思うことがたまにある。でもそういうの、誰にもきちんと教わったことがない。辛い。
 あんまり辛いので、月曜朝に早起きしてノートをとった。本来、仕事が溜まっていてそれどころじゃないのであって、こういう現実逃避をしているから人生ぱっとしないのだともいえる。まあとにかく、以下は自分用の覚え書きであります。
 
 なんでもいいんだけど、いま$N$個の母集団特性$\mu_1, \ldots, \mu_N$があって、それぞれの$\mu_i$について$z_i \sim N(\mu_i, \sigma^2_0)$が独立に観測されるとする。$z_i$は1個の観測値でもいいし標本平均でもいい。また分散は$N$個の特性を通じて等しければなんでもよい。
 個別の$\mu_i$について推定する場面を考える。その推定量$\hat{\mu}_i$として何を使うのがいいか。
 もちろん$z_i$そのものであろう。$z_i$は最小分散不偏推定量であり、最尤推定量であり、MSEを損失としたときの許容的推定量である(=「$\mu_i$の値がなんであれ$z_i$よりも誤差の二乗の期待値が小さい推定量」は存在しない)。

 ところが。
 今度は$\mathbf{\mu}=(\mu_1, \ldots, \mu_N)^t$について同時推定する場面を考える。いま、$N$個の母集団特性を通じたMSEの和
 $\sum^N E[(\hat{\mu}_i-\mu_i)^2]$
が小さいと嬉しい、としよう。これを最小化する推定量はなにか。
 $N$が3以上の時、驚いたことに、それは$\mathbf{z} = (z_1, \ldots, z_N)^t$ではない。実は、$\mathbf{\mu}$がなんであれ、MSEの和が$\mathbf{z}$より小さくなるような推定量が存在する。それが有名なJames-Stein推定量
 $\displaystyle \mathbf{\delta} = \left( 1 - \frac{N-2}{||z||^2}\right) \mathbf{z}$
である。
 母集団特性$\mu_1, \ldots, \mu_N$の間にはなんの関係もない。従って、たとえば$\mu_1$を推定する際に役立つのは$z_1$だけであるはずであって、$z_2, \ldots, z_N$を使うのはおかしい。なぜこんなことが起きるのか?
 1950年代の統計学を揺るがせた、スタイン・パラドクスの登場である。

 この奇妙な現象を説明する方法はいくつかある。そのひとつが、James-Stein推定量を経験ベイズ推定量として捉える説明である。

 母集団特性を確率変数と見なし、$\mu_i \sim N(0, A)$としよう。
 話を簡単にするために、$z_i$の分散は当面 $1$ としておく。すなわち $z_i|\mu_i \sim N(\mu_i, 1)$。
 ベイズの定理より、$z_i$の下での$\mu_i$の事後分布は
 $\mu_i | z_i \sim N(Bz_i, B), \ \ B = A/(A+1)$
であることが示せる。
 複数の母集団特性について一気に書こう。$I$を単位行列として
 $\mathbf{\mu} \sim N_N(0, AI)$
 $\mathbf{z} | \mu \sim N_N(\mathbf{\mu}, I)$
 $\mathbf{\mu} | \mathbf{z} \sim N(B\mathbf{z}, BI), \ \ B = A/(A+1)$

 $\mathbf{\mu}$の推定誤差を最小二乗誤差で表すことにしよう。
 $L(\mathbf{\mu}, \hat{\mathbf{\mu}}) = || \hat{\mathbf{\mu}} - \mathbf{\mu}||^2 = \sum^N(\hat{\mu}_i - \mu_i)^2$
 リスク関数を、所与の$\mathbf{\mu}$の下での推定誤差の期待値としよう。
 $R(\mathbf{\mu}) = E_\mu[L(\mathbf{\mu}, \hat{\mathbf{\mu}}) ]$
$\mathbf{\mu}$は固定で$\mathbf{z}$が動くということをはっきりさせるために$E_\mu$と書いている。

 さて、$\mathbf{\mu}$の最尤推定量は$\mathbf{z}$そのものである。
 $\hat{\mathbf{\mu}}^{(MLE)} = \mathbf{z}$
そのリスクは、さきほど分散を$1$にしておいたので
 $R^{(MLE)}(\mathbf{\mu}) = N$
 いっぽう、$\mu_i \sim N(0, A)$というベイズ的信念の下では、最小二乗誤差の期待値を最小化する推定量は事後分布の平均である。
 $\hat{\mathbf{\mu}}^{(Bayes)} = B\mathbf{z} = (1-\frac{1}{A+1}) \mathbf{z}$
そのリスクは、$\mathbf{\mu}$を固定した状態では
 $R^{(Bayes)}(\mathbf{\mu}) = (1-B)^2||\mathbf{\mu}||^2+NB^2$
$A$を固定して$\mathbf{\mu}$を動かした全域的なリスクは
 $R_A^{(Bayes)} = E_A[R^{(Bayes)}(\mathbf{\mu})] = N \frac{A}{A+1}$
$R^{(MLE)}(\mathbf{\mu}) = N$と比べると、$\frac{A}{A+1}$倍に減っているわけである。

 ところが問題は、$A$が未知だという点である。そこで、$A$を$\mathbf{z}$から推測することを考える。いやぁ、大人はずるいなあ。
 $\mathbf{z} | \mu \sim N_N(\mathbf{\mu}, I)$の周辺分布をとると
 $\mathbf{z} \sim N_n(0, (A+I)/I)$
となる。ということは、$\mathbf{z}$の二乗和$S=||\mathbf{z}||^2$は、自由度$N$のカイ二乗分布を$A+1$倍した分布に従い
 $S \sim (A+1) \chi^2_N$
ここから下式が示せる:
 $E[\frac{N-2}{S}] = \frac{1}{A+1}$
やれやれ、というわけで、これを$\hat{\mathbf{\mu}}^{(Bayes)}$に代入して得られるのが、James-Stein推定量
 $\hat{\mathbf{\mu}}^{(JS)} = \left(1-\frac{N-2}{S}\right) \mathbf{z}$
である。
 その全域的なリスクは下式となる。
 $R_A^{(JS)} = N \frac{A}{A+1} + \frac{2}{A+1}$
$R_A^{(Bayes)}$よりもちょっと大きくなるけど、たとえば$N=10, A=1$のときにはたった2割増しである。

 $N \geq 4$の場合について、もっと一般的に書き直しておこう。
 $\mu_i \sim N(M, A)$ (iid)
 $z_i|\mu_i \sim N(\mu_i, \sigma^2_0)$ (iid)
として、
 $z_i \sim N(M, A+\sigma^2_0$ (iid)
 $\mu_i | z_i \sim N(M+B(z_i - M), B\sigma^2_0), \ \ B = \frac{A}{A+\sigma^2_0}$
となり、
 $\hat{\mu}_i^{(Bayes)} = M + B(z_i - M)$
だが$M, B$がわからない。そこでJames-Stein推定量の登場である。$\bar{z} = \sum z_i/N, S=\sum(z_i - \bar{z})^2$として
 $\hat{\mu}_i^{(JS)} = \bar{z} + \left(1-\frac{(N-3)\sigma^2_0}{S}\right) (z_i - \bar{z})$

 このタイプの推定量が役に立つのはどんな場面か。
 まずいえるのは、たくさんの同種類の量を同時に推定する場面であること。さらに、$X_i$の分散が大きくて困っている場面であること(でなければ、不偏性をなくしてまで$\hat{\mu}_i$を改善しようとは思わない)。
 さらに付け加えると、なんらかの先験情報が存在すること。上記の説明だと、事前に$\mu_i \sim N(M, A)$という信念があるわけだけど、こういう風に、$\mu_i$がなにかに近い、という風に考えることができる場合に役に立つ。だから、形式的にいえば$X_1, X_2, \ldots, X_N$がお互いに全く無関係な事柄についての値であってもJames-Stein推定量は使えるんだけど、役に立つといえるのは、やはり、なんらかの意味で同じ種類の量についての同時推定の場面である。

 以上、主に次の2つの資料の、それぞれ最初の数ページだけを読んで取ったメモである。続きはまたいずれ。
 篠崎信雄(1991) Steinタイプの縮小推定量とその応用. 応用統計学, 20(2), 59-76.
 Efron, B. (2012) Large-Scale Inference: Empirical Bayes Methods for Estimation, Testing, and Prediction. Cambridge University Press.

雑記:データ解析 - 覚え書き:スタイン推定量とはなんぞや

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