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2018年6月 1日 (金)
Juster, F.T (1966) Consumer buying intentions and purchase probability: An experiment in survey design. Journal of the American Statistical Association, 61(315), 658-696.
前から気になっていた奴。このたび思うところあって読んでみた。
消費者に購入意向を訊く方法について調べていると、日本語ではまだ見たことがないけれど、英語の資料にはときどき"Juster scale"というのが出てくる。要するに、購入意向(買いたいか)じゃなくて購入確率(買いそうか)を11件法で訊く方法である。
これはそのJuster scaleの元になった論文。なんと1966年。あああ... 風情がある... 定年退職した好事家になった気分だ...
Wikipediaによれば、著者F. Thomas Justerは1926年生まれ、有名な経済学者だそうだ。きっとJusterスケールなんて、この人の業績の中ではささやかなものなのでしょうね。
この論文、実に39頁の長きにわたってだらだら続くので、私のほうも非常にだらだらとした態度でめくった。たまに大昔の論文を読むと面食らうんだけど、なんというか、文章が悠長で、修辞表現がやたらに多くないですか。なぜだろう。学術を取り巻く社会環境が変わったのかなあ。
1. 意図とサマリー
耐久財の需要を予測する際、消費者の予期(anticipation)の調査が広く用いられている。その背後にあるのは次の考え方である:消費者による家とか自動車とかの購入の変動は、所得などの財政的変数の変動とはある程度まで独立している。そのような延期可能なタイプの支出の変動を予測するには、財政的変数だけでなくて、消費者の楽観性・非完成を反映するような予期変数を使ったほうがいい。そしてそのような予期変数を直接測定するには、購入意向とか、財政的健全性と態度を示すもっと一般的な指標を使うのがよい。
[ここからこの論文のサマリー. 略]
2. 消費者調査に基づく予測
先行研究では、耐久財の購入の時系列的変動のうち収入などの変数では説明がつかない部分を、購入意向・態度がある程度までは説明することが示されている。横断調査においては、購入意向はその後の世帯購買と強く関連するが、態度変数の影響はあまりないといわれている。
意図の調査では、ふつう対象者に耐久財のリストを示し、それらをたとえば「来月中に」、買う「計画」(plan, intend, expect)がありますか、と聞く。回答はオープンエンドで得て、それをインタビュアーが「絶対に買う」「たぶん買う」「わからない」「買わない」などに分類する[←そうか、当時のことだから面接調査なわけね]。
時系列の分析の際には、全体における購入率$x$を、購入意図者の購入率$r$と非意図者の購入率$s$の加重平均として表現すると便利である。購入意図者率を$p$として
$x \equiv pr + (1-p)s$
たいてい購入意図者は少ないし、購入意図者の購入率はあまり変動しないので、$x$の時系列的変動は主に$pr$じゃなくて$(1-p)s$のほうに起因する。
[説明があまりに長いので勝手に要約しちゃうと、購入意向が低い奴も実際には買うってのが問題なんだ...ということでよろしいでしょうか]
購入率の分散の説明率という面では、意図の調査の成績はあまりよくない。成績を改善できるかどうかは一概に言えない。仮に購入見込みをより正確に測ったとして、事前の期待と事後の行動とのずれが大きいなら成績は改善しないし、ずれが小さいなら成績が改善するはずである。
3. 意図調査は何を測っているのか?
意図調査において聴取される購入のplanやintentionというのは、対象者が指定された期間にその品物を買う確率についての対象者の推定を反映している、と考えるのがもっとも合理的な解釈であろう。ということは、善良な対象者は、購入確率がゼロより大きくても、それが十分に低いと感じられるなら、自らを非購入意図者に分類するであろう。
[この項、1p以上にわたってダラダラ書いてあるんだけど、要約すると上記のようにすごく短くなってしまい、なんだか不安に感じる...]
4. 確率調査のロジック
すべての世帯が、ある購入意向質問$i$について確率のカットオフ$C_i$を持っていて、それを購入の主観確率が上回ったときそのときのみ購入意図者になるのだとしよう。[この節、話の建付けがよくわからないのだけれど、どうやら各世帯は主観確率を分布じゃなくてスカラーとして持っているということらしい]
購入の主観確率を$Q$、世帯を通じた$Q$の分布の密度関数[そうは書いてないけどそういう意味だと思う]を$f(Q)$とする。$C_i$が変動しないなら
$1-p=\int_{0}^{C_i} f(Q) dQ$
$p=\int_{C_i}^1 f(Q) dQ$
である。実際には$C_i$は世帯間で変動するだろうけれど。
さて、以上の仮定の下で、
- 母購入率の最良の予測子は購入意図者率$p$ではなくて購入確率の平均である。
- 対象者は購入確率と閾値を比較しているわけで、これは購入確率をそのまま訊かれるよりも難しい課題である。これに答えられるのなら購入確率だって答えられるはずである[←そ、そうかなあ?? 素朴心理学というかなんというか...]。
- 意図調査は、カットオフより下の世帯における購入確率の分布についてなにも示してくれていない。
[...あれこれ書いてあるけど文脈がつかみづらいので省略して...] というわけで、購買行動の予測のためには、購入確率をそのまま訊ねたほうがよいのではなかろうか。
5. 正確性の向上を測る基準
ほんとは「意図調査よりも確率調査のほうが購入率の時系列的分散をよく説明する」ということが示せるといいんだけど、そんな長い時系列はちょっと手に入らないので、横断で調べることにする。
[そのほか、ああでもないこうでもないといろいろ書いてあるけど全部省略。あー、なんかもうイライラしてきた]
6. 実験
6.1 貯蓄実験
[いきなり「これはあきらかに失敗した実験で...」という衝撃の紹介から始まり、結果が載ってない。学部の実験演習のレポートか。パス]
6.2 デトロイト実験
1963年、米センサス局がデトロイト近郊の192世帯を対象に行った(これは次に出てくるQSI実験のパイロットだった)。
設問は"During the next (6,12,24) months, that is, between now and ____, what do you think the chances are that you or someone in the household will by a ____?"。11件法、ラベルは一番上が"10 Absolutely certain to buy", 一番下が"0 Absolutely no chance"。
回答分布をみると、時期を問わず"5 Abount even chance (50-50)"の回答率が大きく、0, 10も大きかった。
5が高くなるのはラベルに"50-50"と書いてあったからではないか。また、対象者が判断できない時にインタビュアーが5を選ぶように示唆したのではないか。
その後半年の自動車購入有無と突き合わせると、10を選んだ人では8割以上、0を選んだ人は1割以下が自動車を購入していた。回答の平均は0.17, 購入率は0.22[←えええ?! そんな高いの?]。だいたい当たっている。
6.3 QSI実験
1964年、米センサス局によるQuarterly Survey of Intentions。世帯数は16000強。確率調査と意図調査のどっちがいいかを比べるため、約800世帯をランダムに抜き出し、数日後に再調査を掛けた。
設問は"Taking everything into account, what are the prospects that some member of your family will buy a ____ sometime during the next ____ months; between now and ____?"。
11件法。ラベルは上から順に、
10 Certain, practically certain (99 in 100)
9 Almost sure (9 in 10)
8 Very probable (8 in 10)
7 Probable (7 in 10)
6 Good possibility (6 in 10)
5 Fairly good possibility (5 in 10)
4 Fair possibility (4 in 10)
3 Some possibility (3 in 10)
2 Slight possibility (2 in 10)
1 Very slight possibility (1 in 10)
0 No chance, almost no chance (0 in 10)
[説明を見落としたのかもしれないけど、たぶんこういうことであろう。本調査では、自動車とかについて購入意向を5件法で訊いた。ラベルは"definite", "probable", "maybe", "don't know", "no"。再調査でさらに購入確率も訊いた。で、その後の実際の購入有無を追跡した]
[検証したい仮説についてごちゃごちゃ書いてはるけど、省略...]
結果。
デトロイト実験と異なり、購入確率5の山はうまいこと消えてくれた。購入確率の平均を購入率と比べると、だいたい同じだが、自動車ではちょっと低めであった。
購入確率と購入意図でクロスすると、回答はすごくずれていて、意向が"no"や"don't know"である回答だけみても、確率は結構散らばった。
購入意図よりも購入確率のほうが、実際の購入率と関連した。特に意図が低い人において関連が高かった。[信じられないくらいにダラダラした説明が続く...大幅に省略]
多変量解析すると... [10pにわたって延々説明している。もうめっちゃイライラしてきた!スキップ!スキップだ!!]
7. 結論
[ふつう論文の最後の節の頭では、この研究でわかったことをまとめたりしませんか? この先生にはそういう気がなくて、いきなり「本研究の限界」みたいな話に突入するのだ]
購入確率回答とその後の購入行動の関係を攪乱する諸変数の役割については良くわからない...[略]
購入確率を訊く際の最良の設問形式については今後の課題だ...[略]
云々, 云々, 云々, ...
。。。読み終えたぞ! あーもう! もっのすごくイライラした! だれかタイムマシンで遡って、この先生に「もっと簡潔に書け」っていってやって!!
まあいいや、中身について考えよう。ろくに読んでいないのになんですけど。
この論文は、5件法で購入意向を訊くよりも11件法で購入確率を訊いたほうがのちの購買行動と関連しましたという内容だけど、まず気になるのは、それは意向と確率の違いそのものによるのか、それとも回答カテゴリが違うせいなのか、というあたりである。早い話、意向の尺度を改善すれば、購買行動との関連性はもっと高くなるんじゃないかと。この点については、たしかもっと精密な実験研究があったような気がする。読んでないけど。
購買行動に対する予測的妥当性じゃなくて、他の観点からみるとどうなっているんだろう、という点も気になる。再検査信頼性とか、他の変数との関連性とか。マーケティングリサーチの場合だと、たしかに購入意向を訊いてはいるが、突き詰めていえば購買行動を予測したいというより、カテゴリやブランドに対する現在の態度・選好を知りたいのだ、という場合も少なくない(どうせ実際の購買は市場環境に左右されるわけだから)。
いや、そんなことよりですね... とにかく、論文の書き方が現代と全然ちがうので困惑した。なんなんだろう、このエッセイ風のまとまりのない文章は。しかも、なぜこんな研究がJASAに載ってるの? 統計学じゃないじゃんか。
というわけで、非常に面食らったしイライラしたわけだが、こうしてみるとアカデミック・ライティングの作法というのは意外に時代に制約されたものなのかもしれない。ということは、50年後の人々は、2010年代に書かれた論文を読んで大変に面食らい、イライラするのかもしれない。えっ、サマリー動画がついてないの?!全部文章で読むのってめんどくさいなあ、とか。えっ、政府に感謝する文言がないの?!どうやって研究費取ったんだろうか、とか。
論文:調査方法論 - 読了:Juster (1966) 購入意向じゃなくて購入確率を訊け