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2015年1月 4日 (日)
Krishna, A. (2011) An integrative review of sensory marketing: Engaging the senses to affect perceptin, judgment and behavior. Journal of Consumer Psychology, 22(3), 332–351.
題名通り、sensory marketing関連研究のレビュー。まじめにメモを取りつつ読みはじめたんだけど...
感覚知覚の応用としてのセンサリー・マーケティング
センサリー・マーケティングとは、消費者の感覚に関与し、その知覚・判断・行動に影響を与えるマーケティングのこと。実務的観点からいえば、製品の概念についての消費者の知覚を形成する意識下のトリガーをつくる手段、また知覚品質を変化させる手段を提供する。研究の観点からいえば、消費者行動に関わる感覚・知覚についての理解を提供する。
消費者行動研究における感覚の研究を数えた人によれば(Peck&Childers, 2008, Handbook of CP), 81本のうち1/3以上が過去5年以内だった由。量的に言えば成長分野だ。
sensory marketingとはなにか
感覚の研究は昔からあったんだけど、散発的で体系がなかった。2008年に研究者を集めた会議をやって、sensory marketingという傘ブランドをつくった。
センサリー・マーケティングの概念図式を示す。まず五感の要素があり、これをまとめてsensationと呼ぶ。sensationはperceptionを形成する。perceptionはcognitionと相互作用し(grounded cogntion), またemotionとも相互作用する(grounded emotion)。以上のシステムが、態度、学習・記憶、行動と相互作用する。[←うむむむ。長期記憶を外側においたシステムのなかでperceptionとcognitionを概念的に区別することが可能だろうか? ちょっと曖昧すぎて途方に暮れる面があるが、そこがいいんでしょうね]
sensationとperception
sensationは生化学的現象で、perceptionはセンサリー情報についての意識・理解だ。たとえばRとLは違う音だが(sensation)、日本人には区別できない(perception)。
sensationとperceptionのちがいは、マーケティング分野では視覚バイアスという問題として扱われてきた。レビューとしてKrishna(2006 JCR)がある。
触覚
触覚は重要だ [...Harlowの猿の話...]。
- 触欲求の個人差尺度: Need fot touch scale (NFT)というのがある(Peck & Childers, 2003 JCR)。
- 製品への接触: 高NFTな人は購買場面で製品に接触できるほうが確信が持てるしフラストレーションが少ない模様(Peck & Childers, 2003 J.Mktg.; Peck & Wiggins, 2006 J.Mktg)。
- 対人接触: ウェイトレスが客に触るとチップが増える (Crusco & Wetzel, 1984 PSPB); 図書館の司書は学生に触ると評判が良くなる(Fisher, Rytting, & Heslin, 1976 Sociometry); スーパーで売り子に触れると客は試食したくなる(Hornick, 1992 JCR); ストリート・インタセプト調査で調査員に触れると調査参加しやすくなる(Hornick & Ellis, 1988 POQ)。[←はっはっは。調査員のルックスにもよるかもね] 信頼を示す行為の後に触られるとオキシトシンというホルモンが分泌されて優しさが増すらしい (Morhenn, Park, & Piper, 2008 Evol.Hum.Behav.)。
- 物理的な温かさが対人的暖かさを増す (Williams & Bargh, 2008 Sci.)。
- 製品同士の接触: スーパーの商品には弱い嫌悪感を伴うものも多い(ゴミ袋とかタンポンとか)。そういうのが関係ない商品(ポテトチップスとか)に接触すると、人類学でいうところの類感呪術のような原理が働き、接触した商品の魅力を下げてしまう(Rozin & Fallon, 1987 Psych.Rev.; Rozin & Numeroff, 1990 書籍; Nemeroff & Rozin, 1994 J.Sco.Psych.Arthropology; Morales & Fitzsimons, 2007 JMR)。
- 人-製品接触による汚染: 他の人が触った商品は魅力が下がる (Argo, Dahl, & Morales, 2006 J.Mktg.)
[...と、こんな感じで、以下「匂い」「聴覚」「味」の順に研究概観が続くのだけど (視覚はほぼ省略されている)、どれもいまちょっと関心がないので斜め読み。メモは省略。]
知覚の認知への影響: grounded cognition
標準的な認知理論では思考はアモーダルであるが、近年ではgrounded cognitionの支持者が増えてきた。たとえばBarsolou(2008 Ann.Rev.Psych.), Hung & Labroo (2011 JCR), Labroo & Nielsen (2010 JCR), Mazar & Zhong (2009 Psych.Sci.), Williams & Bargh (2008 Sci.)。
マーケティング研究のなかにも、名乗ってはいないけどgrounded cognitionの理論に基づくものが増えている。たとえばCacioppo, Priester, & Berntson (1993 JPSP), Tavassoli & Fitzsimons (2006 JCR)。
そもそもgrounded cognitionとはなにか。Barsalouらは正確な定義を提出していない。私の理解では、
- 運動していない物理的条件に影響されている認知のことを、身体状態に基づくgrounded cognitionと呼ぶ。研究例: ペンをくわえている状態でマンガの面白さ評定が上がる(Strack, Martin, & Stepper, 1988 JPSP)、重い荷物をしょっている状態で距離評定が伸びる(Proffitt, Stefanucci, Banton, & Epstein, 2003 Psych.Sci.)、重たいクリップボードを抱えている状態で重要性評定が上がる(Jostmann, Lakens, & Schubert, 2009 Psych.Sci.)。
- 本質的にlocomotiveでない運動(身体の一部が動いているような運動)に影響されている認知を、situated actionに基づくgrounded cognitionと呼ぶ。研究例: 頭部の垂直運動が同意に、水平運動が非同意につながる(Wells & Petty, 1980 Basic&AppliedSoc.Psych.)、腕の屈曲と獲得-回避(Cacioppo et al. 1993 JPSP)。
- embodied cognitionはgrounded cognitionと同じ意味で使われていることが多いけど、本来は異なる。"embodied"とは身体状態が認知に関与することを指しているが、認知を駆動するには心的イメージないし心的シミュレーションがあれば十分かもしれないからだ[ああ、なるほどね... embodiedという言葉の使い方に混乱があるわけだ]。実際、取っ手を右に置いたマグカップのほうが購入意向が上がるのは製品使用のシミュレーションを引き起こすからだ(Elder & Krishna, 2012 JCR)。
grounded cognition 小史。思い切り遡ればJames-Lange説とか、ダーウィンの感情についての説明とかに行き着く。態度にソマティック表象が含まれるというのはZajonc & Markus (1982)だって云っている。最近復活したのは神経科学のせいだ。
grounded cognitionのなかでも最近人気がある下位領域が、sensorially-richなメタファだ。例, コーヒーカップの温かさが対人関係の暖かさを促進する (Williams & Bargh, 2008 Sci.)。レビューとしてIsanki & West (2010 APSの会報), Landeau, Meier, & Keefer (2010 Psych.Bull.)をみよ。[←ありがとう先生!Isanki&Westって知らなかった!!]
この手の研究の厳密さはいろいろだ。たとえばLee & Schwarz (2011, Conf.)は、魚のにおいが疑惑を喚起することを示しているが、同時に疑惑が魚のにおいの同定を促進することも示している。こうやって双方向リンクを示さなきゃね。寒さと孤独の双方向リンクを示した研究もある (Ijzerman & Semin, 2009 Psych.Sci.; Zhong & Leonardelli, 2008 Psych.Sci.)。[←これはWilliams & Barghをディスっているのだろうか...]
今後の研究課題。主な課題を5つ挙げる。
ひとつめ、感覚の相互作用。
- diagnosticでない感覚入力の効果。例, NFTの高い人に限り水の味の評価がボトルの硬さで変わる (Krishna & Morrin, 2008 JCR)。
- 感覚の優越性。例, オレンジジュースの味よりも色のほうが味の評定に効く(Hoegg & Alba 2007 JCR)。
- 感覚間一致。例, 匂いと音楽が一致していると接近が促進される(Mattila & Wirtz, 2001 J.Retailing; (Spangenberg, Grohmann, & Sprott, 2005 J.BusinessRes.)。匂いと触覚(テクスチャと温度)が一致していると評価が上がる(Krishna, Elder & Caldara, 2010 JCP)。
- 感覚間コンフリクト。研究が少ない。
- 感覚過負荷。これも研究がない。
ふたつめ、感覚的イメージ。例, 匂いは視覚的イメージを促進するが視覚は匂いのイメージを促進しない(Lwin, Morrin, & Krishna, 2010 JCP)。
みっつめ、感覚負荷。例, 利き手でクランプを握ると心的シミュレーションが阻害され購入意向が変わる。こういう操作は感覚と課題の因果関係を調べるためにも役に立つ。
よっつめ、grounded emotion. たとえばペンを咥える実験がそうだ。心理学では先行研究があるが[略]、商社行動論の文脈ではない。
いつつめ、アモーダル情報の感覚への影響。たとえばブランド名が味に影響するというのがそうなんだけど、他の感覚ではまだまだ研究が少ない。ブランド名称と実物の違いというのも興味深い。解釈レベル理論でいえば前者は抽象的になるはず。単に実物に触るだけで所有感が上がるという話もある(Peck & Shu, 2009)。
そのほか: 知覚や能力の個人差 (need-for-smellとか、need-to-speakとか)。自分の感覚についての認識とか。例, 人は自分の感覚は正しいが他の人のはバイアスを受けていると思っている(Gilbert & Gill, 2000 Psych.Sci.)。感覚喚起の個人差。などなど、課題はいっぱいある。
...とかなんとか。列挙的なレビューだが、勉強になりましたです。
論文:心理 - 読了:Krishna (2011) センサリー・マーケティング・レビュー