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2015年2月28日 (土)
Slamka, C., Jank, W., Skiera, B. (2012) Second-generation prediction markets for information aggregation: A comparison of payoff mechanisms. Journal of Forecasting, 31(6), 469–489.
掲載時のPDFが入手できず、ネットに落ちてたdraftで読んだ。
著者らの云い方では、いわゆる予測市場のうち、証券のペイオフを出来事の実際の帰結で決めるのが第一世代(G1)。いっぽう第二世代(G2)の例は、
- 選好市場。例, Chan, Dahan, Kim, Lo, & Poggis (2002 STOCのWorking Paper)、Dahan & Hauser (2002, JPIM)、Dahan, Soukhoroukova, Spann (2007, UCLAのWorking Paper)、Soukhoroukova & Spann (2005, ECISというConf.)。
- アイデア市場。市場参加者が自分でアイデアを創造できる。例, Lacomb et al. (2007, Info.Sys.Frontier), Soukhoroukova, Spann, & Skiera (2009, Working Paper)[たぶんクアルコムの事例のことだろう]。
第二世代では、ペイオフを市場内で決めたり(終値とかVWAPとかで決めたり)、市場外のなにかの代理変数を使ったりする(専門家委員会とか)。
理屈からいえば、第一世代とちがって第二世代の予測市場においては参加者がプライベートな情報を明かすインセンティブがない。情報カスケードが起きても不思議でない。
ペイオフを市場内で決める場合に注目し、3つのペイオフ決定方法を比較する。
- VWAP(売買高加重平均価格)を使う。LaCombらが使った方法。
- ある時点(既知)からみた終値を使う。ChanらとSoukhoroukova & Spannが使った方法。
- ある期間内で時点をランダムに決め、そこからみた終値を使う。Dahanらが使った方法。[←DahanらのJMRのSTOC論文ではVWAPを使っていたと思うんだけど...]
ところで、自動マーケット・メーカを使う状況を考えると、以下の方略が考えられる。
- VWAPの場合、VWAP計算期間中は、枚数の少ない取引が減るはずだ。買いを入れると取引価格もVWAPも上がるが、枚数が少ないと取引価格の上昇のほうが大きいから。枚数が多いとVWAPの上昇のほうが大きくなる由。
- 固定終値の場合、買えば終値は上がるし、売れば終値は下がるんだから、市場終了に近づくほど取引高が増え、群集行動的な取引となるはずだ。
というわけで、フィールド実験。2008年に実施。
実験は3期にわかれている。どうやら各期は4日間らしい。各期でそれぞれ次の予測トピックを用いる。
- 第一期: 3月の予備選挙の結果。「クリントンかオバマがオハイオで10%以上の差で勝つ」株、「クリントンが勝つ州の数」株など、勝者総取り証券4, 線形証券7。
- 第二期: 4月のバスケの試合結果。勝者総取り証券4, 線形証券6。
- 第三期: 4月の経済的な出来事。勝者総取り証券5, 線形証券4。
ペイオフ決定方式は4種類。
- 実際の結果で決定(G1方式)。
- 最終2日間のVWAPで決定。
- 終値で決定。
- 最終4時間のどこかの時点における価格で決定(ランダム終値方式)。
上記の3x4の組み合わせについて、各2個の市場をつくる。よって市場の数は3x4x2=24。
MBAの学生78名。各期において、3x2個の市場のどこかに割り当てる(市場当たり9~10人となると書いてある... 計算が合わなくないっすか)。同じペイオフ決定方式を二回経験することはない。
各期の最初にポートフォリオを一万架空ドルにリセット。3期を通じた利益の合計で順位をつけ、コース・クレジットにする (おいおい... いいのかそれ...)。
ついでに、第一期の予備選挙予測については専門家市場もつくった由。ペイオフは実際の価格で決定、参加者は政治コンサル会社の24人の専門家。報酬は一位にのみ100ドルだが、面子がかかっている。
空売りあり。市場メカニズムはHansonの自動マーケットメーカを採用したと書いてあるから、LMSRを使ったのだろう。[←線形証券の価格をLMSRでどうやってきめるのだろう? → Pennockさんのブログには、上下限が決められればできると書いてあった。要するに裏で区間証券にするらしいのだが... よく理解できていない]
結果。
せっかく専門家の予測市場を作ったんだけど、結果は学生とかわんなかったそうだ。ははは。
ペイオフ決定手法間で予測のMAEを比べると、やっぱし実際の結果で決定する(G1方式)のが一番よい。次が固定終値方式、僅差でランダム終値方式とVWAP方式だが、この3つはほとんど差がない。さらに、4つの順位はトピックでも入れ替わる。
価格と取引高をG1方式と比べると、VWAP方式はやはり後半(VWAP計算期間)で価格が高く、終盤には価格・取引高が上昇。固定終値方式はずっと価格が低めで、終盤になって上昇。ランダム終値方式でも同様で、なぜか終盤に価格上昇があった。
市場閉鎖直前に注目すると、VWAP方式では駆け込み取引があったが、なぜか固定終値方式ではみられず、なぜかランダム終値方式で駆け込み取引があったとのこと。
私が関心を持っているのは著者らがいうところの第二世代予測市場なので、ちょっぴり意気阻喪させる結果ではあった。そっかー、やっぱしペイオフを市場内部で決めると予測精度が落ちるか。とはいえ、理論的にはうまくいかないはずであるにも関わらず第一世代と遜色ないレベルだという見方もできる(著者らの考察はその方向)。それに、予測トピックごとに見ると結果がコロコロ変わっているわけで、この研究の結果をどこまで一般化できるか、ちょっと慎重に捉える必要がありそうだ。
選好市場・アイデア市場とふつうの予測市場との大きな違いは、(この論文が注目しているように)ペイオフが現実との照合で決定されないことではなく、そもそも「あたる」「はずれる」という概念が適用できない問題を証券化している点にあるのではないかと思う。市場メカニズムという観点からはどうでもいいことにみえるかもしれないが、参加者の立場になってみるとこれはずいぶん大きなちがいだ。通常の質問紙でも、「自分がこの商品を今後買うと思うか」という質問と「この商品を今後買いたいか」という質問とではかなり意味合いが違う。前者は概念的にはあたりはずれがあるが(誰もそれをチェックしたりしないけど)、後者にはそもそもあたりはずれというものがない。実証研究があるのかどうか知らないけど、この2問はたぶん回答の際の推論プロセスが全然ちがうし、直感的には、再検査信頼性は後者のほうが低いだろうという気がする。
だから、この論文の著者らのように、あたりはずれのある問題について第二世代予測市場と第一世代予測市場を比較するというのもひとつの見方だけど、むしろ比べるべきは、あたりはずれのない問題についての第二世代予測市場と、ただの質問紙とか選択課題とか、はたまたデルファイ法とかワークショップとかなのではないかしらん。。。
いや、もちろん、そういう比較はきわめて困難だとわかってもいるのだけれど。DahanらにしてもSoukhoroukovaらやLaCombらにしても、第二世代予測市場の事例報告において一番しょぼい部分は、従来手法に対する提案手法の優越性を示すくだりである。参加者の事後アンケートで「楽しかったですか」なんて訊いてみたりして、もうほんとに涙ぐましいのである(そりゃ「楽しかった」っていうよね、みんな大人だから)。うーん。なにかうまい手はないものかなあ。
論文:予測市場 - 読了:Slamka, Jank, & Skiera (2012) 現実と照らし合わせてペイオフを決めることができない予測市場はどうやってペイオフを決めればよいのか